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二十三話 ここがこの女のハウスか……。

 召喚士さんの家は……取り立てて述べる特徴もない、普通の民家だ。……普通と言ってもそれは流離世界の普通であり、当たり前のように赤レンガの暖炉とか置いてあるのは、俺にとっては新鮮だけどな。


 適度に生活感があってどこか柑橘系の甘い匂いのする召喚士さんの部屋、そのベッドの上に彼女を寝かせたところで、俺はホッと一息ついた。


 召喚士さんに魔力供給しつつ(Fa〇e的な手段じゃないのが残念なところだが)、落ち着いたところで部屋を一周、ぐるりと見回してみる。


「本ばっかだな……」


 俺の部屋もラノベと薄い本だらけだが、召喚士さんのはもっとまじめな学術書の類が大半を占めていた。


 学院のやつらは、ガリ勉がどうとか言ってたが……それも納得だな。


「……あんまり許可なしに見るのも悪いか」


 ここに来た目的はすでに果たしているので、あまり長居するのもよくない。


 特にそれといった用事もないので、おとなしく帰ろうとしたところ――


 ――ガタンッ。


 とある方向から、何か物音がした。


 ……誰かいるのか? 入ったときに挨拶したけど、誰も出なかった――鍵は召喚士さんの鞄を物色させてもらって見つけた――から、てっきり祖母は留守なのかと思ったが……


 音のした部屋のドアがかすかに空いていたので、そこの隙間から中をのぞくと……やっぱり。召喚士さんの祖母だな。

 

 小さい眼鏡をかけた、クッキーとか焼いてそうなタイプのおばあさんが、ロッキングチェアに揺られながら読書に耽っていた。


 そのご老人が偶然顔を上げてこちらを――あ。目が合ったぞ。 


「ふむ。――――おまわりさ」


「待て待て待て!」


「もがもが」


 急いで部屋の中に入り、老婆の口を手でふさぐ。


「もが」


「怪しいものじゃないんで、警備隊は呼ばないでください」


 コクコクと頷くので、手を放す。


「突然家に侵入してきた見知らぬ男に、体の自由を奪われました。……これであんたからいくらふんだくれるだろうね?」


「損害賠償目当ての通報とか、逞しいですね」


「部屋に知らない男が入ってきてたら、誰だって警戒するさね」


「そ、それはそうでしょうけど……」


「何が目的だい? 金か? それとも儂の心か?」


「か…………いや、究極の二択すぎるだろ! 危うく『金』と答えそうになったじゃねぇか!」


「金かい? なんだやっぱり強盗じゃないかい」


「いやその二択なら誰だって金欲しがりますよ……」


「儂の魅力がわからないとはさぞ変わった嗜好の持ち主なんだろうねえ。……うちの孫娘なんかと気が合うんじゃないかい?」


「特殊嗜好の変態と気が合いそうだと思うって、あんた自分の孫をどんな目で見てんだっ!」


「性欲魔獣」


 否定の言葉が見つからなかった。


「……ふぅ。あんたをからかうのも飽きたから、もう自首してもいいさね」


「俺はあんたのオモチャかっ!」


「年寄りの前でギャンギャン騒ぐもんじゃないよ……礼儀のなってない子だね」


「急に正論吐くなよ……」


「まったく……特別に、おとなしくお縄につくか、あの子と籍を入れてうちの子になるか、選ばせてやるよ」


「さっきから二択が極端なんだよ! ていうか本当に俺は強盗とかじゃなくて、あなたのお孫さんの知り合いで――」


「んなの知っとるよ……家に来るときに大声で挨拶する強盗がどこにいるんだい」


「聞こえてたのかよっ! 耳が遠くて聞こえてなかったのかと!」


「あとあんたが勇者なのもあの子から聞いてたから知ってた」


「今までの(くだり)なんだったんだあああああああああ――――!」


 ……はぁ……はぁ……くっ、大声でツッコミすぎて疲れた……こんなテンションでツッコんだの、小六の時以来だぞ……!


