土壇場
企画倒れしてしまった『プロットを参加者同士で交換する』というイベント参加用に作ったヤツを自分で書いたよ。
金曜日までになんとか完結させたい。
スマホに目を向けと、内臓のGPSは私が指定した場所に歩きついたと伝えた。
ここが私の往生場。恐怖はない。でも安らいでもいない。不思議と脈拍が上がっているが慣れない道を歩いて高鳴っているだけだと思いたかった。
自動ドアが笛のような音を立てて開く。オートロックのエントランスは大理石の鏡張りだろうか。
ありがちな丸型カメラを横目にしつつ、私はメールされていた部屋番号をパネルに打ち込んだ。番号の部屋ではチャイムが鳴ったはずだ。
今映っている映像は後に調べられるんだろうか。
それとも自殺と明確なからばそんなこともないのだろうかと気にはなるが、それまでだ。私が死んだあとのこと。最後の迷惑だと容赦頂きたい。
そんなことを考えていると、パネルの針の穴のようなスピーカーから男の人の声がした。
内心、変な人だったらどうしようかと思っていたが、それは不安を撫で癒してくれるような、とても優しい声。
この人と会うのは初めてでは、インターネットで何度か話をしただけだけど、一緒に死ぬにも良さそうだ。
あんなひどいことが有ったんだ、私は死ぬしかない。
もし怖い人だったとしても、死なせてくれるなら、どんな人でも構わないというのは正論だが、優しい人なら、その方が良いというのも人情ではないだろうか。
昇るエレベーターの中、私は今までの人生を振り返っていた。大して思い出したくも無いのに。
幸せだった幼い頃、優しい家族に囲まれていたのに、あんなことが有ったら死ぬしかない。
楽しかった学生時代、素敵な友達に包まれていたのに、あんなことが有ったら死ぬしかない。
輝いていた新社会人時代、充実した生活に同僚にも恵まれていたのに、あんなことが有ったら死ぬしかない。
人生最後のエレベーターは、静音タイプのスイス製。いっそこのまま壊れて落ちて私の棺にでもならないかと思うのは勝手だが、無事に届くのは私の仕事とエレベーターは冷徹に扉を開けた。
それなら良いよと私が七階で降りれば、何も云わずに閉まるドア。ああやはり静音でよろしいこと。
「中田幹子さん、ですか?」
いきなりの呼び掛けではあったが、私は驚いていなかった。先ほど聞いた声。私は頭の中でスマホのメモを開いた。
「はい、中田です。あなたが……桑原さん?」
「ええ。桑原波仁と申します。はじめまして」
優しそうな声とは印象の違う人だった。
清潔感のあるカッターシャツにスラックス、整った目鼻立ち、それでいてほどよく適当な表情。
優しそうどころではない、優しさが迸っているような美形だった。
私は、もちろん不安になった。自分がまたなにか間違えているのではないかと。
「あの、桑原さん?」
「はいはい、なんでしょうか、中田さん?」
「私と、一緒に、死んでくれるんですよね?」
桑原さんが一瞬驚いたような目をしたので、やはり何かの間違いかと私のノミサイズの臓器は跳ねたが、すぐに桑原さんは、あの表情に戻った。
「ええ、もちろんです。私たちは集団自殺の同志です。一緒に死にましょう!」
こんな大きなマンションに住んで、カッコよくて、良さそうな人でも自殺する。ああ、なんだ、やっぱり大したことじゃあないんだ。




