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Johan_Straus(白茨スピンオフ)

作者: LIGHT



Johan_Straus










あまり、ものを食べるのがすきなほうではない。


というか、食の細いほうで好き嫌いもきついほうだったから、彼は選り好みできて保存のきく缶詰の類をよく好む。


大通りから一本裏に入ったマーケット、最近のお気に入りの帽子を被って機嫌が良いらしく、少年は鼻歌交じりに次々と


どぎつい色の缶詰をカートに放り込む。


カートを押すのは勿論、彼自身ではない。すこし背の高い、眼鏡をかけた彼の連れだ。


兄弟には見えない。男はやや東洋めいたエキゾチックな顔立ちをしていたし、少年はどう見ても生粋の白人。


けれど友人で通すには年の差がすこし開いている。


保護者と被保護者。


あえて言うのならそんなところだろう。



少年は上機嫌に、猫缶までカートに放り込む。


さすがに黙っていられなくなったのだろう。黙ってカートを押していた男は、半ば呆れて口を開いた。


「猫の缶詰まで食べるつもりですか」


少年は、今度はそのすぐ近くに陳列してあった、マウスの形をした猫の玩具に興味を惹かれている。


「違うよ。ここの裏に、猫の集会所があるんだ」


「あなた猫、好きでしたっけ」


少年は玩具を置いて、彼を振り返る。


「知らなかったのか?動物は、好きだよ」



他愛も無い会話。


他愛も無い。



店内にはこんなマーケットには少しそぐわない、クラシックのオルゴール曲が流れている。



会計に向かう。


紙幣を払うのは勿論、カートを押している男、レンだ。


どさりとカゴをレジに置くと、詰み過ぎた缶詰同士がすこし大きな音を立てた。


「あ」


そんなことはお構いなしで、少年は近くに積んであった花火をみつける。


「これも」


「……やりかた知ってるんですか」


すこし呆れながら、しょうがないな、という微笑を浮かべてレンはそれも一緒にカゴに入れる。


無愛想な店員がバーコードを打ち込み、お会計ご一緒ですか、と聞いたとき、レンは少年の異常に気づいた。



「……具合、悪いですか?」


答えはない。


ここではないどこか遠くをみつめる銀色の瞳から、すうっと涙の雫が落ちた。


「リラ=イヴ」


とりあえず肩を抱いて、店を出る。


なにか文句を言っていた店員からは、あとから品物を受け取ればいい。


冬にしては強い日差しの中、少年を連れ出すのは得策ではない気もしたが、なぜかあの場所に居させてはいけない気がした。



「あ……」


瞳はここではないどこかをみている。


なにかを言いかけた言葉は、きっとレンにむけてのものではない。


「な……んでもない。なんでも、ないんだ」


取り繕うように繰り返される言葉。


レンは、少年の顔を両手で包んで自身のほうへと向かせた。


「大丈夫ですか?僕が、わかりますか?」


とめどなく涙を落としていた目が自分に向けられる。


ほんの一瞬だけ顔が歪み、次の瞬間、少年はレンの手を跳ね除けていた。


「なんでもないんだ」



ごしごしと、両手の甲で涙を拭う。


「泣いてなんかない」


こちらが何も聞く前から少年はそう言い放ち、まだ赤い目をしたままでマーケットを、振り返る。


「光が、眩し過ぎましたか。香りが気に入らなかった?……それとも、音楽が?」


店内で少年が気になるものといえば、と思いつくままに言ってみると、案の定、音楽という言葉に少年は唇を噛んで俯いた。


こういうとき、まるで子供だと思う。



根負けしたように少年は、ふうっと息を吐いてレンをみあげた。



「別に、大した事じゃ無いんだ。……大したことじゃない。花火とメシを買って、帰りたかっただけなんだ」


「ええ」


「だけど」


だけど、流れていた曲はな。


呟いて、溜息をつく。


たいした事じゃない、ともう一度呟いてから。



「父さんが好きな曲だった。……それだけだ」














夕暮れ。


そう遠くない、拠点としているタワーまでの道のりをふたりは並んで歩く。


紙袋を抱えるのはレン。


火の点いた花火を持って歩くのは白い髪の少年。


花火にはまだ早い時間。


けれど言い出したら聞かないのだから、少年の好きにさせておいた。


「……レン」


シュウっという花火の合間に少年が呼びかける。


ライターのオイルがきれたのだろう。


生憎と彼は喫煙者ではない。持っていないと告げると、何故か「よかった」と少年は呟いた。


「たいしたことじゃない。けど、終わりのはっきりしないものは嫌いなんだ」


「そう。だから、花火がすきですか?」


「……そう、だな。うん。そうだな。花火は、好きだよ」


けれど隣に居て欲しいのはおまえじゃない。


ご丁寧にそう憎まれ口をくれて、少年はレンを追い越してゆく。


その手の淡い花火をみつめながら、なんとはなしに、レンは彼が探しているものが何であるのかわかってしまった。




火はすぐに消えて、燃え尽きた儚い紙の棒だけが少年の手には残った。



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