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十五話  水中に棲む少女達

「大丈夫か?」


 しゃがみ、人魚の安否を確認する。


「は……はい。ありがとうございます、勇者様……!」

  

 目の端に一掬の涙を浮かべる人魚だが、その表情は明るい。

 怪我を負ってるようなら治癒魔術をかける必要もあったが、どうやらその心配はなさそうだ。


「勇者様っ!」「トキ!」


 人魚の無事を認めた二人が、こちらに走り寄ってくる。


 思わぬトラブルが起こり、俺の闘争心はすっかり冷めてしまった。

 

「まだ続けるか?」


 アレックスに問うと……

 やつは黙って剣を鞘に納め、俺の元まで静かな歩みで移動した。


「……?」


 不意打ちでもするつもりかと警戒していると、


「……すまなかった」


 唐突に、アレックスが頭を下げた。

 それはぴったり90度の見事な謝罪だった。


「ど……どうしたんだよ、急に」


 先程まで剣を交えていた相手だと言うのに、いきなりこんな態度を取られる理由が分からず、困惑する。


「僕もこれでも一端の戦士のつもりだ。ああして剣を交えて、君が……いえ、閣下(かっか)が何者か分からぬほど、私も愚かではないつもりです」


 その対応は、俺に更なる混乱を招いた。


「か……閣下?」


 急に丁寧な言葉遣いをされ、いよいよどういうことか理解が追い付かなくなる。


「此度の度重なる御無礼、容赦などとは宣いません。この場で首を刎ねろと命ぜられれば、そのようにいたします。しかし、私の戦友たる彼らだけは、どうかご容赦を。数々の愚行は、すべて私の一存にて行われたものにございます。一切の罪咎は、このエンテレケイアにあるのです――勇者閣下」


 勇者閣下。

 その単語を聞いて、ようやくこいつの態度の変容の理由が明らかになった。


 こいつは、先程の戦闘の中で、俺が真の勇者であることを肌で感じ取ったのだ。

 

 俺の魔術を真っ向から受け止め、跳ね返したほどの男だ。その勇気、瞳に宿る強い志には、目を見張るものがある。それは俺の横でぼーっと突っ立ってる少女なんかと同一の、どんな運命でも捻じ曲げてしまいかねないほどの強烈なインパクトを感じさせる特別な目だ。


