十一話 誤解(前編)
一つ、自分を召喚した召喚士に、元の世界に還してくれと頼んだら、無理だと言われた。ので、俺は自力で元の世界に還る方法を模索中。
二つ、記憶喪失の少女を保護する。目下、その身元を調査中。
三つ、寝ていたら、なぜか元の世界に戻っていた。しかし、そこは俺の生まれた時代ではなかった。俺が生まれた時代よりも千三百年近い昔の飛鳥時代では、俺と少女がそこで暮らしていた。その状況が、竹取物語に酷似していた。意味が分からん。
このセリフだけは、どんな状況に陥っても吐くまいと思っていたが……
「……やれやれ」
俺は眉間を押さえ、00年代に流行り、量産された、斜に構えた高二病のラノベ主人公と同じ言葉を吐いてしまう。
武力で解決できるような簡単な事件ならまだいい。それこそ魔王なんかだったら、百人でも千人でも相手になってやれる。
だがこうも不思議現象が続くと……こう、精神的に疲れる。何も解決しないまま次々と意味不明な出来事が起きて……心の靄が晴れず、大変気分が悪い。
「今日から三食、三人分出してもらえますか」
「ええ。……今からとなると、朝食の時間は限られますが……」
「それでも大丈夫です」
俺はカウンターに銭袋を置いて、一昨日と同じように店主に硬貨を取らせる。
あの後、少女のことは一旦置いておいて、まずは朝食を取ろうということで……俺はエントランスに出ていた。
今はこうして、これからの食料の確保をしているところだ。
「食堂と言うほどではありませんが、時間になればあちらの部屋にお食事が用意されますので」
「分かりました。……あの、すみません」
「はい」
「俺がここに少女を連れて駆け込んだのは、昨日のことですよね?」
「……え? ええ、そうですが……」
「――ありがとうございます」
やっぱり、流離世界ではあれは昨日の出来事か。俺と少女が過ごした昨日は、ほんの数時間の間に見た夢だったということか。
もうそろそろ召喚士さんも起きる頃合いだろうし、丁度いい。
部屋に戻ったら、召喚士さんも交えて三人で夢について話し合うとするか。
☽
……そう思って、部屋に戻ってきたんだが……。
「この――犯罪者‼」
なぜか部屋に入って開口一番、召喚士さんに罵られた。
「訊きたいことはいくつかあるが……まず、なんで召喚士さんがこの部屋にいるんだ」
これまた状況がよく分からず、俺は召喚士さんに訊ねる。
「昨日のお礼を言いに来たんですよ! そしたら、なぜか勇者様の部屋に美少女ちゃんがいました! 部屋に寝具は一つ、布団は乱れに乱れています! これはもう言い逃れのできない状況証拠ですっ!」
興奮した様子の召喚士さん。
このポンコツ……なにか勘違いをしてるみたいだな。
「……ごめん、トキ」
見れば、少女は召喚士さんに俺から守るように抱かれて、苦しそうにしていた。
なんだが申し訳なさそうにしているが……もしや。
「お前、こいつになんか言ったのか?」
「……よく分からないんだけど……『トキと寝たら大人になった』って正直に言ったら、なぜかこうなって……」
「なんでそんな言い方したんだ……!」
「……え? だってホントのことじゃない……」
少女はいまひとつ何がまずかったのか分かっていないようだが……
そんな意味深な言い方をしたら、この脳内ピンクが誤解しないわけがない。
「聞くが、お前はなんで俺の部屋に来たんだ」
「それは……なんだか、怖くなって……」
真実はこんなものだ。小学校に上がったかどうかという少女が、一人で寝るのが怖かったから俺の部屋に来た。これが真相。
だというのに、召喚士さんは……
「大体なんなんですか勇者様は! たしかに勇者様は見るからに経験がなさそうな雰囲気を醸し出してはいますが、何もこんな幼気な少女で卒業することないじゃないですか! 私最初に出会った時言いましたよね⁉」
少女の身体が成長していることにも気づかないほど激昂し、早口で俺への非難の言葉を浴びせている。
「トキ、ごめん……召喚士さんには、言っちゃいけなかった?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
「……?」
少女に非はない。
