二十六話 予言者
「……さすがは、魔王を討伐しただけのことはありますね」
クラインは額に冷や汗を浮かべつつも、なんとか平静を取り戻す。
目も、元の悪役らしい糸目に戻っている。
「我が国の宮廷魔術師を倒したのは、勇者の面目躍如といったところでしょうが……私には、まだ籠手と水晶がありま――」
「《月降》」
やつの言葉を待たず、俺は閃光の刃を放つ。
「……くっ……無駄なことを……!」
それをクラインが籠手で防御しているのを見つつ、俺は話し始める。
「クライン、お前に聞きたいことがある」
一歩を踏み出し、次の魔術式を編みながら、俺はやつに問う。
「……どこまで、お前の手の内だ? 俺をこの世界に召喚したのが、お前の差し金であることは聞いているが……まさかその時点で、今の状況を予測していたわけでもないだろ」
言いながらも、その可能性を捨てきれない俺がいる。
……こいつの行動には、あまりにも不自然な点が多い。
「もう知っていると思いますが、私の目的はただ一つ。『エルフィス官僚法』の可決と、その施行です」
本当にそれだけなら、なにもこんな卑劣な手を使う必要もないだろうけどな。
「そのために、俺を殺すのか? 随分遠回りが好きなんだな」
「ナカシ卿。あなたをわざわざ異世界から召喚させた理由は二つ。一つは、法律可決後のセレスティアを脅かしかねない……つまり私の邪魔をしかねない魔王を、討ってもらうため。そしてもう一つが――魔王を討伐し英雄とあがめられた卿を殺めることで、世論をエルフィス官僚法可決へと押し進めることです」
「俺を殺すことと、法律が可決されることに関連性はないように思えるが?」
「……エルフの移民に反対派だった勇者が、リーファルテラナと関係が良好なアクアラクナの女王を殺害。その暴走を見かねた私があなたに立ち向かい……正当防衛として、止む無く息の根を止めてしまう。素晴らしい筋書きではありませんか?」
揚々と語るクライン。
つまり、ここで俺と、現場に居合わせた全員を抹殺し、そういった内容のデマを国に流すというわけだ。
確かにそうすれば、残虐な勇者の暴走を食い止めた英雄として、今度はクラインが勇者のように扱われる。すると世論は自然、大英雄であるクラインに味方するだろう。そうしてやがては、エルフィス官僚法が可決される。
上手く行けば、目標達成と同時にゆるぎない地位を手にすることのできるパーフェクトプランかもしれない。
だが、その筋書きはあまりにも……
「今のところ、全部上手く行ってるからよかったけどな。その作戦は、あまりに綱渡りな事項が多すぎるだろ」
こいつの行動は、おかしい。
自分の邪魔になる魔王を殺させるために俺を召喚したというのは、まだ分かるが。
法律可決のため、わざわざ世論を自らの望む方向へ傾けさせるための英雄を作り出し、それを殺めようだなんて考えは、まともな頭をしていれば実行しようとは思わないだろう。
俺を殺すための算段も妙だ。
こいつの切り札は、籠手から供給される<世界水晶>メトロの魔力だ。
その魔力がなければ、俺を倒すことはできない。籠手は単体では、少し性能のいいシールドほどの役割しか果たさないからだ。
つまりクラインは、俺がアクアラクナと関係を持つということを、あらかじめ知っていたことになる。知っていて、俺がセルキーに世界水晶の元まで案内されることまでを見据えていたからこそ、俺の暗殺を可能だと判断したんだろう。
これだけ言えば分かると思うが。
ここまでの条件通りに俺が動く可能性は、何パーセントほどだろう?
例えば、人魚の中に目撃者がいた場合、そこからエルフ経由で真実が白日の下に曝される。
例えば、俺が人魚達に接触しなかった場合、俺を殺す手段がなくなる。
例えば、俺が元の世界に帰りたがらなかった場合なんて、クラインの計画は第一歩から頓挫だ。
例えば――
「……お前の行動は、まるで『結果』が先に見えていて、そこから逆算して『原因』に手回ししているように思える」
俺が異世界に召喚されれば、魔王を倒す。だから、召喚士さんに俺を召喚するよう命令した。
俺が異世界に帰りたがれば、おのずとアクアラクナと関係を持つようになる。
すると女王が俺を世界水晶の元まで案内するので、その際に世界水晶の魔力を奪うための魔法具を、あらかじめ装備してきた。
俺がこうするとわかっているから、クラインはこういう作戦を立てる――
俺がああするから、クラインはこうする――
「他人の行動をすべて予測して、先回りするなんて不可能だ。それなのにお前は、俺のしたいことやりたいことを、あらかじめ知っていたかのような作戦を立てている」
「…………」
「まるでお前には――未来が見えているみたいだ」
ギリ、という歯ぎしりの音がこちらまで聞こえてくる。
俺は更に一歩、また一歩……と、クラインへ歩み寄る。
「……いいでしょう。あの世へのはなむけです。教えて差し上げましょう」
言い逃れするのは無理と見たか……敗北フラグみたいな台詞を吐き始めるクライン。
やつは籠手に魔力を集わせながらも、語り始める。
「……半年ほど前、『エルフィス官僚法』の議論が難航し困っていた私の前に、ある人物が現れました。この籠手も、その方に頂いたものです。彼女はセレスティアの人間ではないそうで、私の知らない数々の魔法を見せてくれました。宮廷魔導師の扱うそれなどとは比べ物にならないような、強力な魔法を」
「それなら、籠手の耐久度にもある程度納得はいくが」
その何某とやらは、一体何者だ? 籠手の出来から考えると、他国の手練れというよりは、異世界人だと見た方が蓋然性が高そうだが。
だとすればあの籠手は、流離世界よりも魔術の研究が進んでいる、そいつの世界で作られたものと考えるのが自然だ。
あの魔法具は、俺の世界の技術水準よりも少し進んでいるくらいだからな。流離世界で作られたなんてことは、まずありえない。
「理由は定かではありませんが、彼女は私に協力的でした。私が『エルフィス官僚法』をセレスティアに施行させたがっていることを知ると、それを手伝うと言い出しましてね」
「それでお前は、そいつの手を借りたのか」
「その通りです。道半ばで足踏みしていた私にとって、彼女は天界から舞い降りた神のようなものでした……!」
その謎の人物を語るクラインの目は、まるで狂信者のごとくどこか遠くを見据えている。
「彼女は自らを『予言者』と名乗り…………。あとは、ナカシ卿。あなたの言った通りですよ」
「その自称予言者が、未来を予測する魔法でも使ったって言うのか?」
俺の言を肯定するように、クラインが鷹揚に頷く。
「お恥ずかしい話ですが、私のこれまでの行動はすべて彼女の未来予知魔法に従ったものです。卿を召喚させようとしたところから、ね」
それは……
自分で言っておいてなんだが……半信半疑だぞ、個人的には。
未来予知の魔術なんて……俺の世界ですら、神が使えるかどうかといったところだ。
それを、本当に『予言者』は使えたって言うのか?
