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十四話  勇者兼魔術師

 人魚の国の畔にて、俺は三人の冒険者と戦っていた。


「《竜昇巻(スラド)》‼」


 遠距離からは、魔術での遊撃が有効的だ。

 挨拶代わりとばかりに、魔術師らしき風体のロクサネが、超自然の竜巻で俺を攻撃する。


「……中級魔法か。召喚士さんの魔法よりは強力だな」


 魔力量を調節した《月降(つきおろし)》でそれを相殺してやる。

 すると、それを見たロクサネが驚いたように目を見開いた。


「……中級魔法に対抗できる、独自の魔法……⁉」


 ロクサネが驚くのも無理はない。

 一昨日の召喚士さんの話だと、この世界では五大元素魔法以外の魔術は珍しいらしいからな。


「でも、攻撃範囲は狭い……なら、これで――《流星岩(ステラ)》ッ!」


 ロクサネが空に杖を向けると――


 空中へと放たれた魔力が巨大な岩石へと変わり、彗星のような輝きを伴って落ちてくる。

 りゅうせいぐんが襲い掛かる――――‼


 《呪々反射鏡(まそみかがみ)》でそれを防ぎ、跳ね返しはせずにそのまま反射鏡を消す。

 俺としては勇者だと信じてもらえればそれでいいので、あいつらを傷つけるつもりはない。


「出し惜しみしてないで、さっさと全力の魔術を使ったらどうだ」


 ロクサネが使える最大の魔術を相殺してやれば、認めてもらえるだろうと考えて、挑発まがいの言葉を送る。


「余裕綽綽って感じだけど、いいのかな――?」


 しかし、返答に応じたのはロクサネではなかった。


 爽やかな笑みを見せるランサーが、遠方から槍を構える。

 いくら長槍といえど、その間合いでは長さが十本分ほど足りないはずだが……


「近接武器の間合いが目に見える通りだなんて、思わない方がいいよっ!」


 ランサーが、槍で宙を突く。

 その瞬間、穂先に魔力が集い、突きの衝撃は固体となって黄金に閃いた。


 それは、轟きを伴って俺の元へと翔ける。


「そうだよなっ……!」


 俺は咄嗟に後退し、槍撃を回避する。

 先程まで俺がいた地面に衝撃が落ち、けたたましい音を立てて直径2mほどのクレーターを形成した。


「へえ……なんで分かったのかな?」


 攻撃を避けられたランサーが、意外そうに眉をひそめる。


 武器に魔力を乗せて飛ばす、近距離武器での遠距離攻撃。

 元の世界でもよく使われる技術だ。


 来ると分かっていれば、避けるのは容易い。


「けど、それで油断するようじゃ勇者とは言えないかな?」


 初見殺し的な技を見切られたランサーは、しかし優しい笑みを崩さない。


 ランサーの視線が俺に向いていないことに気づき、その先を辿ると、そこには複雑な魔術式を編んでいるロクサネの姿があった。

 彼女の周辺には、緑色の魔法陣が5つほど展開されている。


「ロクサネ、今だ!」


「うんっ!」


 アレックスの呼び声に応え、ロクサネが杖を揺らすと、辺りに一陣の風が吹き荒れる。


「――《斬辻励起風(レイド・アゼレイル)》ッ!」


 それらは意志を持ったように流動し、巨大なかまいたちとなって俺を襲う。


 一昨日召喚士さんの本で見かけた――風属性の上級魔法だ。

 

