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幻月のセレナ -世界と記憶と転生のお話-  作者: 佐倉しもうさ
幕間 勇者ナカシ・トキの異世界冒険譚
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Re:エロから始まる異世界生活 第三章幕間 『イスタリア・ミズール』

 討伐作戦開始から数時間後。


 俺とバルバディンの無双によってウルクオークのテリトリーもあっさり突破した一行は、いよいよ【鬼将軍】とオーガ達の住む洞穴の近くへとたどり着いた。


 アレックスが言う。


「ここから見えるあの大洞窟、あれがギルドの調査にあった【鬼将軍】ジークオーガの根城だ。中は迷宮のように入りくんでいて、各地点で子分のオーガが見張っているらしい。かつてホブゴブリンとウルクオークの領域を突破するだけの実力を持ち、ここまでたどり着いた冒険者たちも、全員この大洞窟に入ったっきり音沙汰がないという。……この先は危険だ。皆の体力を回復させてから万全の態勢で臨みたい。各自休息を取り、作戦決行の時間に備えてほしい」


 というわけで、言うべきことはアレックスがすべて言ってくれたので、特に何か指示することもない戦闘員①となってしまった俺は一人、近くの岩に背を持たれて休んでいた。


「お、お疲れ様です、勇者様……っ」


 すると一人の女性がこちらに近寄ってきた。

 先程前線であたふたしていた魔法使い、イスタリアだ。


「ああ、お疲れ。ここまでで負傷したりとかはあるか?」


 もし怪我しているようなら回復魔術でもかけてやろうと思ってのことだったのだが、


「い、いえ……お気遣いありがとうございます……だ、大丈夫ですっ……!!」


 うつむいたまま、ペコペコとお辞儀をしてきた。

 ヒカリと同じタイプのコミュ障陰キャだ。


「あの、それで……」


 この、俯いて前髪で顔を隠しながら、上目遣いでこっちのご機嫌を伺いながら物を訊ねてくる感じとか。


「なんだ」


「勇者様に、見てもらいたい、ものがあって……」


 と言ってイスタリアは……おもむろに、自身の内腿を撫でるようにする。

 魔法使いの纏うローブは布が薄く、手で押さえると体のラインが出てしまってたいへんに煽情的だ。


 …………。


 ふむ。


 なんというか、おかしな流れになってきたな。


 まあ、俺は大歓迎なんだが。


「こ、ここでは、ちょっと……なので、あちらの木陰に、移動したいのですが……」


「わかった。すぐにいこう」


 俺が二つ返事でOKすると、イスタリアは顔をパアッと輝かせて笑い、早足で林の中に入っていった。


「……まあ、ボス戦前の景気づけってのも必要だしな」


 そんな意味があるのかないのかわからん言葉を呟いて、俺は立ち上がる。


 念のため、周囲の人間に見られていないかと、キョロ、キョロ……


 ――していたら、ほんとうにいたよ、俺を見てるやつ。というか、さっきのやりとりもがっつり見ていただろうやつが。


 俺があちらに気づいたことに気づいたか、その男は気配を露わにしてこちらに近づいてきた。


「お前もなにか用か、バルバディン」


「…………」


 視線の正体は、バルバディン。

 この作戦が始まってから、どうも俺のことをジロジロ見てくる青い鎧の騎士だ。


 バルバディンが口を開く。


「俺はお前がわからん」


 開口一番そう呟いたバルバディンの視線は険しい。あまり友好的ではないようだ。


「わからんとだけ言われてもこっちもわからん。そもそも王城で軽く顔合わせてただけで、ほとんど話したことないしな。具体的にはなにが分からない?」


「お前が信用に値する人物か否かが、だ」


「命の危険が伴う仕事に信頼関係は大事だもんな」


 適当に相槌を打つ。


 そんな俺の態度にも、バルバディンは眉一つ動かさない。


「お前は確かに強い」

 

