スカーレイン
「ようやく着いた……」
迷宮からマリオネへは、徒歩で10日ほどかかった。それも人形の脚で、だ。
昼も夜も関係なく進み、途中で立ち寄った店で服や外套などを買い漁りながら歩いた。
金については、悪いが最奥の部屋にあった財宝の一部を換金させてもらった。
この国の通貨は銅貨1枚で1G。100Gで銀貨1枚になり、10000Gで金貨1枚になる。
財宝の一部を換金し、服や外套を買ったあまりは、全部で4000G程度。元は10000Gだった。
馬車などの移動手段もあったが、何かの拍子に俺が人形だとばれては困るので、徒歩で来たのだ。
人形の体は確かに疲れを感じないが、精神的な疲れがある。
そろそろ落ち着いて寝たいものだ。
俺はでかい城壁を前に、さすが異世界という感慨に耽っていた。
この城壁を潜れば、マリオネの町だ。そこのスカーレインという鍛冶屋に、クラウスの娘であるヒメユキがいるらしい。
さっそく、俺は潜ろうと、門へと続く道の行列に並んだ。
城壁の中も当然ながらにでかい。
入口の門から三方に別れ、右手が宿場や飲食店街、正面が商業区、左手が工業区。
見て回りたい気もするが、先に娘に会いに行った方がいいだろう。クラウスが居なくなって……大体2か月か?
ちゃんと謝らないとな。俺の力不足と判断ミスで死なせたようなものだし。
俺は足を左へと向け、歩き出した。
途中、すれ違う人にスカーレインの場所を何度か尋ね、何とか辿り着くことに成功する。
しかし、通りに面した入り口は閉じられてしまっており、開店している様子ではない。
それでも一応ノックしてみるが、反応はない。
仕方なく、向かいに店を構える店主に訊き込む。
「すいません、向かいのスカーレインって、いつごろ開くんですか?」
「スカーレイン? あそこは一週間ほど前から閉まったままだよ。あそこはドワーフが店主で、従業員もまだ幼い少女一人っていう、ちょっと変わった店でね」
「ドワーフが変わっているんですか?」
「この国では、ね。アトリエ王国は芸術性の高いものを作るのが普通なんだけど、ドワーフは実用性重視で、この国とはあんまり相容れないんだ」
「なるほど……」
店主の話を聞きながら、俺は店内の商品を物色する。
ついでに店主を鑑定スキルで見てみるが、商人Lv10と出た。
「お客さん、この町は初めて?」
「ええ。今までずっと、山に籠っていたようなものでして……」
「へぇ。それなら安くするよ?」
店主の目が怪しく光った。気がした。
俺の思い違いなら良いんだが、まさか田舎者だと思って高めに設定したものを売りつけてくるんじゃないだろうな……?
まぁ、俺にはそんなものは効かない。鑑定スキルがあるおかげで、ある程度の価値はわかるのだ。
「このロングソードなんてどうだい? 今なら銀貨50枚でいいよ」
「……」
思わず声を失った。
こいつ、ぼったくりにも程があるだろ。しかも詐欺なんてものじゃない。素人どころの話じゃないし。
仕方ない。社会勉強として、いろいろと教えてやるか。
「……ロングソードなんてせいぜい銀貨5枚が定価だろうが。あげるにしても十倍はやり過ぎだ。せめて銀貨10枚だろうが。
そもそもお前の目は節穴か? 俺のこの腰に差している剣は何だっていうんだ。
騙すにしても、もうちょっと無表情を貫いたり視線を固定したりしろ。怪しさしか滲み出てねえ。
世間知らずだって高を括るのも良いけど、ちゃんと相手を見極めろよ。そんなのじゃ客が来なくなるぞ」
マシンガントークを残し、俺は店主に背を向ける。
こんな店で買い物なんかできるか。大人しくしてくれていりゃ、情報料じゃないけど何か買っていこうと思ったけど。
「向かいの店に用があるんだ。武器が欲しいならそこで買うさ。邪魔したな」
店主が後ろから声をかけてくるが無視。
この店の信用は、すでに俺の中でゼロだ。もうこの店絶対来ない。
まぁ、人形が武器を持つかっていわれると、微妙なところだが。使えないことはない。
