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十話   明ける夜と謎

 俺の怒りに呼応するように、中史の御魂が強く燃え上がる。

 ……この男を殺さないためには、魔術の威力を制限しなければならないというのに、厄介な話だ。


「な……なんだその魔力は……」


 少女を襲った男は、恐怖に肩を震わせて俺を見る。


「お前……本当にあの、中史冬時か……?」


 怯える男を傍目に、少女の方を向く。


「……ううん。別にいいわ」


 俺がその手に紺碧の魔力を灯すと、少女はかぶりを振った。


 この男の対処を少女に委ねたのだが、どうやら斟酌してやる気らしい。生命を脅かされたってのに、優しいやつだな。


「《稲城(いなき)》」


 言うと、俺たちの周囲に土嚢を積んだような壁ができる。

 魔術によって、四方を囲む一辺4m程の壁を作り、男の退路を塞いだ。

 顔を真っ青にする男に詰め寄り、問答を開始する。


「どういうつもりだ」


「も……『物部(もののべ)』の俺がお前を憎んで、何がおかしい……!」


「……そうだな」


 こいつは貴族。この頃日本で栄えていた物部氏の人間だ。

 名前を石上(いそのかみ)麻呂(のまろ)という。


 石上が言っているのは、中史と物部の間にある確執。

 簡単に言うと、様々な理由から俺たちの家は仲が悪かった。


 ただでさえ血の気の多い魔術師の性質に加え、家同士が対立関係にあるという事情。

 出会い頭に命を狙う理由としては十分だろう。


「一つ聞く、筑紫(つくしの)(かみ)


 石上のことだ。


「この襲撃は、お前の独断によるものか? それとも物部が組織的に行ったものか」


「はっ……お前ら中史と真っ向からやり合おうとする家があるか……。俺一人の意志だ」


 物部氏が中史を潰そうとしている可能性を考えての質問だったんだが……その線はなさそうだな。

 ここで嘘をついたところで、バレたときの対応が過激になるだけだ。石上に得はない。


「なら、物部に中史とやり合うつもりはないんだな」


「あ、当たり前だ……」


 石上は心外そうに否定する。

 この頃の中史は触れちゃいけない怪物かなにかか?


