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勇者きららの最初で最後のコンサート

 帰還希望の転生者たちには全員、魔王城の広間に集まってもらった。


 異次元にあることで広さに制限がない魔王城だから、数万人が集まった広間は壁も見えないぐらいに大きく広がっている。まるであの日の会場のように。


 みんなが今か今かと待っているのを広間の出入り口から見ながら、私も最終チェックをしている。と言っても、バンドも音響機器もないから、代わりを補う魔法と私の声が必要なだけだけど。


 魔法使いと魔法の打ち合わせを終えると、今日もずっと側にいてくれている三人の中からヒロインが近づいてきて、おずおずとなにかを差し出してきた。


「あの……勇者さま。これ作ってみたんです。勇者さまが言っていたお好きそうな感じを想像して。どうでしょうか……?」

 それは、縁にヒラヒラとレースが縫いつけられた布だった。


「ちゃんとした服までは作れなくてすみません。マントか体に巻き付けるかできたらいいんですけど」

「ううん、かわいいよ! でも、すごくいい布使ってない? これどうしたの?」

「王女さまに相談したら、布を分けていただきました」


 これは王女さまからの贈り物でもあるんだ。

 王さまと王女さまに報告に上がった時、儀礼的なあいさつしかなかったけど、こんなお心遣いをいただいていたんだ。


 腰に巻いてみると、スカートみたいに広がって可愛い感じになった。こういうのすごく懐かしい。これで後ろの方からでも私の姿が見えるかな。オーロラビジョンがないから、動きで魅せないといけないしね。


「お姫さまみたいで可愛いですよ」

 ヒロインが褒めてくれる。僧侶もきれいですよって言ってくれたけど、戦士は顔が引きつっている。プロデューサーが言っていた女装勇者みたいになってるかもね。でも、本当にこういうの好きだったから、嬉しい。


 私がヒラヒラに喜んでいるのを嬉しそうに、そして寂しそうに見つめてくるヒロインを見つめ返したら、また最初に感じたあのうずうずが胸の奥に湧いてきた。

 今ならしても大丈夫かな? ずっと一緒にいた仲だし、お願いしても大丈夫かな。


「ねえ、ヒロイン。一つお願いがあるんだけど」

「——! はい、なんでしょうっ」

 さりげなくお願いしようとしたけど、ヒロインは緊張してかまえちゃった。力の入った顔を見て、私も緊張してくる。普通は女の子にお願いするようなことじゃないからね。

 でも、最後だから。


「ヒロインをぎゅっとしてみてもいいかな。実はね、初めて見た時に抱きしめてみたい気持ちがあったんだけど、さすがに遠慮してたんだよね。でも、最後だから」

「はいどうぞ! ドーンと来てください!」

 私が言い終わらないうちにヒロインが両手を広げた。うーん、力強いね。今のヒロインなら巨人族でも抱き留められそう。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

 私はヒロインをきゅっと胸に抱きしめた。


 小さなヒロイン。こんな小さな体で頑張ってくれて、今までありがとう。何度かかばうのが間に合わないことがあってごめんね。


 しばらくただ静かに抱きしめて、そっと体を離したら、ヒロインの目尻と鼻が真っ赤になっていた。今にも泣き出しそうなのに必死にこらえている。

 悪いことをしちゃったかなと焦っていると、涙をこらえながら笑ってくれた。


「さようなら、勇者さま」

 そう言って、ヒロインは小さく鼻をすすった。


「では勇者。あなたの最後の出陣前に、怪我をきれいに治しておきましょう」

 ヒロインが離れていくと、僧侶が手を伸ばしてきた。


「どこもなんともないよ?」

「念には念をですよ」

 優しく微笑みながら私の頬にそっと触れる。回復魔法は直接触る必要はないのに。

 ……そっか、最後だからサービスしてくれているんだ。


「……えへへ」

 ダメだ、顔がにやけちゃう。恥ずかしい。


「変な顔しているでしょ、私」

「いいえ、凛々しい顔をしていますよ」

 絶対に頬が緩んでいるのにそう言ってくれる。私は勇者だからいいけど、凛々しいなんて普通は女の子に向かって使う言葉じゃないよ、僧侶。


「僧侶のこともずっと覚えているからね」

 思い出アルバムには載らない、一緒に過ごした日々の中でしか見られなかった僧侶の顔も声も、全部忘れない。


 僧侶が手を離して身を引くと、待ってましたとばかりに戦士が私の肩を抱いてきた。


「おい勇者。なにか俺にしかできないことで、俺に頼みたいことはないのかよ」

 少しふてくされている戦士。私が元々は女の子で、僧侶のことをずっと好きだったと知ってから、時々不満そうにしていた。だからって、この姿で戦士のことも好きだよって言われても困るだけでしょう。


