地球はヤバかったby宇宙人
「ほぉ、あれが地球か」
全身を銀色に輝かせた何者かが呟いた。彼ら――いや、地球外生命体に性別差があるのかどうかは分からないが、ここは便宜上そう呼ばせてもらいたい――は宇宙人である。
数多の星を侵略してきた彼らは次の標的を地球に定めたのだった。
一見するとまるで同じに見える彼らだが、注意深く観察すると微妙に違っていることが分かる。
大きな黒一色の目がひときわ吊り上がって見える宇宙人が言った。
「どんな星だろうと我々には敵わない」
間もなく、宇宙船が地球に降り立った。そこから飛び出した宇宙人たちは、世界中に散らばっていく。これは彼らの作戦で、各地から一斉に攻撃を仕掛けようとしているのだ。
彼らは自分たちの作戦が失敗するとは思っていない。今までもそうやって、星を侵略してきたからだ。
――しかし彼らはこの後、地球にやってきたことを思いっきり後悔することになる。
「ひょおー、これが海っすか。おれっち、初めて見たっすよ」
「はいはい、それぐらいで騒がないの」
男女のカップルに擬態した二体の宇宙人が海に降り立った。そこは海水浴の客で賑わっていた。
「地球人はのんきね。これから侵略されることも知らないで」
「やっほー。さっさと地球人をやっちゃいますよ」
レーザー銃を構えた二体が地球人に狙いを定め、引き金を引こうとした。
その次の瞬間、「きゃああー」と悲鳴が響き渡る。
「我々はまだ何もしていないぞ」
二体が首をかしげた。その間も、周囲から次々と悲鳴が上がる。海にいた人々は我先にと砂浜へ上がる。
その元凶は宇宙人たちの間近に迫りつつある。そう海にはやつがいる。
「がばっ」
――サメが!
「えっ」
ばくん。宇宙人の上半身は消えた。
「あああああ」
仲間の死を目の当たりにしたもう一方の宇宙人は叫び声を上げ、ズガガガとレーザー銃を浴びせた。サメの勢いは止まらない。
「嘘でしょ」
宇宙人は唖然と突っ立ったまま、飲み込まれた。
「うわああああ」
宇宙人たちはパニックに陥っていた。仲間たちが次々と死んでいったからだ。
彼らはサバンナにいた。そうサバンナには奴らがいる。百獣の王ライオンが、地上最速の生き物チーターが、サバンナの掃除屋ハイエナが。
「な、なんなんだよー。お前らは!」
サバンナの猛獣と出会ったが最後、宇宙人と言えど無事では済まなかった。まさに地獄絵図。赤子の手を捻るかのごとく、猛獣は宇宙人を食らっていった。
「これでも食らえ」
一体の宇宙人がレーザー銃を発射し、猛獣の頭を吹き飛ばした。
「や、やったぞ」
喜んだのもつかの間、すぐに慌て始める。
「や、やめろー」
右腕をライオンが、左腕をチーターが、頭をハイエナが。猛獣の群れが彼らを飲み込んでいく。
圧倒的なまでの数の暴力。猛獣の群れの前に、宇宙人たちはなすすべもなかった。
「やめてくれー!」
数体の宇宙人が、ジャングルの木々の間を縫うように疾走していた。仲間の悲鳴を背に、ふりかえることもなく駆け抜けていく。
そうジャングルには奴らがいる。人を丸呑みするアナコンダが、血を吸うヒルが、毒を持つタランチュラが。
そこへ先頭を走っていた宇宙人が、アナコンダに巻き付かれたかと思うと、あっという間に丸呑みされる。
他にもヒルに全身を覆われた者や、ミイラのように干からびた者、あるいはタランチュラの毒で息絶えた宇宙人など、そこには目をそむけたくなるような光景が広がっていた。
ある宇宙人は仲間の死を前にして、震えが止まらなかった。別の宇宙人は絶望した。こんなはずではなかった。我々は狩る側だったはず。
宇宙人たちは逃げ続けた。ジャングルの先に川が流れていた。迷うことなく飛び込む。
助かったと思った。地獄は終わってないとも知らず。
「あぎゃ!」
全身が痺れ、体中に痛みが走った。手足が食いちぎられる。
そうアマゾン川には奴らがいる。高電圧を生み出す電気ウナギが、肉食のピラニアが、噛む力が強力な巨大ワニが。
「た、助け……」
「うわああ、ば、化け物ー!」
その宇宙人は奇声を上げ、木の上に登った。ここなら大丈夫だろうと安堵する宇宙人を尻目に、"それ"はやってきた。
「う、嘘だー」
"それ"はゆっくりと木を登った。確実に迫りつつある"それ"に宇宙人は気を失う。力をなくし、落下する宇宙人の頭に、"それ"はむしゃりとかぶりつく。
そう山には奴がいる。――クマが!
