第2章、第1話【蠢動】
『連続殺人鬼に対する案件――――総合技術部副主任、野牧誠一』
本案件は現在、我が旅団で問題になっている連続殺人鬼の議題についてである。
対象は新東雲学園都市に潜入の疑いあり。
既に犠牲者は三人を超えているが、昨晩もまた犠牲者を出したという報告が日本政府によって通達された。
被害者は三十代の女性。
時刻は深夜の二時十五分。現場は閑静な住宅街の片隅。その殺害方法から同一犯と推測される。
女性は仕事の帰りに襲われたと思われる。
しばらく逃げ回り、最終的に住宅街の片隅に追い込まれた、というのが警察の見解である。
警察は犯人の行方を追っているが、恐らくは犯人まで辿り着く可能性は薄いと考えざるを得ない。
今はまだダミー(偽者)が効いているが、今後のことを考えれば無視はできない。
裏と表の世界の組み分けのためにも、これ以上存在を隠すことはできない。
我々はこうした事情を加味し、隊のひとつを動かすことを決めた。
使用するのは第四番隊、月ヶ瀬舞夏の部隊。
ただし彼女自身はこの作戦から外し、もうひとつの案件である『無涯黎夜の霊核所持』を当たってもらうことになる。
指揮自体は副隊長が行う。よって、以下の要点を組織に対して要請するものである。
ひとつ、四番隊の指揮及び人員の一時的な委譲
ひとつ、住民に対する警戒令
ひとつ、火急の事態を想定した戦場世界の手配と確保
以上。
不測の事態に備え、我々もまた同行する。この件についての時間制限は一週間。
その期限を過ぎると同時に、指揮権限は元通りに旅団へと返上する。
そのことを確約しておき……ここに要請を加えた報告書を終了する。
コード『40458-B』
◇ ◇ ◇ ◇
「………………さぁて、もう引けませんよー」
旅団の支部、学園都市に駐留する一軒屋……に偽装されたコンピュータールーム。
住宅街とは正反対の位置に建てられた、何の変哲もない家には多数の偽装工作が施されている。
例えば玄関から入れば、そのコンピュータールームにはたどり着けない仕組みになっていたり。
例えば野牧誠一の部屋から、直接コンピュータールームへと辿り着く仕掛けがある。
本人にのみ……それも一週間ごとに変更されていたり。
ともあれ、野牧誠一はそこに住んでいた。
両親と三人暮らし。だが、両親は何も知らない。自分も教えないし、そもそも支部は他にも十を超えている。
学園都市は裏組織の温床だった。彼が所属する『旅団』は、学園都市で一番力を持った組織でもある。
「……もう夜か。やれやれやれやれ、疲れたぁ……」
ここからでは外の様子も分からないが、デジタル時計が無機質に夜の十二時を指している。
きっと今頃は三日月が輝いた星空が自由奔放に煌いているに違いない。
とはいえ、数時間ほどコンピューター室に篭りっきりで時間の感覚など当になくなってしまったのだが。
「終わった?」
「はいな。いやー、面倒な作業で頭が痛いですねえ」
「ちなみに、私は君の三倍の量だけどね」
「うぐっ……その地位には就きたくないなぁ、とはコメントしておきますぜい」
誠一の背後に一人の女性の姿があった。
歳は誠一と同じくらいだろうか。誠一自体が少々老成した顔つきなだけに、判断がつきづらい。
黒い髪のショートカット。身長は誠一よりも遥かに小さい。大体並べば、彼女は誠一の肩ぐらいほどしかないだろう。
その女性は肩を回して疲労を訴える誠一に一瞥すると、コンピュータールームに設置されたイスに身を預けた。
どうやら莫大な仕事量に少し欝っているらしい。表情は無表情だが、微妙に危険なニュアンスがある。
こういうときは触らぬ神に祟りなしなのだが、野牧誠一としてはそのまま放っておく選択肢などないわけで。
「よしよし、いい子いい子してやろう〜」
「殴るよ?」
グサッ!
