十一話 誤解(後編)
「すみません、勇者様、美少女ちゃん……私のせいで、朝ごはん食べ損ねて……」
「別にいいよ。一食抜いたぐらいじゃ死なないし。召喚士さんが創作好きだって知れて、よかったぐらいだよ」
「ああ、まだ信じて貰えてない……」
がくん、と肩を落とす召喚士さんだが……
さすがにあそこまで熱烈に語られて、耳を貸さないわけにはいかなかった。
先程店主に『淫語』を知っているかどうか訊ねたんだが、「当然知ってますよ」と顔色一つ変えずに返されたので……召喚士さんの言う事は、真実なんだろう。
まあ壮大なストーリーとまではいかなくとも、流離世界と元の世界には何らかの繋がりがあるのかもしれないな。使ってる言語も、ほぼほぼ日本語だし。
「それで、夢の話よね?」
ベッドの上で女の子座りの少女が、仕切り直しとばかりに声を上げる。
「……そうだな。まず確認だが、お前は昨日の夢のこと――」
「覚えてるわ。冬時、でしょ」
飛鳥時代の記憶がなければ知り得ない俺の名前を出す少女。
少女は昨日のことを覚えている。
つまり、あれは俺が一方的に見ていたただの夢ではなかったわけだ。
「そうなると、あれはすごく特殊な明晰夢ってこと?」
「特殊……魔術が関係してるって意味で、か」
少女が首肯する。
まあ、その可能性が一番高いだろうな。
「よく分からないんですけど……勇者様と美少女ちゃんは、そのあすか時代? の夢を一緒に見て……それで起きたら、美少女ちゃんの身体が成長してた……という認識で合ってますか?」
夢の出来事については、先程召喚士さんにも一通り説明したんだが……なにぶん俺の世界を知らない召喚士さんだ。飛鳥時代だの中史だのと言われて、いまひとつ分かっていない様子だった。
「まとめるとそんな感じだ」
「それでえーっと……なんでしたっけ……ハメ撮りの翁?」
「竹取の翁」
「それです。その翁と、かぐや姫? が夢の中での二人の立ち位置で……『竹取物語』なるお話の通りに時代が進んでる……んですよね」
「そうだ。で、だからなんだって話で詰んでるんだが……何も知らない召喚士さんなら、逆に新鮮な角度から物事を見れるんじゃないかと思って、今こうして話してるんだ」
召喚士さんは、俺の世界についても知らなければ、あの夢を実際に体験したわけでもない。
第三者の立場からの意見というやつを出せる存在なのだ。
「そう言われても……あ、でもあれですよね。その夢の世界って、勇者様が元居た世界の過去なんですよね?」
「ああ」
「それで……あの夢は、第三者の魔法によって、強制的に見させられたものである蓋然性が高いんですよね?」
ただの夢であんな不思議現象が起こるとは考え難い。そして俺にも少女にも身に覚えがないんだとすると、そのどちらでもない何者かによる犯行である可能性が高い。
「そう考えるのが妥当だろうな」
「ということは、その夢が何者かの魔法によるものだったとして、その人は、勇者様の記憶を元に魔法を発動したってことになりませんか?」
「…………」
「あれ? なんか的外れなこと言っちゃってましたか……?」
そうか。……確かにそうだ。
あの世界を知るのは、この流離世界に俺一人のはずだ。他の転移者や転生者がいたら話は変わってくるが……この世界の魔法水準を見るに、その可能性は薄い。
ということは、あの夢の世界は俺が持つ飛鳥時代の知識を再現して作ったものだ、と考えることができる。
「……つまり、記憶に働きかける魔術。それを俺は、寝てる間に使われたのか……?」
「それって……誰に?」
「勇者様って、この世界に私と美少女ちゃん以外の知り合いなんているんですか?」
「いないと思うわ」
なんだか失礼なことを話す二人だが……違う。
相手が誰だろうと、それはさして問題になることじゃない。
今、真に驚くべきことは……俺が、魔術を使われたことに気づけなかったという事実だ。
俺は中史。大抵の魔術師相手なら、寝ている間だろうと敵意があれば勘づくことができる。
しかし、一昨日の夜にそんな敵意を感じとった覚えはまるでない。
この世界で、それはないだろうと思っていたが……
「相手が格上である可能性が、あるのか」
睡眠中の俺に気づかれることなく魔術を行使できる手練れ。
そんな化け物が、敵かもしれない……。
「勇者様より強い人なんて……そんなのいるんですか?」
事もなげにそんなことを言ってくれる召喚士さんだが……
「俺は神かなにかか。元の世界には、俺より強い魔術師はたくさんいるよ。例えば父さんとか」
基本的に、中史の大人はみんな半分人間をやめてるので喧嘩を売らない方がいい。
これは俺と同世代の中史が一様に胸に留めていることだ。
「ただ……流離世界の人間は、魔王を倒せずに困ってたんだろ?」
言っちゃ悪いが、あのレベルの魔物に手こずるような世界の魔術師が俺より強いなんてことは、あまり考えられない。
だとしたら……さっきはないと言ったが、他の世界からの転移者なんかがいたりするのか?