巨体を揺らし、宇宙人を食べつくしたクマは次の標的へと向かう。腹を空かせたクマにとって、宇宙人は格好の餌だった。
「なんで死なないんだよー!」
宇宙人たちは雄たけびを上げながら、レーザー銃を乱射した。恐怖に慄く宇宙人たちの前で、奴らは何事もなかったかのように立ち上がる。腕は逆方向に曲がり、足は千切れている。それでも奴らは歩みを止めない。
「きゃあー」
奴らに噛まれながらも、一心不乱にレーザー銃を振り回す宇宙人。レーザー銃が奴らの脳天に直撃した。鈍い音を響かせ、奴らの歩みがようやく止まる。
「そうか。奴らは頭を壊せば死ぬのか。みんな頭だ、頭を狙え」
リーダー格の宇宙人が叫ぶ。呼応するように仲間たちがレーザー銃を構え、一斉に撃ち始めた。奴らの脳みそは散らばり、宇宙人たちは安堵のため息をつく。
「大丈夫か」
リーダー格が奴らに噛まれながらも必死に戦った宇宙人の労をねぎらう。しかし何の反応も見せない。
「おい、しっかりしろ」
宇宙人は急に顔を上げ、リーダー格の首筋に噛み付いた。
「ぐああ、な、何をする!」
宇宙人は狂ったように噛み続け、ついにリーダー格は動かなくなった。
「何をしてるんだよ、お前は」
別の仲間が宇宙人の肩に手をかける。振り向いた宇宙人の顔は……奴らとそっくりだった。
「なんだこれはー!?」
死んだはずのリーダー格が立ち上がる。リーダー格と宇宙人は仲間に襲い掛かった。
「やめてくれー」
「何が起きてるんだよー」
「死にたくねえ、死にたくねえよー」
宇宙人の死体が増えるに連れ、奴らの数も増していった。
そう墓場には奴らがいる。――ゾンビが。
「な、何よ? 何が起きてるのよ?」
船内はパニックに陥っていた。宇宙船が揺れ始めたからだ。まるで異常気象にでも遭遇したかのごとく。突然、宇宙船のコントロールが利かなくなったのだ。
「何でだよ。何で操縦できないんだよ」
操縦士は必死で操縦桿を動かした。高度が徐々に下がっていく。
「このままじゃ墜落しちまう!」
下は海だった。そう海にはあれがある。――魔の三角地帯バミューダトライアングルが。
彼らはバミューダトライアングルの上空にいた。魔の三角地帯に入ってしまった。
嘘か真か分からないバミューダの闇に囚われ、彼らは消息を絶つ。人類は誰も気づかない。宇宙人の存在は明らかにされていないのだから。
同じころ、日本の首都東京ではある光景が展開されていた。
「あら、あなたいい男ね。好みだわ。私と良いことしない?」
その宇宙人は囲まれていた。逃げ場はどこにもない。本来なら、人類は恐れるに足らない存在。にもかかわらず、彼の足は一歩も動かなかった。
気圧されたのだ、目前に立つ存在の威圧感に。
「さっ、こっちよ。私たちの店に行きましょ」
彼は連れて行かれた。詳細は省くが、意外と悪くなかったらしい。
ここは新宿の二丁目である。そう新宿二丁目には彼、いや、彼女たちがいる。
宇宙人は彼女たちとの出会いで、本当の自分を知った。
そして地球侵略など忘れて、銀色に光らせた派手な全身をさらに色とりどりに着飾ると、腰を振りながら盛り場に消えていく。
この何年後かには二丁目界のニュースターとして名を馳せることになるが、それはまた別の話である。
一方、京都では壮絶な戦いが繰り広げられていた。
窮地に立たされた宇宙人たちは自ら、戦闘に特化した精鋭部隊を作って、この地へやって来たのだ。
だがしかし精鋭部隊も徐々に追い込まれていった。