 物部氏が変なことを画策しているなら潰す必要もあったが、どうやらその必要はなさそうだな。


「こいつはちょっと優しすぎるきらいがあるらしい。命拾いしたな」


 少女を指して、俺は言う。

 そして周囲の壁を消し、吐き捨てるように石上に告げる。


「行け」


 石上は忌々し気に顔をしかめると、そそくさと立ち上がり姿を消した。


 奴が完全に見えなくなってから、少女に確認を取る。


「見逃してよかったのか。別に殺さなくても、腕一本くらいとって恐怖を植え付けるくらいはしてもよかったんじゃないか」


 あいつも魔術師だ。身体の欠損くらい治癒魔術でどうにかするだろう。


「別にいいわよ。トキが守ってくれたから、ほら。私は無傷」


 両手を広げ、その場でターン。自身の無事をアピールする少女だった。



   ☽



「……かぐや姫? 私が?」


 夕餉を済ませ、今は自由時間。貴族の朝は早いので、もう寝なければならないんだが……


 その前に、どうしても伝えておくべき用件があったので、自室に向かう少女を呼び止めた。


「ああ。……お前は一か月前、俺が偶然竹の中から拾ってきた存在だ」


 それは、この世界の少女の出生。

 どこからどう見ても普通の美少女にしか見えない少女は、丁度一月前、たまたま竹林の中を散歩していた俺に拾われた。それも、根元の光る竹の中から。


「……うん。自分でも、普通じゃないっていうことは分かるわ。でも、それだけでなんで、私の名前が分かったの?」


 生後一か月で、容姿は7歳ほどにまで成長している少女。

 冬時の記憶では拾った時はほんの10cmほどの小人でしかなかったというのに。


 この異常な成長の速さは、ただの人間のものではない。


「分かったというか……そういう話があるんだよ。俺の世界には」


 だとしたら、普通ではない少女の正体はなにか。

 光る竹の中から生まれ、急速な成長を見せる美少女と言ったら、日本人が思い浮かべる人物はただ一人。


「トキの世界に……そういう人がいたの?」


「――『竹取物語(たけとりものがたり)』だ。竹取の翁に拾われた、月からやってきたお姫様の話だよ。その姫の名前が――かぐや、なんだ」


 なよ竹のかぐや姫。

 少女の不思議な成長の仕方や出会いの場面のことを考えると、竹取物語に登場するかぐや姫のそれと正しく一致する。


 以上のことから俺は、


「日本最古の物語、って言われてる竹取物語だが――それが実はノンフィクション、つまりこの時代に現実に起こっていたことなんじゃないかっていうのが、俺の考えだ」


 竹取物語は、現実の話。

 そう結論付けた。


 突拍子もないと思うかもしれないが……そもそもが魔術の関わっている出来事だ。多少常軌を逸した思考をしなければ、真実にはたどり着けないだろう。


「私が……お姫様?」


「そういうことになるな。月からやってきた、かぐや姫だ」


「…………お姫様……」


 ぽつりとこぼして、少女はどこか恥ずかし気に微笑んだ。

 その笑みは、照れ隠しのようなものも含まれているような気がして……


 やっぱり、女の子っていうのはお姫様とか、そういうのに憧れるもんなのかね? 固定概念的なものはあるが、実際のところどうなのかは分からない。

 残念ながら、それを判断するには俺には女性経験が足りなすぎる。

 数少ない知り合いの女子は……あいつら、中史氏とかいう中途半端に偉い一族に生まれたせいでそういう憧れは持ってなさそうだしなぁ……。


 まあ、少なくとも目の前の少女は喜んでいるようだった。


「……うん。なんだかそう言われると、本当にそうだって気がしてきたわ」


 すごくしっくりくる、と何度も頷く少女。


「そういや、かぐや姫も記憶喪失なんだっけ? 確か月の使者に連れ去られる直前まで、自分が月の姫様だってこと、覚えてなかったんだよな」


「そうね。姫、って呼ばれてしっくりくるってことは、私は本当にその、かぐや姫だってこと?」


「まだ憶測の域は出ないけどな。そう考えるのが、今のところ一番妥当だと思うぞ」


 少女が、かぐや姫。

 

 こじつけのようにも思えるその等号は、しかし俺には驚くほどすんなりと受け入れられるものだった。


 状況がかぐや姫の物語と酷似している、というのもそうなんだが……


 なにより、少女がぴったりなのだ。かぐや姫という女性のイメージに。


 罪を犯し、月から追放され、その美貌で多くの男性を魅了してきた傾国の美姫。

 五人の貴公子から求婚され、帝すら追い求めたと言われる月のお姫様――かぐや姫。


 少女のその濡れ羽色の長髪や柳眉、切れ長だが優しい印象を与える……強い意志の宿った、黒曜石の瞳。

 目の前の少女がかぐや姫だと言われれば、思わず頷いてしまうだけの魅力が少女にはある。


 少なくとも、俺はそれを否定したいとは思わない。いや、思えない。

 

 ……ここら辺は、多少俺の願望も入ってるのかもしれないけどな。


「私がかぐや姫だってことは……トキはその『竹取の翁』っていう人なの?」


「『竹取物語』は、あくまで物語だからな。事実の脚色や改変が多々あるだろうことを考慮すれば、そうなるんじゃないか?」


「そうね」


「それと……言っちゃなんだが、それでどうした、って話だ」


 少女がかぐや姫。……だから、どうすればいい?

 

 俺の目標は元の世界、つまり俺が暮らしていた2020年の地球に帰ることだ。そのためにはまず、あの流離世界に一度戻る必要がある。

 この仮説が正しかったとして、俺たちはどうすれば流離世界に帰ることができるのか。


 それが分からないようでは、状況は進んでいないのと同じだろう。


「ダメだな。今日はとりあえず、もう寝よう」


 考えても分からないものは分からない。


「明日また……都の外に出て、なにか手がかりになりそうなものを探してみる?」


「そうしよう」

 

 机上で空論をこねるくらいだったら、あちこち飛び回ってなにか物的証拠でも見つけた方が手っ取り早い。


 だから今日は潔く諦めて、床に着くことにした。

 明日のことは、明日の俺が何とかしてくれるだろう。


   ☽


 …………。

 

