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幻月のセレナ -世界と記憶と転生のお話-  作者: 佐倉しもうさ
第三章 而して浮生は夢のごとし
113/116

エピローグ paraselene

 ――可能性が低いからといって、試さないことにはならない。


 可能性が低かろうが高かろうが、上手く行けばすべて同じことだ。


 可能性が低かろうが高かろうが、失敗したらすべて同じことだ。


 今回がダメなら、次を考えればいいことだ。


 すべての可能性を考え、手あたり次第に布石を打ち、そのうちの一つがかかったら、それに従って行動する――


 ――この営為の繰り返しによって、中史は二千年以上の間、日本の魔術師の頂点にあり続けてきたのだから。


「いやー久しぶりですねぇ勇者様! ずっとずっと会いたかったです! 約束守って会いに来てくれたんですね! 再会の抱擁を交わしましょう、さあさあどうぞ!」


「……え? ああうん、そうだな……」


「上の空やめてくださいそういうの一番傷つきます!!」


 俺に向けて両腕を広げていたメフィが、なぜか涙目だ。泣き顔がよく似合う女だな。


「と、というか、メフィスさん……なんとも、思わないんだね……」


 そんな俺とメフィのやり取りを見て、ヒカリがおずおずと口にする。


「えっと……どういうことですか?」


「だって……さっき、私と中史くん……常識的に、というか……道徳的に、倫理的に……? 考えたら、すごく酷いことしてて、普通なら、あそこで気絶してるライトメアナイトみたいに……嫌いになっても、おかしくないのにな、って……」


「あ! そうですよ勇者様! ――どうするんですか輝夜ちゃん寝取られちゃいましたよ! 男として悔しくないんですか!!」


「……そっち、なんだ……」


 ヒカリが何とも言えない顔をしていた。


「いや、まあ……思うものは思いますけどね? どうして勇者様は輝夜ちゃんを守らなかったんだろう、とか……《リュケイオン》に加担するようなことをしちゃったんだろう、っていうのは……確かに思いますけど……」


「……けど……?」


「私からすると、それはあまり問題ではないと言いますか……。多分、ニシビガワさん……とはまたちょっと違う理由で、無責任な楽観視をしてるんですね」


「……?」

 

 メフィの言葉が分からなかったか、ヒカリは首を傾げていた。


 ……この二人は、一見似ているように思えるが、ある意味最も対照的だからな。

 出発点が同じだからこそ、お互いの気持ちが微妙に理解できないというのはあるだろう。


 メフィに関しては、俺もちょっと分からないし。


「あ、でも疑問はありますよ」


「なんだ?」


「輝夜ちゃんをアレックスさんに預けて、弱らせた月神様をこちらに送ってきた、ってところです。あれ、色々と知りようがないことを知っていないと取れない行動だと思うんですけど……」


 と言うので、久々にメフィと問答を開始することにした。


「それにはまず、いくつかの前提があってな。それらは全く独立した事象だったが、無理やり結び付けて考えることもできた」


 俺は三本、指を立てた。


「一つが、アリストテレスだ。あいつは九年前、俺の幼馴染を暗殺するために、俺の世界に姿を現した。そして二度目、今度は《月鏡》を回収するといって、俺の学校に姿を現した。その後『月詠会議』という会議の場で、菖姉さん……俺の姉によって、奴が並行世界からやってきた時空転移者だと知った。さらにこっちの世界に来てから、あいつが天帝を操っていたことを知った。……ここから、アリストテレスがどういう人間か想像してみろ」


「えっと……時空転移を繰り返しながら、《月鏡》を手に入れてなにかをしようと企んでいそうな、怪しい人……ですかね?」


「それがまず一つ目だ」


 俺は指を一本折りたたんだ。


「二つ目がアレックス。こっちの世界で偶然出会った冒険者で、俺がセレスティアに天帝を連れて帰った際に再会した。その時、あいつの御魂を魔眼で観察したら、どこか違和感があった」


「……特に、怪しいところはないですね?」


 俺はまた指を折る。


「そうだな。……それで最後が、輝夜と《月鏡》だ。この世界で偶然拾った少女だった月見里輝夜は、セレスティアの月神のものだという《月鏡》を保持していた」


 すべての指が畳まれる。


「はい。その辺の事情はアリストテレスさんから聞いていたので、知ってます」


「そうだ、今メフィが自分で言ったように、アリストテレスは輝夜の存在を認識していた。だってそうだろ、あいつは《月鏡》を狙ってるんだ。それがつまり輝夜の誘拐を意味すると考えても、何も不自然はない」


