迷宮脱出
「クラウス!」
「ひぃいい!」
情けなく叫びながらも、クラウスは俺の後ろへと隠れた。
魔物の声がした方へ眼を向けると、そこには首輪でつながれた巨人と、その主人らしき燕尾服の人影に、同一の生体反応を持つ――つまり人形。
人形は少女の姿をしており、大き目の服を着ていた。
「おやぁ? そこにいるのは、もしかして『エルフ』では?」
主人らしき人影が、俺を指差してきながらそう告げた。
「……ちげぇよ」
「嘘を吐いてはいけないぞ! この子、ズィーベンと同じ生体反応なのだから!」
ちっ、やっぱり騙せないか。
それに、ズィーベンと言えば、第7番だ。固有スキルは確か【魔物使役】。つまりあの巨人は魔物であり、ズィーベンのスキルによって使役している、と。
「悪いがエルフなんて名前じゃない。真田響っていう名前がある」
「人形に名前ぇ? 君はバカかね?」
ふっつーに腹立つわぁ……。
俺は半目で燕尾服を睨み付ける。
その時、視界に青い線が奔った。
それは攻撃予測であり、しかし俺を狙ったものではない。
巨人の魔物から放たれた剛腕は、燕尾服の脳天を狙っていた。
それに気づいた燕尾服は、鬱陶しそうにしながらも、対処はしない。
剛腕が、脳天を叩いた。
が、そこにはバリアが張られており、燕尾服に触れてすらいなかった。
「ズィーベンの魔物使役……契約者、またはズィーベン本体が選んだ魔物を使役可能。数は契約者の熟練度による。……けど、完全に使役はできてないみたいだな」
「ほう、わたしのズィーベンの情報を持っているとは……しかも、ズィーベン以上に使える。なんとしてでも欲しい人形だ!」
「悪いけど、俺はあんたみたいな変態は願い下げだし、二重契約もあんたにゃ無理だ」
アテナの人形は人形師でない限りは決まった職業でなければ契約できない。ズィーベンと契約できるのは、調教師だ。
鑑定スキルからもそれはわかるし、燕尾服はLv12であり、ズィーベンを使いこなせはしない。
「構わないさ。ズィーベンからエルフに、契約を更新すればいいだけなのだから」
「……あんた、最悪だな」
「人形など所詮道具。良いものに買い替えるのは当たり前ですよ?」
気色悪い笑みを浮かべ、燕尾服がご高説を垂れる。
どうせ契約破棄したズィーベンはオークションか何かに出品するんだろう。こいつは、きっとそうやって人形を買い替えてきた。
それに、俺『エルフ』は特別製で、確かにどんな職業の奴でも契約は可能だ。
「さぁ、ギガンテスよ。あの人間を叩き潰しなさい!」
燕尾服に命令され、横の首輪を付けた巨人、ギガンテスがクラウスに向かって駆け出した。
「クラウス、ここに来るまでに小部屋はあったか?」
「ち、近くにはなかった」
こういう魔物使いは、魔物の使えない小部屋に逃げるに限るが、仕方ない、俺が対処するか。
視界には青く太い線で攻撃予測が出ている。
その線は確実に今俺とクラウスのいる場所を叩き潰す軌道だ。
俺は前に出ながら、ギガンテスの腹に手刀を打ち込む。
先ほどもミノタウロスに使った荒業だ。いくら屈強な体とはいえ、内部が破壊されれば動けないだろう。
勢いよく右手をギガンテスの腹に叩き込むが、皮膚が堅すぎて指の第一関節までしか入らない。
これでは、爆散させたところでダメージはあまりない。
「くっ!」
強引に手を引っこ抜きながら後ろに跳び、クラウスを抱えて走り出す。
先手が取れなかったので一度攻撃をかわすしかない。
勢いよく振り下ろされた剛腕を、何とか避けきる。
そのまま後方へと駆け出し、一直線に小部屋を目指す。
いったん退いて、小部屋に籠った方が安全に決まっている。あそこは魔物が入って来られない作りなのだから。
「ちょ、ヒビキ! 追ってきてる!」
「わかってる!」
肩に担いだクラウスがうるさい。
追ってきていることくらい、でかい足音でわかっている。人形の把握力舐めんな!
「っと!」
後ろからの叩きつけを跳んで躱し、ひたすらに小部屋を探す。
「小部屋に逃げるつもりですか?」
いつの間に回り込まれたのか、進行方向に燕尾服とズィーベンが現れた。
後ろを肩越しに確認してみれば、ギガンテスが迫っていた。
「ひ、ヒビキ!」
「うるせえ!」
ちょっとは黙っていられないのかよ、この兄ちゃんは!