 そうして粛々と会話を次へと進める。バルバディン・レディエルはそういう男だ。


「お前は魔王を倒した勇者だ。その実力は疑いようもない。勇者ナカシ・トキは、魔王より、俺より、誰より強い。それは分かる」


「褒められてるのか?」


「お前がその力を正しく振るえているかが、俺は分からない」


 冗談が許される空気ではないとばかりに、ぴしゃりとバルバディンは言った。


 ……ああ、それでなにかと視線を向けられていたのか。


「お前がその力に相応しい振る舞いをできているか、しているか、するつもりがあるのか、俺は計りかねている」


 頭から「できていない」と否定しないのは、こいつの慎重な性格故か、それとも強者に対する礼儀か。


「国王陛下から賜ったこの度の任務、このままでは戦場で色恋に現を抜かす勇者の姿を陛下にお伝えしなくてはならない」


 俺のイスタリアに対する態度を言っているのだろう。


「それはセレスティア王国の騎士としても、また一王国民としても、残念なことだ。――どうか、俺を失望させてくれるな、英雄」


 そんな言葉を残して、群青の鎧は去っていった。


「…………」


 まあ、あいつの言うことはもっともだろう。真面目な仕事の場でふざけるのはいけない。よくない。


「さて、イスタリアがいるのは……」


 それはそれとして、彼女の誘いには乗っておかなくてはならない。勇者として。



   ☾



 たいして森の奥まで進んでいないにも関わらず、辺りは鬱蒼として薄暗かった。


 分厚い木々が光と音を塞いでいる。

 隠れてなにかをするにはうってつけの場所だろう。それが人に見られたくないものだというなら、なおさら。


 ふと、俺はイスタリアを見失ったのではないかと、心のなかでバルバディンを呪った。

 しかしそれは杞憂だった。


 なにか甘い妖しい香りが鼻孔をくすぐる。

 その不思議な香りに誘われるように、藪の中をかき分けて進む。……


「――よく来てくれたわ、勇者様」


 どこまでも体に絡むようだった藪の道を抜けた先から声がした。

 イスタリアだ。


「ちゃんと来てくれるかって、心配だったわ……」


 彼女は茶色のローブを纏い、そんなことを言う。


 どこか様子がおかしい。


 そのまま彼女は俺の元まで近づいてくる。


「あー……」


 こういう時はなんと言うべきなんだろうか。


「何か用があって呼んだんだよな」


「え?」


 不思議がるような声を上げるイスタリア。その目はどこかトロンとしている。朧気な眼が俺を見ていた。


「……」


 俺が黙っていると、イスタリアは、一歩、一歩……


「……ねえ、勇者様……」


 誘うような、幽玄を宿した瞳で、俺の元に歩み寄り――


「戦闘で疲れたでしょ。息抜きしましょう――」


 俺に覆いかぶさるように、両手を広げる――


「《月降(つきおろし)》」


 ――バリンッ!!


 月光に輝く刃が現出し、俺の背後に寸前まで迫っていた()()を斬り落とした。


「っ――」


 顔を悔し気に歪め、舌打ちしたイスタリアは咄嗟の判断で俺から離れようとするが――


「《(かんながら)》」


 御魂の魔力を開放した右腕で、彼女の首を掴む。


「ふざけっ――!」


 俺の拘束から逃れるため、あちらも魔力を開放する。


 ――パキ、パキバキバキ――――!


