再びインターミッション ~心の内、三者三様~
その日家に着いた後、オレは川原にメールを一通送った。明日、川原をある場所に誘うためだ。
19:41
【件名】明日
【本文】午前中時間あるか?
話したいことがある。
和泉
しかし相変わらず素っ気ないメールだなぁ、我ながら。
なんか余裕なさげだし。
そのせいでもないだろうが、いつもは数分で返ってくる川原のメールが今日に限ってなかなか返ってこない。
よくよく考えたら、川原自身を呼び出すのって、これが初めてなんじゃないか?
これまでは智也に川原が勝手について来てただけだし。
まさかそのせいで、オレにコクられるとか警戒してんじゃないだろうな。
あの自信過剰女ならあり得る。何かムカつく。
しびれを切らして先に風呂に入ろうかと思い始めたころ、やっと携帯が鳴った。
From:川原瑞季
20:06
【件名】Re:明日
【本文】別に構わないけど、話って何?
どこかで会って話すの?
川原
こうして見ると、こいつのメールもオレと大差ない素っ気なさだよな。
ていうか、『話って何?』と聞かれてメールで返せるくらいの用事なら、明日会う必要なくね? ちょっとは考えろ。
20:12
【件名】Re2:明日
【本文】要件は明日話す。
10:00に三好台公園で待ち合わせな。
和泉
送信ボタンを押して、携帯をベッドの上に投げ出す。
オレは明日、川原に今日あったことを話すつもりだった。
今日オレは、自分の釣り勝負に川原の希望の行方を賭けた。川原自身の承諾もなく。
そのことを知れば、きっと川原はオレを許さないだろう。
もともと家庭事情への詮索を嫌い、周囲を極端に拒絶してきた川原。最近は少しづつ雪解けの気配が感じられるといっても、川原が抱える諸々の事情の核心に対してオレが無断で振り下ろした大鉈は、川原をきっと激怒させるに違いない。
きっと明日が、オレと川原の決定的な訣別の日になる。
それでも、オレがやるべきことは変わらないけどな。
父さんの言う通り、オレは新海さんとの勝負に中途半端な態度で臨むことは許されない。それはきっと、新海さんへの裏切りであると共に、川原への裏切りだから。
克之のやつ、風呂にも入らないで何自分の部屋でゴソゴソやってんだ?
大方、瑞季ちゃんとメールのやり取りってトコか。
……それにしても、今日の克之にはビックリしたよ。
先週と同じ場所に連れてけって言い出した時から、瑞季ちゃん絡みの話だと予想はしてたけど、まさかお父さんの素性を探り出した挙げ句に、釣り勝負まで申し込むとはなぁ。
女の子と関わるのをあれほど嫌がってたのに、今回は随分と前のめりなこった。
別れ際、瑞季ちゃんのお父さんに「克之君には、勝負が終わるまで内緒にして下さい」って前置きつきで打ち明けられた事がある。
「克之君との勝負が終わったら、結果に関係なく別れた妻に連絡を取ります。瑞季と智也に会わせてもらえるよう頼むために」
その彼の言葉、特に意外ではなかったけどな。
結局もうすでに、お前のがむしゃらな熱意がお父さんに決意させちまったんだ、克之。悩んでいる娘に、どうしても会いに行かなきゃならないってな。
「それでも勝負自体はするんですね?」
そんな彼の様子を見てたら、思わず意地の悪い質問をしちまった。悪いクセだね、オレも。
「若者が必死に足掻くところを見たくなっちゃいましてね。それに、克之君なら案外本当に私を負かしてくれるかも知れませんよ」
まるで子供みたいに無邪気な顔で、瑞季ちゃんのお父さんそう言ってたぜ。
克之、お前きっと勝負の日に瑞季ちゃんのお父さんに試される。
自分の娘に相応しい男かどうかってな。
何、このメール?