「疑っているようですね、ナカシ卿。死にゆく者に嘘を吹き込むほど、私の性根は腐っていないつもりですが」
「その言葉の方が、よっぽど信じられないぞ」
もしこの話が本当だとして、その予言者は何者なのか。
流離世界の人間であるのか、否か。
色々聞きたいことはあるが……
「《月降》」
魔術式に魔力を送れば、そこから現れた無数の光刃がクラインを襲う。
優先すべきは、クラインの野望を打ち砕いてやることだ。こいつを拘束した後で、ゆっくりと吐かせればいいだろう。
「《爆熱噴炎星》」
クラインはあらかじめ練っていた魔術式を発動させ、高温の噴炎が《月降》を迎え撃つ。
魔力と魔力が衝突し、場の水流が大きく乱れる。
「近距離からならどうだ」
俺はすかさずやつの元まで接近し、紺碧に光る魔術式を構築する。
「《青海波》」
唱えれば、やつの周囲に山をも覆う紺青の荒波が現れた。
上級魔法を使ったばかりで反応が遅れているクラインへ、その荒波を仕向ける。
「ですから……魔法は無駄だと何度も言ったはずです……! そして……」
左手の籠手で《青海波》を吸収したクラインは、右手で魔術式を編む。
「《斬辻励起風》」
「《呪々反射鏡》」
クラインが上級魔法を使ってくることは分かっていたので、俺は反射鏡でその旋風を防ぐ。
反射させた魔術は、やはりクラインの籠手が無効化してしまう。
「「…………」」
一連の攻防を終えて、俺とクラインは、互いに無傷。
いや、俺の魔力が少し減ったか。
「無制限に魔法が使える私と、そうではない卿とでは……勝負がつくのも時間の問題というものです」
……これでは確かに、俺が魔力を消耗させられる一方だ。
だが、こちらも無策というわけではない。
やつの籠手は、おそらく……
「たしかに、時間の問題かもな」
言いいながら、俺は再びクラインとの距離を詰める。
「――っ」
俺が左手で《月降》を放つと、やつは左手を突き出しそれを防ぐ。
その瞬間に俺は地面を強く蹴り、クラインから見て右横に移動した。
戦闘慣れしていないクラインは反応が遅れ……籠手のある左手と、無防備に晒された右半身との距離が開いた状態が出来上がる。
「《月降》」
ここからでは、籠手による防御も間に合わないだろう。
至近距離から、ノーガードな奴の鳩尾に光刃を叩き込む。
「ぐうぅぅぅ――ッ」
そのままぶっ倒れるかとも思ったが……
クラインはうめき声を少し上げただけで、さしてダメージを受けた様子もなかった。
「……メトロの魔力を使って、身体を強化してたか」
ニヤリ、とクラインが嗤い……
「――さあっ、今です!」
唐突に、俺の後方へ向けて大声を上げた。
俺はクラインを睨み上げる。
「孔明の真似事でもする気か?」
「……背中ががら空きですよ、ナカシ卿」
気づけばクラインは、俺の両腕をがっしりと掴んでいる。
俺は頭だけ振り向き、後方にいる者を確認する。
クラインが声を上げた、その先に立っていたのは……
「…………っ」
女神官みたいな恰好をした、白髪ロングの女の子。
最近なにやら様子がおかしい、召喚士さんだった。
「…………っ、……」
声をかけられた召喚士さんは……依然、前髪で顔を隠すようにこうべを垂れたままだ。
「……しょ、召喚士さん?」
「ど、どうしたんですか……?」
輝夜とセルキーが召喚士さんに訊ねるが、返答はない。
そうして召喚士さんは俯いたまま……
震える肩で、魔術式を構築していく。
「ちょ……ちょっと⁉」
「なにをして……!」
二人が止めにかかるが――間に合わない。
そのまま召喚士さんは……赤い宝石のついた杖を、やおら俺に向け。
そして。
「……《水球弾》」
絞り出すようなか細い声で、俺へ魔法を放ったのだった。




