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四話   最近は不要論も多い修行回的なアレ

「召喚士さんはあの教会に住んでるのか?」


「まさか。今日は勇者様と会うために居ただけで、普段はおばあちゃんと二人暮らしです」


「……ああ……その性格に育った理由がなんとなく分かった気がするな」


「え? そうですか?」


 雑談しつつ、俺と召喚士さんは近場の平野に移動した。

 天高く馬肥ゆる……秋かどうかは知らないが、とにかくそんな快晴の草原。

 時折吹く穏やかな風が頬を撫でるのが心地いい。

 

 セレスティア王国は四方を城壁と山に囲まれており、今俺たちがいるのは東側に広がる平野の入り口だ。

 ……太陽が昇ってくる方角だから便宜上そう言っているだけで、実際この世界でも太陽が昇る方角を東としているのかは知らないが。

 

 ほんとに俺はまだ、この世界のことについて何も知らないんだな……


「――と、着いたな」


 ここらは郊外のうちでも比較的開発の進んだ場所で、魔物などの生息数もごくわずかだ。

 安全に魔術の練習に取り組めることだろう。


 見れば召喚士さんの服装も、動きやすいようにか先程までに比べ軽装になっている。


 青いナースキャップのような帽子はそのまま。

 さっきまで羽織っていた白のレースのついた貫頭衣を脱ぎ、今は黒のブラウス……と言っていいのかどうか、体のラインが分かってしまうタイトな服一枚で、腰にはそれいる? とツッコみたくなるような茶色のベルトを巻いている。あとニーハイに、洒落た皮のブーツ。


 ……総合して、目に毒なのであまり見ないようにしよう。


 というか、


「召喚士さんの服って、どちらかというと僧侶って感じだよな」


「そうですかね。……まあ、召喚士といっても別になにか資格があるわけでもない『自称』なので、似合ってればいいんじゃないですか? ……えっと、似合ってます、よね? 変じゃないですよね?」


 言葉尻の弱い割には、前のめりで質問してくる召喚士さん。


「なんでそこで不安気なんだよ。めちゃくちゃ似合ってるから安心しろ」


 と、この手の会話にしては比較的スマートな返答ができたなと自負していたのだが、


「そですか。そですか――……でも勇者様の服は似合ってませんよね。なんですか、それ」


 にべもない反応で、少しがっかりする。しかもなんか、話題を逸らすみたいに俺の服のこと言い出すし。


「は……お前にはこれのかっこよさが分からないんだな。なろう主人公はみんな着てる流行の服なんだぞ」


 この伝統的な黒ロングコートの良さを理解できないとは、召喚士さんはなろう初心者のようだ。


「はぁ……その度度会話の中に出てくる『なろう』ってなんなんですか?」


「話せば本当に長くなりそうな話題だからまた今度な。そんなことより、送還魔術の練習を始めるぞ」


 ――だらだらと詮無い話を続けていたが、俺が「魔術」という単語を出すと召喚士さんは顔を引き締め、自分の身長ほどある杖を握りしめた。


「……はいっ。私が成功すれば、勇者様は勇者様の世界に帰れるんですからね……!」



   ☽



「まず魔術は人の核とも言える『御魂(みたま)』を意識するところから始まる。それはいいな?」


 御魂とは……その字面から分かる通り、魂のことだ。

 人はその御魂で思考し、行動している。


 だから魔術を行使する際もこの御魂が重要になってくるんだが……


御魂(みたま)……っていうと、精神魂(ガイスト)のことですか?」


「なんだそれは」


「えーと……人体で一番魔力が集まっている場所というか、見えない魔力の塊のことで……物を考える時、人はここを使います。その精神魂(ガイスト)で思考したものを実行に移すのが、この肉体……それを外体魂(カドル)と言います」


