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幻月のセレナ -世界と記憶と転生のお話-  作者: 佐倉しもうさ
幕間 勇者ナカシ・トキの異世界冒険譚
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ホブゴブリンスレイヤー 

 セイクリッドから王城に呼び出された翌日、俺はさっそく冒険者ギルドで魔物の掃討作戦に参加していた。


「――では、作戦内容をおさらいします。今回討伐対象となる魔物は、【鬼将軍】ジークオーガ。知能が高く力にも優れる突然変異のオーガで、その頭脳と力でウルクオーク・ホブゴブリン・オーガの三種族を率いて、テレセテネス森林の東に巨大な勢力を形成しているオーガの王です」


 ギルドの受付嬢であるルミが説明してくれる。


「これまで数々の熟練冒険者が挑み、そして破れてきた【鬼将軍】ですが……今作戦は王国主導の国家事業でもあります。そこでセレスティア王は、心強い助っ人のお二人を当ギルドに派遣してくださいました」


 こうしてまた冒険者の国王への心象を良くする腹積もりなのだろう、抜かりない奴だ。


「一人目が、かの魔王を討伐し、今、王国中を騒がせている勇者様です!」


「そういうわけで、今回の作戦に参加することとなった中史時(なかしとき)だ。よろしく頼む」


 視線が集まる中、軽く頭を下げれば周囲がざわつき出す。


「あいつが例の勇者……?」「ほんのガキじゃねえか」「とても武の心得があるとは思えん……余程魔術の才に優れているのだろうか」


 などなど、言いたい放題。本人に聞こえる距離でそういう事言っちゃうのは、流石荒くれ者の冒険者集団って感じだ。神経が図太い。


 ぐるりと全員の顔を見回していくと、その中に見知った顔があった。


「アレックス達じゃないか」


 そこにいたのは、黒髪黒目の青年アレックス。そしてその仲間のロクサネとヘパイスティオンだった。


「一昨日ぶりだな、トキ。こうなると思ってたぞ」


 俺と目があったアレックスは、そう言って微笑みかけてくれた。


「ん……なんだ、アレックス。お前の知り合いなのか?」「冒険中に偶然出会ったんだ。恥ずかしい話でね、彼を偽勇者だと勘違いした僕らは、三人で挑んだんだけど、完敗だったよ」「ほぉ……お前ら相手に圧勝ってことは、実力は本物なのか……」


 どうやらアレックス達はこのギルドでも有名な冒険者だったらしく、その三人に勝った俺を勇者だと認める雰囲気がギルド内に出来つつあった。いいことだな。


「そしてもう一人が、皆さんご存じ、セレスティアの神鎧(しんがい)と名高い騎士の棟梁――レディエル卿です」


 今度は皆の視線が、俺の横に立つ男に向けられる。


 深い青の鎧を纏い、機能性を重視した長剣を腰に差した騎士だ。

 キリッとした眉と彫りの深い顔から初老と見間違われるが、これでもまだ二十代後半らしい。


「バルバディン・レディエルだ。国王陛下より賜ったこの度の任務、全力で臨む所存だ。普段は騎士団で鍛錬しているゆえ、冒険者としての経験は無に等しいが、ゼロから学ばせていただく気持ちでこの場に来ている。私は公爵家だが、身分など気にせず、ご教示いただけると幸いだ」


 それでも、強者特有の圧というのはひしひしと伝わってくる。自分に厳格な騎士の鏡と言ったところか。


「魔王を一撃で倒したと言われる勇者様に、一騎当千と名高いレディエル卿……おいおい、どんな相手なら苦戦するんだよ!」「今回俺らに出番はねぇかもしれねえな!」「勝ったな、ガハハ!」


