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 一週間後、僕はまた彼女と自動販売機の前にいた。やはり僕の右手にはおしるこが握られており、彼女はコーヒーを飲んでいた。

 百三十円の重さを包み込むと、自然と頬が緩んでくるのを感じる。金平糖のように小さな幸せを密かに楽しむ。噛み締めてしまえば一瞬で消えてしまうだろうから、優しく、舌の上で転がすように。

 何度か教室移動の際に彼女を教室で見かけることはある。しかし教室の入り口に分厚く透明な壁があるように思えて、その中に忍び込もうとは思えなかった。それに、教室の中の彼女はいつもクラスの女子達と一緒にいた。友達以上の者だからこその冗談が飛び交い、この自動販売機の前以上に彼女は幼く見えた。

 隣で真っ黒な缶を傾ける彼女が眉をひそめる。

「しっかし、君は甘党君ですねー、それとも甘々君?」

 よく分からない評価が飛んでくる。コーヒーに関しては砂糖やミルクを入れても飲めないのだから仕方がない。

「君と一緒、ご褒美だよ。ただし苦いのが駄目なので甘いこいつで」

 僕の上ずった声に、またいつもの林檎ゼリーのように透明な微笑みが浮かぶ。ずっと見ていてはこちらが溶けてしまいそうな気がして、慌てて目をそらした。もう一口おしるこを飲み込む。週に一回買っているはずのそれは、いつより甘く感じられた。嘘みたいにほわほわとした虚構の恋愛ドラマのようだ。

 ――嘘のように? 虚構の?

 そこで僕は、初めて気がつく。大勢の人の前で鍛えられた、舞台での表情――彼女が今まさに浮かべているそれは、そんな笑顔だった。

 華やかで、汚れを知らない子供のようで、僕を惹きつけて。

 違和感の理由は、これだったのだ。

 ……ひょっとして、全部僕に合わせてくれているのか?

 しばらく黙りこんでから、あのさ、と恐る恐る口を開いた。缶を近くのゴミ箱に捨てようとしていた彼女と目が合う。真っ黒な瞳は、見つめていると吸い込まれそうだった。僕の乾いた唇が、言葉を刻む。

「なんか、無理してない?」

 彼女の動きが、止まった。

 しかしそれはまばたきくらい一瞬のことだった。すぐに笑顔が形作られ、そうかな、とぎこちないながらも返事が来る。まるで手品を見せられているかのようだった。雰囲気に押し潰されながら、声を出す。

「いや、コーヒーを飲む君と、教室で友達と話す君と、それから僕とおしゃべりをする君が別人のように思えて……さ」

 風が彼女の髪を揺らすのを止めた。

 最後は声がかすれて、僕ですら分からないくらいだった。彼女の黒い瞳孔が再び固まる。そして――ふっと、彼女の力が抜けた。

 気を失ったわけでも、肩を落としたわけでもなかった。ただ、深い息をひとつついて目を閉じただけだった。だが、その瞬間から、彼女の内に固まっていた何かが風化するように剥がれていくのを感じた。

 再び風が吹き出す。床に溜まっていた落ち葉が外に追い出されていく。彼女から輝くような、太陽のようなオーラが霧散する。

「……え」

 後に残ったのは日陰に咲く花の、おとなしげな微笑だけだった。

 君は――誰だ?

 彼女の唇が、小さく動いた。君になら。そう読み取れた。

 一度小さく口を開き、言葉に出そうとしたその瞬間、固まった。校舎の入り口の方を見たまま、まばたきすら止まる。つられて視線を数度だけ上げると、そこにいたのは教室で彼女がいつも仲良さげに話していた例の女子たちだった。

 あ、と彼女は、いつも親しくしている友達に向けるようなものではないおびえた声を出す。一歩、横にずれて僕から離れる。一歩。もう一歩。まるで、他人同士の距離ように。

 女子たちは彼女に気がつかず、通り過ぎていった。はあ、と一つ息をつく。こちらに気がついて、慌てて口端を上げた。何でもない、と明らかな嘘を呟いた彼女の周りに、向日葵のような空気が少し場違いな秋の空に戻ってくる。

 その表情に、僕は何も言うことができずにスチール缶を傾けた。

 結局彼女は、その後一言も発しなかった。

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