だけど、挟まれたんじゃ対処の仕様がない。どちらかを選ばなければいけないんだが……。
「クラウス、訊け。ギガンテスの動きは遅い。逃げ切れるな?」
「は!? んなこと――」
「嫁と子に会いたきゃ死にもの狂いで走れバカ野郎!」
俺はクラウスをボウリングのボールよろしく、ギガンテスの股を通すようにしてぶん投げた。
「ぎゃああああああああ!!」
叫ぶクラウスは放置し、俺は燕尾服に向き直る。
「ふむ、戦力分散か……まぁいい。ギガンテス、追いなさい」
滑っていたクラウスが立ち上がるころ、ギガンテスがクラウスに体を向けた。
そして、そのまま駆けだした。
「ぎゃあああああぁぁぁ――……」
クラウスの叫びが徐々に小さくなる中、俺は燕尾服とズィーベンに向き直っていた。
人形と契約者はリンクしている。クラウスに何かがあれば俺にも感知できるし、どこにいるかもすぐにわかる。
そのままクラウスが外に逃げてくれれば、俺もこいつらの相手はとっととやめて地上を目指したっていい。
俺は相手の出方を見るよりも先に動く。
攻撃予測は、どんな奴が相手でも集中すれば表示される。
それにズィーベンの固有スキルは【魔物使役】であり、その使役できるギガンテスはここにはいない。
先手必勝、粉々に砕いてとんずらしてやる!
「喰らえ、ロケッ○パンチ!」
勢いよく発射された俺の右手は、一直線にズィーベンを捉えていた。
だが、ズィーベンは避けようとは一切せず、俺の右手は肩あたりに当たると同時に爆散する。
右肩から先が砕けて落ちるが、無表情のまま、ズィーベンは動かない。……いや、人形が笑っても怖いけど。
動かないなら好都合、さらに畳み掛けてやれ。
俺はさらに左手も発射し、今度は左肩にあたって爆散、ズィーベンの左肩から先が砕け散る。
それでもズィーベンはおろか、燕尾服すら薄ら寒い笑みを浮かべたままだ。
「ちっ、意味わかんねぇ」
俺の方はすでに両手とも再生されているが、ズィーベンの両腕は砕けたままだ。
……本当に意味がわからない。何を狙っているのだ?
このまま放置してクラウスを追いかけた方がいいだろうか?
だが、何か裏があって放置するのも気が引けるというか……。
すると、俺の気配察知に複数の人が感知された。
人数が多く、急いで戻ってきたように駆け足だ。
「……これが目的か」
「ええ、そうです」
俺はもう一度、舌打ちをする。
この足音は騎士団のものだろう。クラウスの言う通りならば、第5番『フュンフ』を持つ騎士団長を筆頭とした、やり過ごした奴らだ。
だとすれば、クラウスが危険だ。このまま放置し、騎士団に先に見つかればどうなるかわからない。
ギガンテスに追い回されているので、騎士団に鉢合わせてギガンテスを葬ってもらおうかとも考えたが、クラウスの逃げた方向は少しずれている。
そして、騎士団がこの場に到着しても危険だ。
俺を『エルフ』だとわかってもらえず、『ズィーベン』を壊した張本人とされれば、アテナを崇める国の騎士団だ、殺される。
それで『エルフ』だと気付いたとしても遅い。俺が捕まってしまう。
「クソ! 結局お預けかよ!」
俺は燕尾服に背を向けて走り出す。クラウスとさっさと合流しなければ。
俺『エルフ』の固有スキルはないが、不自然に空いたスキルスロットがある。それも10個だ。
これだけで十分わかるものだ。俺の固有スキルは、きっと他の個体の固有スキルを真似ることができる。
だが、ズィーベンは固有スキルを使っている様子がなかったし、スキルスロットは埋まっていない。
つまり真似できていないのだろう。ギガンテスを燕尾服が使役していたからかもしれない。
それとも、他に何か真似る動作があるのか……。
詮索は後にしよう。今は、クラウスとの合流が先決だ。
☆☆☆
「クラウスー、どこだー?」
クラウスの逃げた方向へと走ってきたは良いが、一向に見つかる気配がない。
ちなみにギガンテスは、探している最中に邪魔をしてきたので爆散させといた。口の中に手を放り投げ、嚥下した後に胃の中で爆発させてやった。
迷宮内だからかどうかはわからないが、倒した魔物は煙を吹いて融けてしまった。
人形の目で解析した結果、煙は魔素となっていたので、もしかすれば魔物が死んだときは魔素に還るのかもしれない。
しかし、クラウスの姿が一向に見当たらない。