 ……。


「……その明日だ」


 いまひとつ覚醒しきらない頭で、そうつぶやく。どうやらもう朝のようだ。


 一晩明けて、冷静に状況を考えてみるが……目を開けるのも億劫なほど、憂鬱な朝だ。

 さっさと魔王討伐して元居た世界に帰ろうとしたら、ポンコツ召喚士に無理だと言われ。

 そしてその次の日には確かに元の世界には戻れていたんだが……時代が、大分ズレていた。ざっと1400年ほど。


 こんな間抜けな話があるか? こんなどうにでもなりそうなトラブルを未然に回避できなかったなんて、中史として一生の不覚だぞ。


「……目、開けるか」


 落ち着け、中史時。

 嘆いていても仕方ない。


 とにかく、一つ一つ問題を解決していくんだ。そうすれば……


 と、ゆっくりと瞼を開いた、その時……


「……は?」


 視界に飛び込んできた部屋の景色は……俺が一昨日、寝床についた時に見たものだ。

 首を曲げ、身体の方を見るが……そこには、ふかふかの白いシーツと毛布が懸かっている。


 バッ、っと上半身を起こし、周囲を見回すが……間違いない。

 

「……戻ってきたのか……」


 ここは、流離世界の宿屋の一室。俺が少女を泊めたあの部屋だった。

 

 俺は、どうやら流離世界に帰ってきていたらしい。

 

「……ただの夢だった、ってことか?」


 流離世界で寝て、起きたら飛鳥時代にいて……

 飛鳥時代で寝て、起きたら流離世界に戻っていた。


 つまり、昨日の出来事はすべてこの世界で見た夢だったということか。


「……あ、そうだ少女に……」


 そこまで考えて、少女のことを思い出した。

 あれが本当に夢だったのか否か、少女に訊けば分かることだ。


 ……と、起き上がるために毛布をはがそうとしたのだが……


「……なんだ?」


 ……ひっぱった毛布が、異様に重たい。

 まるでなにかに引き留められているかのように……


 それは、俺の左から……


「…………」


 そちらに、視線をやると。


「……なんで?」


「……すぅ……ん……」


 黒髪ロングの、かぐや姫。

 少女が、気持ちよさそうに眠っていた。


 少女の小さな手が、俺の袖をぎゅっと握っている。

 そこから幼児特有の高い体温が伝わって、仄かに温もりを感じる。


「……ん……? ……あ、トキ……おはよう」


 起きた。

 少女はもぞもぞと体を動かしながら、寝起きのトロンとした目で俺を見つける。


 少女の動きに合わせて、俺の引っ張っていた毛布も少女の方へ引き寄せられる。


 俺の引っ張っていたものと、少女が被っていたものは同じ毛布。 

 つまり……なぜか俺は知らぬまに、少女と同衾していたのだ……!


「いや……そんな記憶はないぞ……⁉ だいたい俺はロリコンじゃない……普通に同い年くらいの二次元美少女が好きな正常者だ……!」


「……ふあ、あぁ…………んぅ」


 そんな俺の動揺など知る由もない少女は、小さな口を開けてあくびをする。


「…………って……あれ?」


 そのあくびで、逆に意識がはっきりしたのか。


「ね、ねえトキ! 戻ってるわよ! 私達、元の世界に戻ってるわ!」


 俺の服の袖を引っ張って、ハイテンションで伝える少女。

 どうやら、少女も流離世界に戻ってきたことに気づいたようだ。


「ああ……それもそうなんだが今はそれよりも…………ん?」


 どちらかというと、俺に取っては少女との同衾の方が一大事だ。

 なのでそっちの誤解を先に解こうと、少女に向き合った、んだが…………


 そこで、違和感に気づいた。


「――なんかお前、成長してないか?」


「……え?」


 俺の横に座る少女の姿を、昨日までのそれと比較してみる。


 ……明らかに、少女の身体は成長していた。


 昨夜までは7歳くらいのあどけない顔立ちだったのが……

 今は、顔のパーツがある程度整ったような印象を受ける。年齢で言えば、小学校を卒業したかしてないかくらい……12歳ほど。


 そして体の方も……あまり少女相手にこういうのは気が引けるんだが……

 服が薄い布のワンピースのようなものを着ているせいで…… 微かに膨らんだ胸が、服の上からでもなんとなく分かってしまう。


「……本当だ、私……これじゃまるで、本当に……」


 自分の手を呆然と眺め、身体をくねらせて全身を確認し……少女は、


「……かぐや姫みたい」

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