「そうか」


 それは正に御魂のことを指していた。


 どうやら世界が違えば専門用語の表現も異なるようだ。当然と言えば当然か。


 こっちの世界では、御魂をさらに、思考する精神魂(ガイスト)、行動する外体魂(カドル)の二つに細分化しているらしい。


「その精神魂(ガイスト)に体内の魔力を集め、大気中の魔力を操るのがこの世界の魔術。ここまではいいか?」


「はい、その通りです」


「……じゃあ、早速何か魔術を使ってみてくれ」


 俺は召喚士さんがまともに魔術を使う様子をまだ見ていない。

 実際にその瞬間を見れば、何かアドバイスができるかもしれないからな。


「わっ、分かりました! 勇者様見てて下さい……!」


 ぞいの構えで意気込む召喚士さん……よし。


「ただ、そうなると指針があったほうがいいな」


「……?」


 首を傾げる召喚士さんを傍目に……俺は、自らの御魂へと意識を集中させる。


 全身の血液を心臓に集めるような感覚。

 心臓が拍動し、体の芯が焼けるように熱くなっていく。


「なっ、なんですかこの膨大な魔力……⁉ 勇者様、何をしようとして……っ!」


 大気中のあまねく魔力が、俺の御魂に吸い寄せられていく。

 その量は、魔王を倒すのに使った魔術のおよそ1000倍。


 ――ビキ、ミシミシミシッ――!!


 御魂の中で圧縮された魔力が、裂けるような音を鳴らす。


「こんなもんか……っ?」


 極限まで高められた魔力の塊を、御魂から体内へと移動させ――


 掌を空へと向けて。


「――――《月降(つきおろし)》――!」

 

 ――パアァァァァンッ…………!!


 空気の破裂音をもとない、空へ、俺の有する魔力の約九割を使用した光の斬撃を飛ばす。

 中天へと飛んでいった刃は、まるで神の国から伸びる光の柱のようだった。


「捕まってろ」


「え――きゃああっ⁉」


 困惑顔の召喚士さんの腕を掴み、ビュウウゥゥゥゥ――――ッ、と空から吹き付ける逆風に飛ばされないよう構える。


 召喚士さんはナースキャップを押さえ、ぎゅっと目を瞑り、風が止むのを待っていた。


 …………。

 ……。


「――召喚士さん」


 やがて雲は散り、蒼天が覗く日本晴れの平野が眼前に広がった。


「い……今のはなんですか?」


 日盛りの日を浴びて煌めく、きめ細やかな絹のような白髪を整えながら、召喚士さんは俺を問い質す。


「俺が見積もった、送還魔術を成功させるために必要な魔力量の目安だ」


「え……つまり私は、今のと同じだけの魔力を使役しなきゃダメってことですか……?」


「そういうことだ。おおよそどれだけ必要なのか、肌で感じ取っただろ? その感覚を忘れないでおけ」


これだけの魔力を持ってるなら、俺が自分で召喚魔術を使えと言われそうだが……


 俺に召喚魔術は使えない。それは魔力量が不足しているからではなく、おそらく召喚魔法の魔術式が通常の人間には使えない体系式に分類されるものだからだ。

 全部推測だから曖昧なことしか言えないが、多分召喚士さんには生まれつき召喚魔術の適性があったんだろうな。


 だから、なんとしても召喚士さんに成長してもらわなくてはならない。


「は……はい」


 なんだか浮かない顔の召喚士さん。


 なにを考えているのかは知らないが、


「あんまりぼーっとしてると、死んでも知らないぞ」


「……はい?」


 再度首を傾げ……すぐにその異変に気付いたようだ。

  

 耳を澄ませば……


 どこからか、ドドドドド――という地響きの音が聞こえてくる。


 音のする方向を見やると、そこには土煙を上げながらこちらに猛進してくる大量の――雑魚モンスター。


「な、なんですかアレ⁉ この辺の魔物は人を襲わないはずですよ⁉」


「さっき俺が放った魔術に引き寄せられたんだよ。興奮状態だから、容赦なく攻撃してくるぞ」


「そんな――‼︎」


「何を怯える必要がある。そもそもここには魔術の練習をしに来たんだろ? いい練習台じゃないか」


「いやいや、私攻撃魔法は中級までしか使えないですし――」


「それでもいい。とにかく一発一発を全力で、集中して放つんだ。それを魔力の底が尽きるまで繰り返す。一番手っ取り早い成長方法だ」


「そんな、無茶な……」


「あれしきの魔物に苦戦してるようじゃ、いつまで経っても強くなれないぞ」


「ああぁ……なんだか勇者様、魔法のことになると怖いですね……」


 杖を両手で抱きしめるようにしながら、ブツブツと独り言をつぶやく召喚士さん。


 ――少し感情的になっているのは、自分でも分かっている。

 本来なら俺は召喚士さんに元の世界に帰してもらう側なんだから、もう少し自重した態度でなければいけないんだろうが――


 俺はきっと、この召喚士さんに、昔の自分を重ねているのだ。


 とある理由から、誰よりも強い力を欲し、必死に研鑽を重ねていた小学生時代。

 どれだけ研究を重ね努力しても、そこらの大人の魔術師共にすら届かなかったあの頃。


 送還魔術を習得するために四苦八苦している今の召喚士さんを見ていると、もう忘れてしまった過去の後悔の念が蘇るようで――それで多分、少しきつく当たってしまっているのかもしれなかった。


