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幻月のセレナ -世界と記憶と転生のお話-  作者: 佐倉しもうさ
第三章 而して浮生は夢のごとし
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二十二話  明日のメタルとコートと落ちる足  

 天帝と久々の再会を果たした俺と輝夜は、ドラゴン姿の天帝の背に乗ってセレスティアに戻っていた。

 サラマンダーよりずっと速い天帝による帰路は、それでも俺たちが振り落とされないように抑えめだ。この分ならあと20分もせずにセレスティアに着くだろう。


 その間、四帝竜についての話を輝夜にしていたのだが、そこで「みんなに名前はないの?」という話が出た。

 炎帝、雷帝、海帝、天帝。それは称号であり個人(個竜?)を指すものの、名前ではない。そもそもドラゴン種は個体数が少ないため名を持たないのだ。


 しかし俺の下につく以上それだと困るということで、俺は四匹にそれぞれ名前を付けていった。


「炎帝はエ〇スだ。二つ名は敗北者」


「パクリはダメよ!」


「自分の名前の由来忘れた?」


 お前は図々しくも日本最古の物語のヒロインの名前名乗ってるんだぞ。


「名前は最初の贈り物なんだから、その子だけの個性を大事にするようなものじゃないと!」


 自分が「月見里輝夜である」というパーソナリティにこだわりのある輝夜は、そう主張するが。お前的に自分の名前がかぐや姫からあやかってるのはセーフなの?


「雷帝ゼオ〇」


「せめて出版社は統一しておいた方がいいと思うわ……」


「海帝は残念ながら思いつかなかったので、無難にラグーンにしといた」


「最初からその路線で良かったのに……集〇社と小〇館を敵に回したら生きていけないわ……!」


「もっと異世界らしい心配しようよ」


 輝夜もすっかり俗世に身をやつしてしまった。かつての純粋な輝夜姫はもういない。悲しいかな悲しいかな。


「それで、肝心のこの子の名前は? ル〇?」


「メダカ」


「なんで……?」


「ドラゴンのメダカだ」


「ややこしいわ……」


 輝夜は頭を抱えていた。


『ボクはメダカです。ご主人様だけのメダカです……』


 ドラゴン形態でも人語を解せるメダカは、俺と輝夜の脳内に直接語りかけてくる。


「そんなわけで、天帝メダカ。お前はいったい誰に操られてたんだ?」


「こんな酷い前振りあるのね……」


 最近の輝夜が終始ツッコミに回るなんてよっぽどのことだなあ。


『あれは……ご主人様がこの世界を去ってから二か月くらい経った日のことです。セレスティアの街中で、海帝と別れた後のことでした』


 落ち込んだ声で、メダカは言う。

 四帝竜はヒトの姿で普通に人間の国家を出入りしているので、それは珍しいことではない。


『大通りから人通りの少ない道に抜けた時に、男の人に声を掛けられたんです』


 事案発生。


『正直、油断してました。ご主人様のいない世界で、ボクたちに勝てるヒトなんていないと思ってたから……警戒を怠ったんです』


 上空一万メートルの彼方に、メダカの唸り声が消えていく。


『その男は……魔術を使いました』


「魔術を?」


 菖姉さんも言ってたように、この世界の魔術学は未だ発展途上……特殊な効果があるものならともかく、純粋な火力に関しては「魔術」に遠く及ばない「魔法」がスタンダードな文明レベルだ。だからこの世界に文字通りの意味での「魔術師」は存在しない。魔法使いや魔導師とかいう呼び方をする。


 俺は少なからず驚くと共に……この世界で魔術を使える人間に、心当たりがあった。


「そいつの人相を覚えてるか」


『えっと……雲のような黒い髭の老人でした』


 ――アリストテレスだ。


『その男に魔術を使われてから……なんというか、ドラゴンとしての破壊衝動を抑えられなくなって……そのうちに自我も薄くなっていって……今日ご主人様に止めてもらうまで、自分の御魂を制御することができなくなっていました……ほんとうにほんとうに、ごめんなさい……』