 ――『――ここへは、月鏡を回収しにきた』


 あいつが芦校に姿を現した時の言葉だ。あれは要するに、教室で授業を受けてる輝夜を攫いに来た、ということだったんだろう。今だから断言できることだが。


「それに対して、俺とヒカリが取った行動は大きく三つだけだ。一つは、天帝にかけられていた洗脳を解いてやったこと。二つには、アレックスに輝夜を預けたこと。三つに、月神ライトメアナイトを弱らせてから輝夜の元に送ったこと」


「はい、こちらも同じ認識です」


「じゃあまず、これで想像できる結末ってなんだ?」


 少し考えてから、メフィは言った。


「……何も起こらない蓋然性が、一番高いんじゃないですか?」


 求めていた答えを口にしてくれた。


「そうだな。アリストテレスは現れず、アレックスはただの冒険者で、ライトメアナイトが転移した先には元気な輝夜がいる――っていうのが、ほとんどの場合だろうな。今回はたまたま違ったが、こうなるのは最も自然だ」


「その場合は、どうしてたんですか? ――あ」


 言ってから、自分がおかしなことを言っていることに気づいたようだ。


「そうだ、何も不都合はないだろ? だって輝夜が無事で、裏でなにかいかがわしい謀があったわけじゃない、平和な世界なんだから」


 輝夜をアリストテレスに攫ってもらうのが一番手っ取り早かったのでそうしたが、別にそうならずとも他にやりようはいくらでもあった。


「なるほど……? 予想が当たっても外れても、少なくとも失敗はありえないってこと、なんですかね?」


「そういうことだ。それが分かってるなら、荒唐無稽な妄想に掛けてみても安心ってわけだ」


「妄想、ですか?」


「ああ」


 ――アリストテレスが天帝を操っていたのは、天帝を発信機代わりにするためだという、妄想。洗脳を解けるのはこの世界で俺だけなので、反応がロストした時点で、それはこの世界に俺が来ていることの証になる。


 ――アリストテレスとアレックスが繋がっているという妄想。


 ――だからアレックスの違和感は、《月鏡》を狙うアリストテレスの命で輝夜を攫おうとしていることによるものだという、妄想。


 ――月神の《月鏡》を輝夜が持っていたという事は、輝夜は月神と深い関係にあるという、妄想。


 ――だから輝夜がピンチになったら、月神は必ず輝夜の元に駆け付けるだろうという、妄想。


「――これらの妄想がすべて現実だった場合にのみ、輝夜の誘拐が成功する。そうでなくとも、輝夜は手元に残る。どっちにしろ問題はなかったわけだ」


「それで今回はその妄想が、たまたま的中したってことですか。……でもそれって、結構危険じゃないですか? それらの事実が、全く別の事実を示していた可能性もあったわけですよね? その場合、輝夜ちゃんが危険な目に遭う可能性だって……」


「例えば、どんなだ? 言ってみろ」


「ええっと……そうですね。……元仲間にこんなこと言うのもあれなんですけど――勇者様がアレックスさんに感じた違和感が全く別のもので……例えば、アレックスさんが単なる強姦魔だった場合とか……?」


「もちろんその可能性も考えてた」


「いや堂々と嘘つかないでくださいよ」


「ほ、本当だよ……というか、私からその可能性もあるよねって、確認したし……」


「え、ニシビガワさんちょっとおかしいですよ……?」


 そういう可能性も考慮していた。例えば天帝の件で言えば、


 アリストテレスが特殊性癖で、愛玩目的で男の娘を使役していた可能性。

 単に使役できる戦力が欲しかった可能性。

 使役して王国を壊滅させようとしていた可能性。

 天帝を囮に、その間王都で何かを企もうとしていた可能性。

 天帝はブラフで、それにより事件の本質から俺を遠ざけようとしていた可能性。


 アレックスの御魂の異変について言えば、


 昨日寝不足で体調不良の可能性。

 軽い記憶喪失で御魂がおかしくなっている可能性。

 鍛錬をサボって体力が落ちている可能性。

 御魂に特殊な細工を施されている可能性。

 なにか病気にでもかかっている可能性。

 二重人格にでもなった可能性。

 ロクサネと恋人にでもなって浮かれている可能性。


 いくつか思い浮かんだので、それが俺たちに都合よく作用したらいいなと思いながら、なんとなく輝夜をアレックスに預けてみた。その傍に天帝を置いて。天帝なら、アレックスが急に変貌して輝夜を襲い始めても止められるだろうからな。