 ――それでも、


「でも、そうですね。やるしかないですよね」


 召喚士さんは、笑ってくれた。

 俺のエゴなど気にもしてない、とばかりに意気込んで……


「なんたって――私は、天才ですからね! この程度の軍勢、一捻りです!」


 それは、俺を元の世界に還すため……なんかではないんだろう。

 

 きっと、自らの成長のため。

 

 意を決した召喚士さんは、ルビーのような瞳で魔物達を見据え、杖を構えたのだった。



   ☽



 これまでの流れ的には、立派に決起したものの全く歯が立たず涙目敗走……というのも面白かったんだが。


「――《水球弾(フロー)》――《火爆砲(ガンドル)》ッッ!!」


 戦闘開始から2分ほど。

 召喚士さんは懸命に魔力を溜め、杖を振り、その魔術で魔物達を退けていた。


 つまりは、そこそこ善戦していた。


「どうですか勇者様! 見て下さい! 私、戦えてますよ!」


 これには少し、驚かされるものがあった。


 召喚士さんは、一度に扱える魔力の量は決して多くない。

 だから送還魔法にも失敗している。だが……


「――《水球弾(フロー)》、《水球弾(フロー)》! 勇者様勇者様っ! 褒めてください! 私、褒められるの好きなんです!」


「ああ……すごいな」


 だが、どうやら魔力の変換効率には長けているようだ。

 

 人は魔術を使う際、大気に漂う魔力を一度集め、魔術の設計図とも言える「魔術式」を編んでいくんだが……


 未熟な魔術師では、その時に余分に魔力を使用し、無駄な御魂の疲弊を招いてしまう。


 しかし召喚士さんは今、余分な魔力を生むことなく魔術式を編むことに成功している。

 その技能だけで言えば、元の世界の一人前の陰陽師にも劣らないだろう。


 一つ、召喚士さんの長所を見つけることができたな。


「ただ、基本がなってない」


「《水球弾(フロー)》――……勇者様、どうしたんで――ひぁっ⁉」


 俺は召喚士さんの背後に立つと、彼女の背中……丁度心臓が位置する場所に左手を当てる。


 それから、杖を握っている手を、右手で上から包むようにする。


 事情の知らない第三者が見たら、男が後ろから女を抱いているように見えるような姿勢になる。


「どどどうしたんですか勇者様発情期ですか急に盛っちゃったんですか繁殖期のオークですか……! でも、あの、今は魔物の群れをなんとかしないといけないので、帰ってからに……」


 そして、彼女の御魂を探り当て――


「――しわあああっ……なん、ですか……これ……?」


「今、俺の魔力を直接お前の精神魂(ガイスト)に流し込んでるんだが……分かるか?」


「は、はい……分かります……入って、来てます……勇者様の……っ」


「悪いがお前の下ネタに付き合ってる暇はない」


「はい」


「俺の魔力の流れを捉えるのに集中しろ。御魂――精神魂(ガイスト)には、『術口(すいこう)』と呼ばれる魔力の出入り口が存在する。俺の世界の魔術師は、体外の魔力を一度この術口(すいこう)から御魂に取り込み、自らの御魂に合った性質に作り替える。その魔力を使って魔術を放つことで、威力を高めてるんだが……」


「そ、そんな話聞いたことないですけど……?」


「そりゃそうだ。この世界の人間は、精神魂(ガイスト)に集めた外体魂(カドル)の魔力を使って、大気中の魔力をそのまま体外でまとめ上げ魔法として放出してる」


 この世界の魔術水準が低い、と言ったのはこのためだ。


 御魂を経由せずに扱う魔術は弱い。

 こちらと元の世界とでは、そもそも魔術の使用方法が異なっていたのだ。


「だから勇者様はさっき、『この世界の魔術』とわざわざ限定していたんですか」


「そういうことだ。この御魂を経由した魔術をものにするのに大事なのが、術口(すいこう)だ。ここを使って魔術を使用しなければ、成長はしないと言ってもいい。俺の世界では、術口を介さず放つものは『魔法』と呼んで区別している。――そうこう言ってる間にも魔力を流し込んでるんだが……どうだ?」