 戦闘の最中に相手の実力や、胸に秘めた真意を読み取ることができても、不思議ではないだろう。


「どうか、ご容赦を……!」


「アレックス……」「アレク……」


 そして、俺が勇者であると気づいたこいつは、真っ先に謝罪を述べてきたのだ。

 この国では王族の次に偉い『勇者』の爵位を持つ俺に対し、偽勇者の疑いをかけ、無理矢理に決闘を申し込んできた無礼への謝罪を。


 その一切の罪は自分にあると言い、自らの首を差し出すことで仲間を庇おうとしている。

 俺なんかよりも……よっぽど勇者に向いてるんじゃないか? この、エンテレケイアとか言う男は。


「許してほしいんだったら……まずはその敬語をやめろ。気持ち悪いぞ」


「いえ、しかし……」


 エンテレケイアは困ったように眉を寄せる。

 自分よりもはるかに立場の高い相手に敬語をやめろと言われたら、こんな反応にもなるだろう。


「そんな畏まる必要ないですよ。ここ二日一緒に過ごしてて段々分かってきましたけど、この人、そんな尊敬に値する人じゃないです」


「お前はもう少し遠慮しろよ?」


 恭しい言葉を並べ立てるアレックスに対し、あまりにも無礼な言葉を吐く召喚士さん。

 二人の温度差で風邪ひきそうだ。


「俺が本物の勇者だって信じてくれるなら、それでチャラだ。見ろよ、さっきの戦闘で俺がどこか怪我したように見えるか?」


 両手を広げ、無傷をアピールしてみせる。

 それでもエンテレケイアは食い下がろうとしたので、


「俺のことを疑った上に、言う事まで聞けないのか? それこそ、罪になるぞ」


 俺は少しズルい論法で、エンテレケイアを説き伏せる。


「……分かった。君がそう言うのなら、これが最大の敬意の表れということにして納得しよう」


 微笑を浮かべ、ようやっと堅苦しい物言いをやめてくれる。


「二人もだぞ」


 俺はエンテレケイアの後ろに目を向け、ロクサネとランサーにもタメ口を強制する。


「あ……あの、ごめんなさいっ。私達、何の証拠もなしに、あなたを疑っちゃって……」


「彼女の言う通り、伏して謝罪するよ。すまなかった」


 二人とも、頭を下げて先程のことを謝ってくる。

 俺がそれに苦笑を返していると、召喚士さんが横からひょこっと顔を出してきた。


「いいんですか? 勇者様。あんな簡単に許して……」


 意外にも召喚士さんは、この特赦に納得がいっていない様子で顔をしかめている。


「なにか不満か? 慰謝料が欲しいって言うなら、掛け合ってくるが」


「そんなんじゃありませんよ私は金の亡者か何かですか!」


 違うのか?


「そうではなくてですね…………勇者様が危険に晒されたというのに、お咎めなしって言うのは……その……」


 もどかし気に、言葉尻を濁すのは……

 分かりずらいが……俺の代わりに怒ってくれてるのかな、召喚士さん。


 自分の仲間(この呼称でいいのかどうか、微妙な関係だが)を傷つけようとした相手を許すことができないと、静かな義憤に駆られている……そんな感じだ。


「……心配してくれたのか?」


「しっ、心配なんてしてませんよ! いいですいいですよぅ、勇者様本人がいいなら、どうせ私に口出しする権利はありませんしっ」


 わずかに赤くなった耳をこちらに向けて、召喚士さんは否定する。

 どうやら違ったみたいだな。これは少し、自惚れが過ぎたか。


 何も言わなくなった召喚士さんからエンテレケイアへ再び視線を戻すと、エンテレケイアは俺に手を差し出し、握手を求めた。


「……遅くなったが、僕はエンテレケイア。そこのロクサネ、ヘパイスティオンと共に冒険者をしている」


 俺はその手を取り、握手を交わした。

 その後エンテレケイアは二人を指して、挨拶を促す。


「よろしくね」


「以後、お見知りおきを」


 ランサーの男は、ヘパイスティオンと言うらしい。俺は日本史選択だから確かなことは言えないが、世界史の教科書にでも出てきそうな、変わった名前だな。


「俺は中史時だ。……なかなか信じて貰えなかったが、本物の勇者だ」


 俺が少し意地悪を言うと、三人はバツが悪そうに苦笑したが、俺が意地汚い笑みを浮かべていることに気づくと、一斉に噴き出した。


 三人とも、俺がわざと痛いところを突いた発言をしたことに気づき、おかしくなって笑ったのだ。


「あはははっ、酷い冗談を言ってくれるな、ナカシは。耳が痛いよ」


「『時』でいいぞ、エンテレケイア。……エンテレケイア……お前の名前、少し長いな……さっき別の呼び方されてたのは、あだ名か何かか?」


 『アレックス』と呼べるならそちらの方が気軽なので、訊ねてみた。


「そんなところだ。呼びやすい方で呼んでもらって構わない」


「じゃあ、アレックス」


 そしてもう一度握手したところで、俺は後ろの二人に目を向けた。


「こっちは名もなき召喚士さんで、ちっちゃい方も名もなき少女だ」


 そんな他己紹介にもならない紹介を、「私は名もなくないんですよ……うっうっうっ」などと嘆く声を聞き流しつつも終えて、やりとりが一段落したのを感じた俺たちは閑話休題、本題に戻ることにした。