戦いを得意とする者のみが集まった部隊だ、決して遅れを取るはずがない、そんな彼らの思いを打ち砕こうとする圧倒的強者それは――
「くそっ、聞いてねえぞ。弱いはずじゃなかったのかよ。にんげ……ぐふっ」
手足が吹き飛んだ。一瞬の油断が命取りになる。宇宙人たちが息を呑み、目の前にいる一人の人間を見る。
その人間は奇妙な符を持っていた。
「陰陽師のわしと出会うたのが運の尽きよ。主らは宇宙人なんじゃろ? せいぜいわしを楽しませてみせろ」
陰陽師の男が狂気的な笑みを浮かべ、呪文を唱えた。符は形を変え、式神となる。
「ぐはっ」
宇宙人の戦闘特化部隊は式神に翻弄され、その命を散らしていった。たった一人の人間に手も足も出ず。
「大したことないのぅ。ちっとは根性みせんか。わしは退屈なのは嫌いなんじゃ。本気を見せてみい。ぬしらも地獄は見とうないじゃろ?」
頭に血が上った数体の宇宙人が陰陽師の男に襲い掛かる。
「――私も混ぜなさいよ」
鮮血が舞う。宇宙人の体には無数のクナイ。新たなる参戦者はくノ一だった。
「わしの邪魔をするとは何事じゃ。いくら主でも許さんぞ」
陰陽師の体から殺気が膨れ上がる。宇宙人たちは一歩も動けない。
くノ一は涼しそうな顔で陰陽師に近づく。
「何よ。可愛い恋人が助けに来てあげたのにつれないわね」
二人は恋人同士だった。
「主に来て欲しくはなかった。わしの戦いを見たら、惚れ直すに決まっておるからのぅ」
陰陽師の言葉にくノ一が頬を染める。
「ス・テ・キ」
二人はドがつくほどのバカップルだった。
「ふざけるんじゃねえー!」
戦いに明け暮れ、恋人もいない宇宙人たちは嫉妬に狂い、バカップル目掛け、一斉に襲い掛かる。
「うるさいのぅ」
「邪魔」
バカップルの一撃で、宇宙人の戦闘特化部隊は壊滅した。
「ゴーゴー」
アメリカの荒野でもまた宇宙人たちは追い詰められていた。
「ハッ」
馬に乗って駆ける男たちは、巧みなロープ捌きで宇宙人たちを捕らえていく。
「た、助けてくれー」
身動きの取れなくなった宇宙人は助けを求めるが、肝心の仲間も虫の息なのだ。その間にも銃声が鳴り響く。
大地は血で染まる。バッタバッタと宇宙人たちは倒れていった。
そうアメリカの荒野には彼らがいる。――カウボーイが。
「ハッハー、宇宙人を捕まえたぜ」
「何体か殺しちまったけどな」
「宇宙人だぜ。死体でも十分だろうさ」
カウボーイの目当ては懸賞金である。この地ではさっそく、宇宙人に懸賞金がかけられていたのだ。
「ハッ」
中国の地に降り立った宇宙人は、一瞬にして地獄に突き落とされた。レーザー銃の嵐をかいくぐる一人の人間の手によって。
「かかれ、かかれ、なんとしてもあの男を止めろー!」
リーダー格の宇宙人が手下に指示を出し、男を止めようとする。絶対に止めなければならない、この男を止めない限り、地球を侵略できないのだから。
「ふんっ」
男の拳が、宇宙人の体を捉える。天高く舞う宇宙人の群れ。誰も男の勢いを止めることができなかった。
「ありえない。ありえない。俺たちはこれまで数多の星を侵略してきたんだぞ。なのになんて様だ。こんなことってあるかよ」
残るはリーダーだけだった。しかしもはや戦意はない。目前に迫る死の気配にひたすら怯えるのみ。
「――発勁」
男の拳による衝撃が、リーダーの体を貫く。全身に生じる衝撃に耐え切れず、リーダーの口から緑の液体が飛び散る。意識が薄れゆく中、リーダーが最期に見たのは、つまらなそうに拳をぬぐう男の姿だった。
