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一話   夢の始まり

頑張ります! よろしくお願いします!

 俺は気がつくと、知らない場所に立っていた。


 室内だ。

 石畳の床に、ステンドガラスから入る日の光がゆらゆらと揺れて煌めいている。

 

 中には木組みの長椅子が等間隔で置かれ……

 その一番手前の席にはRPGゲームで言うところの僧侶のような格好をした女性が座っている。

 

 振り返ってみると、壁には天使の羽のような装飾が施されている。


 このいくつかの情報を鑑みるに……ここは、教会のような場所だろう。

 俺が立っているのは、祭壇の前だな。


 とすると、この目の前に座ってる白髪の女性は、教会の関係者だろうか。

 とても司祭や牧師といった年齢には見えない――だいたい高二の俺と同じくらいの年齢だろう――が……。


「……っと……成功、したんです……かね……?」


 僧侶然とした女性は、俺に呆けた顔を向けたまま、なにやらブツブツと呟いている。


「……あの」


 話しかけてみるが、


「……そうですよね……私ですもんね……!」


 その女性は何かを無理矢理信じ込むように、そこそこある胸の前でガッツポーズをとると、


「――おめでとうございます、()()()! あなたは異なる世界から転移させられました! この偉大なる召喚士である私によって‼︎」


 どうやらこのハイテンションは、僧侶ではなく召喚士らしい。


 ……と、いうか……


「今、何て言いました……?」


「……え? だから、千年に一人の天才である私によって、異なる世界から……」


 異なる世界……異世界から、転移。

 ……つまり、異世界転移。

 ……。


「異世界転移か!」


「おわあびっくりしました……どうしたんですか」


 突如知らない場所に立っていたこの状況と……

 この召喚士が自分で言っているように、転移させられたという俺。


 俺は十中八九、異世界転移したということなんだろう。


 異世界転移……俺がいつも読んでいる小説投稿サイト『ラノベ作家になろう』で流行のジャンルの一つだ。

 俺は今、その主人公になっている……!!


「つまり俺は、これから女神様から貰ったチート能力を使ってSSSランクの悪役令嬢としてパーティーから追放されて魔王になりつつも復讐しながらスローライフを送るんだな⁉」


「……え? ……へ? ……えっと……魔王になるのは困ります……?」


「安心しろ! それはあくまで俺TUEEEEE無双するということの比喩だ!」


「……はあ……」


 なんだか召喚士がぽかんとしている気もするが、俺は構わずまくし立てる。


「それで、俺はどんなチートを貰えるんだ? 経験値100倍か? 即死か?」


「あ、あの……勇者様……」


「ステータスオープン! ステータスオープン! ……何も起きないな」


 ……となると、この世界のタイプはよくあるRPGを元にしたパラメーター型ではないということか。

 その場合、魔法取得まで自力で漕ぎつけないといけないから少々面倒くさいんだか……まあそこは仕方がない。


 それもチートを授かれば、同じことだ。

 早く街に出て初級魔法で上級魔法を相殺してみたり肉の両面焼きを教えて驚かれてみたい!


「……勇者様勇者様、まずは私の話を……」


「チートだチートを貰える俺は! 異世界に転移して美人な召喚士に貰った物質換金チートで無双しハーレムの主になった件につ」


「ありませんよ! チートが何かは知りませんが、勇者様に渡すモノなんてありませんので! 私の話を聞いてください!」


 …………。

 ……世界が、止まった気がした。

 チートが、ない……? そう言ったのか、召喚士さんは……

 見ると召喚士さんは、なにか呆れたように気だるげな表情で前髪とかいじっている。

 ……つまり、この召喚士は……


「逆張りオタクかあんたはッ!」


「うわなんか予想してた返しと違います……えっと、なんですかそれ」


「逆張りだ! とにかく世間で流行ってるものを片っ端から否定して、批判していくような人間! あまつさえ『流行りの要素の逆を行けば面白くなるやろ』とかよく分かんない理屈で主人公ハードモードのなろう小説を書こうとするんだよあいつら!」


