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幻月のセレナ -世界と記憶と転生のお話-  作者: 佐倉しもうさ
第三章 而して浮生は夢のごとし
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十九話   ――離ればなれに、なったとしても、

 凄まじい魔力の奔流の中、御魂(みたま)が抜けるような感覚と共に、俺たちは再び異世界へと降り立った。


 そこはもはや見知らぬ場所ではなかった。


 一歩踏み込めば敷き詰められた甃がコツンと音を響かせる、小さな教会の中。

 カラフルなステンドガラスと木製の座席が並べられた――思い出の場所であった。


 両手をぐーぱーして、五体満足で転移できたらしいことを確認する。


 辺りを軽く見回してみるが……メフィはいないな。留守にしてるのか、今はもうこの教会は使ってないのか。


「懐かしいわね! 数か月ぶりなのに!」


 俺の右隣で顔を輝かせる輝夜。

 輝夜にとって、ここは生まれ故郷だった。


「そうだな。ヒカリも――」


 と言って、俺は振り返った。


 右隣に輝夜がいたのだから、そっち側には彼女がいると思いながら。


 ――だが……


「…………あれ」


 馴染みのある金色の癖っ毛は見当たらない。


「一緒に転移、してきたのよね?」


 この場にヒカリがいないことを不思議がって、輝夜が言う。

 そのはずだが……


「おーい、ヒカリ!」


 教会のどこか隅にでも隠れてるのかと思い、大声で名前を呼ぶが…… 


 ………………。


 返答はなかった。


「…………ヒカリ?」


 俺の声がただ教会に響いた。


 数秒の間、この世界はしんとしていた。


「……ヒカリ」


 ――ヒカリがいない。


 その事実を認識し、心がざわついた。


 様々な想定が頭をぐるぐると巡り、厭な汗をかいしてしまう。


 ――ヒカリがいない。


「ヒカリっ!」


 俺はもうその場に佇んでいることができなかった。遮二無二教会を飛び出して、近くの通路を魔力で探知する。ヒカリほど見知った魔力波なら、半径10km圏内まで探知できる。


 俺は御魂に意識を集中させて、周囲の魔力波を拾っていく――


「……頼む……もう俺に……」


 ――反応はない。


「……っ!」


「あっ、トキ! 待って!」


 きっと無意識に《(かんながら)》を使っていたんだろう、全力で走り出した俺は輝夜を教会前に置き去りにして、あてもない捜索を始めた。


「落ち着け……ツクヨミが失敗するはずない……ヒカリは確かにこの世界に転移したはずだ……っ!!」


 ――メフィと輝夜と泊まっていた宿屋――冒険者ギルド――


「いない……あっちにも……反応がない……っ!」


 ――王立図書館――王城ソラネシア――セレスティア魔導女学院――


「――はっ――はっ――……く……!!」


 一時間、いや二時間か……時間の経過など気にする余裕もなかった。


 神の肉体でセレスティア全域を走り回り、無尽蔵と言われた体力もとうとう底を尽きかけている。

 今の俺は、全速力で二時間は走り続けられるらしい。大発見だ。


 魔力でサーチするだけでなく、心当たりのある場所は、直接行って肉眼でも確かめた。


 ……それでも。


「……なんでだ」


 見つからない。


 俺の見落としがなければ――


 このセレスティア王国内に、ヒカリはいない。


 その事実に突き当たった時、俺は自分の歩んできた道が恐ろしく、信じられなくなりそうだった。


 転移が失敗して元の世界に取り残された。

 転移が失敗して別の場所に飛ばされた。

 転移が失敗して世界の狭間に取り込まれた。

 転移は成功したが時間差がありまだ転移途中。

 転移は成功したが俺がヒカリを認識できなくなっている。

 また父さん達が裏でなにか仕組んでいた。

 西日川光の御魂はこの世界に適さなかった。

 西日川光の肉体はこの世界の魔力では生成できない。

 そもそも西日川光などという女は存在しない。


 感情とは無関係に否応なく回転し、物事を考え続けるこの頭が、今は煩わしい。

 人は俺のことを頭が切れるというけれど、いくら考えても悪い想像しか浮かばないこの頭のなにが優れているのか。


 この国にいないというなら……

 