 空気中の魔力濃度の変化に轟音が鳴り響き、イスタリアの御魂に魔力が集中する――


「コバエは羽音が煩くてかなわないな」


 すると彼女の側頭部には角、背には羽、腰の付け根には尾が現れた。この瞬間までは魔法で隠蔽していたのだ。


「いつから気づいていた……!」


「まあ、たしかにボンズよりはうまく隠せていたな。《透過変装(ネフィリロ)》とか言ったか、同じ術でもお前の方がより扱いに長けていた。サキュバスの特性か?」


 せっかく褒めてやったというのに、微塵も喜んではくれなかった。


「だが所詮はこの世界の術だ。『中史』には及ぶはずもない」


「黙れっ、放せ――!」


 イスタリアが悪魔の膂力を顕わにしてもがくが、俺の腕はびくともしない。


「ボンズと同じような反応で、俺を退屈させる気か?」


 奴の名前を出してみせると、イスタリアはその妖艶な目を大きく見開く。


「ボンズ・トーラレイズの名を……なぜあなたが……」


 ふむ。情報は漏れていないようだな。この分だと、セレスティア――人間国に潜入した悪魔の数はそう多くはなさそうだ。イスタリアもボンズとは別口で俺を殺しに来たのだろう。


「さて、どうだったか。この世界に来て、覚えることが多くてな。モブのことなど一々記憶していたら、やっていられない」


 そんな適当なことを言いつつ、俺はイスタリアの前で、あえてゆっくりと一つの術式を構築する。

 紺碧に輝く八つの魔法陣が示す、その術式は――


「……それは……《悪魔壊(ゾーラ・ガド)滅覇動砲(ゥズ・ガヴガドズ)》……!? どうしてあなたが、それを……!」


 信じられないものを見たという絶望顔で、イスタリアがそう呟く。


「一度見た術は、そう簡単には忘れない」


「悪魔族の秘術を、見ただけで……」


 もうイスタリアは俺から逃れようという気もなくなっていた。


「……しかし、実際に構築してみるとやはり無駄が多いな」


 俺は魔眼を光らせ、《悪魔壊(ゾーラ・ガド)滅覇動砲(ゥズ・ガヴガドズ)》の術式を注視する。


「あまりにも、魔力の変換効率が悪すぎる。召喚士さんの御魂で代用した方がマシなくらいだ。……そもそも魔法陣が現出していることなど論外だが……まあ、この世界の魔法水準から考えれば、ボンズはよくやった方だ」


 言いながら、俺は《(かんながら)》を通した指で魔術式を書き換え、その効力を底上げする。


「さて、お前で実験するか」


 完成した術式は、先ほどの10倍以上の光を放っている。


「……ひっ⁉」


 ここにきて命が惜しくなったのだろう、イスタリアがじたばたするので――


「俺は処女厨なんだ。少しは慎みを持て」


 彼女の首根っこを掴んだまま、体ごと地面に叩きつける。


「かはっ……」


 どうやらサキュバスにもあったらしい内臓を揺さぶられて、イスタリアが大人しくなる。


「逃げるなよ」


「……こひゅっ、こほっ――や、やめ……っ」


 紺碧の魔力が強く耀き、術式が発動する。


「《祓魔壊滅(ゾディラ・ガドゥズド)偃月光咆(・レトノヴァテス)》」


「イヤアアアアアアァ――――!!」


 ――コオオオオオオォォォォォ……ッ!!


