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十二話  彼女面

 件の図書館は、宿屋から徒歩10分の場所にあった。


 ここは数百万の蔵書量を誇るセレスティア最大の図書館で、多くの国民が利用している。


 先程から俺たちはテーブルの一隅に陣取り、いくつかの本を持ち寄って流し読みをしていた。

 俺が主に読んでいるのは、流離世界に関する基礎知識が書かれた本。


「獣人、ちゃんといたんだな」


 種族についての辞典の中に獣人の名を見つけ、ホッと胸をなでおろす。俺は特別ケモナーというわけでもないが、やっぱり異世界と言ったら獣人の奴隷だしな。

 ということで早速奴隷商人相手に大枚叩いてネコミミ美少女ゲット……と行きたかったんだが、どうやらこの世界では獣人は特に奴隷扱いなどは受けていないらしかった。


 エルフや魔草少女(エルピシア)などの知性あるモンスターは、規模こそ違えど各々で国をつくり、そこで暮らしているらしく……獣人もそれら同様、東方に国を構えているようだ。


「最近は、それも曖昧になってきてたりするんです」


 苦笑を浮かべ、隣の席に召喚士さんが腰かけた。


「どういうことだ?」


「色々ありますが、主にエルフの移民が問題視されてますね」


 と言って、召喚士さんはテーブルの上に現代史にまつわる一冊の本を広げた。

 横には今日の朝刊が置いてある。

 一面に書かれた文字は、「エルフィス官僚法」。


「移民問題か……俺の世界にもあるな、そういうの。職業が奪われるとかどうとか、そういう話か?」


「いえ、少し違います。移民自体は、別段問題なかったんですよ。元々、エルフの暮らす森泉公国(しんせんこうこく)リーフォルテラナと、セレスティアには正式な国交もあり、貿易も盛んでした。だから、関係は良好だったんですけど……」


「なにか、問題が起きたのか?」


「政治的な軋轢、と言いますか……。エルフの移民に伴って、議会がエルフに参政権を与える法案、『エルフィス官僚法』の成立を推し進めているんです。勇者様も、街を歩いていてエルフをよく見かけませんでしたか?」


「……確かに獣人は探しても見つからなかったが、エルフとはよくすれ違ったな」


「でしょう? あれは皆さん、リーフォルテラナから移住してきた人達です。エルフは人間よりも魔力の扱いに長け、頭もいいので、もしエルフに参政権が与えられれば、産業の発達と、生活水準の大幅な上昇が見込まれる……というのが、議会と、それに連なる賛成派の意見です」


 賛成派……と言ったからには、否定的な意見も出ているんだろう。


「その逆に、参政権を与え、政治の実権を握らせてしまったら、そのままセレスティアをエルフに乗っ取られるんじゃないか。そう危惧する声が多数上がっていて……両者の間で、かなり揉めてるんですよ」


「エルフと人間、というよりは、エルフを間に介した人間と人間の諍いなのか」


「はい。どうも、議会は無理矢理あの法案を押し通す気らしいですけど……」


 この世界にも、色々と複雑な事情があるらしい。

 必要になれば詳しく調べるが、今のところ俺たちとは関係が薄そうだ。


「それよりも今は……この世界のことを知って、元の世界に戻る手がかりを……」


 俺は本をパラパラとめくりながら、それらしい情報がないか目を通していく。


「正直召喚士さんが転移魔術を使えるようになるのを待ってたら、寿命の方が先にくるしなぁ……」


「ひどいですよ勇者様!」


 うーん……魔術適性が高いなら、エルフの高名な魔術師なんかは転移魔術を使えたりしないか? 

 などと、思索に耽っていると……


「トキ! これはどう?」


 少女が俺の名前を呼び、一冊の本を抱えてこちらに走り寄ってきた。


「図書館では静かにな」


「あ、ごめんなさい。……それで、この本……『マーメイド』」


 少女が持ってきたのは、マーメイド……所謂人魚についての本だった。


「この世界にも人魚がいるのか!」


「勇者様こそ静かにしてください」


 バンッ、とテーブルを叩いて立ち上がった俺の腕を、召喚士さんが強引に引っ張り、着席させる。


「悪い、つい熱くなって……」

 

