この世界の真実
元の世界では経験がないほど固いベッドでの一夜を超えて。
とうとう来ちゃった、王さまの前。緊張するよー。
王さまの後ろには、きれいな王女さまが控えている。……この王女さまにも見覚えがあるような……?
「勇者よ。魔王を倒し、世界を救ってくれ」
王さまは私に普通に話しかけてくるけど、消えちゃった勇者さんとは別人だってわからないのかな。王さまと勇者さんは会ったことがなかったのかしら。それとも、遠すぎて顔が見えない?
王さまから、今回の魔王討伐のために志願してきたパーティメンバーを紹介された。
メンバーは私を召喚した魔法使いのおじいさんに、戦士に僧侶に……薬師の村娘?
「——あああ!!」
気がついた瞬間、大きな声が出ちゃった。
「どうした、勇者よ」
「い……いや、なんでもない。続けてください」
頭の中がグルグルする。もう、王さまの話が耳に入ってこない。
ようやくわかった。ここは異世界じゃなくて、ゲームの中の世界だわ!
『かつてないトキメク冒険を乙女たちへ』というキャッチフレーズで、半年前に販売されたRPGをベースにした乙女ゲーの世界なの。携帯ゲーム機で遊べて、私も楽屋や移動中に遊んでいたわ。普通に遊ぶとRPGなんだけど、サブイベントを拾っていくとパーティメンバー内で乙女ゲーの展開が見られるの。立ち絵の表情差分が豊富で、イベントスチルもいっぱい。思い出アルバムを埋めていくのが楽しかったなあ。
そっかあ、ここはあのゲームの中なのかあ。……だったら、召喚されるならヒロインとして召帰されたかったなあ。どうしてこんなマッチョな体に……。
ああでも、ヒロインだと現実に戻れるまで生き残るのも厳しいかも。
このゲームのヒロインである薬師の娘はものすごーく弱い。恋愛アドベンチャーだったら、ストーリー上は弱くて守られる立場でもアリかもしれないけど、これはRPG。戦闘が基本なのに、ヒロインは優先的に防具を揃えて後列に配置していても、ちょっと攻撃が飛んでくるとすぐにステータス欄が危険信号に染まるぐらい弱い。バックアタックされると一発で倒れるぐらい弱いのよ。
どうしてそんなに弱いヒロインが勇者パーティに入っているのかと言うと、お母さんの病気を治すためにお金が必要で、王さまからご褒美をもらうために志願したの。
あれ? 薬師なんだから、自分でお母さんを治せばいいんじゃないの?
……ああそうだ、ヒロインのスキルじゃ低くてお母さんの病気を治せないから、高級な薬を買うお金が必要なんだっけ。クリアまでに薬師スキルをレベルマックスにした上で誰か攻略キャラとのエンディングを迎えると、冒険中に上達したヒロイン自身のスキルでお母さんを治すことができましたってお話になるけど。
ちなみに、勇者以外のキャラは複数同時攻略ができて、逆ハーエンディングもあるけど、そうすると、薬師スキルをレベルマックスにしてもエンディングでお母さんは死んじゃうの。……そこは、みんな幸せになって大団円になるべきじゃなかったのかなあ……。
弱いながらもヒロインにしかないオートスキルがあって、便利と言えば便利なのよね。フィールドや森を歩き回っていると、薬師のスキルでポーチの中の回復アイテムが増えていくの。……まあ、アイテム稼ぎ中に出てくるモンスターにバックアタックされて、教会での蘇生費用の方が高くついたなんてこともよくあるけど。
一方、私がなってしまった勇者というキャラは、このゲームの最難関攻略キャラなの。
発売前の情報では前面に押し出されていて、パッケージでも一番大きく描かれたどう見てもメインヒーローなのに、いざ発売されてみたら評判の悪い婚約者がいるわ、ぜんぜん攻略できないわで、詐欺だって開発陣のSNSが燃えに燃え上がったのよね。
勇者を攻略できたって報告が出てきたのは、発売から一ヶ月近く経ってから。
他の攻略キャラは関連イベントをいくつか見つけられればすぐにルートに入れるのに、勇者は中盤に隠されている婚約破棄イベントを発生させないとまずいけないの。RPGだからストーリーの進行のままに先の町へ進ませたくなるのに、ちょくちょく前の町に戻ってイベントをチェックしないと勇者ルートに入れないのが、長い間勇者詐欺って言われてた原因だったのよね。