 あいつは今、いったいどこにいるんだよ。


「…………」


 そして、心身ともに消耗した俺は……


 この世界に滞在していた時は毎日のように通っていた、セレスティアのメインストリートへと戻ってきていた。足が自然にここへ向いた、というやつだろう。


 三か月振りの懐かしい風景だというのに、そんな感慨に耽っている心の余裕はなかった。


 俺はその場に座り込んで、せめて不安を和らげようとした。

 大通りのど真ん中に座り込む俺を、通行人がことごとく避けていく。


「いるはずだ……この世界のどこかに……。ツクヨミが、あいつが……送ってくれたんだ……子が親を信じないで、誰があの神を信じられる……」


 無意識に体に力が入る。胸に《(かんながら)》で硬質化した指先を立てた。だらだら血が流れ、痛みは尋常ではないが、それもちょうどいい。このままこのうるさい拍動の音を止めようかとも思った。


『多分あの子がいると、トキの思い通りにいかないのよ』


『無駄な手間がかかるかもしれないけど、ちゃんと責任はとること。分かった?』


 先日の緋花里さんの言葉が脳内に木霊する。


 あの時、緋花里さんがヒカリの異世界行きを渋っていた理由は……これか……


「勘弁してくださいよ、緋花里さん……」


 軽薄な意志ではなかった。俺の中史にかける気持ちは本物だという自負があった。

 だから多少の困難が増えても、どうということはないだろうと思っていたが……


 これは、キツイな。

 何事も、思い通りにはいかない。


 例えばあいつを狙う悪の組織がいるだとか。あいつに実は死の呪いがかかってましたとか。神の嫁に選ばれたからもう会えなくなるだとか。


 そういうのなら、よかった。

 そういうのなら、いくらでも対処できる。


 だって、守りたい人が、大事にしたい人が、信じたい人が、傍にいる。傍にいて、この手で守ってやれる。

 それでも足りなかったら、信じ合い、協力して、困難に立ち向かうことができる。


 そうするだけの力を……あの頃とは違う俺は、持っているはずなんだ。


 どんな危機やトラブルに巻き込まれたって、構わない。


「……あぁ……」


 でも。

 こういうのは、ナシにしてくれ……。


「頼むから……勝手にいなくなるのは、やめてくれ……」


 緋花里さんの言った通りだ。


 今回の、二度目の異世界転移……

 初っ端から、俺の思い通りにはいかなかった。



   ☽


 

 本当は分かっている。


 心では分かっている。


 こんなの、たいしたトラブルではない。

 人がそう簡単に消えるはずはない。ヒカリはどこか別の場所に転移していて、いつかは合流できるのだろう。


 そもそも、普段だってあいつと四六時中一緒にいるわけじゃない。

 俺たちは別の家に住んでいて、異なる生活を送っている。

 それは分かっているんだ。


 だからこれは、俺の認識の問題だ。


 ばいばいと言って、別れるのは平気だ。

 また今度と言って、離れるのは大丈夫だ。


 でも、傍にいるはずの状況で、いなくなるのはやめてくれ。

 隣にいると言ったら、そこにいてほしい。いなくなるなら、一言かけてほしい。


 ……当たり前に一緒だと思っていた存在が急にいなくなるのは、もう、こりごりなんだよ。

 

「ト、トキ……やっと、見つ、けたわ……!」


 いつまでも落ち込んではいられない。もう思い通りにならないからと駄々を捏ねて許される年じゃない。


 ――俺は一つ気持ちを切り替えて、ぜぇはぁぜぇはぁ息を切らして俺に駆け寄る輝夜に視線をやった。


「悪いな、輝夜。探させちゃったか」


「きゅ、急に走り、出し、たから、心配した、わ……! 全然、見つから、ない、し……!」


「呼吸を整えてから喋ろうな」


「ふーっ、ふーっ」


 エロい。


「急にいなくならないで! 一緒に行動するわ!」


「悪かったよ。次から言うようにする」


「なんか雑よ……。それで、ヒカリは見つかったの?」


 ジト目のちハテナ。表情がコロコロ変わって心が癒されることであるなあ。


「いや、少なくとも国内にはいないみたいだ」


「そう……。とりあえず、ギルドに行ってみる? 私の時みたいに、捜索してもらえると思うわ」


 メフィに頼んで、「少女」の身元を調べてもらった時のことだろう。


「正直、俺と輝夜で分担して捜査した方が手っ取り早いと思うが……そうだな。ギルドへは元々行こうと思ってたし、まずはそこだ」


 輝夜はヒカリの捜索を最優先させるつもりらしいが、俺としては《月鏡》の調査の方を優先させたい。自然な流れでギルドへ行くことにはなったので、後はどうにかして輝夜を説得して連れまわすだけだな。