 『ラノベ作家になろう』発の小説で、なろう小説だ。


「ええいや、そんなこと私に言われましても……」


「ちなみに俺がそれだ。流行りものとか反吐が出る」


「私じゃなくて勇者様じゃないですかっ!」


 色をなして叫ぶ召喚士さんからは……逆張り云々は置いといて、俺を騙して楽しんでいるというような雰囲気は感じられない。この分なら本当に女神からのギフトはないんだろう。


「じゃあ、本当にチートはないんだな……」


「そのチートって言うのはなんですか?」


「異世界に転生なり転移なりしたなろう主人公が、最初に女神や悪魔から貰える理不尽なまでの強さを持った才能なんかのことだよ」


「そうですか。それならやっぱり、ありませんよ。……というかそもそも、そういう補助なしに魔王を倒せる強さを持った人を召喚したつもりだったんですけど……あれ? 勇者様はただの一般人ではありませんよね?」


 そうですよね、と前のめりで不安気に訊ねる召喚士さんの態度に……


「……なるほど」


 俺は、人知れず得心する。


 召喚士さんの言う通り――俺は日本の『中史(なかし)』氏の人間。

 元の世界ではそこそこ……いや、謙遜せずに言えば最高位の力を持った魔術を扱う家系の生まれだ。俺はその嫡子である。

 

 この世界の魔法水準がどれほどなのかはまだ分からないが、少なくとも目の前の召喚士さんが俺より強いということはありえない。


 それは人を人たらしめている物質『御魂(みたま)』の強度を見ればわかる。


 だとしたらあの世界から魔王を討伐する勇者として俺が選ばれたのは、ある意味では必然的だったのかもしれない。


「てことは俺は、ヒノキの棒一本握って魔王やら悪魔やらを倒さないといけないのか」


「その通りです。今、人類を脅かす魔王を倒すため、国中から勇者候補の皆さんが冒険に出ているんですけど……」


「戦況が芳しくないのか」


「はい。そこで……」


「国王か宰相あたりから、召喚士さんに異世界から魔王を倒せそうな人材を召喚するように命令でも下ったのか?」


「はい。……あっ、さすがは勇者様! 魔術だけでなく頭まで秀でているんですね!」

 

 俺の言を肯定する召喚士さん。

 とても嘘くさい礼賛だ。


「そういうナローシュ万歳(マンセー)はいいよ……」


 なろうだとありがちな、謂わばテンプレの世界観だ。予想することは容易だろう。


「……バレちゃいました? 媚び売ってたの」


「お前嘘下手だぞ」


「そうですか……残念です。勇者様に気に入られれば、後々甘い蜜が吸えると踏んでいたんですけど……」


 こいつ多分そこそこ性格悪いな……。


「腹黒キャラやるなら勝手にやっててくれ……それより召喚士さんは、結局俺にどうして欲しいんですか」


「……はい、ですから勇者様! この天稟に溢れすぎて神にすら恐れられたかもしれない私に選ばれた勇者様の力で、ちゃちゃっと魔王殺ってきちゃってください! 安心してください! 勇者様はお強いですから!」


「それはまあ……」


 実際魔王がどれほど強いのかは知らないが、元の世界の神々と並ぶレベルでなければ問題はないだろう。

 流石に神には勝てないからな。


 だが、そのことを召喚士さんが知っているはずがない。だというのに、この俺の力に対する信頼は……


「だって国一番の召喚士である私が召喚したお人ですよ? 魔王より強くて当然ですね!」


 と言うことらしい。

 どうやら召喚士さんは、自分の実力と才能に余程の自信があるようだ。


「大した自信だな」


「はい! 自信満々ですね」


 またも胸の前でガッツポーズをとる召喚士さん。癖なのかな、それ。


「……そういえば、さっきこの世界の冒険者のことを『勇者候補の皆さん』とか言ってたよな。俺だけ勇者様呼びなのも、そのせいか?」


「……へー……世辞でなく、本当に察しがいいんですね勇者様。そうですそうです。勇者とは魔王を討った英雄に与えられる称号ですから、勇者様も現在は勇者候補に過ぎません。でも私が召喚した人なら、もう魔王討伐成功は確定事項みたいなものなので。そう呼んでます、勇者様」


