二十七話 異世界迷宮の最深部でハーレムを
セレスティア遺跡。セレスティア建国と同時期に発見されたその迷宮の入り口は、痩せこけた土地、都市の外れにある。
見た目は平凡な丘陵地に、ぽつんとある洞穴。横穴式石室の古墳みたいで親近感がわく。
しばらく歩くと陽の光が差し込まない暗闇だ。一寸先が見えず、探索は困難を極める。
「頼めるか、ヒカリ」
「……(任せて)」
こくんと頷いて、ヒカリが魔術式を編纂する。
飴色の光を放ちながら、基本に忠実な丁寧な所作で術式を構築した。
「(――《燎》――)」
右の拳をぱっと開くと、掌にメラメラと火が熾った。
西日川の操る光、消えることなき《燎》だ。
「(――《昊》――)」
ヒカリが腕を振るうと、その火は洞窟全体に行き渡り、暗い道を明るく照らし出してくれる。
指先から零れる飴色の煌めきは、本当に飴が溶けているような濃密な魔力だ。
「魔力制御の腕を上げたな、ヒカリ」
「……!(うん、中史くんに追いつけるように、頑張ってる!)」
両腕でガッツポーズをとるヒカリ。
彼女のあたたかい言葉の一つ一つが、俺の身体に沁み入るようだった。
「……!(どんどん行こう、中史くん!)」
「ああ、そうだな」
俺はその返事が上ずってはいなかったかと、嬉しい心配をしていた。
☽
問題の“壁”は、すぐに現れた。
石壁で囲まれる遺跡内で、そこだけ異なる黄土色の物質の壁。
コンコンとノックしてみると、音が反響する。壁は薄く、向こう側に道が続いているのだ。
「《月降》」
ほぼゼロ距離から魔術を放つが、傷一つつかない。
凄まじい硬度と衝撃耐性、加えて魔力減退の術まで掛けられている。
魔力を込めた眼で見れば、精巧な術式が壁に隙間なく刻まれ、壁自体が防御魔術の役割を果たしていることが分かる。
常在設置型の魔術であるため、その堅牢さは中史の最高防御術式《呪々屈折鏡》にも勝るだろう。
それこそが、遺跡の財宝目当てで訪れる冒険者や盗賊達を千年以上締め出し続けている、セレスティア遺跡の門番だ。
生半な魔術ではビクともしないだろう。
結界術の得意なアズマが入れば正規の方法で術を解除してくれただろうが、いない者のことを考えても仕方がない。
やはりここは、力尽くで突破するしかないのだ。
「どのぐらいの術なら崩せるもんかな」
いっそのこと《月痕》でダンジョンごと灰燼に帰すのが手っ取り早いか……などと考えていると。
「……!(ようやく中史くんの役に立てる……!)」
目をもう眩しいくらいにキラキラさせ、やる気に満ち溢れた女の子がこちらを見ていたので、この場は彼女に任せることにした。
でも確かに、こういう場合はヒカリの方が適任か。
「…………!」
目を閉じて、自らの御魂に意識を集中させるヒカリ。
飴色の魔力が心臓に集い、凝集した光の玉が激しく輝きだす。
「(――紫閃光)」
光の玉がぱっと弾けると、そこには流動する光で象られたクロスボウが顕現する。
西日川家が代々受け継ぐ、一撃必殺の武器である。
「…………(――紫閃光の弾数は三にあらず、二にあらず)」
ヒカリは両手で紫閃光を構え、一の矢をセットする。
紫閃光は一点突破の矢を飛ばす。攻撃範囲や持続力に難があり、アリストテレスにはその弱点を突かれピンチに陥っていたわけだが……
その貫通力だけなら、紫閃光は中史が持ちうる攻撃手段の中でも随一。
これで結界を突破できなければ、手詰まりなのだ。
「…………(――徒矢となるか、止め矢となるか。乾坤一擲の一矢なり)」
ギシギシと音を立てながら、狙いを引き絞る。穿つは結界の中心部、術式を構成する心臓部。
ピカピカと落雷のごとき光の明滅が、《燎》の照度をも超えてダンジョン内を照らし出す。
さらに一段と魔力が膨れ上がり、その輝きが最高潮に達す――
「――(――いざ)」
ビュウウウウゥゥゥ――ッ……!!