「上級魔法が使えるのか……召喚士さんより優秀だな」


「一々私を罵倒しないと魔法使えないんですか⁉」


 言いながら、疾風を《呪々反射鏡(まそみかがみ)》にて受けとめ、跳ね返る魔力に《月降(つきおろし)》の魔力を上乗せした閃光の刃を飛ばす。


「あっ――」


 まさかカウンター魔術など予想していなかったんだろう。

 ロクサネが、迫りくる魔術を前に立ち竦んでしまう。


「ロクサネッ!」


 それに咄嗟に反応したアレックスは、彼女を抱きかかえて真横に回避した。


 俺の魔術もまた、誰もいない地面を攻撃し――


 ドゴオォォォォォォォォォォンッ……と、爆音を鳴らし砂塵を巻き上げた。


 巻き起こった暴風は、先程の《斬辻励起風(レイド・アゼレイル)》よりも遥かに強力だった。


「ぜんっ――ぜん手加減できてないじゃないですか勇者様‼ 今の避けれてなかったら、あの子無事じゃ済まみませんでしたよ⁉」


 その威力の高さを見て、召喚士さんが嚇怒する。


「いざ戦いの場に立つと、どうしても闘争心が抑えられなくてな……すまない」


 少しやりすぎた自覚があったので、素直に謝る。


 強い魔術を前にテンションが上がり、つい過剰な威力で反撃してしまった。 


 それは、これまでの人生で魔術師や怪異とバトルばかりしてきたから、というのもあるんだろうけど……

 一番は、俺が強い魔術師だから、なんだろうな。


 魔術とは、本来的に狂暴なものだ。それがいくつもの偶然と奇跡が重なって、今の宇宙を形作っている。

 暴力的な物質を多くその身に秘める魔術師に血の気が多いのは、自然なことなんだ。


「大丈夫、ですよね……」


 召喚士さんが不安気な視線を向けた頃。

 砂埃が止み、その場に、しゃがみ込むアレックスとロクサネの姿が現れた。

 横には、こちらの動向を伺うように目を光らせているランサーも立っている。


「ごめん、アレックス……私」


 俺の魔法を自力で回避できず、仲間に負担をかけたことを気にしているのか、落ち込んだようにロクサネが俯く。


「いや、魔法を反射する魔法なんて、聞いたことがない。ロクサネの過失じゃないよ」


 と言って、ロクサネの頭を優しく撫でるアレックス。


「あ、ありがとう……アレックス……」


 感謝の言葉を述べるロクサネ。

 その頬には、微かに赤みが差している。


「……恋仲だって分かってたら、手加減しなかったんだが? 《(つきおろ)――」


 俺が不意打ちを狙うと、少女に「トキ」と窘められた。


 その間に、やつらはなにやら言葉を交わしている。


「ねえアレックス……やっぱりあの人、本物の勇者なんじゃ……。上級魔法を完璧に防ぐどころか、返されるなんて……。普通の魔術師には、できないことだよ」


「真贋どちらかというのもそうだけど……単純に、今の僕たちじゃ勝てそうにないね。どうする?」


 二人の意見を聞いて、アレックスはしばし考え込むように顎に手を当てた。

 やがて、


「……僕に任せてほしい。二人は下がっててくれ」


 今まで動きを見せていなかったアレックスが、立ち上がり……

 その腰の剣を、慣れた動作で抜いて見せる。


 なので俺は、


「どうした! お前らの力はそんなものかッ!」


「あぁ……もう口調が悪役ですよ勇者様……。魔王様と呼んだ方がいいですか?」


 半分は本心で、もう半分は話をスムーズに進めるため……そんな挑発をしてやると、


「まだ僕がいるぞ」


 鈍色に光る剣を手に、アレックスが勇壮な歩みで前に出てくる。


 そして、天からの光を受けた瞳で俺を見据え、ランサー同様その剣身に魔力を宿す。

 いくらもしないうちに、鈍色に光っていた剣は黒いオーラを纏う黒剣へと変わった。


 俺が、攻撃に備えて重心を落とした時――


「――はああぁッ!」


 吶喊し、その黒剣を振るった。


 剣身から放たれた漆黒の斬撃は、俺めがけて一直線に飛んでくる。


「《月降(つきおろし)》」


 斬撃を閃光の刃で迎撃すると、二つのエネルギーがぶつかり合い、大きな爆発を引き起こした。


「うおおぉぉっ‼」


 煙の向こうから、声がしたかと思うと……

 なんと、アレックスはその爆炎を切り裂き、こちらに猛進してきていた。


 韋駄天走りで俺との間合いを詰めながらも、アレックスは何度も黒剣を振るい、俺に斬撃を浴びせんとする。


「無駄だ」


 言って、そのすべてを《月降(つきおろし)》で打消していく。

 またしても魔力の衝突によって、轟音の爆発が起こる。


「俺とお前じゃ、元の魔力量が違う」

 