俺は工業区の道に出るが、どこに行こうか考える。
このままスカーレインが開くのを待つか、待つにしても宿を取らなければ怪しまれるだろう。
だが、あまり無駄遣いもしたくない。俺の金は全部、クラウスのものであるべきだからだ。
その本人が死んだとなれば、財産は家族にあげるのが道理だろう。少なくとも、日本人の俺はそう考える。
こんな世界だ、どうせ死んだら早い者勝ちでもらっていくのかもしれないけど。
しかし、俺も約束してしまったしな。クラウスの娘を守るって。
死に際の約束だ。俺も命をかけて守らなければ。
スカーレインの前でうんうん唸っていると、その店の扉が開かれた。
俺は顔をあげて、扉から出てきた人物を見る。
少女だ。まだ幼い、小学生にもなるかどうかくらいに小さい。
一際目を引く赤い髪に、いっそ毒々しい濃い紫の瞳、服装は鍛冶屋らしいオーバーオール。両手には抱えるようにして、武器の詰まった箱を持っている。
髪の毛はツーサイドアップにされ、目には不機嫌そうな光を宿している。
「……何です?」
「えっ! い、いや……」
じろじろ見ていたのがばれたのか、不機嫌そうな目のまま、俺をジロリと睨んできた。
俺は慌てて少女から目を逸らしながら、頬を掻く。
この子がクラウスの娘の……ヒメユキ? だっけ?
確かに、クラウスの瞳の色は紫だった気がするが、髪は茶色だった。共通点があまりない。
それにクラウスは常時テンションの高いような奴だった。ここまで不機嫌な表情は見たことがないので、面影はないというか……。
少女はそのまま、工業区を抜けるように歩き出してしまう。
確認した方がいいのかもしれないが、あんな不機嫌オーラ振りまかれては話しかける勇気が必要だ。
……先に、知り合いだって方の店主に会っておくか。
俺は少女が出てきて、閉まってしまった扉を叩く。
だが、やはり返事はなく、諦めようかと思っていると、店の奥の方から何かを叩く音が響いてきた。
耳を澄まして訊いてみると、それはどうやら鉄を打つような音だ。
武器を作っているせいで、ノックの音が届いていないのだろうか?
だったら、裏に回ってみるか。
建物の間を縫って奥に移動してみると、奥に行くにつれて音も大きくなった。
奥に進むと、開いている窓があり、そこから中を覗くと小さくて髭のすごい生えたおっさんがかまどの前でハンマーを振り上げていた。
「すいませーん」
開いた窓から声をかけてみるが、反応がない。
「すいません!」
先ほどよりも大きめの声を出すが、やはり反応が返ってこない。
もう少し大きい声を出すか。
「すいませんッ!!」
「なんじゃい! 聞こえとるわ!!」
聞こえているなら返事をしろよな。
中の小さいおっさん、ドワーフだっけ? が、手元から目を離さずに返事をくれた。
「ここって、スカーレインですよね?」
「看板の文字も読めんのか、お前さんは」
読めますけど。人形の翻訳機能でね。
話せるのも聞き取れるのも翻訳機能のおかげでね。
「クラウスって人の――」
「なにっ!? クラウスだと!」
クラウスの名前を出した途端、今まで一切目を離さなかった手元から目を離し、しかも道具などを放り投げて俺の方へやってきた。
「クラウスが帰ってきたのか! 奴はどこにおる?」
「……いえ、クラウスは帰ってきてません」
「なに? お前さん何者じゃ?」
「……人形」
「人形……? ……まぁええわ。とりあえず、中に入れ」
ドワーフはそういうと、裏の出入り口を開けてくれた。
☆☆☆
中に入り、出された椅子に座ってドワーフと向かい合う。
ドワーフは身長が低く、俺の胸元までしかない。その代わりというように、横にはかなりでかい。太っているのではなく、筋肉だ。
「よかったの。ヒメユキがいないタイミングで」
「ヒメユキってのは、あの赤い髪の子ですか?」
「そうじゃ」
「その子となら、店の前で会いましたよ。睨まれましたけど」
「そうか。まぁ、奴も両親はおらんし、引き取られた先がわしじゃ、まっすぐには育たん」