紫電を纏った光の矢がひょうふっと射られ――
「さすがだな」
砂塵と暴風を巻き起こしながら……遺跡の内部を千年以上守り通してきた鉄壁を、突き破ってみせた。
風穴が空いた結界は、そこから術式が瓦解していき――瞬く間にただの魔力となって、俺たちとダンジョン内部を隔てる絶壁は消えてなくなった。
「……!(中史くんっ、やったやったっ!)」
俺が声を掛けるよりも早く、ヒカリがその場でぴょんぴょん飛び跳ねて、ハイタッチを求めてくる。
「ああ、よく見てたよ」
――パンッ!
苗字をナカシからサトシに変えようかなどと思いながら、それに応じる。
ヒカリ、喋る必要あるか否かですごい性格変わるな……こっちのヒカリはハイタッチとかしないよ普段なら。
「愛おしい……。なあ、なろう主人公が無意識にヒロインの頭を撫でて、『すまん、つい』って言ってやめる“アレ”……やっていいか」
「……(え、は、恥ずかしいから、ダメ……)」
ヒカリの新たな一面を見られて、とても嬉しい。元の世界に帰ったらまほろあたりに自慢してやろ。したら間違いなく殺されるけど。
☽
ヒカリが開いてくれた道を進み、階段を下り、どんどん奥深くまで入っていく。
「ギシャアアッ!!」
ダンジョン内には食事を必要としないモンスターがウヨウヨいたが、紫閃光の一件で調子に乗ったヒカリが快進撃を続けるので、俺はほとんど見ているだけだった。
「……!(あははっ! 脆い脆い! 魔物がゴミのようだよ!)」
土属性の軟泥の群れは《春雷風花》で囲んで一網打尽にし、知能の高いフェアリー種には自分と瓜二つのダミーを作る《光媒鳥》で混乱させて背後から抹殺。光に弱いアンデット種相手には、いじめのように目の前で《燎》を光らせて浄化。
「にっ、逃げろ! 殺されるぞ!!」「ダメだ、追いつかれ――」
「……!(はい《閃電雷火》どーんっ!)」
「「ギャアアアアアア――!!」」
さらに、討伐難易度の高い特級モンスター、吸血鬼が現れた時などは――
「(――《蛍火》――)」
一帯に、高熱の光の玉をいくつもばら撒き……
「くっ、一旦退避……!」
焦った吸血鬼がコウモリの羽を広げ、空中へ逃げ出そうと背を向けたところを、
「(《光矢》)」
「がはっ……」
冷静に光の矢で射殺していた。
「……!(ヴァンパイアの首もーらったっ!)」
手刀で吸血鬼の首を切り離して、鷲掴みにして高らかに掲げる。鬼の首を取ったように得意になるヒカリはとても魅力的で、思わず惚れてしまいそうだった。
「……! ……、……!(この世界の敵って弱いね! 元の世界の魔術師相手と違って、最後に私が勝つから! だから楽しーんだね!)」
魔物の返り血を浴びて、金の長髪を赤く染めたヒカリが笑う。
ヒカリが楽しそうにしていると、なんだかこちらまで嬉しくなってくる。
これが人と関わるということなんだろう、と俺は思った。
「ヒカリ、実は戦闘センス高かったんだな」
俺の異術で声を失った今のヒカリは、声を発さなければいけないという意識と制約を捨てたことで色々と開放的になっている。
だから普段なら臆病な恐怖心から躊躇してしまうような戦法も迷いなく実行し、それが思い切りの良さに繋がった結果、平時には隠されていた戦闘センスが表出しているようだ。ずっとこれなら伍心隊の一員としてもやっていけるレベルだぞ。すごいすごい。
「なんか俺までテンション上がってきたぞ……」
ヒカリが楽しそうに魔物を屠っているのを見て、魔術師の血が闘争を求めて騒ぎだしている。
「……!(中史くんも一緒に遊ぼう!)」
「ああ!」
なんとなく気が大きくなってる俺は威勢のいい返事をして、
「《月降》! 《月降》! 《月降》ィッ!!」
「グギャアアアアアッ」
手あたり次第に光の刃を飛ばすと、その一部が潜伏していたミミックに当たったらしく、悲鳴が聞こえてきた。
「ははははは! 俺TUEEEEEEE!!」
「……! …………!(そうだ! いい機会だから、私と中史くんで已術式作ってみようよ!)」
「ナイス提案だヒカリ! 中史と西日川は血の相性いいからきっとできる!」
「……!(うんっ!)」
言いながら、俺とヒカリは魔力を操る。
紺碧色の魔力と飴色の奔流が混ざり合い、幻想的な渦を巻く。
「……!(綺麗な色だねえ、中史くん!)」
「ゴッホの星月夜みたいだな!!」
