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第2章、第12話【決意】







―――――助けたい、と思った。



その答えが正しいのかどうか、分からない。

俺の行動はただの正義バカの愚かな行為なのかも知れない。

このままここから立ち去るのが一番『賢いやり方』なのかも知れない。それは何となく分かった。

だけど、俺は莫迦だから。きっとそういう計算なんてしない。


考えてしまったらきっと、俺は迷ってしまう。

この足を一歩後ろに下げてしまう。

だからこそ。俺はこのとき何も考えなかった。ただ、胸の奥に渦巻く激情を開放した。


「ふざけんな……」

「え?」


呆気に取られる声を無視する。

凍りつく舞夏の表情を無視する。

脳裏によぎった冷静な部分も無視する。

ただ熱く、赤く。まるで噴火した山のように大きな雄たけびをあげながら、叫ぶ。



「ふ、ざけんなああああああああああッ!!!」



強く、確実に、一歩を前に踏み出した。

舞夏への距離は後五歩ほど。もっとも、そんな距離なんてもう関係ない。

俺は、足を前に出したのだ。

一度前に出したなら、もう迷うことはない。ただ何処までも乱暴に手を伸ばしてやる。


びくり、と儚い少女の体が震えた。

激情を直に当てられて、裏組織の隊長であるはずの月ヶ瀬舞夏が気圧された。

俺はただ叫んだ。身体中に宿る闘志のようなものが燃え盛っていると錯覚するぐらい、今の俺は強暴だった。


「一人で抱え込みやがってぇぇぇ……! たった一人だけ傷つきやがってえッ!!」


それが何よりも悔しくて憎らしい。

俺は頼られる存在じゃなかった。舞夏は今まで誰かに頼ろうということをしてこなかった。

きっと彼女の才能がそれを邪魔していたのだと思う。

何事もうまくこなしてきた彼女は、誰かに助けを求めるようなことを学ぶことが出来なかった。


その結果、責任の全てを自分で背負い込んだ。

弧冬が汚してきた手も。

俺が霊核を宿したことでさえ、彼女は自分の落ち度だと信じ込んでいる。


「人の負債まで背負ってんじゃねえよっ!! 俺のことは! 俺の責任なんだ! なんでお前は俺を責めねえんだッ!!」


さらに一歩、前に踏み出した。

その反応でようやく事態に気づいた舞夏が、打って変わって鋭い目つきで叫んだ。

それは自分を切り裂くような自虐的な言葉の剣だ。


「責められるわけないじゃないですかッ! 私はあなたを巻き込んだんですよ!? なんであなたこそ私を責めないんですか!」

「霊核を宿したのは俺の意思だった! お前まで責任感じることねえだろうがっ!!」


むしろあの戦いは、俺が舞夏を巻き込んだ形だ。

その結果として舞夏は俺を庇って大怪我を負った。もしかしたら死んでいたかも知れない。

それでもなお、あの時の彼女は告げたのだ。

俺を見捨ててまで敵を倒すなんてこと、考え付きもしなかった……って。


たった数日前に逢ったばかり。

名前もこの前知ったばかりの俺を見捨てることもせず。

そうして俺が霊核を宿したとしても、それは舞夏のせいなんかじゃない。どう考えても俺の責任だった。


「私は! 沙耶さんまで危険な目に合わせた! それでもあなたは私を責めないんですか!?」

「沙耶と俺を守って怪我までしてくれた恩人にそんなことができるか、バカ野郎ッ!!!」


話し合いをするつもりは更々ない。

俺はそんな無駄なことに時間を割くつもりはない。

迷ったら負けだ。一度でも舞夏に言い負かされれば、俺は平和を享受してしまう。

それは月ヶ瀬の姉妹を見捨てるということだ。だから、俺は負けられない。


「自分が汚いだと!? 化け物だと!? 世界全ての悪でも背負ったつもりか、自惚れんなッ!」


舞夏が人を何人殺した、とか。

連続殺人が起きた原因が舞夏にある、とか。

舞夏が汚れている、とか。

あの少女が人の姿をした化け物に過ぎない、とか。


きっとそういうのは本人が否定しなければ意味がない。だからそれについて言及はしない。


