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三話   積み重なる何か

 式典を終えて、教会の中へと入る。


 室内を見渡すと……奥の長椅子に腰かける、白髪の女性を認める。


「あっ、勇者様!」


 その女性――召喚士さんは、俺を見るとすぐさま立ち上がり、とことことこちらに寄ってくる。


「……はぁ……はぁ……」


「うわどうしたんですか興奮してるんですか……即尺希望ですか? 確かに勇者になったらなんでもしていいとは言いましたけどわたしにも心の準備というものが……」


「バカ野郎……ぜぇ……はぁ」


 疲労困憊の体で、なんとか手前の椅子まで移動する。身をなげうつようにして横になってから、大きく深呼吸をした。


「疲れた……」


 ひとりごちると、召喚士さんは俺と目線を合わせるようにその場に屈んで、


「どうしたんですか? そんなに疲弊して」


「民衆に揉みくちゃにされた……」


 それだけ言うと、召喚士さんはある程度察してくれたらしく「ああ……」と苦笑いを浮かべる。


 どうということはない。――式典も終わり、行く場所もないのでとりあえず召喚士さんに会いに行こうと城を出たところ……


 出待ちしていた無数の国民に捕まったのだ。

 

『おお……出てきたぞ!』『あの人が……?』『勇者様だ!』


「なんだなんだ……っ」


『勇者様、俺と握手してください!』『私の服に魔法で刻印をつけてー!』『ねえねえ覚えてる? あたし、アカデミーで一緒で将来を誓い合ったシーラだけど……』


「記憶にないな……」


 人間エルフ老若男女問わず、芋を洗うように集まったセレスティア国民。

 不祥事が明るみに出て新聞記者に囲まれる国会議員のようだった。


『こらあんた! そんな汚らしい手で英雄に触ろうとするなよ失礼だぞ!』『お前こそよくそのマンドラゴラみたいな声で話しかけられたなぁ! 勇者様が聖聴(せいちよう)なさったら御耳(おんみみ)御腐敗(おんふはい)なされてしまう!』


「おんおん」


『ほらどかんか若造ども! 勇者様がお通りあらせられ奉られ給うぞ!』


「その敬語は絶対違う」


 全く前進できず困っていると、いつしか向こうの方が俺のことを勝手に神格化し始め……

 みんな遠慮して俺から距離を取り、モーセの海割のごとく道が開かれていったのだった。

 

「そんなことが……」


「あとなんかチンピラにも絡まれてな……」


「チンピラ?」


 群衆からなんとか抜け出し、目立たないように裏路地を通っていた時だ。


『テメェみてえななよなよしたのが勇者ダァ? はっ、笑わせる!』『どうせ傭兵でも雇ったんだろ? アァ?』『そんなイカサマ野郎には“説教”が必要だよナァ⁉︎』


「格闘漫画の一話に出てくるやつだ」


『『覚悟ォォォー‼︎』』


「キンキンキンキンキンキンキン!!!」


『グワアアアアァァァッッ‼︎‼︎』


 少し力んで魔力の衝撃波を飛ばすと、空に散っていった。効果音は適当。


「……みたいなことが何回かあって、めちゃくちゃ動き回ったから疲れた」


「あはは……英雄も大変なんですねぇ……」


 俺は軽く頷き、呼吸の整ってきた体を起こす。


 すると召喚士さんも立ち上がり、赤い石のついた杖を両手で握ると、


「……勇者様。本当に、勇者になったんですね」


 花の咲いた様な笑みを浮かべて、そう言った。


「私が初めて召喚した人……勇者様」


 我が子を慈しむような優しい声音で、紅の瞳を俺に向ける召喚士さん。


 その言葉が、俺にはどこか蠱惑的に聞こえてしまったために……脳裏に、この教会を飛び出た時の出来事がフラッシュバックして――


「……っ」


 つい、目を逸らしてしまう。


 ――……でも、遠慮する必要はないんですよ?