 召喚士さんはそう言って、俺に笑顔を向ける。本当に大した自信だな。


「それで……魔王討伐、引き受けてくれますか?」


 『勇者様』とか呼んどいて、今更な確認だが……召喚士さんは白の十字架の描かれた、青を基調としたナースキャップのような帽子を整えながら問う。


 ……異世界転生モノは、俺の憧れだった。

 自分の身に起こればいいなと切望していたし、実際、転生したさにトラックに突っ込んだこともある。結局死ねなかったが。


 だからこの状況は、願ったり叶ったりだ。

 しかも俺の場合は元の世界で戦闘慣れもしているし、殺生についての葛藤などの心配もない。最初から「魔王討伐」という目標が用意されてるのもやりやすい。


 正に夢見心地。

 冷静に振舞っているつもりだが、この状況に興奮を隠せないでいる自分がいることは確かだ。が……


 なんども言うが、俺は『中史』。初代天皇即位より前、神々の時代から天照大御神の一族の補佐として日本を治めてきた氏族だ。

 

そんな立場にある俺が、その役割をすべて放棄して異世界でスローライフを送るわけにはいかない。

 だから本来なら、今すぐにでも帰るべきなんだが……


「……分かった。やるよ」


 でもやっぱ異世界転生テンション上がる。少しくらい、いいよな。


「……、……ほんとう、ですか? やってくれるんですか、勇者様?」


「そう言ってるだろ」


 俺が肯定すると……召喚士さんは、何を思ったのか片手に持っていた、先端にルビーのような赤い石の嵌められた魔術用だと思われる杖も捨てて、


「――ありがとうございます、勇者様っ!」


「おわっ……!」


 なぜか、勢いよく抱き着いてきた……!

 召喚士さんの髪がふわりと舞い、どこかミルクのような甘い匂いが広がる。


「異世界から転移してきたばかりの勇者様には理解し辛いでしょうけど……これはとても、とても嬉しいことなんですよ……!!」


 ……しかも、勢い余って後ろに倒れないよう召喚士さんを受け止めなければいけない都合上、俺は咄嗟に召喚士さんの背に手を回してしまい……

 

 召喚士さんが、女性らしい、華奢な体つきをしているのがよく分かってしまう。


 ……っ、そればかりか、腹のあたりにも何か柔らかいものが押し付けられているが……それが何かを考えた時、所詮童貞である俺は緊張から気絶してしまうかもしれない。

 

 ので、考えないことにする。


「あの、召喚士さん……」


 気まずさから目を逸らしつつ召喚士さんに声を掛ける。


「――あ、ご、ごめんなさい……急に……っ」


 自分が何をしているのかを理解したらしい召喚士さんが、慌てて俺から手を放す。


 ……そして、どういうわけか顔を赤らめて、


「……でも、遠慮する必要はないんですよ?」


 とか、そんな惑わすようなことを、上目遣いで言ってくる。


 ――は?


「それは、どういう……」


「魔王を討伐した英雄……勇者は、なんでも願いを叶えられる……それほどの地位を得ることができます、ので……」


 それは多分、魔王討伐を為し得た勇者に与えられる功績。なろうでも、中ボス討伐後に主人公が貴族の仲間入りを果たすような展開は多いし……これは恐らく、そのことを指して言っているんだろう。


「だから……勇者様が望めば、私を好きなようにできるんですよ……」


「…………」


「それに私は、初めては自分で召喚した強い魔術師と、って決めていたので……」


 なんだ。 

 ……何が起こっている。

 俺はまだ魔王討伐どころか、チートによる俺TUEEEE展開にさえ至っていないんだぞ。


 それなのになんだ……どうして召喚士さんは、こんな、まるで俺に惚れているかのような言動を……


「……勇者様」

 

 こんな展開は。


「あの、召喚士さん……!」


 こういう導入は。


「……()()()か、勇者様」


 ――こういうのはノ〇ターンでやれよ、異世界……!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小中学生でも楽しめる [気になる点] どっかで読んだような、オリジナリティの欠如
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