 超人的な助っ人冒険者が二名加わったという事で、ギルド内のボルテージはこれ以上ないほど上がっていた。


「どうか皆さん、全員無事にこの場所へ戻ってくることを、ギルド職員一同願っています。それでは、いってらっしゃいませ!」


「「「うぉおおおおおおおおおー!!!」」」


 鬨の声が震えて響く。

 周囲はすさまじい熱気に包まれ、冒険者の間には、完全に勝ち確のムードが流れていた。



   ☽



 そうして到着した、テレセテネス森林東部にて――


「ぎゃああああああああああっ!! 痛ええええええええっっ!!」


 角刈りの男が右腕を抑えて地面をのたうち回る。


「いやあああっ! 助けてぇぇっ!」


 杖を持った魔法使いの少女が、悲鳴を上げる。


「……なにやってんだよ……」


 俺と『神鎧』が味方にいるということで調子に乗った冒険者たちは、お遊び気分で前線に飛び出してボコされていた。


 通常のゴブリンより身長・体格に優れる個体群――あれはホブゴブリンだろう。


 最初ただのゴブリン相手にイキっていたら、その上位種が出てきて仕返しをくらったというわけだ。


「勝ち戦だからって浮かれやがって……」


 俺は角刈りの冒険者――たしかドランとかいった――に声を掛ける。


「治癒の魔術は必要か?」


「ああ、頼むぜ勇者様! こちとら今回は仕事せずに済むと思って、普段は常備してる応急手当の道具すら置いてきてんだ! へへっ……」


 どうして自慢気なんだ。


「このっ――ドランをよくもぉっ!」「仲間の仇っ!」


「ウガァッ」


 戦いを舐めてるこいつの方が悪いと思うのだが、ドランを傷つけたホブゴブリン相手に、二人の冒険者は果敢に挑んでいた。二人はそれぞれ弓矢と片手剣を装備している。RPGのジョブで言えば狩人と戦士といったところか。


 二人はそこそこ苦戦しつつも、二人がかりでホブゴブリンを倒していた。


「はっはぁー! 人間様の力を思い知ったか!!」「所詮は図体だけの木偶の坊だなぁ!」


 雑魚一匹倒して何を粋がっているのか分からないが、そうこうしている間に俺はドランの治療を終えていた。


「助かったぜ勇者様! 俺はドラン・ドラクロス。そんでこっちのいけ好かない狩人がキース・ウォーロットで……」


「俺が戦士の、アッシュ・ヴァジランタだ」


「よろしくな!」


「ああ、覚えたよ。よろしく」


 要するに、覚える必要のないモブということだ。


「ふっ――!」


 ――溜息を吐く俺の横を、何者かが猛スピードで駆け抜けていった。

 

 魔力を込めた眼で見つめると、それは神鎧――バルバディン・レディエルだ。紺青の鎧が重量感を伴って躍動し、鞘から抜かれた魔剣は空色(スカイブルー)の魔力に煌めいている。王城に出向いた時、俺も耳にしたことがある。


 <守護月剣(しゅごげっけん)>レトロンシアナ。レディエル家に代々伝わる宝剣だ。この剣でセレスティア王家を()()()()いるというわけか。


 バルバディンが向かった先には、ゴブリンに襲われ剥かれそうになってる魔法使いの少女。


「はっ――!」


 ――ビュンッ!