 誘うような潤んだ瞳であんなことを言われて、平然としていろと言う方が無理だ。


 ……無理なんだが、その無理を突き通してこそ『中史』。これまで幾度となく無理難題に応えてきた中史氏の末裔である俺は、それに恥じない行動を心掛けなければならない。


 それに……あれだ、俺は純愛厨なんだ。「初めて召喚した人」なんていう軽薄な理由で惚れるような女はこっちからお断り……とまではいかなくとも守備範囲外……ではなく、向こうから告白してくるなら考えなくもない……くらい……だと思う。


「……? どうしたんですか、勇者様?」


 かわいい。


「なんでもない」


「そうですか。……ともかく今回の功績、自分のことのように嬉しいです! これで私も、自他共に認める天才召喚士ですよ! おかげで私も議会からの恩賞ガッポガッポですね!」


「ああ、そういう……」


 いやに喜んでいたのは、俺を召喚するよう召喚士さんに命令していた()に認められて、懐が温かくなってたからか。俺を祝福していたからでは、なく。


 この世界の住人からすれば、長年自分たちを苦しめていた魔王を倒した勇者を召喚した人間だ。そうとなれば、それなりの金がもらえるのは自然なことと言えるだろう。


「まあ俺も貰ったが……正直こんなにあっても、元の世界に帰ったら無価値なんだよな」


「授賞式があったんですよね? 生涯遊んで暮らせるだけの莫大な資産ですね!」


「そうは言ってもこれからすぐ元の世界に帰るし……いらないから、全部あげるぞ」


「いいんですかじゃあ貰いま――っは!」


 召喚士さんは革袋に手を伸ばし……寸前でバッと手を引いた。


「いえやっぱりいいです勇者様――それで恩を売って私を慰み者にする気ですね? その手には乗りませんよ私は天才ですから!」


 割と軽い気持ちで提案したら、凄まじいハイテンションで返された。


「金銭欲と性欲にまみれた獣か何かか?」


「隠す必要はないですよ。私は天才は天才でも懐の広い大天才ですから。男の人の、優秀なメスを屈服させたいという嗜虐心はよくわかります――ですが! 私は国一番の召喚士、なればこそそんな下心も優しく受け止めた上でしかし上に立つ者として容易く金と権力には靡かないんだという姿勢を見せるべきだと存じているんですね!」


「饒舌なんだな……」


「ああでも必死の抵抗虚しく強引に、というのも……勇者様がそういう嗜好の持ち主だと言うのならやむなくというか私はむしろやぶさかではないのですが……!」


 俺は未だに召喚士さんの長所を見つけられずにいた。


「じゃあこの金はとっておく」


「あ……そうですか……」


 あからさまにしょんぼりする召喚士さん。即物的な人だなぁ。


「だが今も言った通り、俺はすぐにでも帰らなきゃいけない。元の世界でやらなきゃいけないことがあるから」


「……そうなんですね。せっかく『勇者』になったんですから、ずっとこの世界にいたらいいのに、と私なんかは思うんですけど。今の地位への執着みたいなものはないんですか?」


「ああ……それは、俺の場合は元の世界と立場的にあんまり変わらないから、ってのもあるかもな」


「……そうなんですね?」


 ――『中史』はそれこそ魔術界隈だけでなく、その歴史の長さから政界などにも顔が効く一族だ。

 中史は(まつりごと)には首を突っ込まないという天照(あまてらす)との古代からの約束があるから、昔はともかく今は正規の方法以外での介入は控えているが……


 そういった意味で言えば、王族の次に偉い『勇者』と、禁中の延臣である『中史』には近しいものがある。図らずも俺は、この世界でも元の世界と同じ地位に落ち着いていたというわけだ。


「やっぱり俺は俺の世界に戻る。もうこの世界は、魔王のいない平和な世界なんだろ? 俺がいなくとも、この世界の冒険者が守ってくれるんじゃないか?」


「……そうですね」


「だから召喚士さん……俺を元の世界に帰してくれないか?」

 