 バツが悪くなり、召喚士さんに軽く頭を下げる。


「でも人魚……人魚か……!」


 今度は小声で喜びを露わにする。

 人魚と言えば美少女と、相場が決まっている。ここで喜ばなかったら俺は男ではない。

 すると、


「……なんですか、勇者様は。そんなに人魚に会いたいんですか?」


 なぜか召喚士さんが……不機嫌そうに、そう呟いた。


「……どうしたんだよ? この世界の人魚ってのは、近づくのも憚られるほど凶悪な生態をしてたりするのか?」


「……その逆ですよ……」


「……?」


「知りませんっ」


 訊ねるが、召喚士さんはつーんと明後日の方向を向いて、それ以上話してはくれない。

 が、その代わり……少女が持ってきた本のとあるページを開き、俺の前に差し出してきた。


「……このページを読めって?」


 コクリと頷く召喚士さん。

 その行動は謎だが……


「……『マーメイドにはメスの個体群しかおらず、繁殖には他種族のオスの子種を要する特殊な生態をしている。湖に生息する彼女らはみな美しい容姿をしており、その美貌で湖を通りかかったオスを誘惑し、水の中に引きずり込む』……なあ、やっぱり危険な生態なんじゃん。さっきの間違ってないだろ?」


「その続きです」


 口をへの字にした召喚士さんが、続きを促す。


「はいはい……『彼女らは特殊な魔法を用い、つがいのオスの水中での生命活動を可能とする。湖の中での暮らしは何不自由なく、周りは美女揃いということも相まって、自らの意志で人魚との生活を選ぶ者も少なくない』……あれ? いい話じゃん」


「……結局、なんで召喚士さんはそんなイヤそうなの? 分からなかったわ」


 少女の言う通り。

 ……最後まで読んだが……なんだ? 召喚士さんが面白くなさそうな雰囲気を醸す理由がいまひとつ不明瞭なままだぞ。

 美人局だと思ったら本当の話だった……みたいな、むしろ男にとっての理想のような話だ。


「ああもう……二人してなんでそう鈍感なんですか……! 普段はあんなに察しがいいのに!」


 ううぅ……と唸る召喚士さんだが……やっぱり、分からん。


「だって嫌じゃないですか! そんな容姿に恵まれてるだけの種族に取られるのは……‼」


「イマイチよく分からないが……だいたい、今の内容なら別に口頭で教えてくれても良かったんじゃないか? なんで一々俺に読ませたんだよ」


「それは、その、女としての矜持といいますか……! 『あの女は私よりかわいいから近づかないで』と直接言うのはあまりに情けないと言いますかっ……!」


 うずうずと握った拳で不格好なシャドーボクシングのようなことをする召喚士さんは……

 抑えようとしても抑えきれない感情が溢れ出ているような……そんな感じだ。

 

「……分かるか?」


「ううん……」


 同じ女性という共通点がある少女に訊いてみるが、首を横に振るだけだった。


「――分かりましたよ、いいです!」


 なにかが臨界点に達したのか、諦めの境地に至ったか……さっきの俺よりいくらも大きな騒音を立てて、召喚士さんが立ちあがる。


「「静かに」」


「美少女ちゃんの言いたいことは分かりますよ! 人魚の長である女王(セイレーン)が、時空転移の魔法を使えるという噂があると言いたいんですよね⁉」


 がなり立てる召喚士さんだが、その言は俺には衝撃的なものだった。


「……そうなのか?」


 少女に訊ねると「うん、そうだけど……召喚士さん、知ってたなら教えてくれればよかったのに」と、召喚士さんの旨に同意した。

  

 そうか……人魚が、転移魔術を使えるかもしれないのか。

 確かに、それなら召喚士さんに魔術を習得してもらうよりも手っ取り早いな。


「行きましょう、行ったらいいじゃないですか! さあさあ勇者様美少女ちゃんこんな屋内で引き籠ってないで冒険に出発ですよほらほら!」


 気でも狂ったかと疑いたくなるハイテンションで外出を促すその様は……

 家でゲームばかりしている俺に刺さるから、すごくやめてほしい。


「そうだな……噂の真偽はともかく、行ってみるか」


 ものは試しだということで、俺たち三人は本を戻し、湖に向かって歩き出したのだった。


 ……結局その日、最後まで俺と少女は召喚士さんの不機嫌そうな理由を理解することはできなかった。

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