「グギャアッ……」


 彼は間合いに入るとともにレトロンシアナを素早く一閃し、ゴブリンを真っ二つに斬り裂いた。


「……怪我はないか」


 レトロンシアナの浴びた血を払いながら、バルバディンがその場に倒れている少女に手を伸ばす。


「あ、ありがとうございます、騎士様……」


 頬を赤く染めた少女は、妙に妖艶な表情で恥じらうようにその手をそっと取った。魔法衣の上からでも分かる大きな大きな双丘を揺らしながら、少女は立ち上がる。


「ゴブリンは女性に対して異常な執着を見せるという。そうでなくとも貴女は魔法使いなのだから、ここは下がり、我々の後方支援を頼みたい」


 そうだそうだ、もっと言ってやれバルバディン。術式の構築に10秒もかかる魔法使いが前線に出るな。


「あいつに惚れでもしたか、勇者様?」


 キースだかドランだかといった冒険者が、俺にそう言ってくる。俺がずっとあちらを見ていたので、勘違いしたようだ。


「イスタリア・ミズール。半年くらい前にギルドにやってきて、今は俺たちと組んでる魔導師だぜ」


「そうか」


 なるほど、彼女はイスタリアというのか。


「少し、気になるな」


「おっ、冗談のつもりだったがマジかよ勇者様! 英雄色を好むってやつか、親近感持てていいぜそういうの!」


 アッシュが興奮したように言った。


「だがあいつは身持ちが固くてな、俺たち三人は既に玉砕済みだ」


 ドランが言う。

 行動力だけはある奴らだ。


「彼女のことがもっと知りたい。イスタリアについて、何か教えてくれないか」


 俺の頼みを、三人は快諾してくれた。そしてここ半年間のイスタリアとのエピソードを、ペラペラと語ってくれたよ。


「…………」


 そんな俺の振る舞いを遠くから見ていたバルバディンが、わずかに眉を顰めた気がした。



   ☽



 無事ホブゴブリンを撃退した冒険者集団は、森の更に奥へと進んだ。先程よりも薄暗く、太陽の光が届きにくい密林だ。


「魔物が現れたぞ!」


 先頭集団の声と共に、冒険者たちの歩みが止まり、皆戦闘の構えを取り始める。


 だが――


「まあ、国王に頼まれたしな」


「ここは私が。危険なので、下がっていてほしい」


 戦闘集団が交戦を開始するより速く、俺とバルバディンが最前線に飛び出した。


 危なっかしい冒険者たちに任せるより、俺らが相手した方が早い。


 俺の掌に、紺碧の魔力が集う。


「《月降(つきおろし)》」


「「「グォオオオオオッ――!!」」」


 月の光を凝縮した刃を放てば、数十のモンスターが死体の山へと姿を変えた。


羅月(らげつ)流、(アルス)――」


 バルバディンもまた、レトロンシアナを大きく振りかぶる。


 剣身にバルバディンの黄蘗(きはだ)色の魔力が纏われると、空色の粒子と混ざり合ったレトロンシアナは、青翠色(エメラルド)の眩い光を放つ。


「――<双月断(レトロノゴス)>」


 青翠色の輝きと共にレトロンシアナが振り下ろされると、激しい衝撃波を引き起こして魔物の群れを一掃した。


 バルバディンのやつ、なかなかやるな。<守護月剣>がこの世界に二つとない宝具であるのもそうだが、あいつ自身、俺の世界の平均的な魔術師よりも手ごわいだろう。ソラネシアにて、質実剛健のレディエル卿といった話はよく耳にした。熟練の騎士ということなのだろう。


「この死体……ウルクオークか。ホブゴブリンの領域は抜けたみたいだな」


 黒剣(こっけん)を抜いていたアレックスが、俺たちが倒したモンスターを見てそう呟く。


 今回の討伐対象である【鬼将軍】ジークオーガは、自身の根城である森林東部の大洞窟を中心として、ホブゴブリン・ウルクオーク・オーガを同心円状に配置している。今はホブゴブリンのゾーンを抜けて、ウルクオークの守る領域へと足を踏み入れたというわけだ。


「ウルクオークなら、僕たちでも慎重に戦えば勝てない相手じゃない! 勇者と神鎧の手助けをするぞ!」


「「「おおおおおおおっっ!!」」」


 ギルドのちょっとした有名人だったらしいアレックスに発破をかけられた冒険者たちは、再び鬨の声をあげてそれぞれの武器を手に取った。


 先陣を切ったのはアレックス一向だ。ウルクオークを相手に、アレックスとヘパイスティオンの二人が向かう。


「はぁっ!」


「ゴオォッ!!」


 オークの棍棒とアレックスの黒剣がぶつかり、互いに力の押し合いとなる。


「……っく」


 手練れの冒険者といえど、種族の差は大きい。純粋な力の勝負でアレックスは押され始めていた。


「<黒馬(くろま)剣>ブケファルスは、感情の昂ぶりを魔力に変えるのが得意な剣だ。――勇者(トキ)の見ている前で、むざむざと醜態を晒すつもりはないぞ!」


 しかしアレックスの叫びと共に、剣が魔力を纏い、力関係が逆転する。


「う――おおおおっっ!!」


 ――キンッッ!