「なんてばあさんだ……」


「ばあさんじゃない。メーテルリンクだ。近所で有名なメーテルおばさんだ」


「はあ……それで、その銀河鉄道にでも乗ってそうなメーテルおばさんは……今更な確認ですけど、召喚士さんのおばあさんですよね?」


「あんたにおばあさんと呼ばれる筋合いはない」


「理不尽だ!」


「初対面の目上に向かって、ずいぶんな口の利き方じゃないかい」


「あなたに常識を説く権利はないと思うのですがっ!」


「そういちいち怒鳴るんじゃないよ。……あんたがあの子に信頼されてるのは、確認済みさね」


 メーテルリンクは……変わらない調子で言い、チラと眼鏡の奥から俺を見た。


「……確認?」


「あんたに負ぶられてた時の、あの子の安心しきった寝息を聞けば、あんたの人相も予想がつくってもんさね」


「…………」


 自身の耳を指で示して、何でもない風にぽつりと言った。


「昔から、耳だけはいいさね」


 聴覚が……人よりも優れてるのか。

 それで、俺におんぶされたときの召喚士さんの呼吸音から、俺と召喚士さんの関係を推測したんだな。実際に負ぶってた俺ですら、注意しなければ聞こえなかったぐらいなのに……地獄耳だな。


 ……そういえば、召喚士さんも赤面するとき、顔よりも耳の方が先に赤くなってたっけ。遺伝だったりするのかな。関係あるか知らんけど。


「……あの、俺のことを聞いたと言ってましたけど」


「聞いてるよ。『様』付けで呼ばせてるんだろ? 随分な身分さね?」


「向こうが勝手に呼んでるだけです……」


「ま、それは冗談として。……あの子が世話になってるようじゃないか。手のかかるじゃじゃ馬だろう」


「そんな……こちらこそ彼女がいなかったら、今頃この世界で生きていけていたかどうか」


 これは俺の本心で、常日頃から思っていることだ。あの日、召喚士さんが宿屋に部屋を借りていなかったら、俺の流離世界での生活はこれほど快適なものにはなっていなかっただろう。細かな生活の常識などを召喚士さんが笑顔で教えてくれたからこそ、俺と輝夜は楽しい異世界ライフを送っていられるのだ。


「ま、そこはお互い様なんじゃないかい。『勇者様が魔王倒してくれたおかげで、私の方にもたくさん褒賞金が入りましたよおばあちゃん』と、テル貨幣の詰まった袋を抱えて帰ってきた時は、さすがの儂も驚いたさね」


「あー……言ってたな、議会からの金だっけか」


 それも今となっては、なんだか怪しい気もするけどな。その議会のトップが、クラインなんだから。


「あんたと付き合い初めてから、あの子は金と男の話ばかりするようになって……おーいおいおいおい……」


「言い方の問題だ! 褒賞金と勇者の話と言い直せっ」


「勇者……。そのなりで勇者ねぇ……。ぷっ」


「おいコラ非常識ババア」


 こいつ鼻で笑いやがった! そんなにこの黒ロングコートが似合ってないのか? カッコいいのに!


「だから冗談さね。……実際、儂も助かってるんだよ。金に目がくらんだヤブ医者共が熱心に診察に通いに来るのを見るのは、なかなかに痛快さね」


 意地の悪そうな笑顔で、特に気にも留めてないような調子で言う。


 ……ヤブ医者、か。


 魔力を込めた目で見れば、たしかにこの人の御魂は――


「……失礼ですが、」


「失礼だと思うなら聞くんじゃないよ。……どうせもう長くはないんだ。それがちょっと早まるだけさね」


 そんなことを言うってことは……やっぱり、病気、なのか。召喚士さんの、おばあさんは。

 

 ……でも、少し御魂の様子がおかしいな。


「……普通の病じゃなさそうですが」


 現代医療ではどうにもならない……魔術が原因の病だ。


 ただ、体に異常をきたすような病というわけでもない。日常生活を送る分には何の問題もない、ただ寿命だけが刻一刻と減っていくという……一種、呪いのような病だ。


 日常生活でのサポートが必要なレベルだったら、あの召喚士さんのことだ、宿屋で寝泊まりするような選択はしなかっただろう。それでも心配だから、こうして週一のペースで家に帰ってきてるんだろうけどな。