 

 とある一つの推測から「()()()()()()()()()()()()()()()()()」かもしれないとも思っていたから、子孫のピンチに始祖・ライトメアナイトが現れる可能性も考えていた。


 そのために、俺たちはダンジョンへと向かった。


 アリストテレスとアレックス――あの時点では二人の繋がりは可能性でしかないが――が輝夜を襲おうとした際、万全の月神相手では分が悪い。だから俺とヒカリが相手になって力を使わせ、月神を疲弊させた。天帝と弱った月神相手なら、あの二人でも勝てるだろうと概算して。これも可能性の一つだな。


 この状態なら、月神がいつ転移し、アリストテレスがいつ襲撃して来ようと同じことだ。


 ――天帝と共に輝夜をアレックスに預け、月神を弱らせる。


 俺たちがしたことはそれだけだ。それだけで、すべて上手く行った。


 もちろん、あくまですべて可能性だ。


 全部俺とヒカリの見当違いな妄想で、アレックスとアリストテレスに繋がりなんてなく、アレックスがただの冒険者で、天帝はただ戦力として操られて、月神が転移した先では何も起こっていないという可能性も、十分あり得た。むしろ、その可能性が最も高かっただろう。


 可能性はあったが、蓋然性はゼロに等しい。そんなところだ。


 実際、教会に戻るまで、すべてが空回りに終わる可能性が最も高かった。


 だからこそ、教会で、天帝と月神が血を流して倒れていた時、俺たちはすべてが予想通りであったことを喜んだ。


「もしアレックスがレ〇プ魔だった場合……駆けつけたライトメアナイトに勝てず、輝夜は守られる。問題ないぞ。バックにアリストテレスがいなかったあらゆる可能性の未来でも同様だ」


「月神様が駆け付けるよりも早く、強姦していた場合は……?」


「その場合は、天帝がいるだろ。あいつが守ってくれるよ」

 

「じゃあじゃあ、アレックスさんがアリストテレスさんと繋がってて、その上で月神様が来るよりも早く、輝夜ちゃんを強姦していた場合は……?」


「もうお前がされちまえよ」


「ひどすぎます!!」


「……それはありえないよ。ツクヨミもセイクリッドも言っていたが、《月鏡》は御魂と完全に融合したものらしい。《月鏡》を狙うのが目的である以上、あいつに危害を加える手段は取れないんだよ」


「……なる、ほど?」


 アレックスがただの冒険者だった場合――何も起きず、輝夜無事。


 アレックスがただのヤバい奴だった場合――天帝と月神に負け、輝夜無事。


 アレックスとアリストテレスが繋がっていた場合――天帝と月神に勝ち、輝夜簒奪。


 どの場合でも、俺には好都合だったのだ。


「じゃあじゃあじゃあ! これならどうですか! 《月鏡》とは全く別の目的でアリストテレスさんとアレックスさんが繋がっていて、かつ月神様が輝夜ちゃんと無関係だった場合です! まずくないですか? 月神様が輝夜ちゃんを守りにいかないので、天帝を倒して輝夜ちゃんに危害を加える可能性がありますよ」


「その場合は……アリストテレスが出てくる時点で《月鏡》絡みじゃないことなんて、十中八九ないことだろうが……まああったとしても、大丈夫だよ」


「その時は、月神に力ずくで言う事聞かせて……泣こうが喚こうが、私たちに協力してもらうから。それで《月航(レトラシオン)》でここに飛んで、私たちで輝夜ちゃんを守ればいいんだよ」


「勇者様さっきからこの人ちょっと物騒じゃないですか?」


「俺が信頼できる人間の一人だ」


「な、中史くん……ダメ、人の前で、そう言うこと……っ! 恥ずかしい……!!」


「似た者同士なんですかね」


「それで答え合わせがしたい。――《リュケイオン》とか言ったか? お前らは、この世界の天帝の反応がロストしたのに気づいて、アレックス達を俺と輝夜の元に送り、俺と共に輝夜がこの世界に転移していて、尚且つ《月鏡》があることを確認した。そのうえで俺から輝夜を預かり、俺たちがいなくなったタイミングで、あいつを攫う算段だった。……違うか?」