「あうちっ!? 殴ってから言わんでくださいよ。そして脇へのピンポイント攻撃はやめろ、と何度も言ってるのに!」
「撫でるな、とも何度も言ってるんだけどね、こっちも!」
早速の一触即発状態。
そうこうしていても仕事は終わらないわけで、両者が同時にため息をついた。
しかし何かで気を紛らわせたい二人は、仕事から離れて私的会話に興じる。俗に言う現実逃避というものである。
「紅茶、飲む?」
「すいません。生水ください、水道水で」
誠一の相変わらずの台詞に女性の顔色が曇る。
紅茶好きな彼女としては紅茶批評や評価などをやりたいわけなのだが、誠一は水しか飲めない弱い胃袋の持ち主だ。
そういうわけで紅茶と水道水で一服。
「あっ、希さん。そういえば、アレは完成しましたか?」
希、と呼ばれたショートカットの女性は少し不機嫌そうに、曖昧に首を縦に振った。
着衣している薄緑の服に紅茶がこぼれないように、そっとテーブルにカップを置く。
仕事用に利用しているジーパンを纏わせた足を組みながら、口調とは裏腹にその顔は真面目な話、と告げていた。
「まあね。完成形にはなった、はず。……結局のところ、どうなったの?」
「舞夏さんの胸しだい。自分たちは補助輪みたいなもんですね」
「そうよね。……うまくいってくれるなら、それに越したことはないけど。世界はそんなに優しく作られちゃいないから」
誠一は飄々とその言葉に同意してみせる。
そうだ、世界は辛いことばっかりだ。
今この瞬間にも数秒に人が一人死ぬ。それほどのペースで地球の生死は回っている。
こうして紅茶を飲んでいる間、誰かが今、別の国で飢えに苦しんだ末に死んだ。世界は優しくない。絶対に甘くはない。
もっと素晴らしい世界があればいいのに、と夢物語を思う。
だけどそんな夢物語は存在しないから、自分たちはこうして仕事をして手を尽くす。
「最高の結末なんて、そうはないけど――――」
「――――最高の結果が見つからないからこそ、最善を選択は譲らない、ね」
二人が揃って口元を歪めた。
目的は定まった。二人は道を見失うことなく、やるべきことを確認する。
そうこうしているうちにノックが聞こえた。どうぞ、と希が合図を出すと、がちゃりとドアノブを回して女性が現れる。
「失礼します……こちらが技術部、科学部の研究所で宜しかったですか?」
現れたのは大学生ぐらいの少女だった。歳は二十歳か、少し下くらいである。
紫色の腰まで届く長い髪。月ヶ瀬舞夏が赤髪のロングならば、この少女は紫髪のロングで対照的になるだろう。
かつん、とブーツの音。学生服に身を包んだ彼女は、サファイアの瞳に希たちを映したまま会釈する。
「あや? 一番隊の副官さんじゃないですか、どうしました?」
「……藤枝緋沙那(ふじえだ、ひさな)さん?」
旅団にはいくつかの実働部隊と、それを支援する部署のようなものがある。
舞夏のような実働部隊。そして希や誠一たちのような支援部隊。
このうち、実働部隊には隊長が一人。そして補佐の副官が一人。その下に手足となるものが多数存在する。
その内訳としては『霊核』を宿した隊長と、その隊長を影ながら補佐する副官。
そして調査や偵察などを主とするメンバーになる。
実際のところ、戦闘力を有するのは隊長だけ。
隊長に足らないところを副官が指揮し、残りの人員は人数に応じて隊長を支援していくのが通例となっている。
隊長は例外なく戦闘は強いのだろう。
だが、英雄を宿している人間が常識や社会知識などを持っているとは限らないのだ。
例えば究極的な話、八歳ぐらいの少女が霊核を宿したとしても隊長にはなりえる。
だが、少女には何も理解できないだろう。
だから戦闘以外の全てを兼任するのが副官の役割だ。目の前の少女も、そうした副官の一人だった。
「はい……今回の連続殺人の件につきまして―――――軍師より、監視の任を命じられました」