ドワーフの話に適当に笑いながら、俺はいつ本題に入るかのタイミングを計っていた。
「おぬしは人形じゃと言ったな。どういう意味じゃ?」
「……あんまり吹聴はしないでくださいよ?」
「ああ。わかった」
「アテナの新しい迷宮が生まれたことは知っているでしょう? その最奥、迷宮の核、アテナの人形の最終番個体にして最高傑作の第11番『エルフ』、それが俺です」
「ほう……何とも不思議じゃの。アテナ様の人形は喋ると知っておるが、そこまで流暢に、しかも感情のこもった声を発するとは」
「ええ。アテナの最高傑作である『エルフ』の俺は、元人間です。人間の魂を、人形に入れて、最高傑作としたのです」
「……なるほどのぅ。さすが神様じゃ」
俺は手袋を外し、球体間接を見せた。
ドワーフは俺の説明に納得したのか、腕組みをして何度も頷く。
……ここまで話したなら、あとはクラウスのことだ。
「クラウスのことですが――」
「大体は察した。クラウスの幸運で、おぬしを発見することはできた。が、帰り道に運悪く死んだのじゃろう」
……間違っちゃいないんだけど。
運悪く、というか、完全に俺の過失な気がするし。
しかし、それはヒメユキにだけ言えれば、俺はいいので、悪いけど黙っておく。
「そんなところです」
「クラウスもバカな奴じゃ。度胸試しに何も迷宮を選ばんでもよかろうに。挙句の果て、装備は必要最低限、帰還石も持たず、それでは自殺するようなものじゃ」
「……そう、ですよね」
確かにクラウスは準備不足だった。それは疑いようもない。
帰還石なんて便利なアイテムがあるのに、一つも持っていかないなんてバカとしか言いようがない。
それでも、俺の判断ミスさえなければ……。
ダメだ。思考がどうしてもそこへたどり着いてしまう。
確かに俺は判断ミスをしてしまったし、それでクラウスは死んでしまったと言っても過言ではないだろう。
だけど、済んだことだ。クラウスも、自分を責めるなと言ってくれた。
今は自分を責めている場合ではない。
「しかし、エルフか……国に見つかれば厄介じゃな」
「そうなんですよね。美術大国で、アテナを崇める国に見つかってしまうと、どうなるか」
アテナの人形はこれまでずっと十傑作とされてきたのだ。
11番目の俺が見つかれば、どうなるか。
まぁ、燕尾服の男もズィーベンを使っていたし、一般人にも使用の許可は出ているのかもしれないけど。
それか、燕尾服が犯罪者なだけか。
「おぬしは人間らしい人形じゃ。人形らしい部分さえ見られなければ、隠し通せはするじゃろう」
「だけど、そうもいかないんですよねぇ。人形にはいろいろと機能があって、その一つの気配察知を使うと、同じ人形同士バレバレなんです」
「難儀なものじゃのぅ……」
まぁ、こっちからも位置はバレバレだから、さっさと逃げればいいんだけど。
基本性能は11体の中で一番らしいから、捕まることはない。
……けど、クラウスとの約束もある。
この問題はさっさと解消したい。
「おお! そうじゃ、良いものがあるんじゃ」
何を思い出したのか、ドワーフはそういうと立ち上がって表の部屋の方へ移動してしまった。
しばらくしてドワーフが、一枚の外套を持って戻ってきた。
「昔、クラウスに頼まれて作ったものじゃ。製作にはなかなか時間がかかった」
外套を手渡され、俺はそれを広げてみてみる。
別に何か変わったところはなく、裏地に何かを取り付けているのはわかる。
「わしらドワーフは、鍛冶だけでなく、手先が器用で色々とできる。それと、これじゃ」
もう一つ、腕輪を投げ渡される。
「その外套を着て、腕輪を付けると、認識遮断ができる」
「へぇ、それはすごい」
人形にも効くか知らないけど。
物は試し、とでも言わんばかりの表情をしてくるので、俺は今まで着ていた外套を脱ぎ、新しい方を着る。そして腕輪も付ける。
そして気配察知を使ってみる。
「おぉ! 気配が薄れたな」
「アテナ様の人形じゃ、薄くするしかできんか……対察知用の装備じゃ。クラウスの奴が嫁に使うから作れと言われての」
