三十一話 魔術師特区
京都駅で東海道新幹線に乗って、東京駅から一駅。日本の主要なターミナル駅として機能する上野駅に、俺たちは降り立った。
待ち合わせ場所は、動物と人間の絵画『自由』が見守る中央改札口。
俺たちが着いたときには、二人はすでにそこにいた。
「よう、元気にしてたか? トキ」
一人は俺の父親、中史刻。
現中史当主でかなり偉い立場にいるはずなのだが、普段はそんな素振りをまったく見せないので、時々父さんが俺よりも強いことを忘れそうになる。
「キャー!! その子が輝夜ちゃん⁉ モデルみたいじゃない!」
父さんの横ではしゃいでるのが、俺の母さん。中史朱鴇。
全身にレースやリボンがふんだんにあしらわれたごてごてのゴスロリファッションをしており、あまり実の母親だとは考えたくない。
母さんは身長が140ないので似合ってしまっていて、その「着こなしてます」感もムカつく要因の一つだ。
そういうわけで容姿が「少女」時代の輝夜並みに幼いので、たまに小学生に間違われることがある。一緒に出歩くと三日に一回は職質を受けると、父さんから愚痴をこぼされたことがある。
どうみても幼女です。本当にありがとうございました。
「元気だよ。……ツクヨミから事情は聞いてるのか?」
ゴスロリファッションのロリという見た目で、一見すると母さんがヤバいのだと思われるが、それは間違い。常識がなくていろいろ抜けてて家事ができないことを除けばまともなのが母さんだ。
俺の名前は中史時といい、父さんは中史刻という。
いくら同じ血統の人間に特定の漢字を付ける『通字』という習慣のなごりで、中史では『とき』という読みの漢字を使って名付けを行うとはいえ、『とき』単体でそれをやろうとする人間がいるだろうか。息子と名前の読み被るじゃねーかふざけんな。
というわけで、うちの父さんはちょっと普通ではない。
「どこ行ってたんだ?」
「異世界」
「あー、最近流行りだもんなぁ」
ほらもうおかしい。
「いやな、ここに来るまでに赤鴇と話してたんだよ。トキがどこ行ってたのかを。赤鴇がムー大陸で、俺が嘆きの川コーキュートス」
「賭け事でもしてるのか?」
俺たちが生産性のない会話をしている横で、輝夜と母さんは親交を深めていた。
「えと……こ、こんにちは、トキのお母さん」
「ええ! ツクヨミから輝夜ちゃんのことは、事前に聞いてたのよ!」
「そうなの?」
『うん』
父さんは続ける。
「……で、その美少女はなんだ」
輝夜を親指で指して、問う。
ツクヨミから輝夜のことについては一通り聞いているはずなので、輝夜の素性を聞いているわけでも俺たちの関係を疑っているわけでもないだろう。
この「なんだ」とはつまり、これから輝夜をこの世界でどう扱うつもりなのか、ということだ。
「異世界で拾ったんだが……うちで飼っていいか?」
「ダメだ。捨ててきなさい」
一戸建てだから大丈夫だと思ったのに。
「真面目な話、了承だ。今のところはうちで預かるしかない。岩手の久慈家に面倒を見てもらう手もあるが」
岩手は遠野の地に、中史分家・久慈家が立派な屋敷を構えている。
不自由ない生活をさせるなら、本家と縁の強い久慈家に預けるのも手だが……
「あの人と一緒に暮らしてたら、輝夜が悪い影響を受けそうだ」
とある女性の顔を思い浮かべて、その考えは霧散した。
「だから父さん、うちで居候させてやってくれないか?」
「赤鴇は大賛成だ。俺個人としても歓迎したい。それにな……」
そこで言葉を区切って……ツクヨミに視線を向けた。
珍しく父さんが真剣な表情をしているので、少し驚く。
『まだ平気。でも行方はいづれのこと』
「そうか。ならやっぱり、月科で暮らしてもらうのが一番だ。学校にも通わせよう」
ツクヨミと父さんはなにやら通じ合っている様子。
『中史四家』と呼ばれる、中史の中でも強い権力を持つ三つの分家と中史本家を総称する呼び名があるが、行方はそのうちの一つだ。
中史の大人共が何を考えているのかは、俺には知る由もないが……
これはもしかすると、俺が思っているよりも、輝夜をうちの居候にすることによる影響は大きいのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺たちは帰路へと足を向けた。
☽
2020年現在、中史本家の屋敷は京都市内(洛中)に置かれている。
古い日本家屋で敷地も広いのだが、父さんの代で上京してきたため、俺たちが暮らしているのはそこではない。
東京二十四区の一つ、月科区。
全国から魔術師が集まる、日本でも有数の特区とでも呼ぶべき地域に、中史一家は平凡な分譲住宅を買っていた。
……いや、この表現は少し語弊があるかもしれないが。
「ただいまー」
実に三か月振りの帰宅である。
流離世界の宿屋も、最後の一週間は愛着も沸いてきたが、やはり生まれてからずっと住んでいる家は安心感が違う。
「おじゃまします!」
元気よく輝夜が言う。
が。
「違うぞ」
「……?」
「今日からここの居候になるんだから、輝夜。その挨拶じゃないだろ」
俺の言葉に、輝夜が少し目を見開いて……
「……うん」
それから小さく、優しい笑みを浮かべた。
笑顔が一番似合う美少女は、ゆっくりと口を開いて、言った。
「……ただいま」
それは、流離世界で傷を負い、記憶を失った少女……
月見里輝夜という身寄りのない少女が、中史家に加わった瞬間であった。
これにて、第一章は終了です。
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