二十六話 一抹の迷いと……
「ヒカリ! トキと合流できたのね! 無事でよかったわ!」
「……」
「……ヒカリ?」
「……!」
「ヒ、ヒカリ? 返事して? ルリの次はあなたに無視されるの……?」
「あなたがヒカリ? よろしくね、私はイスタリアよ」
「……、……!!」
「あ、よかった……私だけじゃなくて、みんな無視する……。……よくないわ!」
楽しそうでなによりだよ。
「それじゃ、暴走状態の天帝を無事討ち取ってくれた報酬15テルね。よくやってくれました、勇者様」
「討ち取ってないよ、今アッシュにセクハラされてあいつを氷漬けにしてるのが天帝だよ」
俺が受付嬢から、クエストの達成報酬を受け取っていると……
ギルドの酒場の一角でヒカリやイスタリアとキャッキャ騒いでいた輝夜が、俺を見つけ駆け寄ってくる。
「トキ、メフィ探しましょう!」
俺が異世界に来た理由、輝夜にはそう言ってたんだっけ。
《月鏡》の事を調べ終えた後にしてほしいが、どう説明すればいいか……
「先に勇者としての仕事したい。あいつは後回しでいいだろ」
「それもそうね!」
あいつが雑に扱えるキャラでよかった。
俺は《渡月》にて、ソラネシアの執務室で仕事に追われるセイクリッドへ連絡を取る。
【ありがとな、セイクリッド。天帝の件、手配してくれて】
天帝は輝夜を乗せて、セレスティアへ向かったのだ。なんの連絡もなければ、暴走した天帝が王都を襲いにきたとかなんとか、誤解されかねない。
だから俺は天帝の背中から降りる直前、輝夜とメタルがどうとか話してる時に、セイクリッドに連絡しておいたのだ。もうすぐそっちに輝夜を乗せた天帝が飛んでくるけど、天帝は正気を取り戻してるから安心しろ、ついでに騒ぎにならないよう手配してくれ、と。
【む、勇者か。気にするな。お前が唐突なのはいつものことだ】
どうやらセイクリッドが国内に情報を流してくれたらしく、急なドラゴンの襲来にもそれほど国内に混乱は見られなかったようだ。
【それでまた一つ頼みがあるんだが】
【面の皮の厚い勇者だな。なんだ?】
【俺はどうしても《月鏡》のことを知りたい】
【うぅむ……しかし、いくら勇者といえど、易々と教えられるものでは……】
【ああ。だから、どこに行き、誰に聞けば《月鏡》の情報が手に入るかだけ教えてくれればいい。それなら、お前は俺に《月鏡》について教えたことにはならないだろ?】
直接的には。
【ものは言い様だな】
【現状正直手詰まり状態だ。頼むよ】
【無理なものは無理だ。無理で、もうこの話は終わりだが、そうだな、これは全く関係ない話だが、そういえば……】
【なんだ?】
【セレスティアの地下には、古代遺跡があるだろう】
【たしか、入り口に結界が張られてて入れないとかいう】
【そうだ。そこで勇者よ、あの遺跡の調査をお願いできぬか。伝説によると金銀財宝や封印されし月神が眠るとされておる。遺跡内で見つけたものはすべてお前にやる】
【分かった。古代遺跡に行けばいいんだな】
【うむ。頼むぞ】
【助かるよ】
そこで俺は《渡月》を切った。
「……よし」
これで目的地がはっきりしたな。
セレスティアの古代遺跡。その先に《月鏡》の手がかりがある。
つまりどういうことかというと、
「ダンジョン攻略をするぞ、ヒカリ」
「……!」
ダンジョン――その言葉を聞いて、露骨にテンションを上げるヒカリ。
それも当然だろう。なろう系における三本柱は、これは文壇でも諸説あるのだが、俺は「追放」「スローライフ」そして「ダンジョン攻略」だと思っている。その一つを今から体験できるというのだ。胸躍らないわけがなかった。
実はヒカリもなろう読者だと判明したからな。ヒカリはもはやこの船の理解者だ。
そんな喜びを、笑顔のヒカリと分かち合っていると……
「相変わらずだな、トキ」
抑揚の付け方だけでイケメンだと分かる頼もしい声が、俺を呼ぶ。
俺は振り返って、そいつのあだ名を呼んだ。