 ――冒険者ギルド。セレスティア王家の下、議会が運営する商工業組合だ。元はな。

 元は商工業者がギルドを通じて狩人や騎士を護衛に雇っていたのが、冒険者という職業として確立していったというのが……


「このナーロッパの設定だわ!」


「設定言うな。お前の生まれ故郷なんだぞ」


 輝夜は最近、暇さえあればスマホでなろう小説を読むタイプの悲しいオタクになっている。「作者が主人公に自己投影してるのが透けて見えてて気持ち悪い!」「ヒロインという名のオ〇ホコレクションのキャラクターが弱い! これならいない方がマシよ!」「テンプレ俺TUEEEEはいいけどやることなくてすぐエタるくらいなら書かないでほしいわ!」全部輝夜の言葉だ。俺は一切の責任を取りかねます。

 

 ……冒険者ギルドの本部は、ソラネシアからほど近い通りにある。


 外観は前と同じだ。数か月じゃそうそう変わらない。


 俺は輝夜を連れて、木製の大きな扉を開いた。

 

 ギィィィィィ――…………


 重たい音と共に中へ入ると、冷たい埃の臭いが鼻を突いた。


 冒険者ギルドは学校の体育倉庫みたいな臭いがするのだ。


 木組みの柱で支えられたギルド内は、受付(カウンター)、クエストの依頼書がびっしりと張り付けてある壁、それから酒場と一体化した休憩所で構成されている。


 勇者として、よくこのギルドで冒険者たちと酒盛りをしていたものだ。


 今日も冒険者ギルドは繁盛しているようで、甲冑を着込んだ屈強な男からローブに身を包んだ魔法使いまで、雑多な業種の人間が今日を生きている。

 生の活力漲るこの空間は、どこか中史の集まりのようで、妙な居心地の良さを感じるのだ。

 顔見知りも何人かいる。声を掛けてみようか。


 ……などと思っていたら。


「おいおい、お子ちゃま二人がこんなところに何の用だぁ?」


 見知らぬ長身のチンピラが、俺と輝夜の前に立ちはだかった。

 

「ここはガキが乳繰り合うための場所じゃねえぜ? なんせ俺みてぇなならず者に、こうして絡まれちまうんだからなぁ!!」


「《月降(つきおろし)》」


「うぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ――!!」


「行くぞ、輝夜」


「うん」


 肩から血を流して床を転がるチンピラを避けて、受付へ向かう。


「お、おい……今倒れたの、ソロモン・グレイグじゃないか……?」「なに? 最近支部から来て新米冒険者を恫喝ばかりしているあの【雑魚狩り】のソロが……?」「あいつ、うっかりガンつける相手間違えたんじゃねえか?」