だけど今の俺にとって、そんな瑣末事はどうでもいい。

心の底からどうでもいい。

俺は舞夏が綺麗だから助けたい、とか。汚いから助けたくない、とか。

そんなつまらないことのために叫んでいるわけじゃない。そんなどうでもいいことのために前に進んでいるんじゃない。


「いいか、舞夏。俺には事態の半分も理解できない。だけどひとつだけ俺が知ってる真実がある」


声のトーンを落として、ゆっくりと舞夏へと語りかける。

舞夏も俺の行動に当てられたのか、少しだけ息を荒くしながら俺の言葉を待っている。

そんな彼女に向けて言った。

舞夏が知らない真実にして、俺が知っている事実。本当に単純な一言を。



「弧冬は言ってた。『お姉ちゃんが大好き』って言ってたぞ」

「――――――、」



その言葉は、彼女の思考を確かに奪った。

意表を突かれた言葉で舞夏は呆然と立ち尽くし、俺はそんな彼女に重ねるように問いかける。


「お前だって好きなんだろ? 大切な妹を抱きしめたいんだろ?」


舞夏を見てたら分かる。

嫌いなはずがない。いっそ嫌っていたならこんなにも舞夏は追い詰められなかった。

もう心は磨耗してぼろぼろになっていて、それでも表世界の平穏を守るために心を鬼にしようとしている。

そんな彼女を見捨てられない。だから俺は叫ばなければいけない。


「だったら……だったら、諦めてんじゃねえよ、莫迦野郎ッ!!!」


もう、歩数など関係なかった。

距離にして三歩はあった距離は一瞬で詰められていた。

止まることなく舞夏の前に立つ。

彼女は俯き、赤髪を垂らして俺の顔を見ようとはしない。ただ、握り締めた両手が震えていた。

彼女に残されたのは弱々しい拒絶だった。


「で、でも、私には責任が……それじゃ、あなたが……」

「助けて、って叫べよ」


言いよどむ舞夏に短く告げる。

それがあまりにも一方的で、あまりにも乱暴で暴力的な対応だとしても。

泣き寝入りして彼女の手で妹を殺させる、なんて未来よりは絶対にマシなものだと信じてる。


「私たちは……たくさん……人を、殺したんですよ……?」

「助けたい、って願えよ」


今まで誰にも頼ることのなかった少女。

才能という蔓に締め付けられ、立場という檻に閉じ込められていた棘姫いばらひめ

彼女の心を強引にこじ開ける。

俺にはそんなことしか出来ない。それでも、俺の出来る『役割』はきっとこのためにあったのだと思った。


「ですが、……今更、私たちに救いなんて……」

「救いはある。手を伸ばしてくれる奴らもいる。なあ、舞夏。もういい加減、自分を許してやれよ……」


野牧誠一もアルフレッド・ガードナーも。

そして沙耶もきっと望んでいる。これが俺の打てる精一杯の最善手。

これまで自戒と自己嫌悪に縛られ続けた月ヶ瀬の乙女。その棘を強引に断ち切り、彼女を救い出す。

それが俺に求められていた役割だ。


「ぁ……ぅ……」


言葉を失う舞夏の肩を力強く掴んだ。

想像以上に小さな身体。触れたらそれだけで折れてしまいそうなほど華奢な体つき。

俺より年下の女の子がこんなにも苦しんでいた。

こんな小さな肩に悲劇という重荷を背負わせようとした神様、というものを呪いたくなる。


「言ってくれ、舞夏」


求めたのは本当に答え。

真に守りたい人の名前を言わせる。

それは逢ったばかりの俺の名前じゃない。

彼女がこれから取り戻していくはずの絆、大切な家族の名前だ。


「どうしたいのか、言ってくれ」


もう一度、強く言葉にする。

月ヶ瀬舞夏が救いたいと願った人の名前。

責任とか立場とか、そんなものに捕らわれることなく。

何も考えることはない。ただずっと胸に秘めていた、ずっと言いたかった言葉を口にするだけだ。

舞夏が、揺れる瞳で俺を見た。


「――――――たい」


彼女の小さな唇から言葉が零れた。

舞夏の身体の震えが止まらない。その答えを口にしていいのか、舞夏にも分からないのかも知れない。

だけど、ゆっくりと。

月ヶ瀬舞夏の仮面が剥がれていく。

