私以外にもいた転生者
旅立ちの前の夜。
泊まっている宿に婚約者が訪ねてきたって。
あれ? こんなイベントはないはずだけど。なんだろう、ゲームの世界に現実から私が入り込んでるから色々変更があるのかな。そもそもセリフも好き勝手喋ってるしね。そのせいでズレてくるイベントもあるのかも。
「大事の前の晩だというのに、無理を言ってもうしわけありません」
部屋に通して椅子を勧めたけど、婚約者の令嬢は立ったまま。
令嬢も王様みたいに普通に私に話しかけてくるのね。ゲーム的に勇者は勇者として認識されてるのかな。それとも、ろうそくだけの部屋じゃ暗くて顔がよく見えないせいかな。
令嬢と勇者は、彼女の父親である領主が決めた許嫁の仲。勇者がいずれ世界を救うと聞いて、その名誉が欲しくて領主がムリやり決めたの。
彼女の父親は一地方の領主だけど、領民に重税を課して苦しめているの。その上、盗賊を抱え込んで、領内を行き来する旅人を襲わせてその財産を奪うなんてことまでしてる。王さまからは盗賊をなんとかするように言いつけられているけど、手を組んでいるからさっぱり盗賊は退治されない。サブイベントで盗賊退治をして、盗賊と領主のつながりの証拠を王さまに届ければ、領主は処罰されて、令嬢と勇者の愛のない婚約も解消されるんだけど。
令嬢は父親のせいで彼女まで評判が悪くて、その領地がはじまりの町の近くだから、勇者さまはあんな婚約者を持ってかわいそうに……なんて話を序盤に町の人に聞かされたりするけど、実際には令嬢は父の行いをたしなめようとしているんだけど、鞭で叩かれたりして虐げられているのね。そんな彼女が心から愛している人は、彼女が本当は優しいことを知っている、領主の館に仕える執事の息子さん。盗賊討伐の合間のイベントで見られる二人のやり取りは、これがもう泣けるんだ……。父親から晴れて自由の身になった彼女は本当に好きな人と結婚できることになるから、勇者を攻略するためじゃなくて、令嬢を領主から解放して幸せにしてあげたいって気持ちになるの。
令嬢に関しても時間制限があって、盗賊討伐の依頼を受けても盗賊を放っておくと、令嬢と恋人が手を取りあって湖に身を投げちゃうのよね……。これでも婚約が解消されたことにはなるから、その後のイベントをこなせば勇者を攻略することはできるけど、後味は悪くなるよね。
……ちょっと待って。他人事みたいに盗賊イベントのこと考えていたけど、令嬢って勇者の婚約者だけど、今は私が勇者だから、私の婚約者になる……?
待って待って! 女の子とだなんて、私、困るから!
今さらこの状況に焦ってきちゃった。ゲームにはなかったこの展開、この令嬢はなにしに来たんだろ。
「今言うべきことではないとわかってはいます。ですが、顔を合わせられるうちにお願いしたいことがありまして」
「なんでしょう」
ドキドキする。恋人がいるから、変なことは言い出さないと思うけど……。
「どうか……どうか、私との婚約を解消していただけないでしょうか」
ええーっ? すごいびっくり!冒険前に婚約破棄の申し出だなんて。
こんなことを大事の前に伝えられたら、男の人ならやる気が削られそうだけど……私、女の子だからね。ぜんぜん問題ないよ。むしろホッとしたわ。
「かまいませんよ。いつ帰ってくるか、生きて帰ってくるかもわからない男を待つのもつらいでしょう。あなたの望み通りに婚約を解消しましょう」
喜んでいるのが態度に出ないように、意識して静かな声で言ってみると、令嬢もホッとしたみたい。
「ありがとうございます」
令嬢の声が少しだけ明るくなって、頭を下げてくれた。
これで女の子相手のフラグは一つ消えるね。やった。
これで婚約解消だけど、一応、冒険先で領主の不正の証拠探しはした方がいいかな? そこまでしないと、やっぱり令嬢と恋人との障害は残ったままになっちゃうよね。
「本来の愛し合う相手と結ばれるにはあなたのお父さまが大きな障害となるでしょう。ですが、どうぞあなたの愛を貫いてください。俺はあなたの幸せを祈っています」
一応、それなりの付き合いはあった仲として、応援の言葉を送っておこう。
と考えてたら、令嬢が勢いよく顔を上げて驚いた顔をしてる? どうしたんだろ。
「好きな人って……」
「あなたのお父さまが決めただけの俺より、あなたには本当に愛している男性がいるでしょう?」
「……まさか」
令嬢が驚いた顔のまま震え出してる。あれ?
