朝の8時00分
俺の顔がハンカチから解放された、つまり本条が泣き止んだ後、俺は本条に別れを告げてから自分の家に帰った。
結局、一時間以上も話をしていたらしい。
俺を見送る本条の顔は、いつものよく見る顔だった。ただすこし、笑っているように見えた。
次の日、本条は学校を休んだ。やはり、まだ少し体調が悪かったらしい。
昨日は無理をさせすぎた気がしたが、不思議とどこか安心感があった。本条は大丈夫だ、と昨日わかったからかもしれない。
週が明けて、月曜日がやってきた。
俺はいつもどおりの時間に登校すると、教室には既に本条が自分の席に座って読書をしていた。
「おはよ」
「お、おう。おはよう」
本条からの軽い挨拶。久しぶりだからか、俺は少し戸惑ってしまう。
机の脇にリュックを置き、自分の席に座る。
1限の授業の準備をしながら俺は本条に話しかけた。
「本条」
俺は本条の方を向きながら喋っていない。いきなり顔を見て話せないくらいには、緊張していたのだ。
せっせとリュックから教科書を出し、机の引き出しに入れる作業をしながら本条に話しかけた。教科書を学校に置いていくのが好きではなかったから、毎日リュックが重い。
「なに?」
よく見ていないが、本条も本を読むその手を止めていなかった。だから、本を読みながら返答したのだろう。
「もう体調は大丈夫なのか?」
「流石に1週間休んだらね」
「先週の金曜、休んだのって」
本条が読んでいるページに本屋で貰えそうなしおりを挟み、本を閉じた。
そして右手で頬杖をつきながら、俺の方を見て話し始めた。
「あー……念の為って言われて休んだだけだから。私、どうやらちょっとしたインフルエンザだったらしくて」
「そうだったのか」
ただの風邪だと、本条から聞いていたから少し驚いた。どおりでなかなか学校に来れないはずだ。
話しながらだと時間が短く感じるもので、あっという間に準備が終わり、一限の用意までしてしまっていた。することがなくなった俺は、まだ少し緊張していたがゆっくりと本条の方を向いた。
「だからインフルエンザ、うつしてたらごめんね」
するとタイミングよく、本条は笑顔でそう言った。本当の笑顔に見えない、小悪魔みたいな笑顔。
どこか、本条の纏っていた雰囲気が前よりも変わった気がした。……まぁ、それほど付き合いは長くないから断言はできないが。
「俺はいつも通り元気だから、多分大丈夫だ」
実際、体の調子は良かった。
そもそも俺は、あんまり風邪にかからない方だ。
バカは風邪をひかない、昔からよくそう言われてきた。バカではないけど。
「そう、ならよかった」
「あぁ」
そこで会話が途切れてしまう。少しだけ気まずい空気が流れてるがわかる。
本条は読んでいた本をしまってしまい、俺も1限の授業の準備を既に終えている。
何か話すことはないかと考えていると、俺は大事なことを思い出した。
「そういえば本条って、友達いないらしいじゃん」
「なっ……ち、違うから。1人で居ることが好きなだけだから!」
本条が怖い顔で俺を見ている。
視線がすごく痛い。
「あ、いや、担任の先生が言ってて」
「もしかしてあんたがプリント届けに来た理由って……」
「あ、そういえば言ってなかったな……先生から見ると、本条の友達は俺だけらしくて」
「はぁ……」
本条は頭を抱えてしまった。
言われたくないことを、俺は言ってしまったらしい。
「俺が言うのも変だけど、友達は作っておいた方がいいぞ」
建前の俺にとって、友達の存在は大事だ。学校の中で、クラス内のグループの中にいるためには、友達である必要がある。
1人でいるのは楽だ。それは俺もわかっている。
けれど、それでは学校の中では生きていけない。
「今更無理よ……」
確かに、そろそろ7月が始まる。もうクラス内のグループは確立されたと言っても過言じゃない。
この時期に友達になってくれる人は、誰にでも優しく接するいい人ぐらいだろう。
(誰にでも優しく接する女子、か)
俺は心当たりがあった。
同じクラスの、あいつなら。
「1人だけ、紹介できる奴がいる」
「誰?」
本条が首を傾げる。
「俺の幼馴染だ」