「あいつ、何に追いかけられていたんだよ……」
「確か……相手が十傑作の第2番『ツヴァイ』を持っておったのかの。そのせいで、どれだけ逃げてもすぐに見つかると言っておった」
第2番『ツヴァイ』……確か、気配察知の特化型だっけか。固有スキル【シーカー】は、狙った相手を必ず見つけ出す、だっけ。
固有スキルにはさすがに勝てないとおもうのだが……。
「まぁ、それでもツヴァイからは逃げ切れなんだ。が、安心せい。それは改良版。ツヴァイすら欺くわ!」
「そりゃすげぇ」
話半分に訊いておこう。
あまり楽観視して、ツヴァイに見つかりたくはないし。
「そろそろヒメユキが帰ってくるころじゃ。わしから言って聞かせるが、訊くかどうかわからん」
「ええ。まぁ、そこは自分で何とかしてみます」
ドワーフはそのまま表の方へ向かう。
「あ、そうだ。あんたの名前」
「ヴェイグじゃ」
「俺は真田響。『エルフ』とは呼ばないでくれるとうれしい」
「わかった。よろしくの、サナダヒビキ」
☆☆☆
一人残された工房らしき部屋で、俺はすることもないので適当に見学させてもらっていた。
工房には大小のかまどが二つあり、大きい方はヴェイグが使っていた。
とすれば、小さい方はヒメユキが使うものなのだろうか?
あまり触ると怒られそうなので、触れずに眺める。
小さい方のかまどの近くには棚があり、小物が置かれている。おそらく、ヒメユキ自身が製作したものだろう。
動物を模したものが多いが、中には人型のものもある。
「…………」
人型の小物は三つ。
大きめのものが二つに、小さめのものが一つ。
それを見て、嫌でも連想させられるものがある。
その時、表の部屋とつながる扉が荒々しく開かれた。
振り返ってみれば、この店の前で見た赤い髪の少女がいた。ヒメユキだ。
「よ、よう、えっと……」
「……」
ヒメユキは不機嫌顔……いや、怒ったような顔で俺に近づいてくると、後ろにあった人型の小物を手に取り、床に叩きつけた。
「あ、おい! 何してんだよ!」
「うるさいです! あなたには関係ないです!」
叩きつけ、さらに踏み潰そうとするヒメユキを慌てて止める。
「離せです!」
「せっかく作ったんだろ? 何も壊すことないだろ」
「うるせえです!」
「……」
ヒメユキの声に、涙声が混じるのがわかった。
だが、俺にはどうしようもない。
俺では、どうすることもできない。
「……ごめん」
「人形が謝んなです! 人形に抱きしめられたいんじゃないです! お父さんとお母さんがいいんです!」
「……悪かったよ。君のお父さんから、遺言が」
「優しくされてえんじゃねえです! 言葉が欲しいんじゃねえです! お父さんと……お父さんと一緒にいたかっただけです! 人形なんか……!」
泣き崩れてしまったヒメユキを、俺は見ているしかできない。
「人形もお母さんもいらないです……! もっと、お父さんと一緒に……!」
「……」
「いたかった、だけです……!」
倒れ込んでまで泣き続けるヒメユキ。
その悲鳴を聞くことしか、俺にはできない。
☆☆☆
ヒメユキが泣き疲れて眠った後、俺はヴェイグさんと話をしていた。
「すまねぇな。ヒメはいつもクラウスと一緒にここに住んでいたから、母親のクレアよりも好きだったんだ」
「そうですか」
「どうする? このまま出て行くって言っても、オレは止めねぇぞ」
「……いえ、クラウスとの約束なんで、ヒメユキは命を懸けて守りますよ」
「死人との約束を律儀に守るとはな。それに、何から守るってんだ?」
「それは……」
「もしかすれば、お前さんが近くにいない方が安全かもしれねぇぞ」
ヴェイグさんの返しに、思わず閉口してしまう。
確かに彼の言う通りだ。俺と一緒にいるせいで、認識遮断はしているとはいえ、国から追われる可能性がある。
そうでなくとも、燕尾服のように強引な方法を取られるのならば、俺は遠くに行った方が守ることになるのだろう。
……だけど、本当にそれでいいのだろうか?