「すごいですね……その通りです、そういう計画でした。割と行き当たりばったりでいい加減な計画だったので、成功した時はみんなで驚いてたんですけど……勇者様がお膳立てしてたってことなんですね」


「あいつも今回で完全に成功させる気はなかったんだろ。時空転移がどれだけ自由に使えるのか知らないが、それがあるだけでかなりのアドバンテージになる。今回がダメでもいくらでもチャンスはあるわけだからな」


「ほえー……それでもよく上手く行きましたねえ」


「まあ、上手くは行ったが……この後は相当まずい」


「……どういうことですか?」


 俺はメフィの問いに答える。


「――……状況的にこのまま元の世界に戻ったら、冗談抜きで殺される」


「……え?」


 ――それは比喩や誇張表現ではなく。

 

 俺は本当に、中史として、討ち取られるだろう。


「か、会議で決めた、こと……『《月鏡》保持者を、この世界で生かす』って……言い出した本人が、破っちゃったからね……私たちは――中史失格、敗北者に価値なし、生きる価値なし……死、あるのみ……」


 ヒカリの言う事に、おおげさな要素はなにもない。


 始祖・月読命が見守る『月詠会議』の場で宣言した約束を、中史としての命を捧げて誓った言霊を――月見里輝夜、《月鏡》保持者を俺たちの世界で守り抜くという、言葉を……俺とヒカリは破ってしまった。みすみす……いやわざとだが、輝夜を妖しい集団に連れ去られてしまった。


 この後、確実に俺たちは……少なくとも日本では、生きていけない。


 生きることを、許されない。


 本来ならば、この場ですぐに自害でもしなければ許されないことだ。


「え……さ、再会したと思ったらまたお別れですか……? しかも今度は死別ですか? そんなのいやですよ……?」


 不安げに、メフィがそう言ってくれる。


 その気持ちはありがたい。だが、現実、輝夜は連れ去られて、この場にいない。


 どれだけ言い繕っても、その事実だけは変わらない。


「生き残るだけなら……一つ……道はある」


「ほ、ほんとうですか!? それじゃ――」


「でもそれは……」


「…………」


 俺とヒカリは、積極的にはそれを口にできない。


 俺とヒカリがこの先生き残る道。すなわち。


 ――この世界で、異世界で生きていくという道。


 元の世界に戻らず、世界ごと『中史』という一族から逃避して、この異世界で、一生を終えるという道。


 ()()()()()()()なら、それでもいいのだ。


「…………っ」


「……中史、くん……」


 心臓が拍動する。


 脈拍が、不安定なのがよく分かる。


 緊張だ。緊張しているのだ。


 俺の進退がかかっている。


 ここが、中史時の生死の分かれ目。

 ここが、中史時の人生の分水嶺。

  

 生まれ故郷を捨てて、これまでの人生を否定してでも、生き残るか。


 自分らしく、中史時として、生まれ育った世界で、華々しく散るか。


 二者択一。避けることのできぬ選択。


 俺は――


「…………中史、くん……!」


 ふと、背中が、あたたかな温もりに包まれた。


 ふわりと甘い香りがして、夢の世界に迷い込んだように錯覚する。


 柔らかな両腕を回し、俺を後ろから抱きしめている……ヒカリ。


「大丈夫、だよ……中史くん……」


「……ヒカリ……?」


 泣く子を宥めるような、優しい声が、俺の耳朶をくすぐる。


「私が、いるよ……西日川光は、ずっと一緒、だよ……それを、忘れないで……」


 俺を抱きしめるその力が、ぐっと強まる。


「『中史』のみんなが、どれだけあなたを、否定しても……世界の全員が、あなたを嫌っても……私は、一生あなたの、隣にいるよ……」


 あたたかくて優しい言葉が、俺の凝り固まった心を溶かしていく。

 

「偉くなんかなくたって、すごくなんかなくたって、価値なんてなくたって……」


 一度俺を離し、ゆっくりとした動作で俺の前に立った、ヒカリ。


「あなたは私の大切な人なんだって……覚えていて……」


 彼女が、俺の手をとって、碧眼を潤わせて。


「だから、ね……」


 一つの提案を、口にする。

 