時間と待ち合わせ場所しか書いてない。女の子相手にこんな事務連絡みたいなメール送るかなぁ、ふつう。
あいつって最初からそうだった。
授業中にメモ渡して来た時も、中身は百パーセント用件だけ。
バカなの? って思った。いやいや、絵とか描いてあったら、それはそれでキモいんだけど……。
学校でも相変わらず声をかけてこない。
人が作ったお弁当食べても「うまいな」しか言わない。たった四文字。朝四時に起きて作った私の苦労を返せ!
あ、でもタラコのオニギリは失敗しちゃったな……。でも、そ、そんな大したコトじゃないじゃん! あんなにのたうち回って大袈裟だよ!
それにしても、最近の私、何か変だ。
気づくといつもあいつのコト考えてる。
ああー、何でよ! 何であいつのコトがこんなに気になるの!?
まさか私、あいつのコト……。
……いやいやいやいや、ないない! それはない!
気になるのはきっと、智也のコト相談とかしたからだよ。それだけだよ。
それは確かに、あいつは他のみんなと違うトコはあるけれど。素っ気ないトコが、逆にホッとできるとか。
最初にお父さんがいないって打ち明けた時も、あいつはそれ以上何も聞かなかった。先週、利根川に行った時も、あのおじさんに会ってテンパッてた私の隣に黙って座っててくれた。
あの時、私すごく安心した。
一人きりになりたいって思っても、いざ本当に一人きりになるとすごく怖い時があるから。
他のみんなは、向こうから近づいて来ても、質問して来るのは私が話したくないコトばかり。
でもあいつはまったく逆だ。気づくと傍にいて、私が聞いて欲しいコトを黙って聞いてくれる。
だから、あいつにはつい色んなコト話しちゃう。
あいつの前だと色んなコトがこらえられなくなっちゃう。
そ、そう言えば私、この前あいつの前で泣いちゃった! ていうか、あいつに抱きついて泣いちゃった!!!
……あいつ、まさか勘違いしてないよね? そんなんじゃないんだからね? 絶対違うんだからね!!!
それから、相沢さんと話すきっかけをくれたのもあいつ。周りの人を、頭から疑って避けてるだけじゃダメだって。
ちょっと癪だけど、あいつには私の心の中を見透かされてる気がする。それがあながちイヤじゃないのが、またちょっと癪だ。
だけど多分、あいつのコトが気になる一番の理由は、先週私に自分の秘密を話してくれた事だ。
それがすごく嬉しかった。あの素っ気ない朴念仁が、自分の秘密を打ち明けてくれたコトが。
……それにしても、あいつってお母さんがいなかったんだ。
お父さんと二人暮らしなの?
もしそうなら、あいつの家って誰が食事を 作ってるんだろう?
あれ? そう言えばあいつ兄弟とかは?
……私、自分のコトを一方的に愚痴るばっかりで、あいつのコト何も知らないや。
もっとあいつのコト知りたい。
もっとあいつと話したい。
もっとあいつと一緒にいたい。
もっと、もっと、もっと……。
ああ、ダメだ。やっぱりあいつのコトが頭から離れない。
……メールに書いてあった、明日話したいコトって一体何だろ?
一昨日「今週は釣り行かないの?」ってメールしたら「そんな毎週行ってられるか」って返って来た。
そうだよね。あいつだって勉強とか忙しいだろうし。
でも何でだろう。今日もあいつ、やっぱり釣りに行ったような気がする。どうしてってわけじゃないけど。
さっきからすごい胸騒ぎがする。
明日あいつの話を聞いたら、何かが大きく変わっちゃうような気がして。
20:24
【件名】分かった
【本文】また明日。
川原
たったこれだけのメールを送る勇気がない。
でも、送らないわけにはいかないよね。
……送信。
こんなにあいつに会いたいのに、こんなにあいつの声が聞きたいのに、こんなに明日が待ち遠しいのに、なのに……。
……明日、あいつに会うのがこわい。