 やつ渾身の斬撃だとしても、俺の魔術を打ち破ることは不可能だろう。


「分かってるさッ‼」


 威勢のいい返事と共に、煙の中から抜け出してきたアレックス。

 やつは身を低く屈め、両手で剣を構えている。


「だから、ここまで走ってきたんだ――!」


 そして、素早い身のこなしで、実体を持った剣の間合いまで、俺との距離を詰め――


 左足を踏み込んで、大きく飛び上がった。


 天に掲げられたその剣は、今までにないほど強い輝きを放っている。


 俺とアレックスの距離は、ゼロに等しい。


「……勇者様ッ、避けてください!」


 俺のすぐそばまで迫った身の危険に、血相を変えた召喚士さんが叫び声をあげる。


 遠距離から魔術を放つ魔術師には、近接戦へ持ち込むのが最も有効な手段だ。

 アレックスはそれを分かっていて、ここまで斬撃を飛ばしつつ、近づいたんだろう。


 この距離では、流石の俺でも魔術式の展開が間に合わない。

 魔術でこの一撃を防ぐことは、不可能だ。


 アレックスの持つ黒剣には、獣を彷彿とさせる漆黒が熱く燃え盛っている。

 辺りは、その漆黒に影響されてか、夜の帳が下りたかのごとく暗闇につつまれた。


「――《奔馬走剣(ブケファルス)》――」


 ――黒剣が、力強く振り下ろされる。

 大上段からの一振りが、俺に襲い掛かる。


「勇者様ッ!」「トキ――!」


 夜の闇に、二人の呼び声が響く――


 その刹那。


 ――キィンッ……!

 

 と、金属がぶつかる音が、鳴り……


「――なっ……まさか……⁉」


 次第に、辺りは明るさを取り戻していく。


 俺とアレックスの姿が、晴天の元に露わになる。

 戦いの行く末を見守っていた四人は――その姿を見て、目を丸くした。


「魔術師に近接戦は、確かに有効だが――」


 正確には――俺の手に握られている、()()()()()を見て。


「――俺が近接戦が不得手だと、いつ言った」


「くっ――!」


 アレックスの一撃は、俺の(つるぎ)に受けとめられていた。


 バッとやつは間合いの外側まで後退し、目の前で起こったことへの理解に努めるように、一点を見つめる。


「魔術の発動は間に合わないが、魔力を物体化するくらいの余裕はある」


 淡い月明かりのような光を発するそれは、魔力の塊。

 剣先を地面に向けて、俺は言う。


「俺の国に古くから伝わる、十束剣(とつかのつるぎ)。月光の魔力を使用して振るう、魔術師の――中史(なかし)の剣だ」


「まさか……魔術師が、剣を扱うなんて……!」


「言ったはずだぞ、俺は勇者だと。勇者のメイン武器と言えば、コレだろ」


「へえ……勇者様、剣も扱えたんですねぇ……」


 感心したように、召喚士さんが呟く。


「近接武器一式は、ハワイで親父に教わったんだ」


「そのはわいがどこかは知りませんが、すごいですね」


 くっ……そうか、ここは異世界だからパロディネタが通じないのか! 別に嘘じゃないけど、何のツッコミも入らないのはそれはそれで寂しいぞ……。


 俺はその辛さを、煽りという形でアレックスにぶつけることにした。


「喜べ、アレックスって言ったか? まさか、この世界で魔術以外を使うことになるとは思わなかったぞ。お前はそれだけ俺を追い詰めたということだ。このことは称賛に値する」