「その敵の他にも、竹取物語との類似性に、美少女ちゃんの急成長ですよね? 考えることが多くて、頭が混乱しますよ……」
はぁ、と大きなため息をつく召喚士さん。概ね同意見だが、
「少女の成長に関しては、だいたいの見当はついてるぞ」
俺が言うと、二人は揃って驚きに目を見開いて、詰問してくる。
「そ、そうなのトキ?」
「やっぱり勇者様が夜の剣技と性技で大人にしたんですか! そうなんですね⁉」
「お前は触手でも召喚してそいつと戯れてろ淫乱召姦士」
俺は少女を見て言う。
「……まず前提として、どうして身体は成長すると思う?」
「どうしてって……そんなの、生きてれば勝手に……」
生きていれば勝手に、か。そこそこ的を射た答えではあるな。
細胞分裂がどうのと言われるよりは、魔術学的には正解に近い。
「そうだ。生物は、生きていれば勝手に成長する。……その『生きている』間に、生きている以上は必ず増え続けるものはなんだ?」
「えっと……」
顎に手を当て、思索に耽る少女。
数秒経って、
「……『記憶』ね?」
晴れやかな顔で答える。
「正解だ。人は生きている以上、その時間を記憶し続ける。そして、記憶は御魂を構成する最大の要素だ」
流離世界で身体を構成する魔力の塊を体外魂と言うように、身体の成長とは、すなわち御魂の成長のことだ。
「記憶が積み重なる分だけ御魂も成長する。御魂の成長が表面化したのが、身体の成熟だ」
だから通常なら、1年生きていれば1年分の記憶を得て、その分だけ御魂、つまり身体が成長する。
「私の場合は……いきなり飛鳥時代のお姫様の記憶を手に入れちゃったから、その記憶の分だけこの身体が成長した。……そういうこと?」
「ああ。あの姫様も生まれて一か月だったらしいが……記憶の密度は容姿と同じ、6年分くらいあったんだろうな。だから、お前は今、流離世界で育った記憶と、飛鳥時代で育った記憶の両方を保持している状態で……二人とも6歳くらいだったから、その二つを足したら、12だろ? ちょうど今くらいの容姿年齢になるってことだ」
夢の中で、少女は姫様の記憶を手に入れた。そのために、現実世界の少女の身体は、姫様が飛鳥時代で暮らした一か月分の記憶、密度で言うと6年分の記憶に合わせるように、6年分の急成長を遂げた、というわけだ。
「じゃあ、もう一度あの夢を見たら、私、トキと同じくらいになれる?」
自分の身体が急激に成長を遂げたという、不思議現象に巻き込まれているというのに……能天気というかなんというか。
そんな発言を少女はする。そのよそで、
「……あの。喋っても、いいですか……?」
先程俺に雑にあしらわれたこともあり、ちょっと涙目になっている召喚士さんがおずおずと手を上げる。
「なんだ?」
「美少女ちゃんと同じく、勇者様も飛鳥時代の記憶を手に入れてたんですよね? だとしたら、勇者様の身体も成長してなきゃおかしいんじゃないですか?」
「……確かに。トキは、なんでそのままなの?」
変だ、と詰め寄る二人。
「それなんだが……どうやら俺は、正確には冬時の記憶は既に忘れてるみたいなんだよ」
「……そんなわけないじゃない。なら、どうして夢のことを覚えてるの?」
当然すぎる疑問を投げかける少女。
俺は順を追って説明する。
「お前は、あの姫の記憶を、姫自身の記憶としてそのまま保持してるだろ?」
「……? うん」
つまり、姫の意識や思考、感情などの記憶までを含めて覚えている。
「そして、その記憶を夢から覚めた後でもなくさないでいる」
「……トキは、そうじゃないってこと?」
「そうだ。俺が覚えてるのは『中史時』の記憶だけだ。より正確に言えば、冬時の記憶を追憶した『時』の記憶だ。分かるか?」
「うーん……つまり、フユトキ自身の記憶はないけど、フユトキの記憶を見たトキの記憶は持ってるから、間接的にフユトキを覚えてる……ってこと? なんだかややこしい……」
そうは言いながら、理解はしてるようだ。
やっぱり少女、賢いんだな。
「冬時自身の記憶は、夢から覚めたと同時に消えたみたいだ。俺に残ってるのは、俺の記憶だけなんだよ。だから、冬時の記憶の分だけ身体が成長したりは、しない」
「じゃあ、どうして美少女ちゃんだけお姫様の記憶を持ってるんでしょう……って言う、今度はそういう疑問が出るんですよね……」
「考えたらキリがないな」
さすがに疲れた様子で、召喚士さんが再び歎息する。
「夢の話はこれくらいにしよう。こっちの世界に帰ってこれた以上、もう関係ないとも言える。それより、今後に直接関わってくることがあるだろ」
俺は少女に向けて言ったんだが、
「…………」
少女はまるで自分のことだとは気づいていないようで、ぽーっと宙を見つめている。
「お前のことだぞ、少女」
瞳をのぞき込むようにして声を掛けると、
「あ、え……うん。……ええと?」
まだピンと来てないらしく、眉をハノ字にして曖昧に笑う。
「……お前、自分が記憶喪失だってこと忘れてないか? 夢のことなんかより、お前がなんて名前で、どこの家の子なのかを知る方がよっぽど大事だろ」
そう。
少女は記憶喪失だ。
夢などという俺たちとの関係もよくわからないトンデモ現象なんかよりも、よっぽど少女の身元を特定する方が優先すべき事柄だろう。
「……わ、忘れてないわよ」
そう言う少女だが……
その言動からは、どこか一昨日までの必死さが感じられない。
むしろ……
「じゃあじゃあ、とりあえず勇者様は自分の世界に帰る方法を見つけて、美少女ちゃんは自分の身元について調べる……っていう予定でいいんですよね!」
パンッ、と両手を合わせ、これからの指針の確認をする召喚士さん。
……気を使ってくれたのかな。なんだか、話が脱線しそうだったから。
「……そうだな。そのためにも、流離世界についてもっと詳しく知りたい」
「なら、昨日言っていた王立の図書館がここからすぐのところにあります! そこで、情報収集といきましょう!」
いつものガッツポーズで、召喚士さんは話をそうまとめる。
ただエロいだけの人ではないのだった。