挨拶 中編 side:本条花凜
ガラガラガラ、と音を立て教室の扉が開く。
朝のホームルームの時間が近づくにつれ、自教室に入ってくるクラスメイトも増えてくる。
いつも斉藤くんが学校に来るのは、朝のホームルームが始まる10分前くらいだ。割とギリギリでくる、綾瀬さんと一緒に。……別に今更気にしていないけれど。
私は変わらず、本を読んでいる。
誰かに話しかけられるわけでもなく、ただただ本を読んでいる。平静を装いながら、本を読んでいる。
斉藤くんが来るいつもの時間まであと10分。
「おはよう」といつものように言われたら、私もいつものように「おはよう」と返せばいい。何も言われなかったら、私も何も言わない。
予習は完璧。大丈夫。
斉藤くんが来るまでの時間は酷く長く感じて、本の内容なんて1ミリも入ってこない。
いつでも話しかけられていいように、栞を常に手に持っていた。
今日ほど栞が紙製でなく、アルミ製でよかったと思った日はない。あまり手汗をかかない私が珍しく手汗をかいていたからだ。
じめっとした手を昨日とは違うハンカチで拭く。
ハンカチを忘れていなければ今頃……と、今更後悔したって仕方ない。過去は変えられないのだから。
ついに、その時がきた。
ガラガラガラ、と椅子を引く音が聞こえる。隣の席からの音。つまり、斉藤くんだ。
鼓動が早くなるのを感じる。大丈夫、いつも通りに、と私は自分自身に言い聞かせることしか出来ない。
斉藤くんはなにやらリュックをゴソゴソしている。授業準備をしているのだろうか、音しかわからないためはっきりしない。
ただ、私はここで少し安堵していた。
なぜなら、いつもなら斉藤くんは自分の席に座る前に挨拶をしてくれていたからだ。だから、これは話しかけられない方だと、安心していた。
ただまぁ、それが仇となったのだが……
「あ、そう言えば本条」
斉藤くんは授業準備をしていたかと思うと、急にこちらを向いて話しかけてきたのだ。
本当に急だった。話しかけられるとは思っていなかった。
だから私は、
「な、なに!?」
と、変な声を上げて返事をしてしまった。
同時に驚きもしたから、手に持っていた本と栞を床に落としてしまった。
わたわたしながら本と栞を拾っていると、今度は机の角に頭をぶつけてしまう。
うぅー、と唸ることしか出来ない。
「え、あーっと、大丈夫か?」
斉藤くんはこちらの方を向きながら心配そうな声をかけてくれる。
「大丈夫だから!」
と、私は強い口調で返事をしてしまった。
もうダメだ、何もかも。
まさか話しかけられるなんて、ちゃんと分かっていたらこんなことにはならなかったはずなのに。
「あっ、そう……あ、そう言えば琴葉から聞いたんだけど」
「えっ?」
予想外の斉藤くんからの言葉で、私は驚いてしまう。
斉藤くんは、「琴葉から聞いた」と言った。
もしかしたらあの時の事かもしれないと、私は思った。