思わず心の内で舌打ちしてしまう。
さすがは軍師様と言ったところか、と内心で毒づきながら、誠一はお疲れ様です、と返す。
この少女はただ任務をもらって、とりあえず監視の任についておこう、ぐらいの考えしかないはずなのだから。
「宜しくお願いします。技術部兼科学部主任、高原希(たかはら、のぞみ)です」
「同じく、副主任の野牧誠一です。今回の事件を説明させていただきます。本件につきましてはレポートを――――」
◇ ◇ ◇ ◇
同時刻、深夜、学園都市の路地裏の一角。
「きひ、ひひひ……」
ずるずるずる、物を引きずる音。
ぽたぽたぽた、水の滴る音。
けらけらけら、無邪気に笑う声、声、声。
「あひゃ、あひゃひゃ……?」
ザクザクザク、肉を殺ぐ音、削る音。
びちゃびちゃびちゃ、水溜りで遊ぶような雨音。
きひゃひゃひゃひゃ、笑う、哂う、嘲笑う、ワラウ。
「あーっ、あーあーあーっ! ひゃひゃひゃひゃひゃ……!」
そいつはずっと遊んでいた。
そいつはずっと人形で水遊び。びちゃり、ぴちゃり、朱色の水がそいつの全身を紅く染めていた。
そいつは壊れた笑みで笑っていた。むせ返るような強烈な鉄の匂いが心地よかった。
そいつは一人ぼっちだった。
そいつはさっきまで二人だった。
そいつはもう一人を人形に見立てて遊んでいた。遊んでいるうち、もう一人は人形に成りきったまま動かなくなった。
そいつはもう一人の悲鳴も苦痛も絶望も全部楽しんだ。
そいつはもう一人が人形になったあとも遊んでいた。
そいつは人形を壊していくのが好きな子供だった。ぐちょり、ぐちゃり、もう人形も元々の形を留めていない。
そいつは四つに分解され、液体を撒き散らす人形を満足げに見下ろすと、ケラケラケラと壮絶な笑みを浮かべた。
―――――――気持ちいい。
そいつは肉に刃を突き立てることに快楽を覚えていた。
そいつにとって血飛沫を浴びることはシャワーを浴びることと同じだった。
そいつの強欲は止まらない。そいつは快楽を満たすと、夜の闇の中に消えていく。
やがて、残ったのは壊れた人形。
分解され、解体され、裁断され、寸断された、かつて人であったもの。
死臭と眩暈のするような鉄分の匂い。
バラバラにされたまま放置された人形。ひとつの惨劇現場がそこに鎮座していた。
◇ ◇ ◇ ◇
「――――以上の件につきまして、質問などは?」
「……ありません。はい、大体の状況は把握しました。ご説明、ありがとうございます」
藤枝緋沙那に現状の説明を終えたのは、午前の二時を回っていた。
ああ、これは今日も寝坊だなぁ、と軽く日常に郷愁を向ける誠一だが、どうせ今から寝たとしても遅刻は確定だ。
明日の講義は一コマ目である。ついでに眠りの深い誠一に早起きの自信はない。
「では、私はどのような行動をとればよろしいでしょうか……?」
「そうですね。四番隊に追跡調査は任せています。緋沙那さんが加わることは、余計な支援になるやも知れません」
「他隊ってことで足並みが揃わなくなるかも、ってことね」
実質、すでに一週間が経過している。
犠牲者は数を増やしていくだけで、まだ下手人の手がかりは得られていないのが現状だ。
「学園都市の処刑部隊が出てくる前に決着をつけないと、面倒です」
「うーん、私は……四番隊とは別口で犯人の炙り出しをするべきでしょうか」
「一応、四番隊の隊員たちはあちこちに張ってて、副隊長が指揮を執ってる。そこのところはレポートの通りね」
と、そこで藤枝緋沙那は首をかしげた。
レポートでも拝見したが、どうして隊長である月ヶ瀬舞夏が指揮を執っていないのだろう?
確かに戦闘専門の隊長が指揮に優れないこともあるのは知っているが、舞夏という人物は戦闘、指揮、教養のどれを取っても不備のない人物。
ならば、何故、彼女自身が指揮を取っていないのだろう?