「アレックスか」
そこに佇んでいたのは、三人組の冒険者パーティ。
金髪黒目の少年剣士、アレックス。
セミロングの黒髪が綺麗な美少女魔法使い、ロクサネ。
俳優みたいな甘いマスクの槍使い、ヘパイスティオン。
こっちの方がよっぽど勇者パーティっぽいで有名な三人組だった。
「戻ってきてたんだね、勇者と……輝夜も」
「久しぶりね!」
ロクサネと輝夜は手を合わせて再会を喜んでいた。
この二人は仲が良い。輝夜に魔法を教えたのも、たしかロクサネだったよな。
「おらヘパイスティオン! お前はこっちだ!」「俺らの酒盛りに付き合え優男!」
「えっ、ちょ――」
ランサーは、酔っぱらったアッシュとキースに連行されていった。
「トキはまた、なにか勇者として動いているのか」
「ああ。ちょうど、地下の古代遺跡に行こうかと思ってたところだ」
「なに? あの場所には結界があり、入れないはずだぞ」
「なんとかするよ」
言うと、アレックスは呆れたような笑みを浮かべた。
「無根拠なのに、勇者が言うと頼もしいな。立場が人を変えるというが……トキの場合は、生まれながらの勇者という気さえしてくる」
そんな、お褒めの言葉を頂きながら……
ふと気になったことがあったので、俺はその眼で、アレックスをじっと見る。
その御魂の深淵を覗く。
…………。
「……どうだろうな」
天帝もいる。問題は――ない。
「そこでなんだが……アレックス、輝夜の面倒を見ておいてくれないか」
ダンジョンに《月鏡》の手がかりがあるなら、輝夜は連れていけない。
遺跡へは、俺とヒカリの二人で行く。
「それくらいは、構わないが……もう日も暮れる。どれくらいで戻ってくる予定だ?」
「日は跨がないつもりだ」
「そうか……分かった。任せてくれ」
アレックスは何か言いたそうだったが、この場は『勇者』に頷いてくれた。
「そういうわけだから、またお留守番しててくれるか。輝夜」
ロクサネと近況報告をし合っていた輝夜に、俺は言う。
天帝の時は安全性を考えて輝夜を連れて行ったわけだが、アレックス達と合流した今、その心配はなくなった。
「私もダンジョン攻略したいわ!」
当然こうなるので、俺は説得を始める。
「その気持ちはよく分かるが、実際危険だろ。お前、魔法はなにが使える?」
「……中級魔法までなら、多分……」
「だろ。それじゃ連れていけない。俺は中史として……この世界では勇者としても、危険と分かっている場所に戦えないお前を連れていくわけにはいかないんだよ」
ダンジョンで《月鏡》のことを調べる際にバレたくないというのが本音だが、これも別に嘘ではない。中史時として《月鏡》保持者を守るのは『中史』の義務だ。
「うーん……残念だけど、分かったわ。アレックス達と待ってる」
そして、輝夜は我儘を言うような人間ではない。理屈の通った説明をしてやれば、きちんと引き下がってくれる奴だ。
とはいえ妙なところで勘がいい女でもあるから、《月鏡》のことに気づかれるんじゃないかとも思っていたが……杞憂だったな。口止めしてるからそもそもバレようがないんだが。
「伝説の聖剣とか持って帰ってきてほしいわ!」
「十束剣より使えそうだったらな」
輝夜は結局最後まで、俺が純粋に冒険者ライフを楽しんでいることを信じて疑わない無垢な笑みを浮かべていた。
☽
ダンジョンへはお前と二人で行く。
そう告げると、ヒカリはしばらく後ろめたい風に輝夜に視線を送っていたが。
「……ヒカリ」
「…………」
俺が理解してくれるよう頼むと、ヒカリは小さく笑って頷いてくれた。
「……っ」
そして、何を思ったか……
ヒカリの方から、俺の手を握ってくれた。
「…………」
ギルドの喧噪のその端で、俺とヒカリは互いの血潮の巡りを感じ合っていた。
「……ありがとう」
「…………」
優しく首を横に振るヒカリ。
この手に繋がっている大切な彼女のためにも、俺はやはり世界を救わなければならないな、と思った。