「弱いな。思ったよりも」
男が冷めた目で宇宙人に視線を向ける。
「どこかに強者はいないものか」
そう中国には彼がいる。――中国拳法の達人が。
「ええい、どうなってるんだ? なぜ通信が途絶える?」
地球に送り込んだ侵略部隊の通信が次々と途絶えたことに、全部隊を統括する宇宙人のボスは焦っていた。
ボスにとって初めての事態だった。今までの侵略で、部下との通信が途絶えたことは一度としてなかった。だからこそボスは焦りに焦っている。いったい何が起きているのか、彼には見当もつかなかった。
「ボス! と、とんでもないことが分かりました!」
部下の一人が驚きの声を上げた。彼は侵略部隊の通信が途絶えたことを受け、地球についての情報を片っ端から調べた。その結果、衝撃の事実が浮かび上がったのである。
「我々だけではないのです」
部下はそう言って、データをモニターに出した。
「こ、これは!?」
モニターには、地球を侵略しようとした勢力の情報が映し出されていた。彼ら宇宙人がやってくる前に、すでに地球を侵略しようとした奴らがいたのだ。
「バ、バカな? そんなことがあってたまるか」
彼らの前にも侵略者がいた。だが地球の支配者は今でも地球人である。その事実が示しているのはただ一つ。
「誰も成功しなかったのか?」
地球を侵略できた勢力はいないということ。ボスは恐怖した。モニターに映し出されている勢力は、どれも宇宙で名を馳せている猛者たちだったからだ。宇宙に勇名を轟かせる猛者でさえ、地球の侵略に成功していない。
ボスの自信は打ち砕かれた。無論、ボスだけではない。宇宙船に残っていた宇宙人すべてが、地球に対して恐怖心を抱きつつあった。
「いったい地球には何がいるというのだ?」
誰かが言った。過去にタイムスリップしようと。地球の今は征服できなくても過去なら支配できるかもしれないと。進化する前の地球ならたいしたことがないだろうと。今地球にいる何かが脅威になるなら、その何かが生まれる前に行こうと。その意見にボスは賛成した。
彼ら、宇宙人は太古の昔、一億年前へとタイムスリップする。
「うひょー、これが一億年前の地球か。なんもねえなぁ」
「これから我々が作るのだ。新しい時代を。新たな文明を。これより、地球は我々のものとなる」
散っていった友のためにも、我々は地球を必ず侵略しなければならないとボスは燃えていた。
「――嘘でしょ?」
唖然とした声が響いた。その声にボスは振り向く。彼の目には予想外のものが映った。
「なんだ、あれは?」
彼ら宇宙人を巨大な生物が見下ろしていた。鋭い牙と爪を持つ生物はヨダレをたらりと流し、宇宙人に襲い掛かる。
「うわああああ」
むしゃりむしゃりと一人の宇宙人にかぶりつき、巨大な生物はニタリと笑った。
「ああああああ」
宇宙人はパニックに陥った。一人一人、また一人と食われていく。ボスはなすすべもなく、ただ見ている他なかった。
「そ、そんなぁ」
絶望の声が響く。彼らはいつの間にか巨大な生物に囲まれていた。
そう太古の時代には奴らがいる。――かつての地球の支配者、恐竜が。
「はぁはぁ」
恐竜の襲撃から生き延びたのはたった一人だけ。命からがら逃げ出せた彼は、もはや虫の息だった。
「つ、たえ、なければ」
最後の力を振り絞り、彼はまだ見ぬ宇宙の同志に向けてメッセージを送った。
――地球はヤバいと。