「それで、アレックス。そもそもお前らとこんなことをしなくちゃならなくなった原因についてなんだが」


「ああ、人魚だね。……君が勇者だと分かった上で言わせてもらうが、あの行動はどうかと思うぞ」


「悪かったよ」


「謝るなら僕じゃなくて人魚、そうじゃないか?」


 アレックスに促され、これまで俺たちを見上げるようにしていた人魚に向き直る。


「トキ……人間的に負けてない?」「次また疑われた時、勇者様が勇者だって擁護できる自信ないです……」


 そして失礼な二人を意識の外に追いやって、人魚に再び謝罪する。


「さっきも謝ったが、もう一度。……悪かったな、俺の軽はずみな行動のせいで、あんたを危険な目に遭わせた」


 すると人魚は胸の前で手をぱたぱたと振って、


「いえっ、あの……そんなこと思って、ないから……。むしろ、守ってくれてありがとう……」


 にこりと、微笑んでくれる。

 あれで感謝されるのは、いささかマッチポンプ感が否めないが……まあ本人が感謝してくれてるなら、素直に受け取っておくか。


 そして、胸に手を当てて、自己紹介をしてくれた。


「私は、メロウ・ハル・セルキーといいます。セルキーが名前なので、そう呼んでほしいです……」


「分かったよ。セルキー、だな」


 俺とセルキーが一件落着したのを見計らって、アレックスらも謝る。


「僕からも。……トキとの闘いに夢中になるばかり、君のことが見えていなかった。すまない」


「ごめんね」「悪かったよ」


「いえ……話しているのを見て、分かりましたから……皆さんは、あの方達のように私達を脅かすことはないと」


「あの方達?」


 俺が疑問に思い、その単語をリピートすると、アレックスが説明してくれる。


「最近、セレスティアでは人魚の売買が横行しているんだ」


「売買……奴隷扱いってことか?」


 アレックスが頷く。


 この国には、奴隷制度はないはずだ。図書館で美少女獣人奴隷に興味があって調べたから、それは確かなはずなんだが……


 あくまで、表向きには、ということか。


 法律上禁止されていても、それはあくまで光と影でいう光の部分の話であって、裏で秘密裏に取引が行われていないことを保障するものではない。


人魚(マーメイド)は生活の拠点をアクアラクナの中に置き、水中では他種族の追随を許さない無類の強さを誇ることで知られている。一方で、陸地に出ると人間の幼児程の力しか発揮できない。そのような生態をしているんだ」


 アレックスの話に、セルキーが同意の意を示す。


「……つまり、陸地に上がって無力な人魚を捕まえて、売買してるのか」


「ああ。冒険者崩れが奴隷商人に引き渡し、それを貴族などに高値で売りつける。……そういう仕組みが出来上がりつつあるんだ」


 俺は頭の中に、ここに着いた時の風景を思い浮かべていた。

 絶好の日光浴日和だというのに、畔にはひたすらに静寂が満ちていて、人魚一匹見当たらなかった。

 

 あれは人間のハンター達を恐れて、人魚達が湖中に引き籠っていたために出来上がった光景だったんだな。


「俺を見て真っ先に偽勇者だと疑ったのも、そのせいか」


 苦い顔で肯定し、アレックスは続ける。


「魔王打倒は、冒険者にとっての最終目標だった。その褒賞金と地位を得るため、人生のすべてを費やして冒険者をやっている者も少なくなかった。その目標がなくなった今、冒険者をやめ、そういうあくどい商売に加担する人間も少なくないんだ」


 それは、俺が魔王を倒したことによる負の影響だ。

 いくらこの世界がドラ○エなどを元にしたと言われているナーロッパでも、魔王を倒してはいハッピーエンド、とはいかない。

 このトラブルは、そういう負の面が表面化した事件だったんだな。


「その人達が勇者を騙って人魚達を襲った前例があったから、アレックスさんは勇者様を一目見ただけで疑ったわけですか」


 そう言う召喚士さんの言葉には……まだどこか棘が残っているが、先程のような分かりやすい敵意はなくなっている。

 事情を聞いて納得してくれたんだろう。


 元はと言えば俺の軽率な行動がトラブルの原因なので、そうしてもらえると助かるところだ。


「……トキはもう少し、勇者らしい行動を心掛けた方がいいと思うわ」


 少女にいさめられ、全く一言もない俺であった。

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