インターバルA【主催者の密談】
「30点」
「ええー」
ばっさりと切り捨てられた数字に男性の抗議めいた言葉が続く。
場所も人数も不明な真っ暗闇の中での談合。
点数を告げた女の声の持ち主はさも可笑しそうに笑って、男性へと語りかける。
「なんていうかー、うん。あれですよ、掘り尽くされた王の墓にわざわざ宝を求めていく盗賊A」
「酷い扱いだ……いやまあ、言わんとすることは分かるけど」
「もしくは千点一円くらいでプレイする麻雀勝負」
「旨みがない、って言いてえんだろうが!」
ねちねちと続く罵倒に男がキレた。
女はあははー、とそんな風に怒る男の反応が面白いのか、上機嫌だった。
「いやー、何ていうか王道チックな物語。既にその道は二千年前に通ってますわー、って近所のネコが言ってた」
「言うかよ! せめて責任擦り付けるなら人にしろ!」
「だめだよー、神廼は進行役なんだから、もっと派手にやっちゃわないとー、そのうち飽きられるよん?」
「表に出てくる進行役なんて、テレビの司会者だけでいいと思うんだが……」
まー、とりあえずねー、と女は中空を見上げた。
そこには幾つもの宝石が浮かんでいる。そのひとつひとつの輝きが魔性の魅力で人々を惹きたてる。
そのうちのひとつをツンツンと突付くと、女は無邪気に笑った。
「とにかく最低限の目的は果たしたから赤点だけは回避してあげる。次はもっと立場を強くしないとねー」
「無茶言いやがるよ、ほんと、この女。こっちが表に出られる時間なんてほとんどないんだぞ?」
「そりゃー、アンタが私たちの中で一番弱っちいからでしょー。悔しければ巨大化してみろ。アニメ十五分前みたいに」
「敗北フラグじゃん……」
大体なぁ、と神廼が呟く。
声はするのに姿は見えず。暗い闇の中に二人の声だけが響いている。
人の姿はない。
彼らの姿は誰にも知覚されることはない。
「俺は、こんな催し物はどうかと思うんだけどなぁ」
黒い影のようになった二人。
浮かび上がるのはたったそれだけの不透明な存在。
人間かどうかも怪しい、誰にも知覚されない者。誰に干渉を受けることもなく、その手は伸ばされても届かない。
「名称は物語に相応しいでしょう? 作戦名『神々の黄昏』、格好良いと思うけど」
「俺たちにとっちゃ、縁起でもねえ台詞だ」
人はそういう存在を様々な呼称で呼んだ。
曰く、幽霊。
曰く、幻獣。
曰く、仏。
曰く、幻影。
曰く、存在しない者。
この世に存在しない以上、誰にもその存在を確定させることのできない存在。
曰く、神さま。
誰もその存在を証明できないのに、誰もが知っている存在。
彼らは『いる』のに『いない』存在。
「ゲームはこれから始まるんだよ」
女が静かに笑みを浮かべた。
見る者がいないこの状況で女が笑った、と分かるのはその同類だけだが。
「駒はまだ、たったひとつ。将棋も囲碁もチェスも出来やしない」
「だからこそ、俺は駒を集めればいいわけだろ? それも飛びっきりの、出来れば強い駒を」
「対抗戦だからねえ。戦力を皆、着々と整えてる。アンタたちはまず、この戦いの土俵に登るところから始めないと」
中空を浮かぶ宝石を、女は何度も突っついた。
輝きが次第に曇っていき、やがて金色に輝いていた宝石がひとつ、煌きを失って地に堕ちた。
あーあ、と女は憂鬱そうに溜息をつく。
「また一人死んだよ。まだゲームは始まってないのになぁ。こういうのも、あれかな。私たちの設定不足?」
「死んだ誓約者の英雄はなんだよ」
「えーと、ね。『クルースニク』だって。知ってる? アンタが専門でしょ」
そりゃもちろん、と神廼が首肯する。
クルースニクはスロベニアに住む者の間で語り継がれる吸血鬼ハンターだ。
語源は十字架を意味し、異端の者を浄化する人間の英霊。動物への変身能力を持ち、白い馬や猪になる。
宿敵は悪疫や凶作の原因と伝えられる黒い狼のクドラク。
白い獣と黒い獣の戦いは、様々な書物で語り継がれている。
「クルースニクの誓約者って言ったらアレか。アスガルドに喧嘩を売った小組織の若きリーダーだな。さすがに負けたか」
神廼には心当たりがあるらしいが、既に退場した駒について興味はない。
残念ながら力や裏世界を渡り歩く実力がなかった。
本人としての力は誓約者であっただけに、期待できるものではあったが、死んでしまったのであればそこまでの男だ。
女も神廼も、それ以上クルースニクは話題にしなかった。
「で、アンタのところの駒は?」
「こいつがリーダーだ」
ちょん、と神廼がサファイアの宝石を突付く。
女は意外そうな顔をすると、呆れとも感嘆ともつかない呟きを漏らした。
「ついさっき覚醒したばかりの誓約者じゃない。部下は今から集めるの?」
「ええ」
「……勝負を投げた?」
「いや、かなり大真面目な人選のつもりだけど」
ふーん、と女は気のない返事を返す。
別に彼女にとってはどんな結果になろうと問題はないのだ。
「じゃ、続きの物語を見せてもらいましょうか」
「え、まだ見るのか? 他の奴らは?」
「んー、なんていうかねー、一方的な展開ばかりでつまんない。どうせ時間を潰すなら逆境を見たほうが面白いの」
「まぁ、確かになぁ……」
遠い視線でしばらく沈黙する二人。
それも長くは続かないらしく、やがて神廼と呼ばれていた男の存在が薄くなる。
意味合い的にはこの場を立ち去る、というのが一番ちょうどいい。
女はリラックスしたまま、神廼に対して手を振った。
「いってらっしゃーい。ああ、そうそう。私の『瞳』がそっちに行くから」
「……はあ!?」
「じゃ、頑張って物語を動かしてきてねー、私の『指先』さん」
ちょっと待て聞いてないぞ! と叫ぶ男の喚き声が徐々にフェードアウトしていく。
そんな彼に手を振りながら、女は艶やかな微笑みで静かに呟く。
「さーてさて、私はゆっくりーっと、物語を楽しませてもらおうかな。えーと、確か神廼が薦めていたリーダーは……」
ごそごそ、と宝石を掻き回してつい最近覚醒した誓約者を探し出す。
やがて嬉しそうな声色で「あー、あったあった」と女が呟いた。
彼女の掌に浮かぶ青い霊核。それをゆっくりと美しい物を眺める女性と同じような表情のまま。
「無涯黎夜。見ーつけた」
薄く、女は微笑むのだった。
ひとつ幕間を挟んだほうが、第一章と第二章の区切りがつくかな、とw
次回からは本格的に第二章が始まりますw
既に書き溜めが結構できているので、一月の間は毎日更新ができそうです。