祭り 中編 ⑨
「けんちゃんのことが好き」
琴葉から発せられたその言葉を聞いた瞬間、俺はなにか大きなもので殴られたかのような衝撃を受けた気がした。
これが、初めて告白されたからかもしれない。
好き、という2文字の重さを俺はわかっていなかったのだ。深く、重く、なのにどこか透き通るような美しさがあって。
好きという言葉だけならそう思えただろう。しかし、俺の目の前には琴葉がいる。
その言葉を、俺に向けて言ったのは琴葉だ。
「だから……私と付き合ってください」
琴葉は続けて言う。
分からない。分からないのだ。
付き合うってなんだ? 幼馴染という、今のこの関係じゃダメなのか?
分からない。
そんなことを琴葉に聞くなんて事は出来ない。とてもそんな空気じゃない。
確かに幼馴染と言っても、琴葉は女の子だ。
それは分かっている。でも、だからと言って琴葉から告白されるなんて思ってもみなかった。
中学の頃、色々な人から琴葉と何かあるんじゃないかと言われて、俺が嫌になり距離をとったことは先程思い出したばかりだ。あの時は色々あったから、詳しいことはすっかり忘れてしまっていた。
しかし、確かあの時は俺よりも琴葉の方が付き合っていない、そういう関係じゃないってことをたくさん主張していた気がするのだ。
だからありえないって思っていた……。
そんな思い出話をしている場合ではない。もうどのくらい時間が経ったか分からない。
ただ、琴葉は真っ直ぐ俺の方を見て答えを待ってくれている。
相変わらず、花火の音は聞こえず、ただその光だけが辺りを照らしている。
俺は選択しなければいけない。
断るのか、受けるのか。
どちらにせよ、琴葉は今の関係を壊す気なのだろう。
断ったなら、もういつものように話すことは出来ない。受けるならきっと幸せな未来が待っている。
普通なら後者だ。後者の方がいいに決まっている。
でも俺は。
俺にとって後者は、酷く、辛い選択だった。
俺は、はっきり言って恋愛的な目で琴葉を見ていない。
だから、琴葉のことが好きという訳では無いのだ。
……恋愛的な意味では、ということだ。友達として、幼馴染としては好きなのだが。
そしてそれは多分、これから付き合っていっても変わらないと思う。
好きじゃない相手と付き合って、付き合っていく過程でだんだん好きになっていくのは聞いたことがあるのだが、多分俺はそうならないと思う。
だって、琴葉は幼馴染だから。
好きという感情のことがよくわからない俺にとって、琴葉はただの女の子で幼馴染だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
「多分そうならない」と言ったのは、俺が恋というものを知った時、もしかしたらがあるかもしれないからだ。
ここまで言っておいて何だが、選択なんて既に決まっていた。
俺は琴葉のことを大事に思っている。それだけはこれからも変わらないから。
この選択が、後に琴葉のことを傷つける事になったとしても。
今この瞬間は、この選択をしなければいけない。
そしてこれが俺にとって、一つのスタートラインになるだろう。
「はい……こちらこそ、お願いします」
重い口をゆっくり開き、俺はそう言った。
ようやく花火の音がはっきりと聞こえる。緊張がなくなったのだろう。
その音は、まるで俺たちのことを祝福してくれている拍手のようだったけれど。俺はそう捉えることが出来なかった。
俺はこれから、めんどくさがり屋の建前で接してきた相手に、新しい建前を演じることになったのだから。
……あぁ、そうだ。俺は言ったはずだ。本音は〝場所〟だと。
人を信頼できてようやくたどり着ける、〝居場所〟のことだと。
俺は、幼馴染のことを、琴葉のことを信頼しているなんて一言も言っていない。
琴葉には悪いが、琴葉と接している俺は建前の俺だ。めんどくさがり屋の俺だ。
〝あの時〟から、俺はずっと建前だ。
俺が話すことは、その時の気持ちは、表情は、建前だ。建前の俺が、そうしているだけだ。
本音など、無いと言っているだろう?