契約者とのリンクを調べてみるが、このあたりを示したままなのだが……。
「ヒビ、キ……か?」
あたりを見回していると、随分と弱々しいクラウスの声が聞こえた。
そちらの方へ顔を向けてみれば、青い顔をしたクラウスが壁に手を突いて立っていた。
「どうした? ギガンテスなら屠ってきたけど」
「そう、か……」
「……大丈夫かよ?」
本当に苦しそうな表情をしているクラウス。
俺は慌てて近づくが、ようやくクラウスの体の状態に気付いた。
「おま、本当に大丈夫かよ!?」
クラウスの脚が、曲がってはいけない方向に曲がっていたのだ。服が破れて露出した腹も、青黒く変色している。
すぐに怪我を見るが、この人形体では治せない。第9番『ノイン』の固有スキル【リザレクション】ならば、死以外の怪我や病気を治すことが可能なのだが。
俺には医学的な知識はない。
このまま無理にもとに戻していいのかもわからないし、放置していいかもわからない。
まずい、騎士団の連中と燕尾服はこちらに向かってきている。
早くこの場を移動しなければ、見つかってしまう。
「すぐに地上に行くぞ!」
素人の俺が触るよりも、一刻も早く医者に診せた方がいい。
そう判断し、クラウスを背負おうと、彼の前に屈む。
背中にもたれかかってくる重量感を感じながら、俺は立ち上がる。
「――あ?」
……ことができなかった。
「なんで、なんでだよ!? 人一人くらい背負えるだろ!?」
膝から崩れ落ち、体から力が抜けていくのがわかる。
だが、魔力は契約者に依存しているし、そのクラウスだって魔素の多い迷宮内で魔力切れは普通ありえない。
一体、何が原因なのだ?
「……充電、じゃねえか?」
「充電……? まだ、充電してから時間なんて……」
いや、違う。
確かに今、この状況で他に何かあるとすれば、充電だ。
つまり、契約者とのリンクを保つための不思議物質が不足している。
充電の項目を思い出してみる。
充電は一日最低一度必要であり、契約者と距離を取らない限りは二回目以降の充電を必要としない。
……距離を、取らない?
「離れすぎて動くと、消費が激しくなる……?」
「そうだろう……ヒビキ、お前、先に地上行け」
「はぁ!? ふざけんな! お前置いて行けるわけねえだろ!?」
「バカ言うな。おれとお前は、まだ短い付き合いだ。どうしたって、おれの墓場はここだったんだ」
「何、言ってんだよ……そうだよ、小部屋。小部屋まで行ければ」
小部屋まで行ければ、魔物との遭遇を気にしなくて済むし、充電もできる。
「お前、バカか……。魔物は確かに来ねえけど、人が来るだろうが」
「だ、だけど……!」
「なぁ、ヒビキ……一つ、頼まれてくれねえか?」
「……!」
こんな時にまで、俺の性分が働いてしまう。
以前のような世界なら、別になんてことはない、ただの人の頼まれごとだ。
けど、この世界は違う。それこそ、命がけの頼みなどされては、こちらが困る……!
「……おれの娘に、言いてぇことがあるんだ」
「んなこと、自分で言えよ……!」
「それができそうにないから、頼んでいるんだろ……。いいから、訊けって。それと、お願いだからおれを置いて行ってくれ」
「……だから!」
「聞け。訊いてくれ。お願いだから、な?」
「……くそ! なん、だよ……!」
「娘への、ヒメユキへの言葉だ……」
「……」
俺は人形の録音機能を使い、クラウスの声をそのまま残す準備をする。
☆☆☆
「次は、……嫁の方はどうする?」
「嫁の方は……いい。手紙を残してる」
「……そうかよ。そこだけは、用意周到だな」
「ああ。そこだけは、な……」
「……一言、言いたいとすれば、娘も大事にしろよ」
「大事、にしていたつもりなんだけどなぁ……」
「……じゃあ、俺は行く、から」
「よろしくな。……ヒビキ、自分を責めるな。おれが弱すぎただけなんだ。お前は、よくやってくれたよ」
「そういってくれると、助かるよ……」
「……後続は、おれが何とかする。早くいけ」
「約束、する。嫁の方はわからないけど、娘は、絶対に守る」
「頼む。絶対に、守ってくれ」
☆☆☆
俺は迷宮から地上へと脱出に成功した。
その瞬間、地響きとともに、入り口が塞がってしまった。
それから数秒のラグがあり、契約者とのリンクが切れる感覚がした。
「……クソ」
吐き捨て、俺は町を目指した。
クラウスの娘が済むという、アトリエ王国のマリオネへ。