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幻月のセレナ -世界と記憶と転生のお話-  作者: 佐倉しもうさ
第三章 而して浮生は夢のごとし
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二十一話  天帝

 翌日。


 巨大女王蜂(クイーンビー)森の守護者(グリフォン)審判者(ゴーレム)が棲息するテレセテネス森林を駆け抜け、俺と輝夜はジガティラ山へと入っていった。


 山道はかつて活火山だった名残で黒曜石が表出しており、足場が悪い。

 また山頂には特殊な魔力場が自然形成されており、ここら一帯は天候もすこぶる悪い。今も強風が西から吹き付け雷雲が空に渦巻いており、禍々しい光景は悪天候時の恐山を彷彿とさせる。


 だがそんな環境にも関わらず、輝夜は多少よろけながらもちゃんと着いてきてくれていた。

 野球は下手だったが、山歩きは平気なようだ。元々運動神経には優れているんだろう。


「無理するなよ。疲れたら言うんだぞ」


「まだまだ大丈夫よ。それに、トキと二人で遠出するのは久しぶりだから、なんだか楽しいわ!」


 嬉しいことを言ってくれる。

 虚勢を張っているようでもないし、この分だと思ったより時間は掛からないかもしれないな。


「……いや、それどころか……」


 ある程度開けた場所まで出たあたりで、俺は足を止める。


「来たか」


 強い魔力反応があった。

 遥か彼方から、大型の魔物が空を飛んで急接近してきている。


 方向は、俺たちが目指していた反対側の山の麓からだ。


 時速だいたい300kmくらい、新幹線並みのスピードで迫る飛行可能なモンスターなんて……異世界にもそうはいない。


「ト、トキ……なんか来てるわ……!」


 遅れて気づいた輝夜も、周囲を警戒する。

 だが、見るべきは横軸ではない。


「上だ」


 俺と輝夜がほぼ同時に空を見上げると――


 ジガティラ山の厚い曇天を切り裂いて、巨大な影がゆっくりと落ちてくる。


 ――グラァァァァァァァァ…………


 不気味な鳴き声を天に響かせて、姿を現したのは俺の世界では決してあり得ない異形。


 空を覆う翼、鉄よりも硬い銀の鱗、鈍色に光る鋭い鉤爪――


 目測で全長20mを超える、四足歩行の超大型生物。

 ドラゴン種の帝王。


 【四帝竜】の一角、天帝だ。


 天帝は、恐竜のような迫力のある頭を持ち上げ――


 ――グギャアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ……!!!


 耳を劈く雄叫びを上げる。

 祭りで和太鼓の音が体に響くあの感覚が分かりやすいだろう。ドラゴンの咆哮というのは、あれの比ではない。冗談じゃなく臓器が激しく揺さぶられるような震えが、体に伝わってくる。


 【俺の前でむやみに叫ぶのはやめろと、言ったはずだぞ】


 あいつの咆哮で俺の声が消されては敵わないので、《渡月(わたりつき)》で天帝の脳に直接対話を試みる。


 ――グギャアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ……!!!


 しかし通じていないのか、天帝は翼をはためかせて再び咆哮する。


 【返事をしろ、天帝】


 ――………………。


 話しかけるが、やつは俺の半身ほどある巨きな眼球をこちらに向けるだけ。

 あの形態でも人語は話せるはずだが、反応がない。


「…………」


 ……天帝のやつ、俺を認識してないのか?

 向こうから出迎えてくれたのも、単に強い魔力反応を感知したからか。


 ――ゴオオォォォォォォォ…………

 

 その予想は当たっていたのか、奴は返事するどころか、大気を大きく吸い込んでその身に魔力を溜め出した。

 ドラゴン種の攻撃モーション。――こいつ、臨戦態勢だぞ。


「《呪々屈折鏡(やたのかがみ)》」


 天帝の攻撃を耐えられない輝夜のため、咄嗟に防御魔術を構築する。


 その直後、天帝が口を大きく開けてブレスを吐きだした――


 ――グギャアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!


 ――《白銀水霧咆哮(グロストフォール)》――


「――きゃあっ!?」


 ごうごうと吹き付ける猛吹雪が、辺り一面を雪景色に変貌させていく。

 凄まじい勢いのブレスは、森羅万象を凍てつかせる極寒地獄。


 瞬く間に降り積もった雪は瞬間的に果てしない圧力を生み、俺と輝夜の立つ地面に巨大なクレーターを形成した。


 ――グゴオオォォォォォォ…………


 それでも傷一つつかない俺たちを見て、天帝が不思議がる。

 自慢のブレスが効かず、戸惑っているといったところか。


 だが奴はすぐさま次の攻撃に移った。バサバサと翼を広げ、勢いをつけ――


 ――グゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォォ!!


 その巨体を生かした、突進を繰り出した。


 風圧だけで吹き飛んでしまいそうなドラゴンの顔が、間近まで迫り――


「いい加減、言うことを聞け」


 その天帝の頭を俺は片手で受け止め、鷲掴みにした。


 ――グガアアァァァァァ……!?


 銀の鎧に護られた鼻先を掴まれ、天帝が暴れ出すが……


「誰に操られてるか知らないが、思い出せ。お前のご主人様は――この俺だ」


 天帝の頭を掴んだまま、地面に強く叩きつける。


 ――ズドオオォォォォォォォォォォン…………


 その衝撃は頭から身体を伝い尾まで到達し、宙に浮いていた天帝は全身を地面に打ち付けてしまった。


 多少強引な「伏せ」だ。


 ――グギャアアアアアアァァァァァッッッ…………!!


