挨拶 前編 side:本条花凜
「え、本条って文芸部だったのか?」
私はいつも通りに話せているだろうか。
私はいつも通りの顔をしているだろうか。
この問いに対して、ちゃんと答えられているだろうか。
この問だけでなく、さっきの会話もちゃんと成立していただろうか。
私は今までの私が、普通が少しだけわからなくなってしまった。
体育祭が終わって次の日、変わらず今日も学校がある。どんなに私の気分が悪くても、学校がある。
モヤモヤした気持ちは少しだけ晴れた。考えるのをやめて、寝てしまったことがよかったのかもしれない。
しかし、今日も変わらず学校があることと、斉藤くんや綾瀬さんに会うことを考えるだけでモヤモヤした気持ちはすぐ出てくる。
ここで一つ、問題が発生した。
それは、どんな風に話せばいいのか分からなくなったのだ。
そんな時は普通に話せばいいとアドバイスをくれる人がいるかもしれない。でも、色々考えすぎて普通がどうだったか分からない。関わり続けたいと思ったのは私だ。
けれど、綾瀬さんに誤解されないためにも斉藤くんに対して好意がない、つまりただの友達としての話し方でないといけないと思った。それは多分、斉藤くんに関わる前の私の普通で、その普通が今では分からなくなってしまったのだ。
私は固い表情をしていたの? それとも笑っていた? どれくらい積極的に話していた? 控えめでずっと本を読んでいればいい?
どれが本当なのかがさっぱり分からない。
そんなことを考えていると、あっという間に学校に行かなければいけない時間になっていた。
私は急いで学校に行く準備をし、家を出た。
学校に行くまでの時間でもずっと"普通"について考えていた。
いっその事考えるのをやめることも考えたが、不安になって仕方がなかったから結局考えることにした。
学校にはあっという間に着いてしまう。考え事をしているとなんでもあっという間に過ぎるとはこの事だろう。
生徒玄関で外履きから内履きに履き替え、自教室に向かう。
足取りが重い。でもここまで来てしまった以上、行くしかない。この時間なら多分、教室にはまだ誰もいないだろう。
それでも、もしかしたらいるかもしれないという不安でいっぱいになる。
自教室の目の前まで来た。いつもより重たく感じる教室の扉をゆっくりと開ける。からからから、と音を立てながら扉は開いた。
教室の中には、案の定誰もいなかった。
ふぅ、とひとつ息を吐いてから私は教室の中に入った。自席に座り、教科書などを机の引き出しの中に入れる。
そしていつも通り、私は本を開く。
ここまで来てしまえば3分の2くらい私の勝ちみたいなようなものだ。だって、自分から話しかける必要が無くなったから。
私は本を読んでいる。だから誰かに話しかけることは無い。あるとするなら、話しかけられることだけだ。
話しかけられる、か……
いつものように斉藤くんは朝の挨拶を、おはようって私に言ってくれるのだろう。
そして多分、私もおはようって返すのだ。それが普通だったはずだから。
その、たった一言の挨拶でさえ、私はとても不安になっていた。




