祭り 前編 ③ side:綾瀬琴葉
目の前にけんちゃんがいる。緊張で張り裂けそうだった心臓は、いつの間にか心地よいリズムを刻んでいる。
近くにいるだけで、幸せだと感じる。
私は今どんな顔をしているのだろうか。
ちゃんと笑顔になってるかな、にやけてるのバレてないかな。身だしなみはどうだろう。ちゃんと可愛い私でいられているのかな。言葉遣い、細かい仕草、歩くスピード。全部変じゃないよね。
ひとつひとつ、自問自答をする。
最高の私を、見て欲しいから。……そんなこと思うだなんて、少し変な気分だ。だって今までずっと、普通に接してきて、それでいいって思ってきたから。
今日けんちゃんに見せる私は、私も知らない私。もう後戻りなんて出来ないから。
後悔しないようにするだけなの。
私は左隣を見上げる。
けんちゃんは真っ直ぐ前を見て歩いている。けんちゃんの顔が近い。
混んでいるから、距離が近くなるのは当然だ。
既に私の左腕と、けんちゃんの右腕が服越しにくっついているのがわかる。手だって、当たりそうだ。
恋人になれたら、手を繋げれるのだろうか。そんな妄想をしてしまう。
幸せだ。満足だ。
けれどやっぱり、話をしたい。けんちゃんの声が聞きたい。
だから私は勇気を振り絞って、けんちゃんの右腕をつんつんとつついた。
「どうした?」
けんちゃんが私の方を向く。
その視線は私の心を見透かされそうなほど、真っ直ぐに感じて。私はすぐに目を逸らしてしまった。
「あー、ううん。なんでもない」
小さく深呼吸をする。今のは不意打ちだから、と自分に言い訳をする。
次こそは……と思って、またけんちゃんの右腕をつんつんをつつく。
「なんなんだよ」
けんちゃんが私の方を見る。そこで私は気づいた。会話する内容を何も考えてない!
私は目を逸らして、
「あー、まぁ……。やっぱりいいや」
と言った。
話題を必死考えているとけんちゃんが、
「さっきから様子、おかしいけどどうしたんだよ。熱でもあるのか」
そう言ってけんちゃんの右手が私のおでこに当てられる。
いきなりの出来事で私はびっくりして、
「だ、大丈夫だから!」
とぶっきらぼうに言ってから、頭をブンブン振ってけんちゃんの手を退けた。
「そんな慌てなくてもいいだろ」
「そ、それはあんたが!」
急におでこ触るからだよっ! と言おうと思ったがやめた。こんな日に喧嘩なんてしたくないから。
そもそもけんちゃんは何も悪くないのだ。ただ私を心配してくれただけ。
改めてそう思うと、顔が熱くなるのを感じた。
「な、な、なんでもない」
と小声で言う。
私は下を向いて、顔を見られないように必死に隠す。
「まぁ、元気ならそれでいいんだけどさ」
けんちゃんの一言一言が、私を喜ばせる。
私が喜ぶと言ったら……。
「あ」
と、間抜けな声が出てしまった。
「どうした?」
「私の格好」
「?」
「なんか言うことない?」
そこまで言って、私は何を言っているんだと思った。
私が喜ぶこと、から連想して、そういえばけんちゃんに会ってから私の格好のことを何も言われていないと気がついた。だから、なにか一言ぐらい言って欲しいと思って聞いたのはいいのだが……。
なかなか横暴な質問だったかもしれないと、今になって後悔している。
「似合ってる」
「そんなの当たり前でしょ。それ以外は?」
そう、それはまるで可愛いと言ってもらいたいみたいな。そう捉えられても仕方がない質問なのだ。
でもやっぱりお世辞でも可愛いって言って欲しい。女の子なら、誰だって。
「んー……」
けんちゃんが考える。
そんなに悩むことかな……と少し不安になった。30秒くらいだろうか、ジロジロと私の姿を見られてようやくけんちゃんが口を開いた。
「可愛いと思う」
けんちゃんは少し照れながらそう言った。私も顔が熱くなるのを感じる。
たった4文字の言葉が、ここまで私を幸せにしてくれるなんて思わなかった。
「……あ、ありがと」
私は小さい声でお礼を言った。
当分、けんちゃんの顔を見れないし、そもそも私の顔を見せられないと思った。
「ど、どういたしまして」
お互いの間に沈黙が続き、ただ2人並んで歩く。
これから先も一緒に歩けますようにと、告白の成功を神様に祈った。