 俺に刃を向けたことがよほど悔しかったのか、絶望したような震える声でまた謝った。


「気にしていないと言ったはずだぞ。命令だ、これ以上自分を責めることは許さない」


『……ご主人様……!』


「天帝、お前を襲った男には心当たりがある。かつて俺の幼馴染を殺し、最近も俺の世界に出没した異世界人だ」


『ボクだけじゃなく、ご主人様のところにも……?』


「ああ。だが案ずるな。不意打ちではなく、まともに戦えばお前が負けることはなかっただろう。その程度の相手だ」


『はい……ボクは、ご主人様を信じています……』


 そんな俺たちのやりとりを、輝夜はじとーっとジト目で聞いていた。


「ねえ、メダカって……本当に男の子なのよね? 今でも私、ちょっと半信半疑よ」


 見かけは女にしか見えないからな。さもありなんだ。


「男だよ。自分のこと『ボク』って言ってるだろ」


「幼馴染の一人称忘れたの?」


「それに……俺の御魂が反応しない」


「……なに、それ?」


 そうなのだ。


 俺だって、最初はメダカのことを女だと思っていた。

 こんなにかわいい娘が男だなんて疑う方がどうかしている。


 だが俺に初めて敗北し、忠誠を誓った際……人間態になったメダカが、俺に抱き着いてきたのだ。


 そんなことをされたら通常、俺の御魂は嘔吐必至なのだが……なぜか御魂は何ともなかった。


 メフィの頃のような異世界に対する昂揚感も、ヒカリの時のような覚悟もない、平常時にだ。


 これはおかしいということで天帝を問い詰めると、自分は男だと白状したわけだ。

 メダカには――()()()()()のだ。天帝メダカは、普通の女よりもよほどかわいい、男の娘だったのだ。


 それ以降――俺と天帝は特別に仲が良くなった気がする。


 スキンシップの多いメダカから逃げる必要がないことを知った俺は、つい嬉しくなって……メダカのことを積極的にかまうようになった。これまで相手が女というだけで身体的接触を禁じられていたのだ、その反動は凄まじく、容姿が完璧美少女、しかも()()()()お得な美少女であることもあって、ついつい行き過ぎた時も、まあ……。だが、両者合意の上だしセーフだろう。こいつの容姿年齢も中学生くらいだし、民法上も問題なし! 


『そうです、ボクは男で……そして、ご主人様だけの女です……』


 ……問題なし!(強調)


「問題だらけよ! 性自認歪められちゃってるわ! Towitter(トゥイッター)で問題にしなきゃ……!」


「人の心を読むな、そして地味に効果的な嫌がらせをやめろ」


 そういうセンシティブなネタに安易に手を出すな。後が怖い。


「……それでふと気になったわ。ねえ、ギル〇ィギアのブリジ〇トの性自認ってどっち?」


「さあ……。いつかそれも問題になったりしてな!」


「うーん……流石に格闘ゲームのキャラの性別が問題になったりしないと思うわ!」


「そうだな、杞憂だったか!」


 などと、詮無い話に花を咲かせていた時のことだ。


「――――!!」


 ――ドクン――!


 心臓の止まりそうな衝撃を受けた俺は。


「…………」


 次の瞬間、ほとんど無意識に呟いていた。


「……降りる」


 天啓のごとく、俺の目的意識はそこへ集中していく。


「ファッ!?」『えっ?』


 上空一万メートルを猛スピードで移動中の竜の背の上で、俺はすくっと立ち上がる。


 びゅうびゅうと吹き付ける風が黒ロングコートをバサバサとはためかせる。なんとカッコいいことか。


「ちょ、ちょっとトキ? 急にそんな冗談……冗談よね? ねえトキ?」『い、いくらご主人様でもこの高さから落ちたら死んじゃいますよ! ダメです!』


「馬鹿野郎! ――落ちるんじゃない、降りるんだ!!」


『暴論です! 死んじゃいやですよご主人様ぁ!』


 輝夜とメダカが必死に止めようとするが――俺のこの湧き上がる衝動は、もはや抑えが効くものではない。


「落ちる時は落ちるもんだ……」


「それは身投げを肯定する言葉じゃないわ!!」


「しゃらくせえ、ロックに行こうぜ! なろう主人公ならよ!」


「トキはそんなこと言わない! ロックもなにもエロゲソングしか聴かないでしょ!?」


「はこべに勧められてメタル聴いたことあるし、それにな、輝夜――エロゲソングは、ロックだ」


「もう適当にしゃべってるわあああ――!!」


 泣きじゃくる輝夜の涙ですら、俺を止めることはかなわない。


 悪いな、輝夜、メダカ。


 俺は行かなきゃならない。


 なんとしても――どんな障害があろうと、万難を排してでも――!!


「大丈夫だ、輝夜。もし急にアリストテレスに襲われても、メダカはあおなつ姉妹にギリ負けるくらいの強者だ。守ってくれる」


「微妙に強さが伝わらないわ! ううん、そうじゃなくて――」


 輝夜の制止を待たずして――


「トキ!!」『ご主人様ッ!!』


 俺は、遥かな空の青へと一歩を踏み出した。


 ――ッ――


 当然足のつく大地などそこには存在せず……



 俺の体は瞬間、無重力状態となる。





 ふわりと宙に浮く自由な感覚――






 それはすぐに終わった。


 気づけば全身に猛烈な重力がかかり、自由落下――下へ真っ逆さまの紐なしバンジーアトラクションが開始される。








「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」








 俺は叫ぶ。





 地球の重力にも、圧倒的な風圧にも負けず、声を張り上る。


 喉が切れるような痛みにも構わなかった。

 とにかく叫ぶことで、御魂を震わせた。









「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」







 全身全霊を掛けて、この身投げ――生き残ってみせる。


 中史としてではなく、勇者としてでもなく、俺として――


 中史時としての、大切なもののために生き残ってみせる!


 俺はたしかに、感知したんだ。


 この下には――いるんだ。


 絶対に、いるんだ。


 だから、飛ばなくてはならない。


 そのために、俺は生きているんだ。


 だから、だから――


 待っていろ――――











   「光!」

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