その後になって、このイベント全部こなせば勇者を攻略できるよって攻略をまとめてくれたありがたーい人もいたけど、他の攻略キャラと比べるとあまりに数が多くて、余計なのがあるんじゃないかともコメントで言われてた。でも、手間がかかるから検証した人はいないのよね。イベント一つ外して、それでも攻略できるか一周して。次は他のイベント外してまた一周して……なんて、考えただけで気が遠くなるもんね。私もちょっとやりたくないかな。
しかも、けっこう最近になって、一周目と二周目以降じゃエンディングが違うこともわかって、レベル引き継ぎなしで勇者ルートなんかムリなのに一周目限定イベントを見るなんてムリだって言われてた。できた人がいるから違うことがわかったんだと思うんだけど。
私は、そもそも勇者を攻略できていない。チェックポイントが多すぎて、学校や仕事の合間に攻略を見ながらやっても失敗してから永久に後回しになってるの。いつかは攻略したいと思ってるけどね。絵がきれいだからスチルは埋めたいのよ。
制作者はどうしてこんなにこのゲームを難しくしたんだろう。Sなのかな。
なんとか勇者を攻略したくてしょっちゅうスマホでゲームの攻略をチェックしてて、プロデューサーにSNSは禁止だって怒られてたっけ。攻略見てただけだってば。
……ああ、プロデューサー、元気かなあ……。というか、現実の世界では私はどうなっているんだろう。
わからないんだから考えても仕方ないか……。
ゲームの内容をいろいろと思い出してたら、いつのまにか王さまのお話が終わってた。
ぜんぜん聞いてなかった……。
でも、これから私がどんなことをしなきゃいけないか予習……というか復習? するのは大切よね、うん。
王さまがいなくなった後、私の目の前まで王女さまが下りてきた。
「勇者さま。あなた様とお仲間の旅のご無事をお祈りしています」
優しく微笑みながら、王女さま個人として祈りの言葉をくれる。
目の前にすると、この王女さま本当にきれいだなあ……。清楚で優しくて、聖女さまって感じ。というか、王女さまは光の女神に仕える巫女でもあるから、本物の聖女さまだね。
お祈りしていますって言われたけど、冒険中にたまにお城まで戻ると、本当にいつも女神像の前でお祈りしているのよね。ゲームとはいえ、いつ休んでるのか心配になっちゃうぐらい熱心に無事をお祈りしてくれるの。
王女さまは、攻略キャラの誰とも好感度を上げないと最後に故郷に帰るヒロインを見送ってくれるの。友情エンディングみたいなものかな。
それともう一つ、王女さまに関する大きなイベントとしては、お金やアイテム欲しさに町の中でタンスや樽を漁る回数が一定回数を超えるたびに王女さまが魔王の手下に拐われて、制限時間までに閉じ込められている場所が発見できないと、魔王が王女さまの秘めた力を吸収して強大になって人類は太刀打ちできなくなりましたって、バッドエンドになっちゃうの。
隠しアイテムを回収しなければいいんだけど、すごく便利なアイテムが隠されていたり、実績にアイテム回収率も載ってたりして、コンプ欲があると王女さまの誘拐イベントは避けて通れないのよね。
王女さまは小さな布袋をそっと私に差し出してきた。
「こちらは女神の加護を受けたお守りです。どうぞお持ちになってください」
中身はお守りの石が入っているけど、袋は王女さまが縫ったものなのよね。
こんな優しい王女さまが魔王の餌食になるなんてとんでもない! 絶対に阻止しないとね!
「王女さま、必ずお守りしますからね!」
「え、ええ……?」
しまった。王女さまが戸惑ってる。今までの流れから、どうしたら勇者が王女さまをお守りすることになるのかって話になっちゃうよね。いけないけない。
「お守りします、この国を……この世界の人々を、守ってみせます。必ずや、魔王を倒してみせましょう!」
「はい。お願いします、勇者さま」
なんとか誤魔化したら、王女さまが嬉しそうに笑ってくれた!
この先なにが起こるかわかっていることは、うっかり人前で口を滑らせないように気をつけないとね。