「は、はい……なにか異物が私の中いっぱいに…………あっ、だめ止めてっ、止めて下さい勇者様これ以上は――!」


「これで限界か」


 わざわざ召喚士さん本人の魔力ではなく、俺の魔力を流し込んだ理由は二つ。


 一つは、そもそも術口(すいこう)を開く術を知らない人間に、体内の魔力を操るだけの力がないから、というのがある。

 これは訓練によって成長し、中史では、自分で歩けるようになるくらいの頃から、母親に教わり始めるものだ。


 そしてもう一つが、現在の召喚士さんが一度に扱える魔力量の上限を知るため。

 術口(すいこう)の存在も知らないというので、分かってはいたことだが……予想以上に狭いな。


「御魂を成長させるには、とにかく術口(すいこう)を拡張させて慣らしていくしかない。最初は慣れない異物に御魂が拒否反応を示し、多少痛むかもしれないが……そこは我慢だ」


「あの……一応確認ですけど、魔法の話ですよね? なんかの隠語とかじゃ…………あああすみません謝りますごめんなさい! 謝るのでそんな魔力のこもった眼で睨まないで下さいっ!」


 小さくため息をついてから、説明を再開する。


「今、俺の魔力を流し込んだことで召喚士さんの術口(すいこう)は、外から魔力を入れることは覚えたはずだ。あとはその魔力を中で自分用に変換し、放出する――変換の方は俺がやっておいたから、まずは自分の意思で術口(すいこう)を開き、魔力を放出させることを覚えろ」


 変換は、召喚士さんの御魂の性質を見抜き、それを元にさせてもらった。本人の性格に似て単純な波長だったので変換しやすかったよ。


「わ……分かりました。術口(すいこう)を意識……これですかね? 門を開く感覚、みたいな……その魔力で、魔術式を組んで……放出――――《水球弾(フロー)》ッ!!」


 叫び……本人は術口(すいこう)に意識を持って行かれているせいで地面を向いてしまっている杖を、俺が召喚士さんの右手ごと魔物の群れに向けさせた。


 杖の先端から発された水弾は、辺りに水滴をまき散らしながら飛翔する。


 魔力の波は、勢いよくモンスターの群れに広がり――轟音を響かせて、広範囲に衝撃を与えた。


「……す」


 初めての術口(すいこう)を使った魔術だ。魔術式は粗く、とても綺麗なものとは言えない。

 それでもその《水球弾(フロー)》は、これまでの召喚士さんのそれを遥かに凌駕する威力で以て魔物達を駆逐していた。


「……す、すごいですよ勇者様! なんですか今の威力⁉ よーし……っ!」


 今の一回で調子づいた召喚士さんは、すかさず次弾を放つべく魔術式を組んでいく。


「門を押し開ける……術口(すいこう)を――――……あ、あれっ……?」


 だが、その魔術が顕現することはなく、召喚士さんは全身から力が抜けたように膝から崩れ落ちる。


「よくやったな、召喚士さん」


 俺はもたれかかってくる召喚士さんを腕で受け止め、向かい来る魔物の群れに片手を広げる。


「《月降(つきおろし)》」


 右手から発された無数の光刃が、瞬く間に魔物共を一網打尽にした。


 赤黒い鮮血をまき散らしてドサドサと倒れていく数百の魔物。

 その進行が止まっていることから、俺が呼び込んだ魔物は今の一撃で完全に殲滅されたのだろう。


 身の危険が遠のいたことを確認した召喚士さんが口を開く。


「ごめんなさい、勇者様……なんだか、足に力が入らなくて……」


「術口を使った慣れない魔術だ。二回も連続して打とうとすればそうなっても仕方ない」


 魔力を込めた右眼で見れば、召喚士さんの御魂は不安定な形で体内を流動している。


「《浄土(じようど)》」


 治癒魔術をかけ、傷付いた御魂を癒していく。


「今日はもう帰ってもいいと思うが、どうする?」


 一人で立てるぐらいまで回復した召喚士さんに訊く。


「えっと……まだ、もう少しだけ続けてみます。実際に魔術は使わないまでも、術口を開閉する感覚だけは掴んでおきたいんです」


 少し考え込むようにしてから、召喚士さんはそう言った。


「分かった。じゃあ俺は先に教会に戻ってるな」


「はい。討伐したモンスターは私が帰りに冒険者ギルドで換金してもらいに行くので、今日はそのお金で外食しましょう!」


「そうだな」


 別れ際にそう約束し、俺は平野に背を向けて城壁の中へと歩き出した。

↳共通

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