「……!(私たち、相性ぴったりだね!)」
いやに頭が冴えていた。殺しを重ねてハイになった俺たちに出来ないことなどなかった。
俺とヒカリは呼吸を合わせて術式を構築し、新たな一つの魔術を編纂していく。
相手が何を考えているか、手に取るように分かる。
人と歩幅を合わせながら、共に歩いていく。
それはどこか人生のようだった。
「よし、できたぞヒカリ!」
青と黄が混ざった魔力の粒子は、キレイな乳白色をしている。
「……! ……!(ちょうど前方に敵発見だよ! あれで試し打ちしようよ、中史くん!)」
ヒカリが指差した先には……二つの人影。
恐らく母親とその子供だろう、二人は迫りくる脅威に怯えるように互いを抱き合っていた。
背に羽が生えていることから、吸血鬼であることが分かる。
「こ、来ないで……! 私たちは、あなたたちには危害を加えませんっ! だからどうか――」「う…………うわああああんっ! 怖いよぉッ! 助けて、お父さああぁんッッ」
「……(お父さんって、これのこと?)」
コロコロコロ……とヒカリが子供の足元に転がしたのは、先程討ち取った吸血鬼の生首だった。
お父さんと息子の目が合う。
「…………お父、さん……」「あ、あなたぁ…………」
「……!(よかったねっ、家族みんな一緒に死ねるよっ! 死ぬときはみんな一緒が一番だよねっ)」
やっぱり、ヒカリは優しいな。聖母みたいだ……。
「よし、いくぞヒカリ!」
俺が術式に魔力を送ると、術式が発動する。
「……、……!(うんっ、『中史』の魔術研究の礎になれたあなたたちは、ヴァンパイア種の誇りだよ!)」
乳白色の美しい光を発する魔力はフラッシュして、ダンジョン内にいくつかの影を伸ばした。
それは俺とヒカリの、初めての共同作業――
「「――《月橘》――!!」」
ぱぁっと勢いよく弾けた魔力は花の形を象り、花粉が空間内に充満する。柑橘系の誘うような匂いを運ぶその花と花粉は、わずかでも衝撃を与えたら火花放電して連鎖爆発を引き起こす起爆剤。その花粉に触れた瞬間、対象は《月橘》の赤き実となる運命だ。
「あっ――」「……え……」
吸血鬼親子が身じろぎすると、その衝撃で起爆剤が作動し――
――バチバチバチッ……チュドォォドォォォォンドォォォォン……ッ!!
セレスティア遺跡に、キレイな花火が打ちあがる。
爆発が収まった後には、真っ赤に染まったジャスミンの実が二つばかり、床に転がっていた。
西日川の《蛍火》と、神島家の《花鎮》から着想を得た、俺とヒカリ、二人のオリジナル魔術。その結果は――
「……!(大成功だね、中史くん!)」
「当たり前だ! 俺たち『中史』に不可能はない!」
そうして再び、俺たちはハイタッチ。
パチン、と喜びの音がダンジョン内に響く。
「……(私と中史くん、二人だけの已術式――《月橘》……ふふっ、嬉しいな……)」
「ああ、俺もだよ……俺の双魂已術式童貞をヒカリにあげられてよかった……」
俺とヒカリの感情は、最高潮に高まっていた。
興奮し体温が上がって、汗をかく。それもどこか気持ちがいい。いい汗をかいた、というやつだ。
「……!(ねえ、私、今とってもとっても幸せだよ! 中史くんとこんなにおしゃべりできて、二人だけで冒険できて、《月橘》まで作れて! だから、異世界に来てよかった……私を異世界に連れてきてくれて、ありがとう、中史くん!)」
ヒカリの首筋を伝う汗がどこかなまめかしく、情欲を掻き立てる。
しかしそれでやましい気持ちにはならない。もはや今の俺たちにとっては、殺戮による快楽も情欲も多幸感も、すべてが俺とヒカリの人生のアクセントでしかなかった。
その気持ちを共感すべく、俺は一歩を踏み出す。
ヒカリと視線が合って、どこか照れ臭い感情が起こって……
――微かにダンジョン内が震動した。
「……?」
その揺れは、段々と増幅する。
土で固められた天井から、パラパラと砂埃が舞い……
「いてっ」
終いには、礫が落下してくるほどだ。
「……(ね、ねえ……中史くん、これって……まさか……)」
激しい揺れと、地響きのような嫌な音。
ボロボロの天井と土埃。
「…………ああ」
それで、俺たちは悟った。
――――いくらなんでも調子に乗りすぎたな、と。
「落盤するぞ! 伏せろ!」
「……っ!(きゃああっ!)」
その次の瞬間には、ダンジョンの天井が崩れて落ちた――