 異世界スローライフは少し惜しいが、やはり俺は「中史」なのだ。立場も責任も全部ほっぽりだして、この世界に長居するわけにはいかない。


「…………それなら、勇者様は……」


 俺の言葉を聞いた召喚士さんは、沈思黙考、虚空をぼーっと見つめ……


「……はい。はい、そうですよね、それがいいです」


 それから、また「ぞい」のポーズを取ってから、俺に向き合った。


「――分かりました、勇者様。元はと言えば、勇者様をこの世界に呼んだのは私です。ですから私が責任を持って、勇者様を元の世界に送り帰してみせます!」


 確かな意志が感じられる緋色の瞳を輝かせて、頼もしい宣言をしてくれたのだった。


   ☽


 そう――宣言は大変頼もしいものだったのだが。


「うええぇぇ……すみません、すみません勇者様ぁ……多分無理です……ぐすん……」


「泣くな泣くな」


 床にぺたりと膝をついた女の子座りで、赤子のように泣きじゃくる召喚士さんを宥める。


 この醜態を見れば説明する必要もないだろうが……失敗したのだ。召喚士さんは、俺を送り帰すことに。


「でも……どうしてだ? 召喚はできたのに、送還には失敗するっていうのは……なにか、魔術の性質が違ってたりするのか?」


「ひぐ……いえ……そうではないです」


 涙で濡れた眼をこすりながら、立ち上がった召喚士さんが口を開く。


「多分あの一回は、まぐれみたいなものだったんです……」


「まぐれ? 偶然成功したってことか?」


「えと……あの時は多分、すごく集中してたので……召喚前のことは、あんまりよく覚えてないんですけど……」


「それでもいいよ」


「はい……実は勇者様を召喚する前に、なん回も同じ召喚魔法を行使してたんですけど、すべて不発で……」


 不発……。


「これで最後にしようと、ダメ元で行った一回で、勇者様の召喚に成功したんです」


「そうなのか……」


 言われてみれば、おかしなことだった。世界と世界を渡る大魔術なんて、少なくとも人間が扱える規模のものではない。それこそなろう系のお約束である女神のような特別な存在でなければ為し得ない魔術のはずだ。


 それを、俺より魔力量も技術も劣る召喚士さんが成功させただなんて、不自然な事実だ。

 一度目のは奇跡でも起きたか……


 ……もしくは、召喚士さんがそれほど強く魔術の成功を願っていたか。

 

 人の「想い」というのは、自らの技術を越えた魔術すら扱えるほどの大きな力となることがある。


 俺が呼び出された時、召喚士さんが魔術の成功を心から願っていたのだとしたら。


 それなら二度目の今回、召喚に失敗してしまったのも、むべなるかなというものだ。

 多分この人金銭面で余裕ができたせいで、真剣みが足りてないんだろうなぁ。


「……天才なんじゃなかったか?」


「……えあ、そ、そうですよ? 私は天才……そうです。そんな私を以てしても二度は為し得ないほどの大魔法を、大天才である私は一度成功させているということでこれはつまり私の力の至らなさを示すものなんかじゃなくむしろそんな神業を一度成し遂げた私はやっぱり天才なんですというそんな事実を確固たるものにしたに過ぎなくてですね……っ!」


「ああうん」


 ちょっと煽ったらすごい早口で返された。文字起こししたら読点を挟む余地はないくらいに。


 召喚士さんの自画自賛はどうでもいいので無視するとして、元の世界に帰れないというのはシンプルに困る。ただただ困る。


「だから私は恥じるどころか胸を張って『送還魔法に失敗しました』と言えるわけです。失敗も成功の糧としてこそ歴史に名を残す才人というものです! そしてですね……」


 そもそも俺には寝泊まりする場所もないし、金はあるがこの世界の常識がない。そんな状態では到底生きてはいけないだろう。


 ……ここは、なんとしてでも召喚士さんに送還魔術を使えるようになってもらうしかない。


「……よし。召喚士さん」


「そう、私はあの魔王も恐れたかもしれない偉大な召喚士、その名も――……はい? なんですか勇者様」


「口が回っているところ悪いが……魔術の練習だ。付き合え」

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