二十話 カグヤコウモリのフレンズ
輝夜を連れて訪れたのは、堅牢な外壁に守られた絢爛で豪華な宮殿。
王城・ソラネシア。
城なのに宮殿? と俺は最初首を傾げていたのだが、どうもセレスティア王家というのは戦争に勝ち抜いて今の地位を手にした武闘派の王家らしく、住居と防衛拠点を一つにまとめた建築物を王城として使っているんだとか。
城門をくぐり、衛士は顔パス。特にトラブルもなく話が通り、謁見の間へと通される。
赤絨毯が敷かれた先の玉座に座っているのは、セレスティア王国の現国王。
セイクリッド・S・セレスティア。
民衆からも慕われ、あの治安の悪いギルドですらいい噂をよく聞く、黒髪黒目の若き賢王だ。
俺と輝夜の二人は、セイクリッドの前に跪き、王の言葉を待った。
「バルバディン、お前は下がれ」
「は」
バルバディンと呼ばれた厳つい鎧の男が姿を消す。
彼はセレスティアの筆頭騎士。セイクリッドが最も信頼を置く王家の騎士。
セレスティア王家に代々仕える、レディエル家の当主だ。その忠誠心の高さと騎士の手本とも言える立ち振る舞いから、彼らは神鎧と称される特別な家柄である。
老け顔なんだろう、初老くらいに見えるが、たしかまだ二十代後半とかなんだよな。
最近はついに第一子を授かり、城内がお祝いムードだったのは記憶に新しい。
「さて、この場には我らだけだ。面を上げ、楽にせよ」
言われた通り顔を上げ、立ち上がる。
「よく戻ってきてくれたな、勇者よ」
そこには堅苦しい雰囲気などない。
俺は勇者としてセイクリッドと個人的な交友もあったので、畏まる必要はないのだ。
「ああ。ちょっとこの世界に用事ができてな」
ちなみに俺はセイクリッドに対して最初からタメ口を貫いている。
Q:どうしてですか。
A:異世界の王様にタメ口を使うのは、なろう主人公の義務だからです。
「用というのはまさか、お前が出張ってくるほどの危機がこのセレスティアに……?」
「そういうのじゃないから安心しろ。多分な」
もしこっちの世界に《月鏡》が存在しない状態が続いたら、どうなるかはちょっと分からないが。
「ふむ。となると……」
セイクリッドは、俺の背後に隠れるように佇む輝夜に視線をやった。……なんで隠れてんのお前。
「……そこのお嬢さんが何か、関係しているのか?」
「お、お嬢さん……」
セイクリッドにそう呼ばれた輝夜は、ビクリと肩を震わせて、現在消息不明の少女のように自信なさげに、俺の横に並んだ。
なんだこいつ。もしかして緊張してんの? 相手が国王だからって。冗談だろ。
「ほう……これはまた一段と美しい女性を連れておるな、勇者よ。若い頃のセプティミアによく似ておる」
セプティミアとはセレスティア家の王妃。セプティミア・S・セレスティア。
つまりセイクリッドの妻だ。
「怒られても知らないぞ……。てかまだ十分若いだろ、王妃様」
「女が若いに越したことはないだろう」
誰かこの王様捕まえてくれ。……俺か? こいつを断罪できるのは勇者である俺くらいなのか? もしかして。
「うぅ……」
ほら、セイクリッドがあんなこと言うから怯えてるよ輝夜。……いやなんで? お前そんな殊勝な性格じゃなくない?
「こいつは輝夜って名前なんだが……覚えてるだろ? 俺が拾った国籍不明の少女だよ。いろいろあって急成長したけど」
「おお、件の少女か! たしか、共にお前の生まれ世界に旅立ったと聞いたが……」
さて、ここからは輝夜に聞かれるわけにはいかない。
「別に輝夜は関係ないよ。ただちょっと、会いたい人がいるから戻ってきたんだ」
――《渡月》。
「ほう。現地妻か?」
――それは、声を魔力波として、直接御魂に響かせる術。俗にいうテレパシー。
本来なら一方通行の魔術なのだが、幸いなことにセイクリッドも《月虹》という類似した魔法を使える。だから俺たちは思念で会話することができた。
最初にそのことを知った時は驚いたものだ。まさか中史の使う術と同等の魔法がこの世界に存在しているなんて、と。
「バカか。友人だ」
【《月鏡》という言葉に心当たりはないか?】
「お前なら、ちゃっかりこの世界に愛人を作っていても不思議ではあるまい」
【……っ!? ……我はお前にその話をしたことがあったか……?】
「メフィだよ」
【知ってるんだな】
「ああ、お前を召喚した者か。ミッドナイト卿の不正を暴いて褒賞を与えたが……」
【よく知っているとも……だが……】
「あいつと会えなくてな。どこにいるか知らないか?」
【言えないか。なら無理して言う必要はない。別に秘密を暴こうというわけでもないしな】
「国王とは全知全能の神ではないのだぞ。無茶を言うな」
【すまぬな】
「そりゃそうか」
【ただ一つだけ教えてほしい。御魂……精神魂から《月鏡》を切り離す方法を知らないか】
「用というのは、それだけか?」
【切り離す……。それは……難しい話だな。あれはそもそも、そういうものではない……《月鏡》は、その血にながれる力だ……それを魂から分離させる術など……】
……そうか。嘘をついているようにも見えない。セイクリッドの《月鏡》に対する知識は、ツクヨミと同等かそれ以下といったところだろう。
「ああ、それだけだ。あとは久しぶりにあんたの顔を見に来たんだよ」
俺とセイクリッドは思念での会話を止めて、普通に話し出す。
「お前はそんな礼儀正しい人間でもあるまい。……この後はどうするつもりだ?」
「天帝の様子を見てくる。なんか変なんだろ?」
「おお、それはそれは! あやつには手を焼いておったのだ。勇者が調査するというなら、これほど心強いこともない」
セイクリッドに《月鏡》のことを聞いたので、正直もうここに用はない。
「じゃあ、またな」
「うむ。またいつでも来るがいい」
「移動するぞ、輝夜」
適当に話を切り上げて、俺は天帝の元に向かおうとする……んだが……
「………………」
「輝夜?」
セイクリッドを見たまま反応がなかったので、俺はもう一度輝夜を呼ぶ。
「え、あ……ちょっと、ぼーっとしてたわ」
俺へ振り向いた輝夜は、にこーっといつもの満点笑顔を浮かべる。
だが……俺はそのかわいい笑顔よりも、気になることがあった。
「輝夜……お前、なんで泣いてるんだ?」
「――え?」
輝夜は泣いていた。
目を赤くして、涙をポロポロ落して。
「あ、ホントだ……」
自分の頬を触って、今気づいたように言う輝夜。
だが、ここまでしっかり泣いてて気づかないことなんてあるのか。滂沱たるというくらいの勢いなのに。
「こ、これはあれよ! 早起きしたから!」
「そのキモオタ丸出しの言動が出るなら大丈夫か」
などといって茶化す俺だが、そういえば……
輝夜が泣いているところは、地味に初めて見たな。
涙なんか似合わない奴だと思ってたが……美人は涙が似合っちゃうもんなんだね。普段の性格に関わらず。
「…………」
結局輝夜は自分でもその涙の原因が分からず不思議がっていたのだが、「でもまあ騒ぐほどでもないわ……」とか言ってその後はケロッと元の元気な輝夜姫に戻っていた。美少女でもオタクはキモイんだね。大発見だよ。
その日はもう遅いということで、輝夜と二人で懐かしの宿にて、久しぶりの宿泊をした。