さぼり side:綾瀬琴葉
キュッと、音が聞こえた。
私は知らぬ間に寝てしまっていたようだ。
しかもけんちゃんの肩にもたれかかって、頭まで置いてしまうなんて……。
どうやらけんちゃんも寝ているらしい。左手に携帯を持ちながら寝ている。
右手は塞がれてていて、私がもたれかかっていたから動けない。ならきっと寝る以外の選択肢はなかったはずだ。私は少し罪悪感を感じた。
(後で謝らなきゃ……)
そう思いながらも、もう少しこの時間を過ごしていたいと思った。
メッセージや電話は沢山している。でも、画面越しからじゃ伝わらないことがある。最近、あんまり一緒に帰ったりしてなく触れ合いもなかった。
だからもう少しくっついていたいって思ってしまった。
けれど、そう思ってしまったのが仇となってしまった。
私がもう一度目を閉じようとした瞬間、キュッと、音が聞こえた。
聞こえた方向は教室の前のドアからだ。
誰かが私たちの姿を見たに違いない。走り去っていく足音が校舎の中に響いている。
早く追いかけなければ、なぜそう思ったのかはわからない。
別に隠そうとしていた訳では無いのだ。バレたらバレたで、仕方ない。
これから色々いじられるんだろうなぁって、ただそれだけ。
でも私は追った。
走り去っていく人があの人なんじゃないかって思ったから。
けんちゃんと正反対の性格の人、遠いはずなのに近い存在の人。
もしかしたらけんちゃんのことが好きだと思っているかもしれない人。
私は急いで追いかけた。
前を走る人の髪は長く、女性であることが分かり、より一層あの人なのではないかと思う。
「待って!」
私は走りながらそう言ったが、止まる気配はない。
全速力で走っているのになかなか差が縮まらない。何度も何度も"待って"と言っているのに止まらない。
このままでは逃げられてしまう。今は逃がして後で捕まえればいい、なんて考えは私の中になかった。
今じゃなきゃダメだ。
今じゃなきゃ伝わらない気持ちがあると思った。
そう言えば彼女とは面と向かって、1対1で話したことがなかったかもしれない。
ちゃんと話したのは、勉強会の時だろうか。
話したことがない、つまり彼女のことを私は何も知らないということだ。
だから。
だから、これからの会話の中で少しでも彼女のことが知れたらいいなって思いながら。
合っているかも分からないのに私は、
「待って……花凜!」
そう、彼女の名前を呼んだ。
もう生徒玄関に着くというギリギリのところで、彼女はその足をようやく止めた。
そして彼女は、ゆっくりと私の方を向いた。
私が見たのは、いつもと同じような、真顔の花凜だった。