裏組織旅団の隊長という仮面が剥がれていき、月ヶ瀬舞夏という少女の素顔が晒されていく。


「助け、たい……」


その言葉は確かに、俺の耳に届いた。

舞夏は顔をクシャクシャに歪めると、その顔を見られたくないのか、俺の胸へと顔を埋める。

それは彼女の人生の中で初めて人前で漏らした弱い自分だった。

舞夏は腕を俺の背中に回して抱きしめると、嗚咽交じりに何度も、何度も、何度も言った。


「助けたい、助けたい、助けたいよ……」


言葉そのものが涙のようだった。

何度も確認するように、いつか胸を張って言いたかった言葉を口にする。

大事な言葉を確認するように、幾度もその言葉を繰り返す。

独白はやがて嗚咽となり、はらはらと落ちる涙が水晶のように煌いて零れ落ちた。


「弧冬を助けたい、殺したくない、死なせたくないよぉ……!」


ずっと人前では言えなかった言葉。

姉として当たり前の言葉。

家族としてずっと言いたかった言葉を何度も、何度も口にする。

俺もまた、左腕で舞夏の身体を抱きしめ、右手で彼女の美しい髪を撫でてあやした。


一度堰を切った舞夏は止まらなかった。

十年以上流すことの出来なかった感情が涙となって俺の胸に染みを作る。

初めてこの世に生まれ落ちた子供のように。ずっと眠っていた莫大な感情が解放される。


「弧冬を抱きしめて、頭を撫でてあげたい……!」


そうだな、と俺は頷いた。

こんな風にして、彼女はずっと妹を抱きしめたかったに違いない。

舞夏の身体の柔らかさに内心でかなり心臓が揺れているのだが、それ以上の気持ちが俺の中にある。


「もう大丈夫だよ、って言いたい……酷いこと言ってごめんね、って謝りたい……ッ!」


ずっと、彼女を悩ませ続けてきた。

過去は取り戻せない。言葉についた傷は直せない、という有名な言葉がある。

だけど、それは生きている人に謝らなければならない。

墓石を前にして後悔するのは、もうたくさんだった。それはきっと、俺も舞夏も同じはずなんだ。


俺は相槌を打ちながら、言葉を待つ。

俺が言わせたい言葉はまだ出ていない。

アルフレッドの願いは聞いた。沙耶の願いも託された。

後はただ一人。誰よりも弧冬を救いたがっていた目の前の少女の言葉をまだ聞いてない。


しばらく、彼女は泣きじゃくった。

冷たい涙の感触が胸に広がり、舞夏の赤い髪をそっと撫で続ける。

やがて、嗚咽も収まらない状態の舞夏がぽつりと呟いた。

本当に消えそうなくらい小さな声だったが、確かにその言葉は俺の胸にとてもよく響いた。



「助けて……」



言った。

確かに言った。

誰にも頼れなかった彼女が。

頼り方を知らなかった舞夏が確かに言った。



「黎夜さ……ひっく、助けて……」



ああ。


その言葉を待っていた。



「当たり前だ」


力強く頷いた。

犬歯を剥き出しにして獰猛に笑った。

ようやく頼ってもらえるようになった。やっと自分の行動に自信が持てた。


「やるぞ、舞夏。一人で泣く時間は終わりだ」


具体的にどうするのかは分からない。

俺はただ、託された多くの願いを叶えるだけだ。

月ヶ瀬弧冬。切り裂きジャックに支配され、翻弄され続けた少女を何が何でも救う。

それで目の前の彼女もまた救うことが出来るのなら。



「舞夏を縛り続けた悔恨の因果、無涯の名の下に斬り捨てる」



宣言をここに。

俺は泣きじゃくる舞夏をしっかりと抱きとめると、強く心に誓った。

神様が悪魔のシナリオを用意しているのだとすれば。

それすら打ち砕き、必ず誰もが笑える未来を掴み取って見せるのだ、と。


カルネアデスの板。


溺れる二人のうち、一人しか助けられないというのなら。

そのルールを打ち壊して二人とも救う未来を取る。

俺はその決意を、強く、強く、心に宿した。



次回はもうひとつの選択肢を投稿します。

いわゆるイフストーリー。せっかくなのでどちらの選択も書いてみました。

こちらで物語の裏が少し分かるかもw

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