 不敵な笑みを浮かべ、月の剣から魔力を立ち上がらせる。


「『称賛に値する』という台詞は悪の親玉くらいしか使わないものだと思ってました……」


「お前俺のこと勇者だって信じてないだろ⁉ 味方なんだから『流石は勇者様!』と俺が勇者であることをアピールするとこだろっ、ここはっ‼」


「それならもっと勇者らしい立ち振る舞いを心掛けてくださいよ! 例えば伝説の勇者に相応しい偉大なる美少女召喚士を娶るとかしてください!」


「召喚士さんがトキと結婚したいだけじゃない……」


 俺たちが、そんなバカなやりとりをしていると……

 未だ闘志の燃え尽きていないアレックスが剣を片手に、こちらに走り寄ってきた。


「剣が扱えるからなんだというんだ! むしろ同じ条件で、僕としてはやりやすいっ!」


 言いながら、黒剣を閃かせるアレックス。


「いいのか?」


 その横薙ぎをいなし、やつの胴めがけて剣を振るう。


「があっ――」


「ここで負ければ、『勝負には負けたが、魔術を用いない剣戟でなら勝てた』って言い訳ができなくなるぞ」


 手加減してやったとはいえ、俺の剣撃をもろに受けたアレックスは横へ吹っ飛び、黒剣を手放してしまう。


「何を……(はな)からそんな気はない!」


 立ち上がり、剣を拾って再びこちらに向かってくる。

 そして、遮二無二その剣で俺を斬りつける。


「はああっ!」


 裂帛の気合で、扇のような軌道をつくり振るわれたその剣は――


「そろそろ認めたらどうだ?」


 火花を飛ばし、俺の剣によって受け止められた。

 そのまま、俺とアレックスは剣に力を込める。

 鍔迫り合いになるか……と思われたが、


「俺が勇者だ」


 月の剣が紺碧の輝きを発すると、アレックスの体は剣ごと押し込まれた。

 額に冷や汗を浮かべたアレックスが、やむなく後退する。


「《月降(つきおろし)》」


 魔術が有効な距離になったので、俺はすかさず魔力を乗せて月の剣を振るった。

 剣身から魔力が飛び出し、青と黄の混じった眩い光の刃がアレックスを襲う。


「来ると思ってたさ――はあぁっ‼」


 アレックスは両手で剣を握り、重心を低く構え……


「ぐっ――うおおぉぉッ‼」


 俺のその斬撃を、正面から捕らえた。


 その衝撃に押され、じりじりと、やつの足が地面にめり込んでいく。

 それでも、アレックスは必死の形相で魔力を振り絞り、俺の剣撃を押し返そうとする。


「アレックス……!」


 旗色の悪い勝負に、ロクサネが祈るように胸の前で両手を合わせ、やつの名前を零す。

 

 その場の誰もが、俺の勝利を予感しただろう。

 ……唯一、俺を除いて。

 

「…………」


 アレックスの瞳には、強い意志が宿っている。格上の相手にも臆することなく立ち向かおうとするやつの勇気がきらめいている。


 ――人の想いは、限界を超えた魔力を引きだす力となる。

 

「……やるな」


 やつの剣が、眩しいほどに強く輝きだす。

 アレックスの魔力が、増大しているのだ。


「うおおおぉぉぉぉぉッ‼‼」


 ぐんぐんと魔力を高める、アレックスに……

 やがて、押され気味だった力のバランスは逆転し。


 少しずつ、俺の一撃を押し返し出していた。


 そして……


「見事だ」


「はあっ!」


 やつは、全身の魔力をのせ、俺の《月降(つきおろし)》を弾き返したのだ。


 剣撃は軌道を曲げ、アレックスの身からは危機が去った。


「すごいよ、アレックス!」


「さすがだね」


 仲間二人から、礼賛の声を浴びるアレックス。

 その労いを受けて、やつがわずかにわずかに頬を緩めた……その時。


「きゃああぁぁぁーっ⁉」


 全くの意思の外から、悲鳴が上がった。

 その声は、俺たち六人の誰のものでもない。


 それは、おそらくその場の全員が存在を忘れていた……人魚のものだった。


「……っ、馬鹿野郎っ!」

  

 俺は少々理不尽な罵倒をアレックスに浴びせる。

 

 何が起こったのかと皆が人魚に視線を向けると、そこには……


 人魚の目前に迫る、烈しいまでの閃光。

 アレックスがはじき返した、俺の攻撃。

 

 その流れ弾が、彼女に向けて飛んでいたのだ。


「トキっ⁉」


 俺は先の戦闘で一度も出さなかった全力を足に込め、一足飛びで彼女の前に移動した。


 人魚に向けられた《月降(つきおろし)》は、アレックスの魔力を受け、今や大樹をも真っ二つにする破壊力を持ってしまっている。


 そんなものが人魚にかすりでもしたら、彼女の御魂は塵すら残らずに消えてしまうだろう。


 ――だから、俺は力を使う。

 

 中史の力の一部を、顕現させる。


「――――《月痕(つきあと)》」


 俺は御魂(みたま)を強く奮い立たせ、右の眼に全身の魔力を集わせる。

 湖をも呑み込みかねない大量の魔力が、全身から溢れ出る。


 すると右目の下から首筋にかけて、紺碧に光る紋様が浮かび上がった。


 月神を始祖に持つ中史の証――月痕だ。


 月痕が発する光は天へと昇り……そこに黄金と紺碧の光で(かたど)られた、小さな月を顕現させる。


「す……すごい……」


「きれい……」


 月が昼の空を照らすと、人魚に迫っていた《月降(つきおろし)》は瞬く間に光に包まれ、跡形もなく消失した。


 もう二度と、俺の力不足のために、大切な人を失うことがないように。


 月明りの下に、狙ったもののみを滅する<金碧(きんぺき)盈月(えいげつ)>だ。


 やがて盈月は沈み、月痕は消え、後には呆然自失としている人魚と、俺だけが残った。



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