それに、クラウスの最期の言葉もまだ伝えていない。頼まれたのだから、放ってはおけない。
そういう性分なのだ、俺は。
「今日は泊まっていきな。部屋は余ってる」
「ありがとうございます」
「そのうちに、出て行くか止まるかを決めてくれりゃいい。オレはどっちでも構わん。お前さんの部屋は、二階に上って右手側だ」
ヴェイグさんはそれだけ残し、去って行った。
一人にされ、少し考え込む。
クラウスの嫁は貴族の娘だ。そしてクラウスが死んだのなら、伝えに行くべきなのだろうか。
だが、そんなことは言われていないし、手紙を残したということは遺言書みたいなものなのだろうか。
伝えに行くのは別に構わないのだが、ヴェイグさんの話からして向こうにツヴァイが居ても不思議ではない。そうなれば、やはり俺は追われる身となり、ヒメユキには近づかない方がいいのだろう。
いや、クラウスのことについて伝えに来たとわかれば、芋づる式にヒメユキへも手が伸びる可能性がある。
だとすれば、伝えに行かない方が……だが、相手はどうやってクラウスの死を知るというのだろうか?
…………。
やはり俺はこの家を出た方がヒメユキのためであり、守ることに繋がりそうだ。
しかし、ヒメユキのことを頼まれてしまっている。放ってはいけない。
それにヴェイグさんに頼りきりというのは……まぁ、ヴェイグさんはその辺気にしているようではないけど。
……いや待て。
俺は、自律行動でき、しかも考えて動ける。人間の思考力がある。
だったら、ヒメユキが人形師になった時に契約してもらえば――……ダメか。嫌がったらアウトだし、強要もしたくない。
燕尾服に操られるよりかはヒメユキの方がいいが、拒否されればどうしようもない。
…………。
俺は椅子から立ち上がり、二階へと向かう。
右手側の部屋に入る前に、「ヒメユキ」とプレートが掲げられた扉の前に立つ。
ノックをして、呼びかける。
「ヒメユキ、いるか?」
返事はない。だが、気配察知には引っ掛かっている。
訊いてはくれているだろう。
「人形を壊す方法、お前、人形師の養成機関に行っているなら知っているだろ?」
人形には、必ずコアが存在する。それが人形の心臓であり脳みそだ。
このコアを壊されたとき、人形は完全に停止し、二度と動かなくなる。
そしてアテナの人形は特別製だ。
普通の人形ならば、コアを変えればまた動き出すが、アテナの作った人形のコアが壊れたとき、その人形の自我は失われる。
俺の場合、事実上の死だ。
「俺はこれから、人間らしい生活リズムを取る。コアの在り処は、胸を開けたらある。……それだけだ」
卑怯だとは思うが、俺の生殺与奪をもうヒメユキに放り投げる。
俺がこの世界で生きていくには、この人形体では厳しすぎる。それならば、いっそのこと死んでも構わない。
だけど、この世界で何か目的を持って生きていけるならば、それはそれでいいと思う。
この世界での目的、俺にあるのはただ一つ、クラウスに頼まれたことだけだ。
ヒメユキを命がけで守って生きるか、あるいは死ぬか。
俺は扉の前を離れ、自室へと入る。
今のうちにアイテムボックスから最奥の部屋にあった財宝をすべて吐き出しておく。
俺が死んだ際、どうなるかわからないからだ。そのままぶちまけるのか、あるいはアイテムボックスに封印されるのか。
どちらにせよ、出してまとめておいた方がいいだろう。
ヴェイグさんには……俺が生きていたら伝えよう。
伝えずとも、勝手に使ってくれればいいが。
俺はベッドに横になると、久々に目を閉じて睡眠をとった。