 その数歩の間でも、今の騒ぎが大きくなるには十分な時間だった。 


「い……いや、違う……【雑魚狩り】が絡んだ相手……あいつは――!?」「まさか!? いや、でもあのムカつくイケメン顔は間違いねぇ――!」


「「「魔大帝コア……!!」」」


 誰だよ。

 ……と言いたいところだが、人違いというわけではなく、俺のことだった。


「久しぶりです」


「ゆっ、勇者様!? こっちの世界に戻ってたの!?」


 大〇保瑠美みたいな声の受付嬢に挨拶すると、俺の顔を覚えていたらしく歓迎してくれた。


「やっぱりコアじゃねえか!」「帰ってたなら言えよ、水臭ぇ!」「また勇者やってくれんのか!?」「今もカグヤと一緒なのね、コア!」


 四人組の冒険者パーティーが話しかけてくる。


「キース、アッシュ、ドラン、イスタリア。元気にしてたか」


 名前は多分合ってる。正直数十人の顔見知り冒険者の名前を全部覚えているわけはないのだが、この四人はギリ覚えてたよ。一緒にパーティ組んで冒険したこともあるしな。


「トキとはずっと一緒よ、イスタリア! また会えて嬉しいわ!」


「なにっ、コアが戻ったってのはホントか!!」「マジだぜ!」「ならあいつ捕まえとこーぜ! 目離すとすぐ自分世界に帰っちまう!」「お前天才か!!」


 ギルド内がお祭り騒ぎになっているが、輝夜がみんなの相手をしてくれているので……


「ところで、また勇者としてちょっと依頼受けたいんですけど……」


 俺は受付嬢のルミ(仮)と話していく。


「もちろんよ! 魔王を討伐した勇者宛てに、高難度の依頼が山のように出されてるんだから……!」


 前のめりになって両手をカウンターについたルミルミ(仮)。


「ああいや、なんでもいいわけじゃなくて……最近セレスティアでおかしな事件とか、原因不明のモンスターの大量発生とか、そういうのないですかね」


 俺の目的は《月鏡》についての情報を集めることだ。輝夜の《月鏡》がこの世界のものなら、現在この世界には《月鏡》が存在しないはずで……それなら、なにかこの世界に異変が起こっているのではと思い、様々な情報が集まるこの冒険者ギルドに来たのだった。


「それなら……やっぱり、今一番話題のこれね」

 

 と言って、傍に置いてあったクエスト募集の紙を取った。


伝説の勇者(あなた)と契約し、人間と敵対しないことを誓ったはずの【四帝竜(していりゅう)】の一角、天帝の暴走……熟練の冒険者でも歯が立たなくて、国の常備軍が討伐の準備をしてるって噂もあるくらいなの」


「……四帝竜が?」


 俺は手渡されたクエスト依頼書に目を通していく。


 四帝竜は、異世界最強のモンスターであるドラゴン種――その頂点に君臨する四匹のドラゴンを指すものだ。


 雷帝、炎帝、海帝、天帝。人間の数百倍の魔力量、人間と同等の知能、魔王を遥かに凌駕する力を併せ持つ規格外の最強生物だった。


 俺は魔王を討伐した後も、メフィや輝夜と暮らしつつ、勇者としてギルドのみんなと異世界ライフを満喫していたのだが……

 とあるクエストを受けた際、スライムやゴブリンと一緒に四帝竜も倒しちゃったのだ。それであいつらは揃って俺の元にやってきて、俺に忠誠を誓うとか言い出した。本来ならドラゴンの仲間ができるイベントなんてなろうあるあるだし大興奮モノなのだが、生憎その頃には元の世界に還る準備が進みつつあったので、それは困るということで……

 俺が魔術を教えてやる代わりに人間には危害を加えないという約束を交わし、事なきを得た。


「それはちょっと変ですね」


 あいつらには俺がこの世界を去ることもちゃんと伝えていたし、所詮は口約束とはいえ、俺との約束を破ってどうなるか分からないほど馬鹿ではないはずだ。


 中でも天帝は、一番俺に懐いていたように覚えている。


「ちょっと行って、様子見てきますよ」


 受付嬢はぱあっと笑顔になって応じてくれた。


「あなたならそう言ってくれると思ってたわ。場所は、ジガティラ山の麓よ」


「アクアラクナの横の街道を通った先……でしたっけ」


「夏場はリーズ海が増水してその道は使えないわ。だから……」


「東のテレセテネス森林から迂回ですか」


「その通り! よく覚えてました。危険な魔物も多い行路で本来なら通行禁止だけど、勇者なら大丈夫よね」


 という雑な信頼から、まずは天帝の様子見をすることになった。


 もし天帝の異変が《月鏡》由来のものなら……あいつの御魂を走査すれば、神器の構造そのものの理解への一歩になるかもしれない。行ってみる価値はあるだろう。


 ……と、その前に寄るところがあったな。


「よし、輝夜。行先が決まった。出るぞ」


「ドラゴン討伐ね!」


 倒さないよ。

 倒さないし、


「その前に、セイクリッドのところに顔出してかないとな」

 

記念すべき100話目に、またこうして異世界に戻ってこられたことを嬉しく思います!

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