「月ヶ瀬舞夏さんは、どうして指揮を執っていないのですか?」
「……軍師様から、何も伝えられてないの?」
「うーん、とにかく監視はしてくれ、と……確実にこの問題は解決、要するに連続殺人鬼を排除したことを確認しろ、とだけしか……」
顎に人差し指を当てながら首をかしげるのが、緋沙那の癖らしい。
誠一と希はお互いに顔を見合わせて、そして苦笑した。
だが、それも一瞬のこと。二人ともが真面目な顔を作ると、緋沙那に向かって事情を説明する。
「月ヶ瀬さんは、霊核確保の任に失敗したからね。偽物だった、ってのは嘘。実際、このコンピュータールームで本物と確認してるから」
「……つまり、その霊核の行方を探る任に当てられた、ということですか?」
「うんにゃ、その真相は『元アスガルド』のクロノア、天凪葉月が強奪……そのまま行方不明になりました。恐らく、こっちは一朝一夕じゃ出てきやしません」
それじゃあ……と考え込む紫の髪の少女に、希は加えて説明する。
「だけど、そのときの戦いで月ヶ瀬さんは負傷したの。相手はクロノア二名で、しかも一般人の無涯黎夜を守って戦ったから」
「あっ……だということは、指揮を取れる状態にまで回復していない、ということなんですね?」
「そう。医者は大事を取れって言うからね。だから、無涯黎夜の監視役ということになってるの。ひょっとしたら、彼が何か知ってるかも知れないから」
無涯黎夜。
彼が霊核を宿してしまった、ということを知っているのは『旅団』の中でも僅かに数名だ。
だが、それでも監視をつけるのは決して霊核所持を疑われているわけではない。
表の世界に持ち込んではいけない裏世界の情報。これを安易に漏らさないように、しばらくは監視を付けるのは珍しくないのだ。
「……紅茶のおかわり、いる?」
「あ、はい、お願いします。希さんの紅茶はおいしいですね……こだわりが?」
「まあね。ただ、そこの彼にはその違いが理解できないんだけど」
面目ないです、とだけ苦笑して誠一は返す。
とりあえず大体の報告は済んだ。後はとりあえず円滑な仲を築くために、少しばかり雑談を楽しめばいい。
まあ、女性同士ということで主任に任せて、さっさと柔らかいベッドの上に戻ろうか、と誠一が画策しているところで。
ピー、ピー、ピー。
電子音が鳴り響く。
咄嗟に全員の目が鋭くなった。腐ってもこの三人は裏組織のメンバー。
これから雑談をしようが、割り切りをちゃんと利かせることのできる人間たちである。電子音は緊急連絡の合図だ。
「野牧くん。そっちのパソコンに送るから読み取って」
「はいっ……あ、緋紗那さん。コード入力をお願いします。そっちのパソコンです。一緒に緋紗那さんの到着を報告しますんで」
「分かりました……っと、これでいいですね。コード『Bランク』入力完了。主任、そちらのほうは?」
コードは組織のメンバー一人一人が持っている識別暗号のようなものだ。
A〜Eまでのランクがあり、ネット端末のセキュリティにはランクが用意されている。これは組織間の暗号として利用される。
ランクが高ければ高いほど機密情報を引き出せるのだ。
隊長、主任クラスは『Aクラス』。副隊長や副主任といった誠一や緋紗那のようなメンバーは『Bクラス』に該当する。
今回は別に機密情報を引き出すわけではないので、緋紗那のコードで代用する。
実際の識別コードは例えば緋紗那ならば『18549-B』……この英語でランクを確認し、数字で個人を特定する。
要するに緋紗那のコードを本部に送信して、間違いなく緋紗那は監視役としてここに赴いた、ということを暗号に分解して知らせるのである。
「っ……と、よし。とりあえず暗号解読終了よ。野牧くん、そっちに行った?」
「はいな、ちょいと待ってくださいね……ついでにフィルター(遮断)を掛けますから……と、完了」
フィルターで情報流出の可能性を遮断。
今、彼女らがやっていたのは二つのことだ。ひとつは前述の緋紗那の到着を本部に知らせ、もうひとつは緊急連絡の暗号解読。
さて、と希によって解読された緊急連絡の内容を見るために、全員が誠一のパソコンを覗き見る。
「………………」
「…………ちっ」
「……………………」
無言。
思わず誠一が舌打ちしただけで、誰一人言葉を発さない。
「……一時間前、新たな犠牲者を確認。死体は、もう人の形を留めていないそうです……」
「っ……!」
ガンッ!!