 巨体が落下した衝撃で粉雪が大気に舞い散り、視界がホワイトアウトする。


 魔力で奴の御魂を直接見るために、俺は術式を構築した。


「《海神眼(わだつみのまなこ)》」


 中史が伝承する魔眼を見開く。 

 俺の右眼が紺碧色の輝きを放ち、世界を見通していく。


 《月痕(つきあと)》使用時に類似の状態になるが、これは明確に神の右眼。

 始祖ツクヨミの力を一時的に右眼に宿す強化魔術。右眼に限定する代わりに効果を増幅させた、《(かんながら)》の亜種とも言えるな。


 その蒼き魔眼で、天帝の御魂を覗いていくと……


「……本当に操られてるみたいだな」


 半ば冗談のつもりで言ったのだが、なにやら御魂が外部からの干渉を受けている。

 凶暴性と嗜虐性が著しく引き上げられ、理性が機能していない。これでは俺を勇者と認識するのも困難だろう。人を襲っていたというのも、そのせいか。


「じっとしていろ。痛みは一瞬だ」


 紺碧の魔力を纏った《(かんながら)》の右腕を天帝の胸部に突っ込み、痛覚を遮断する。これで苦痛を感じることはないはずだ。


 あとは御魂に掛けられた傀儡の魔術式を破壊し、治癒魔術を用いながら元の形に戻してやる。


 ――グウウゥゥゥゥゥゥ……


 薄目で俺を見つめる天帝の眼に、理性が宿りだす。


 だんだんと意識が明瞭になってきたようで、わずかに感じられた御魂の抵抗もなくなっている。


「どうだ、天帝。俺が分かるか」


 御魂から腕を引き抜き、《稀月(きづき)》で外傷を癒しながら訊ねた。


 ――グォォォォォォォォォ……!


 俺の声に呼応するごとく、天帝の御魂が自ら術式を構築し始める。


 天帝の肢体が白銀の輝きに包まれ、その姿を変えていく。


 ドラゴン種に特有の魔術、《義態(ぎたい)》だ。


「…………」


 《義態(ぎたい)》を終えた天帝が、俺を見つめている。


「久しいな、天帝」


「なろうのお約束ね……!」


 輝夜の言う通り……それは異世界転生モノの様式美。


 天帝の《義態(ぎたい)》した姿は、十二、三歳ほどの人間。


 星屑の煌めくような銀髪のツインテールに、紫水晶(アメジスト)の輝きを放つ藤色の瞳。

 その華奢な体躯はとても最強のドラゴンとは思えない庇護欲を掻き立てられる、絶佳の美少女だ。


「俺が分かるな、天帝」


「はい……ボクの、ご主人様……」


 天帝は、感極まった声音で俺を敬愛の念が込められた目で見つめ……


 それから、スッとその場に跪いた。


「なんのマネだ」


「先程のボクの、勇者様への背信行為……操られていたなどと、醜い言い訳をするつもりはありません。どうかその御心のままに、ボクに罰をお与えください……ご主人様」


(既視感あるなぁ……この流れ)


 こんな感じで、四帝竜の忠誠心はちょっと度が過ぎている。


 本来なら面倒臭いしまともに相手をする気にもならないんだが、まあ最強の自負があったこいつらのプライドをズタズタにへし折ったのは外ならぬ俺で、そのぽっかり空いた心の穴を俺への忠義で補っていると考えたらそう見捨てることもできない。


「思い上がるな」


「ごっ、ごめんなさい! 今更ボクごときがご主人様からの慈悲を賜ろうだなんておこがましかったですね! 今すぐ自害して――」


「思い上がるなと、言っているだろう」


 今にも舌を噛んで死にそうな天帝へ、俺は言葉をかける。


「……ご主人様……?」


「お前ごときが俺の心を推し量るとは、いつからそれほど偉くなった? 天帝、もう一度よく考えろ。お前は賢いやつだ」


「それは……」


「お前の主は、ペットの戯れに一々腹を立てるほど狭量な人間だったか?」


「そんな……! ご主人様ほど万物に慈悲深い御方を、ボクは知りません!」


「ならば余計なことなど考えるな。お前らはただ、この俺の言う事に従っていればそれでいい。違うか?」


「ご主人様の言葉に間違いなんて、ありません……この身はすべて、ご主人様のために……」


 陶酔した上ずった声音は、演技などでは決して出ないものだ。

 四帝竜の中でも、天帝はひときわ強く俺を神聖視していた。


「頭を上げて、その顔をよく見せろ」


「はい……」


 俺もまたその場にしゃがみ、片手で天帝の顎を持ち上げ視線を合わせてやる。


「あ……」


「……俺は果報者だな。お前のように聡明で、こんなにもかわいらしい竜に慕われるなど、千代にも有難き幸せだ」


「も、もう、ご主人様……かわいらしい、なんて……ボクは男ですよ……」


 天帝が頬を赤くして照れる様は、銀髪とのコントラストが綺麗でより一層その美しさが際立っている。


「私、何を見せられてるんだろう……」


 あ~、めちゃくちゃ気持ちいい! 


 こいつらと話してると、自己肯定感がありえん速度で上昇していく! 

 中史として仕方なく演じてる『当主モード(命名:ルリ)もしくは仕事モード(命名:俺)』ともまた違う、亭主関白な感じで振舞っても、嫌がるどころかむしろ従順だし! 俺が異世界を夢見ていた理由がここにすべて集約されている! なろう万歳! 読む麻薬!


「男…………え? 男? ……男の娘ッ!?」


 おいおい、人がせっかく気持ちよくなってるのに、急に叫び出す輝夜は空気が読めないのか? 最近の若者は他人への配慮が足りなくて困るよ。そういうの言わなくても分からないもんかなぁ? ちょっとだらしないんじゃない? 若くてかわいいからって許されるのは今のうちだけなんだよ? ちょっとは天帝を見習ったらどうなんだ、えぇ? ホント頼むよもう~。

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