 嵐のごとき暴風を伴って、あらゆる邪を滅する聖なる月の光が放たれる。


 その光は――イスタリアの真横を通り、木々をなぎ倒し、森を焼き、遥か彼方まで奔っていった。


「…………え……」


 イスタリアはぽかんと口を開けて俺を見ている。


「今のはほんの冗談だ。お前は殺すには惜しい」


「……なんのつもり……」


「お前らの使う魔法には興味がある。命は助けてやるから、代わりにこれを付けろ」


 俺は懐からあるものを取り出し、イスタリアの前に投げ捨てる。


 それは中学二年生の男の子が好みそうなデザインの首輪だった。


「闇市場で見つけた《隷従の首輪》だ。まあ、買った後ただのガラクタだってことに気づいて、ぼったクラレたのがムカついたから俺が一から効力を施したんだけど……」


 ギリッ、と歯ぎしりの音が聞こえる。


「ど……どこまで……」


 イスタリアは怒っていた。


「どこまで私を愚弄すれば気が済むのよッ⁉」


 サキュバスが御魂から魔力を放出し、術式を構築する。


「《焉魔(ゾーラゴス)》――!」


 飛来する紫紺の魔弾を片手で振り払いながら、俺は魔術を行使した。


「コウモリ風情が、おとなしく俺に従え」


 ――キュイイイイィィィィィィィン…………


「……、……っ!?」


 突然イスタリアは目を見開き、自らの胸を抑えるようにする。


「……こ、れは……《魅了(アテロ)》……!? でも、サキュバスに《魅了(アテロ)》は効かないはず……!」


 彼女の言ったことは半分正解だ。ボンズに()()()()()()したら教えてくれた、悪魔の操る魔法《魅了(アテロ)》――大気中の魔力を伝って対象の御魂に働きかけ、強制的に発情状態にするものだ。


 だが、フグにフグ毒が効かないように、サキュバスに《魅了(アテロ)》は効かない。


「これは単なる《魅了(アテロ)》ではない」


 故に、対策を施した。


「《魅了(アテロ)》を改良した魔術、《桜花魅了(アーテ・ロミア)》だ。見たところ、サキュバスにも問題なく効くようだな」


「……わ、私たちより上手く、《魅了(アテロ)》を使いこなすなんて……そんなの、反則だわ……!」


「人を惑わすのは、悪魔の特権だと思ったか?」


「はぁっ……あ、はぁ……っ」


「さて、もうしばらくすれば《祓魔壊滅(ゾディラ・ガドゥズド)偃月光咆(・レトノヴァテス)》の音を聞きつけたアレックス達が、ここに様子を見に来るだろう」


「うぅっ……く、ん……っ」


 こみ上げる情欲に耐えるのがやっとという様子で、目の焦点もおぼつかない。


「このままではサキュバスのお前は捕らえられ、問答無用で死刑となるだろう。というより、俺がそうなるよう根回しするつもりだ」


「……あっ、あああっ……⁉」


 なんとなくもう一度《桜花魅了(アーテ・ロミア)》を使ってみると、イスタリアは面白いくらいに膝をガクガク震わせて、悲鳴を上げた。


「もう一度言うぞ。《隷従の首輪》を付けて、俺に従え。言うことを聞けば、すぐに楽にしてやる」


「だ……誰が…………ふぅっ……ぅ、ん……」


 ここで頷いておけばいいものを、頭の悪い女は言葉が通じないから苦手だ。


「……サキュバスの、はぁ……誇りに、賭けても――人間、ごときに…………あなたなんかには、死んでも従わないわよ……っ!」


 思いのほか強情な女だ。


「ああ、そういえば、淫魔には《魅了(アテロ)》に作用してその効用を高める《情愛誘発(グルオン)》という術があったな」


 俺が何をしようとしているか察したか、イスタリアの表情がサッと青ざめる。


「ま、まさか……」


「こっちも試してみるか?」


 俺は軽く笑いかける。


「冗談じゃないっ…………!」


 洒落にならない危機を感じ取ったか、バッと翻って逃げ出そうとするので。


「うっ……」


 足をかけて転ばせてやる。


「い、いやっ……それだけは、やめて……おねがい……今《情愛誘発(グルオン)》なんて使われたら、私ホントに……!」


 泣きながら懇願するイスタリアだったが、魔物の言葉など聞くに値するわけもなかった。


「《激情愛誘発(アグル・オーン)》」


「――っっ!?!?」


 ドクンッッッッッ――!!


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」


 ――――――、


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」 


 ――――――。


 これも一つの実験だ。快楽には強く作られているであろうサキュバスがどれほど持ちこたえられるか、ゆっくり観察させてもらうこととしよう。


 アレックス達がここへ来たときの言い訳を考えながら、俺は体中を駆け巡る快楽にのたうち回る魔物をぼんやり眺めていた。

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