藤枝緋紗那が憤りのままに机を叩く。
肩が震えていた。握り締めた拳が赤く染まりそうなほどに震えていた。
「分かってない……分かってないですよ。残された人の苦しみも。置いてかれた人の悲しみも」
「……緋紗那さん」
紫のロングストレートの少女は烈火の如く怒っていた。
そうだろう。この犯人は人じゃない。残された人への悲しみも考えずに、次々と人を殺していけるような奴は人じゃない。
藤枝緋紗那にも何か思うところがあるのかも知れないが、そこには詮索しない。
「死んだ人はもちろん辛い……だけど、残された人だって辛い。そんな地獄を何度も生み出して、笑っていられるような人なんて、許せません」
「……そう、ですね。んじゃ、ちゃっちゃと解決して、決着を付けちまいましょう」
カタカタカタ、とキーボードを打つ。
誠一は眼鏡をあげて、緋紗那の視線をパソコンに誘導させた。
画面には刑務所のデータベース、一枚の写真に写った男の姿。
「緋紗那さん、こいつです。警察が総力をあげて追っている、連続殺人鬼は」
そいつは、小柄な日本人で異様な男だった。
目は瞳孔が開きすぎだ、と思えるほど大きくギョロリとしている。頬は削げていて不健康な印象。まるで狂人のような顔立ち。
名前欄を見て、緋紗那も得心が行く。
「……霧咲、孝之。23人殺しの脱獄犯……やはり、この男がそうですか」
「ですね。ニュースとかでも話題になってるでしょう? こやつがこの学園都市でも四人……いや、五人を殺した悪鬼です」
「…………まあ、本来なら表の世界のこと。私たちが出て行っちゃまずいの」
希は言う。
裏の世界の人間たちは表の連続殺人鬼に干渉することはお勧めできない、と。
それが表と裏で取り決めたルールであり、何十年も続けられてきた柵だ。
「だけど、このレポートにもあるように、日本政府によって『なんとかしてくれ』って通知が来てる。どうしてか分かる?」
「……組織の資金調達。日本政府から多額の金を受け取り、その代わりに問題を解決しようということですね」
そして日本政府から消えた税金は、適当な政治家が横領したことにして揉み消していく。
どの政府でもやっている常套手段だ。
横領の疑いを掛けられた政治家にしても、実際に横領して私服を肥やす政治家がトカゲの尻尾になるのだから。
「はずれね」
だが、違うと高原主任は首を振った。
今回に限りは政府の依頼ではなく、もっと別の問題だと言うことを示した。
「私たちが総力を挙げれば……いえ、一隊でも導入すれば女しか狙えない軟弱な男、二日で潰せるわ」
「だけど、一週間経った今でもできない。何故だか分かりますか、緋紗那さん?」
「それは……」
緋紗那は考える。
確かにおかしいのだ。どうして捕まえることができないのだろう?
四番隊は決して愚鈍な部隊じゃない。むしろ総合的に見ても優れた部隊だ。五十人に近い捜索隊が編成されている。
現場はこの学園都市。広いが、日本全体を捜し回るよりは遥かに小さい。
なのに警察はおろか、裏組織のメンバーを起用してまで捕らえることができない。
理由があるはずだ。何か理由があるはずなのだ。
何故、捕まえられない。何故、見つからない。何故、倒せな―――――ここで、緋紗那はようやく気づいた。
「あっ……倒せない。つまり、私たち裏世界のメンバーでも倒せないほど……じゃあ……!」
「正解です、緋紗那さん」
重苦しく誠一は肯定した。
敵は普通ではない。つまり、表の世界の住人ではないということを肯定して見せたのだ。
「詳しい話は奥でしましょうか。……紅茶のおかわりがいるわね」
明日の授業は完全に間に合わない。
誠一は厄介なことになったもんだ、と深い深い溜息をつくと、女性二人が消えていった応接室へと歩き出すのだった。