本音女子
「私の名前は本条花凛っていうの。よろしくね」
彼女は笑顔でそう言う。
「俺の名前は斉藤建真だ。本条、こちらこそよろしく」
そんな、笑顔の彼女に負けずと俺も笑顔で返す。
「斉藤くんだね、よろしく」
席替えの後、軽い自己紹介の時間があった。
入学式から約2ヶ月が経ったとはいえ、みんなまだクラスメイトのことをよく知らない。基本、固定化されたグループでしか話さないからだ。
一応5月に遠足があったが、俺はトップグループの奴らと一緒にいる時間が長かったし、みんなもグループで固まっていた。だから、各々グループの人たちとは仲良くなれたが、他のクラスメイトとは顔見知り程度なのだ。
まぁ、正直に言うと友達が増えるのは面倒だから勘弁してほしい。その人に合わせた〝顔〟を考えるのも簡単ではないのだ。そんなことを考えていると、本条がこちらをじっと見ていた。
「なんだ? なんか顔についてるか?」
と、こちらも顔を見返して言うと、
「斉藤くんってさ、もしかして嘘つき?」
訳の分からない返答をされた。しかも笑顔で。
「は?」
つい反射で言葉が出てしまう。
「ううん、悪い意味じゃないの。んー、場合によっては悪い意味かもしれないけど……」
本条は、首を傾げながら何やらぶつぶつと言っている。
「だからなんの事だ? 嘘なんてついてないぞ」
俺は焦りからか、少し早口になっていた。
人にいい顔しかしてないこと、建前であることをバレるわけにはいかない。俺の地位が、積み上げてきたものが崩れてしまう。
下手したらハブられるどころじゃすまないからだ。
「なんかね、無理してる顔に見えるって言うか、なんというか……本当の斉藤くんじゃない気がしたの」
本条は変わらず、あどけない顔で続けている。
は? 本当の俺じゃない? 俺は俺だ。初めて話した奴に、俺の何がわかるんだ。
訳の分からない苛立ちが、ふつふつと湧いてくる。
しかし、これを言葉にして吐き出しても被害は俺自身にだけしかない。心の中で深呼吸し、我慢し、落ち着かせる。
「そうか? 俺は俺だが……本条は占い師かなんかなのか?」
真っ直ぐ、本条を見てそう言う。俺は再び、嘘を本条にぶつける。
すると本条は、一瞬目線を外した後、先程よりも少しだけ強い視線で俺を見て、
「ううん、そうじゃないけど……。私ね、嘘、嫌いなんだ。だから、なんとなくわかるの。あ、この人嘘ついてるなーってわかるの」
嘘が嫌い? はどうでもいい。問題なのは、嘘が分かる、という部分だ。ここで俺の正体がばらされたらたまったもんじゃない。
「嘘が分かる、ねぇ。そんなの、証拠がないじゃないか。本条は、〝本当〟の俺を知っているのか?」
あくまでも冷静に、慌てず、俺はゆっくり言葉を紡ぐ。
「ん-、〝本当〟の斉藤くんのことは知らないよ。だって、今、斉藤くんと初めて喋ったんだもん。私が分かるのは、嘘をついているかついていないか、だけだよ」
ニコッ、と笑顔で言い切る。
その笑顔からは少し恐怖を感じる。
(そちらも譲らない、ブレないというわけか。はっきり言って、めっちゃめんどくさいしもう相手したくないなぁ……)
とそんなことを思っていると、
「私ね、嘘、嫌いなの。大嫌い。だから、斉藤くんの化けの皮? 嘘の皮? まぁどちらでもいいけど剝がさせてもらうよ?」
その真っ直ぐな視線は俺の、心の奥の本当の俺を見られているようだった。
少し狼狽えてしまったが、俺は、
「ご勝手に」
とぶっきらぼうに返答する。
化けの皮を剥ぐ。つまり、建前で生きている俺の本性を暴く。それは、俺の生き方を変えるということで、今までの生き方の否定だった。
その日、初対面でこんなに人を嫌いになれるものなのかと思うくらい、本条花凛のことが嫌いになった。