買い物 後編 ② side:綾瀬琴葉
「あ、いや、大したことじゃないんだ。本条がいた気がして」
……ほんじょう?
ほんじょうって本条? 花凛のこと? なんで今あの人の名前が出てくるの?
言葉にならない感情が頭の中をごちゃごちゃにする。同時に、胸がぐっと締め付けられる感覚を感じた。
(けんちゃんを、とられたくない)
ただ1つ。それだけははっきりと分かった。
「そっか、どうする? 探してみる?」
平然を装ってけんちゃんに質問する。ここで私が慌ててもただけんちゃんを困らせるだけだ。
私の、この気持ちを知られない為にも普通に接する以外の選択肢がない。
「いや、いいよ。アイス奢らなきゃだしな。どうせならメダルゲームもちょっとやっていこうぜ」
小さく、安堵の息を漏らした。
探すと言われたところで、私が真面目に探せるのかわからなかったからだ。探すフリすら出来ない気がしていた。
「いいね、やろうやろう!」
無理やりテンションを上げて、忘れるしかない。何も無かった、それでいい。今はただ、前を向こうと思った。
嘘をつくのは得意でも、今の自分の気持ちに嘘はつけそうになかった。
私たちは知らぬ間に、2時間もゲームコーナーにいた。久しぶりに童心に帰った気がする。チラつく先程の出来事を振り切り、けんちゃんとの時間を心から楽しんだ。
15時を過ぎたくらいで約束通り、けんちゃんにアイスを奢ってもらった。私はどうせならと2段のやつを選んだ。何ならどや顔もしてやった。けんちゃんも1段のやつを買っていた。
冷たいアイスが私の体と頭を冷やす。美味しいという満足感と、体が冷やされたことによる解放感が私を満たした。
私が選んだアイスはコーヒー味とレモン味。けんちゃんはみかん味を選んでいる。
「ん〜おいし〜。けんちゃんのも一口ちょうだい」
私たちにとって“一口ちょうだい”はいつもの事だ。
今更お互いに意識しない。……ちょっとだけドキドキしたけど。
「おう、いいぞ」
私はけんちゃんのアイスをガブッと4分の1ほど食べた。みかん味も気になっていたのでつい沢山食べてしまった。
「みかんも美味しいね」
「一口大きくないか!?」
「気にしない気にしない〜。ほら、私のもあげるから」
けんちゃんの前に私のアイスを差し出す。けんちゃんはコーヒー味のアイスを3分の1ほど食べた。
「コーヒー美味しいな」
「食べすぎだし!」
「お返しだ」
アイスを食べながら談笑していると、時間は16時を過ぎていた。
「けんちゃんごちそうさま!」
身も心も満足した。
「次は負けねえから」
「それはどうかな〜」
しばらくエアホッケーでけんちゃんに勝ったことをいじろうと思った。
「そろそろ帰るか」
「ん〜そうだね〜。疲れた〜」
昨日の夜の疲れが残っていたのか、急に眠くなってきた。もっとけんちゃんと話したいのに、体が言うことを聞かない。
眠い目を擦りながら、私はなんとか前へ前へと歩いた。
私たちはアウトレットモールを後にし、駅に向かった。幸い、電車は空いていた。帰宅ラッシュにはまだ早い時間だったからだろう。
私たちは楽々と席に座ることが出来た。電車が発車するまでまだ2分ある。
席に座った瞬間、私は睡魔に襲われ目を閉じてしまった。
「おーい、そろそろ着くぞー」
「んん……」
私はけんちゃんの声で目が覚めた。
「わたしねてた?」
「がっつり」
「まじか〜……。ごめんごめん」
正直、まだ眠い。
せっかくけんちゃんと一緒に、2人きりでいられる時間なのに……
「もう着くから」
「ありがと〜」
重たい足をなんとか前に出し、歩く。
少しフラフラしそうになるが、けんちゃんがしっかりと私の腕を押さえてくれている。
「家、着いたぞ」
「ん〜いつの間に……」
「じゃあ俺は隣だから。今日はありがとな」
「役に立ったならよかったよ〜。私もありがとうね」
「じゃあまたな」
「うん、また海でね」
軽い別れの挨拶をした後、家に入り、自室に着いた瞬間私はベットに寝転んだ。
ふぅーっと、大きく息を吐いてまた目を閉じる。意識が消える前に、1つ、考え事をした。
私の気持ちをけんちゃんに伝えるかどうか。やっぱりこのままじゃ、嫌だ。花凛に取られるのが嫌だ。
なら……。
答えは決まっているのに。現状を変えたくないと思う自分がいる。
長い長い、片想いの時間。そう思うのも自然なはずだ。
けんちゃんの気持ちが知れたらならいいのに……。
届いて欲しいのに届かない。いや、届いて欲しいのに届かせようとしない自分が情けなくて、気づいたら一筋の涙が流れていた。
何とか、しなくちゃな……と考えて始めた瞬間、私は睡魔に負けて寝てしまった。