「本当に愛している相手……って、あの男の態度はそういうことなのか? そんな……俺、男となんて結婚したくない……っ」
令嬢はこんな話し方しないはずだけど……まさか。
「あなたもしかして、異世界から人……だったりする?」
おそるおそる聞いてみたら、令嬢がハッと息を呑んだのがわかったわ。
この反応は当たりかな。
「もしそうなら、私、アイドルやってる空野きららって言うんだけど、知って……」
「——本当? 本当に君、きららちゃん!?」
令嬢が私の言葉に食いついてきた。私のことを知ってるみたい。ということはやっぱり、現実から来た人なんだ。……というか、中身は男の人っぽい?
「俺、きららちゃんの大ファンなんだ。ドームコンサートも行ったよ! すごかったね、きららちゃん、ソロなのに一人であんな大きな会場で暴れまわっててすごかったよね! 元気いっぱいだったよね! 輝いてたね! もーむちゃくちゃ可愛かったね!?」
「あ、ありがとう……」
すごい弾丸トーク……。目の前で熱いトークしてくれるのは嬉しいけど、こんな状況じゃなくて、アイドルしてる時に聞きたかったな。
なんだかもう、ついこのあいだだったはずのドームコンサートが、遠い昔みたいに感じる。
「俺、アリーナ席にいたんだけど、きららちゃん、俺の方見てくれたよね!? 俺、めっちゃ飛び跳ねてアピールしてたんだよ!? めっちゃ見てくれたよね!!」
う、ううん……、ステージから見ると観客席は暗いし、みんな豆粒だから一人一人の顔とか見えないし、マサイ族してる人はあっちこっちにいるから、あれが俺だったんだよって言われても……。
「きららちゃんと同じ世界にいるなんて幸せだ……。俺……、きららちゃんが相手なら、このまま結婚してもかまいません……!」
——ええっ!?
「い、いえ! 私はかまうから!」
「もしなんだったら、今晩このまま、夫婦の契りを! 今のきららちゃんになら、後ろの操も捧げます!」
キャー! この人、なに言っちゃってるの!?
「明日のためにゆっくり休まないといけないから!」
「一回だけなら」
「ダメダメダメ!」
女の子同士でなんて……ってあれ? 体でも心でも一応異性の関係になるわね……って、違う違う! 逆なんだってば! 初めてが男の人の姿でとか、たとえ夢の中だとしてもお断りだってばー!
「もう今日は帰って? 私、明日は朝早くに出発だし、女性がこんな時間に訪ねてくるなんて、これ以上は令嬢としてのあなたに悪い噂が立ってしまうわ」
「なんだか俺……がなってるこの女の人、すでに悪く言われまくっているみたいなんで、今更かと」
この人、令嬢キャラのことを知らないのね。そうね、乙女ゲーだから男の人はこのゲームのこと知らないよね。もしかしたら、ここがゲームの中の世界だとも気がついてないのかも。
ただでさえ大変なキャラになっちゃってるし、これ以上悩みを増やさないように、余計なことは言わないでおこう。
「悪徳領主の娘として悪く言われるのと、女性として悪く言われるのは別だから」
「そうですか?」
「そうよ」
「わかりました。今晩はおとなしく帰ります。——でも! 今度はきららちゃんから俺に会いに来てね。俺ときららちゃんはフィアンセなんだから! ね!」
婚約しているのはあなたと私じゃなくて、令嬢と勇者なのよ……。……ん? でも、この場合はやっぱり私たちが婚約していることになるの……?
あの人、来た時とは打って変わってすっごく元気になって侍女と一緒に帰って行っちゃった。
あんな調子になった令嬢を見たら、恋人はどう思うかな。うーん……、その辺はあの人に頑張ってもらおう。私もやらなきゃいけないことがあるし。盗賊討伐からの婚約解消も絶対にしないとね。それであの人が諦めてくれるかはわからないけど。
それにしても、私以外にもこの世界に来てる人がいるのね。びっくりした。
さっきのファンの人以外にもいたりするのかな。……まさかね。