藤原さん 6
藤原さん 6
「暑いー。」
「美智佳。うるさい。」
「なによー。暑いから暑いって言っただけよー。もー!夏って暑いからいや!」「夏だから暑いわけじゃないわよ。」
藤原は冷静に言うが、やはり暑いのか、もらったうちわで風を作りながら扇いでいる。
「確かに、南半球は夏でも寒いもんな。半そでのサンタがいるくらいだし。」
「汗でべたべたするしー。日焼けとかもいやー。虫もいるしー。」
「お前が失恋に付き合えって、花火大会に来たんだぞ!文句を言うな。」
「あーあ。今度は若い子じゃなくて、落ち着いたおじ様に恋をしたいなー。」
美智佳は全く話を聞いていないようだった。
「おい……。」
「あ、ステキな人。」
「美智佳……おまえなぁ。」
「あら、あの人。」
まさかの藤原が言う。
「え?知り合い?」
「ええ、高校時代の教頭先生。江崎先生!」
「お!藤原じゃないか!デートか?って聞いちゃいけないんだった。セクハラになるなー。元気か?」
体の大きな男性が浴衣姿でやってくる。
「ええ。こちら、同じ大学の矢口君と……。」
美智佳は目をキラキラさせて聞いた。
「美智佳です。先生、おひとり?」
「いや、学生何人かと見に来たんだけど、はぐれてしまって。」
「じゃあ、あたしが一緒に探してあげる!」
「おい、美智佳!」
「いいじゃない、またね。さ、行きましょ、先生。」
美智佳がさっさと腕をとると歩いて行ってしまった。
「おい。あいつ、いつか殺されるんじゃないか、あんなにほいほいついて行って。なに、考えてるんだ?」
「江崎先生なら平気よ。柔道顧問だし、彼女一人くらい守れるでしょ。」
「そうじゃなくて!つーか、先生だって人だろ?奥さんがいても男だし、美智佳に手を出さないとは限らないだろうが。」
「奥さんはいないけれど、心配なら、ついていけばいいのに。たぶん、美智佳さんよりあなたの方が先生の好みだわ。」
僕は、藤原のセリフが脳に染み込んでくるまでにちょっと時間がかかった。藤原は相変わらず、うちわを扇いでいる。
「もう一回、言ってくれ。」
「美智佳さんよりも、あなたのほうが江崎先生の好みだわ。」
「お、男が好きなのか?」
藤原は首を振った。
「そうじゃなくて。先生、人を鍛えるのが好きなの。男性でも女性でもマッチョな人が好きなのよ。たぶん、美智佳さんにも柔道の話をたっぷりしているわよ。あら、花火が。」
遠くで、ドーンと光と音が聞こえる。端っこの方に光が見える。
「会場までまだあるな。行こう。」
「そうね。」
僕は藤原と歩き出した。
「これぞ、新しい運命の出逢いだわとか言って、美智佳がマッチョになったら面白いかもな。似合わないけど。」
「先生のことだから、まずは、栄養学の授業から始めるわね。本気でやれば、本当に体が変わるわよ。」
「なんで、そんなに教頭のことに詳しいんだ?」
「友人の叔父さんなんだけど、彼女も細マッチョでね。いま、ジムのトレーニングの補佐として、働いているわ。筋肉強化の数値を効率的にあげる運動方法を研究するための調査の一環ですって。」
「すごいな、それ。」
「でしょ。家族全員、そうなのよ。お父さんはジムの経営、お母さんは栄養管理士でボディビルダー、で妹さんはマラソンをやっているようなことを聞いたことがある気がするわ。」
「生まれて運動音痴とかだったら悲劇だな。」
「運動が嫌なら、やめてもいいのよ。全ては自由よ。美智佳さんみたいに。」
「え?」
「いたぁ!もう!さっきからメールしてるのに!」
美智佳がカラカラ下駄を鳴らせて走ってくる。
「美智佳!先生はどうした?」
「学生さんたちと会えたから置いてきたわ。だって、腕の脂肪の取り方の説明なんか、聞きたくないもの!」
僕は藤原と顔を見合わせて、笑った。