「私のこと好きにしていいですって、最初に言ったはずですよ! 確かにあの時は上からの指示でやらされた演技でしたけど、今ではあの言葉も言ってよかったと思ってるんですっ! 溜まってるなら私の部屋に来たらよかったじゃないですか!」
「悪いのはこのうるさい白い人だから、お前が謝る必要はないんだぞ」
「そ、そうなの……?」
悪いのは、召喚士さんの煩悩だ。純真無垢な少女を責める謂れがどこにあろうか。
「昨日の夜、私のことかわいいって言ってくれて、嬉しかったんですよ⁉ 私のこと励ましてくれて、本当に救われた気持ちだったんですよ! すごくすごく嬉しくて、あの後ずっと勇者様のこと考えて眠れなくて、結局私一人で……」
気にかかったことがあるのか、ふと、少女が俺に訊ねる。
「……そういえば、『召喚士さん』とか『白い人』とか……この人、名前はないの?」
俺はその質問に……心を痛めつつも、真実を告げる。
「ああ……こいつは橋の下から拾われてきた、寄る辺のない不幸なやつなんだよ……。だから、召喚士という職業名を名前にしてるんだ。触れないでやってくれ」
「そうなのね……可哀想……」
俺と少女は、一人で騒いでいる召喚士さんに憐れみの視線を向ける。
「アレですか⁉ 『未だせいを知らず、いずくんぞ死を知らん』というやつですか⁉ それなら私でいいじゃないですか! 私じゃ不満ですか⁉ 何か至らぬ点があるなら直しますし見た目も勇者様の好みに……」
「そうなんだよ……だからイジリ役の俺とは違ってお前だけは、召喚士さんに優しくして……――ちょっと待て今お前なんて言った」
「うぉわあビックリしまし……えっ、え?」
相も変わらず饒舌でまくし立てる召喚士さんだったが……なにやら聞き捨てならないセンテンスがその口から飛び出してきたので、思わず待ったをかける。
「…………ゆ、勇者様、もしかして聞いてたんですか? ……あの私、無視されてる前提でとんでもないこと口走ってたと思うんですけど…………で、でもそれを聞いて話しかけてくれたってことは、勇者様、もしかして……!」
「違う今は中学生みたいなノリで笑ってる場合じゃない」
「はいすみません」
ピシャリと言ってやると、ようやく落ち着いた様子の召喚士さん。
俺は言葉を続ける。
「さっき言ってた……格言みたいなやつだよ。あれ、なんとなく聞き覚えがあったんだが……」
「ああ、そっちですか。……『未だせいを知らず、いずくんぞ死を知らん』、ですか?」
「それだそれ! その言葉、元の世界で習った覚えがあるんだよ。なんでこの世界に、その言葉が伝わってるんだ……?」
もしかしたら、元の世界と流離世界には、切っても切れないような深いつながりが……!
「……あ、そうでした。勇者様はこの世界に来たばっかりなので、知りませんよね。……今のは、性人・交子の記した『淫語』の一説ですよ。『未だ性を知らず、いずくんぞ死を知らん』。現代語訳すると、『まだ一回もヤッてないのに死ねるものか』という、強い交尾願望を簡潔に表した秀文でして…………」
「なんだ、ただの下ネタか」
期待して損した気分だ。なにか歴史を股にかけた壮大なストーリーの伏線だと思ったのに……召喚士さんのいつものやつか。
「えっ、違いますよ勇者様? これはセレスティア……いえ、もっと広く世界中で知られている一般教養なんですよ? 私が性欲を力の源として生み出した存在しない書物とかじゃないですからぁ!」
「分かるよ。俺も押し入れの中に大量の黒歴史ノートを隠してるからさ。そういうのを否定したがる気持ちは、よく分かるよ」
「だから違うんですよ本当に! 淫語は『異性』や『視姦』、『女騎士』などと様々な篇に分かれていてですね……!」
何か必死に説明する召喚士さんに、少女は歩み寄り、その手をとる。
「……召喚士さん、お腹が空いたわ。朝ごはんに行こう?」
「美少女ちゃんまで! いいですか、隠語を書いた交子には『〇門に十手』と呼ばれる、ア○ル開発を極めた十人の弟子なんかもいてですね……!」
もう分かったと言ってるんだが……一向に自作小説の設定を語るのをやめる気配はない。
「……相当頑張って考えたんだろうなぁ」
結局、召喚士さんが話を終えたのは、朝食の時間が終わった後のことだった。