訪問 前編
別に会いたいと思っているわけじゃない。ただ心配なだけ。……それと少し俺のせいかもと思っているから。
あ、あと、先生に頼まれたわけだし。プリントを渡して帰る。それだけ。
(来た理由はこんなもんかな……)
放課後、俺は担任の先生から渡された地図を手に持って、本条の家に向かっていた。
正直、どんな顔で会えばいいのかわからなかった。
繰り返し、繰り返し、思い出す本条の泣き顔。
謝るべきなのか、しなくてもいいのか。そんな自問自答を繰り返している。どうせ謝ることになると、わかっていても。
(ここ、か……って、俺ん家から割と近いなっ)
本条の家は見たところ普通の一軒家だった。普通、という表現はどこか失礼と感じるが、別に俺の家が豪邸って訳でもないし、本条の家に期待をしていた訳でもない。
緊張していてパッと見でしか本条の家を見ていないから、感想という感想が出てこない。そして俺ん家から500mほどだ。割と近所で驚いた。
インターホンはすぐ目の前にある。しかし、押せない。
心臓の鼓動がとても早くて、うるさい。インターホンを押そうと前に出した人差し指が少し震えている。
何回も深呼吸をしたが、変わらない。
(たかがプリントを渡すだけだ、緊張することなんてないだろ……)
いつもの、建前のテンションでいけばいいんだ。焦ることはない。
いつまでもインターホンの前に突っ立っててはただの不審者だ。
震える手を強く突きだし、インターホンを押す。勢いで押したため、人差し指が痛かった。
「はい」
インターホン越しに聞いたことのある声がする。
3日ぶりに聞くその声に俺は安心を感じたのか、気づいたら手の震えが止まっていた。
「本条か? 斉藤だが」
少しだけ早口になってしまった。まだ緊張はしているらしい。
「……なんの用?」
そんな俺に対して本条は、冷静な声だった。
「あ、いや、プリントを届けろと先生に言われて」
本条の冷静、というか冷たい声のおかげで、俺はいつもと変わらない声で話せた。
「わかった、待ってて」
プツッと音がしてから、音が聞こえなくなる。
これから本条が外に出てくる。
俺自身の表情とかは大丈夫だろうか。緊張で変な顔とかしていないだろうか。そんな心配を他所に、本条はすぐに外に出てきた。
「ん」
本条はパジャマの上にフリースを着ている姿だった。いつもの制服姿と違って、どこか弱々しく見える。
まだ具合が悪いのだろうか。けれど、久々に見た本条の顔は何も変わっておらず安心した。
「プリント」
本条が右手を前に出し催促する。
「あ、あぁ、これ」
俺は右手に持っている、プリントを入れたクリアファイルを渡した。
「ありがと」
本条はクリアファイルからプリントを出し、1枚ずつ目を通し始めた。
「そのプリント、明日までが締切だけど明日学校に来れないなら来週でもいいって」
「んー、わかった。それじゃ」
本条が俺に背を向け、家に入ろうとした。そんな行動を見て、俺はとっさに声が出てしまう。
「あ、体調。もう大丈夫なのか?」
俺の言いたいことをまだ言えていない。でも病み上がりの本条といつまでも話しているわけにはいかない。
話したいと思う自分と、話してはいけないと思う自分が心の中で戦っている。
「……こんなに長く休んだけど、ただの風邪だったみたい。なかなか熱が下がらなかったんだけど今はもう引いたかな。今日は学校に行こうと思ったんだけど、病み上がりだからってお母さんに止められて……」
本条はもう一度こちらを向いて答えてくれた。
「なら大丈夫そうだな」
「うん」
話を続けられる返答も質問も出来ない自分のコミュニケーション能力を恨んだ。
少しの沈黙の後、本条が口を開く。
「もう、いい?」
「あ、あー……あと……」
もう用はないから帰るわ、という言葉が出てこなかった。もう話すことはない、って言えば逃げれた。
でも、俯く本条の顔とあの時の顔が重なった。だから、俺は、
「あの時の、事……」
聞こえるか聞こえないかの小さな声。けれど俺は確かに、そう言った。
言った瞬間、本条は頭を抱えた。頭でも痛いのか、心配になっ手声をかけようとするが本条はすぐに口を開き、
「はぁ……。んー、まぁいいか。家、入りなさい」
と、確かに言った。
「え?」
急な誘いで驚いてしまった。話せればいいと思っていたが、家に入ろうとは思っていなかったからだ。
「あんたの言いたいことは、何となく察したから。私も話したいことあるし。今は親いないからまぁ、大丈夫」
「い、いや、俺は」
流石に、女子の家に入るわけにはいかないと断ろうと思ったが、
「いいから」
と制されてしまう。
「わ、わかった」
俺は、よそよそしく本条の家の中へ入っていった。