「今は特にないかな」

「なんだよ、つまんねえ」

「戦士には戦闘でいっぱい頑張ってもらったからね」

 ここぞという時は真っ先に体を張ってくれた戦士。その背中がいつも頼もしかったよ。


「戦士が元気でいてくれるのが一番だよ」

「本当になにもないのか?」

「戦士のことはね、男同士だったらいい親友になれただろうなって思ってるよ」

「……ちぇっ!」

 笑いながら言うと、舌打ちした戦士に呼吸が止まりそうなほど強く背中を叩かれた。……だから、痛いってば。


「——おーい、いつでもいいぞう」

 準備ができた魔法使いが声をかけてきた。


 私はもう一度、三人の顔を見る。

 帰還の時になにが起こるかわからないから、広間には転生者だけになるように、三人や魔法使いには入らないようにお願いしてある。だからみんなとはここまで。


 でも、お別れの言葉が出てこない。


「よかったら、最後まで見ていってね」

 代わりに三人の手を順番に握りながら、アイドルっぽくお願いしてみた。


「はい! 勇者さまが歌う姿、ずっと楽しみにしていました!」

「期待してるぜ」

「最後まで見届けさせてもらいます」


 三人は笑顔で応えてくれた。

 私も笑顔のまま、三人に背を向けた。

 バイバイ、この世界の大切な人たち。


 私が広間に入り、一角にある壇上に上がると、みんなが歓声を上げた。

 獣の咆哮のような轟きが私の体を芯まで振るわせる。ここはアイドル時代の私の戦場。全部、全部懐かしい。


 私はマイク代わりの小さな杖を口元まで運んだ。

「みんなお待たせ。これから私の歌でみんなを――……」

 帰しますと言おうとみんなの顔をぐるりと見回したところで、言葉が途切れた。


 ……あ……。


 一瞬、目の前が真っ白になる。


「きらら?」

 最前列中央に座っているプロデューサーの声で我に返った。


 いけない。私、ぼうっとしていたかも。

 不思議そうな顔をしているプロデューサーに首を振って、もう一度、広間に集まっている人たちを見回した。


 ……そっか、私の歌が必要って、そういうことだったんだ。


 みんなが私が歌うのを待っている。元の世界に帰る瞬間を待っている。

 大丈夫。私がみんなを帰してあげる。


「――勇者きららの最初で最後のコンサート、行きます!」


 私が叫ぶと、みんなも大きく応えてくれた。


 ドームコンサートでのセトリの通りに歌っていく。

 久しぶりなのに歌える。けっこう覚えているものね。

 声は低くなっちゃったけど、腹筋もあるからかな、毎日歌っていた頃よりも素直に伸びて自分でも気持ちいい。バンドメンバーがいないからアカペラだけど、精一杯歌うよ。


 探り探り歌っていて、何曲目かの時。

 すぐそこにいたモンスターの人が消えた瞬間に気がついた。


 帰れたのかな? 時々、あちらこちらでキラキラしているように見えたのはみんなが帰っていったところだったのかも。この方法でちゃんとみんなを帰せるんだ。

 私は歌う。最後までみんなのために歌うよ……!


 広間から少しずつ転生者が消えていく。みんなが帰っていく様子に力づけられて、私の歌声はより力強くなっていくの。


「……それでは、次が最後の曲になります」

 残っている転生者はもう、目の前のプロデューサーを含めて残り少ない。この歌が終わった時には帰還の儀式が終わり、みんな帰っているんだね。


 最後の歌を歌い始めると、急にプロデューサーがきょろきょろし始めた。

 そして、焦った顔で私の方を見た。

「——きらら!」

 プロデューサーが切羽詰まった顔で私を呼ぶ。


 もしかして……気がついた?


 そうよ。みんな、私の歌声を聴いて帰っていく。……だから、この方法だと、最後まで歌い続ける私は帰れないの。


 プロデューサーは立ち上がりかけて、私の所に来ようか迷う様子を見せている。


 でも、そこで聴いていてね。私の最後の歌を聴いていって。あなたが育てた作品の最後の姿を見届けていって。

 帰ったら、今度は私以上のアイドルを育ててね。全国ドームツアーや、世界ツアーも盛り上がるくらいのビッグアイドルを。プロデューサーならきっとできるよ。

 この日が来たら、寂しくてきっと泣いちゃうと思っていたけど……不思議ね、私今、嬉しくて仕方がないの。きっと、過去最高の笑顔ができてるよ。


「今までお世話になりました、プロデューサー。……元気でね」

「きらら!!」

「――バイバイ……!」


 そして最後の一節を歌い終えると、最後の一人になっていたプロデューサーの姿が一瞬輝いて、消えた。


 静かになった広間には私だけ。


 これでみんな帰れたね、よかった。……もう、ふらふら。


「勇者!」

 足の力が抜けてステージに倒れ込むと、出入り口からずっと見ていた三人が私に駆け寄ってきた。


「勇者どの、回復しましょう」

「……ううん、いいの」

 僧侶が手を近づけてきたけど断った。

 久しぶりの疲労感に浸っていたいの。もう二度と、この感覚は味わえないから。


「大丈夫ですか、勇者さま」

 ヒロインが心配そうに私の顔を覗き込む。


 平気だよと言おうとしたけど、体調のことを言っているんじゃないって気がついた。

 私だけが帰れないことに気がついて心配してくれているんだ。帰るためにここまでやってきたのに、帰ることのできない私を。


「大丈夫だよ」

 私は笑って見せた。

 三人はまだ心配そうな顔をしているけど、やせ我慢じゃないよ。本当に大丈夫。

 だって、みんながここにいてくれるから。


 ……ああ、さっき最後のお別れしたはずなのにこうして三人と顔を合わせているの、ちょっと恥ずかしいな。

「私……まだここにいることになっちゃったけど、これからも一緒にいてくれる……?」


「もちろんです!」

「なにを遠慮しているんですか」

「俺たち、ずっと仲間だろ……?」

 三人はふらふらと上げた私の手を同時に握ってくれた。

 イタタタ。戦士は本当に力強すぎ。


 アイドルだった時はソロ活動ばかりだったけど、仲間っていいものね。みんなが一緒にいてくれるなら私は大丈夫。この世界で楽しく生きていける。

 これからもよろしくね、みんな。

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