 ついにアレックスの剣がオークを押し返し、奴は態勢を崩した。


「ヘパイスティオン!」


「ああ!」


 アレックスの呼び声に、先程から機を伺っていたヘパイスティオンが応える。


 彼の握る槍の先端には、山吹色の魔力が集っている。

 

「ふっ――!!」


 ヘパイスティオンが槍を突くと、限界まで圧縮された魔力の塊が、一条の光の如く飛翔する。

 彼の得意とする、飛ぶ槍撃だ。


「グオオオォォォッ……!」


 ヘパイスティオンの突きを喰らったウルクオークは、苦し気な唸り声をあげて片膝をつく。


 とどめの一撃は、彼らの後方に控えていた少女が準備している。


「ロクサネ、頼む!」


「任せて、アレックス、ヘパイスティオン!」


 二人がウルクオークからバッと距離を取ると、ロクサネとオークの間がフリーとなった。


 ロクサネの周囲には、緑色の粒子と共に、五つの魔法陣が現出している。


 彼女がロッドに魔力を流し込む。


「《斬辻励起風(レイド・アゼレイル)》!」


 ――ビュウウウウウ――ザシュザシュザシュッ、と突風が吹きすさび、ウルクオークの身体は八つ裂きにされた。


 討伐完了だ。


「流石だな、ロクサネ! 魔法の使えない僕から見ても、見事な上級魔法だったぞ!」


 アレックスに褒められたロクサネは、顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「そ、そんなことないよ……二人が隙を作ってくれたから……」


 この二人のイチャコラいる?


 ……というのは半分冗談として、確かに流石だな、あの三人は。通常ウルクオークというのは、冒険者が五人がかりで御すものだとギルドで聞いていた。それを三人で危なげなく倒しきるというのは、この世界基準では素晴らしいことだろう。


「――きゃっ」


 あいつらのイチャイチャを観賞していると、誰かとぶつかってしまったようだ。背後から声がした。


「悪い。大丈夫か」


 振り返れば、そこにいたのは青髪ロングの美人。


 イスタリア・ミズ―ルだ。


「い、いえっ……私の方こそ、ごめんなさい……」


 彼女は慌てた様子で、ペコペコと頭を下げて謝ってきた。


「それは別にいいけど、なんでまた前線に出てるんだ。さっきバルバディンに注意されただろ」


 俺がそう言うと、イスタリアはえっと驚いたように周りを見渡して、


「わ、わ、ここ、前線だったんですね……私、ドジで……魔法の構築してると、すぐ回りが見えなくなっちゃって……」


 耳が痛くなるような萌え声で、そんな弁明をしてきた。

 魔法に集中するあまり、それ以外のことに気を配れなくなってしまう。戦闘に慣れていなかったり、シングルタスクの人間にはままあることだ。


「うぅ……ご、ごめんなさいぃ……私、勇者様の足を、引っ張ってしまってぇ…………」


 イスタリアはそのまま、えぐえぐと泣き出してしまう。


「い、いや、別にこんぐらい負担でもなんでもないから。一々気にするな」


 というか、戦場で泣かれる方でよっぽど迷惑だ。


「あ、ありがとうございます……勇者様、お優しいんですね……」


 俺の言葉に感激したとばかりに、涙を流しながら俺の手を取って笑顔になるイスタリア。


「…………」


 そしてまたしても背後から、バルバディンの鋭い視線が向けられているような気がして居心地が悪かった。

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