「今日は……今日だけは……『中史』のことも、輝夜のことも――みんな、忘れて――……」



「ふふ……ずるい人ですね、トキ」



 ――否。


 その言葉が紡がれる直前に、教会に響いたもう一つの声があった。

 俺とヒカリのやり取りを硬直して盗み見ていた、メフィの声では、ない。


「決断と言ったら、聞こえは良いですが……ずっとそうやって、ヒカリと異世界ライフを楽しんでいただけでしょう、トキは」


 コツン、コツン――


 (いしだたみ)の床をヒールで踏みながら、その声は俺たちに近づいてくる。


「トキには――《月鏡》のことを調べる気なんて、最初からなかったのでしょう……? それらしい素振りを見せるだけで……本音のところではほとんど分かっていたから、貴方はただ、異世界での生活を満喫していたのです」


 俺たちは、その声の主の方へ振り向く。


「《月鏡》のことを探るために、この世界に来たと言いながら……図書館にも行かず、学者に話も聞かず――最初から王家の人間と、始祖である月神にしか《月鏡》のことを訊ねなかったのは……《月鏡》がそういうものだと、薄々分かっていたから――そうですよね」


 その声の主は――彼女は。


 目を見張るような、美しい濡羽色のストレートロングに、前髪を切りそろえた姫カットで。


 絢爛たる装飾品やレースのついた、深窓の令嬢のごときドレスを身に纏った――


「あなたにとって、《月鏡》――あるいは月見里輝夜さえ、体のいいマクガフィンでしかなかったんですね。あなたとヒカリが楽しく異世界ライフを送るための、道具に過ぎなかった。……そうですよね、勇者様?」


 ――月見里輝夜と全く同じ顔の、美少女だった。


「……輝夜ちゃん、ですか?」


 メフィが、恐る恐る訊ねる。


 輝夜。その名前を聞いた彼女は、微笑み一つ、首肯する。


「ええ。そうよメフィ。私は、月見里輝夜――トキやヒカリの世界では、私は月見里輝夜よ」


 歩幅、息遣い、喋り方の癖。

 

 それは間違いなく、輝夜のものだ。


 他人が変装などで、似せられるものではない。


 その御魂は、輝夜のもので違いない。


「……お前は、誰だ?」


 それでも、だからこそ、俺はその疑問を口にする。


 輝夜でありながら、輝夜のものではない言葉を口にする、彼女に向けて。


「だから、今言ったわ。輝夜よ」


「そっちじゃない」


「……ふふ」


 俺の表現が面白かったのか、なんなのか。


 彼女はまた微笑を見せて――


「なんだか、変な気持ちだわ……。輝夜としてトキと過ごしてたとはいえ、所詮は記憶でしかないはずなのに……。それなのに、心が貴方を信じようとしてる。私、そんなに簡単な女じゃないつもりだったのに。運命なんてものがあるんじゃないかって……そんなこと思っちゃう。らしくないわ」


 独り言のように、そう言って……

 

 彼女は徐々に、自らの御魂へ魔力を集め出す。


「……なに、してるの……?」


「誤解しないでくださいね。戦うつもりはありません」


 彼女の御魂に集う淡青(ライトブルー)の魔力は、やはり輝夜のものだ。


 しかし、輝夜はここまで魔力制御が上手くはなかった。


『――月よ影よ、集え閃く光の下に。始祖の御力(みちから)給わりし、我らの血より出づる御鏡。ただあるがまま、あり給え』


 彼女は、御魂に集まった魔力を操り――


「《月鏡(シピュテ)》」


 その額に、輝く紋様を浮かび上がらせる。


 あれは……


「……《月鏡》の、力か……」


 望月のまわりを、星々が取り囲むあの紋様は、いつかの輝夜の額にも浮かび上がったもの。

 

 その原典は、《月鏡》の裏面に鋳られた紋様。

 月神の力をその身に受け継いでいる、しるしなのだ。


「もう一度聞くぞ。……お前は、誰だ」


 《月鏡》の力をその身に宿す輝夜と瓜二つの少女に、俺は問う。


「――――セレナ」


 彼女が、自らの名前を口にする。


 輝夜の顔で、輝夜の声で、全く異なるその名を、口にした。


「セレスティア王国第一王女――セレナ・(セレナーデ)・セレスティア」

 

 月神の力を、《月鏡》の力を操る彼女。その名はセレナ。



「私は――《幻月(セレスティア)》のセレナですよ、トキ」



 彼女の――セレナの放つ淡青(ライトブルー)の光が、いつまでも教会を照らし続けていた……

……というわけで、多くの謎を残しつつ三章はここまでです。


四章はしばらく期間が空くことになりそうで、詳しくは活動報告にてお知らせします。

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