「わかるのか。わかるか、勇者だものな、あんたは」


「魔力の流れが不安定です。……待ってください、応急手当的な処置に止まりますが、進行を遅らせるくらいなら……」


 この場での完治は難しいが、それでも流離世界の医者よりは力になれるはずだ。


 そう思って手を伸ばした俺を、しかしメーテルリンクは冷たくあしらう。


「いらん情けはかけるんじゃないよ、気持ち悪い。勇者の手など、借りる気はないさね」


 きつい言葉だが……さきほどまでようなの毒は、それほど感じない。


 それはきっと……自らの病が治らないと、知っているから。

 だから俺に心配をかけまいと、突き放すような言葉をあえて、選んだんだろう。


 でも……勇者の手など、か。


「……なら、自分の孫の魔術なら、拒否はしませんか?」


「仮定の話なんざ無意味さね」


 吐き捨てるように言うメーテルリンク。

 思い出すのは、先ほど召喚士さんの部屋で見た、大量の書物。


「もしかして、召喚士さんが努力家なのって」


「そりゃあんたの思い違いだね。あの子は昔から真面目な子だったよ」


 どうだろうな。術口を使った魔術の練習にも、どうやらこだわっていたようだし。

 

 この病を治すには、相当な魔力量が必要となるはずだ。


「……不器用な子だったよ。あの子の父親が死んだ時も、涙一つ見せずに」


 祖母と二人暮らしだと言っていたが、父親を亡くしていたのか……。

 母の行方は気になるが、聞ける雰囲気ではないな。

 

「あの子は頭は悪いし、運もない。失敗も多い。根が暗いから、友達も少ない」


「自分の孫に向かって随分な言い草だな……」


 ていうか、そっちが素なのか、やっぱり。

 いや、素……という言い方は違うか。俺の前で見せるウザいくらいのハイテンションも、演技や建前のようには見えなかった。


「収まりの悪い顔さね。あの子の根が暗いって話、信じられないかい?」


 俺の表情から、考えていることを読み取ったのか……メーテルリンクが、そんなことを訊いてくる。


「……思い出そうとすれば、そういうあいつも見たことがないではないですが」


 例えば、舞踏会に俺を誘った時。宿屋で迎えた初めての夜に、召喚士さんの部屋を訪ねた時。俺は彼女のそれを見ていたのかもしれない。

 どこか儚くて、憂鬱とした表情の召喚士さん。

 

 俺はどこか、体調でも悪いのかと疑ったくらいだったんだが……

 むしろあれが、普段の召喚士さん……なんだろうか。


「……あんたのおさげさね」

 

「え?」


 うつむいていた顔を上げ、召喚士祖母を見れば……メーテルリンクは、明後日の方向を向いて、俺から顔を背けていた。


「あんたと会ってから……正確には、あんたが勇者になってから、かね。あの子は、明るくなったよ」


 先ほどまでとは打って変わって、柔らかな声音のメーテルリンク。


「……それは、また、なんで」


「そんなん儂が知るかいな。儂はあの子じゃない」


「えぇ……無責任な」


「それでも、あんたの行動があの子に良い影響を与えたことは確かだ。そこだけは、礼を言っておくさね」


 相変わらずそっぽを向いたまま、メーテルリンクはすげなく言った。

 この人なりに、感謝しているつもりらしい。どっちが不器用なのか、分かったものじゃない。そこも、血のつながった家族と言うことか。


「……そうですか」


 ……ならば。


 俺はその感謝と……召喚士さんに応えなければいけない。

 そう、強く心に決めたのだった。

 

 そしてその機会がおそらく……近いうちにやってくることも、俺は同時に予感していた。


(俺は、中史として……)


 どうか、それが召喚士さんにとって、いい結末に繋がることを、今はただ祈るばかりだな。


「あ、そうだ。……これは今日困ったことで、聞いておきたいんですが……」


「あの子の身体の寸法なら、上からはちじゅ――」


「スリーサイズなら俺が聞くまでもなくアイツから教えてきてくれたので知ってますし、違います。えっと……」


 その後、短い会話を済ませた俺は、なんとなく前向きな気持ちで、召喚士さんの家を後にした。



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