第11番個体『エルフ』
「クラウス下がれ! ロングソードじゃ斬れねえよ!」
目の前の牛頭のミノタウロスに、斬りかかったクラウスの襟首を掴んで強引に後ろに下げる。
ミノタウロスは右手に持つ大斧を振り上げ、前に出た俺へと振り下りしてきた。
だが、当たらない。
俺の視界には、攻撃予測の青い線が綺麗に見え、しかも相手の動きが緩慢に見えるのだ。
ヴァーチャルリアリティのゲームだと、こうなるのだろうか?
俺は冷静にその青い線から体を逸らし、怯むことなく前に出る。
右手を手刀の形にして、ミノタウロスの腹に突き込む。
それだけでは、図体のでかいミノタウロスは倒れない。それは経験済みだ。
「爆ぜろ!」
言うと同時に、突き込んだ右手が爆発した。
ミノタウロスは体内からの爆発により、絶命する。
右手首より先がなくなった右腕を引く。
しかし、少し待つと簡単に手首の奥から手の先が生えた。
新しく生えた右手を開いたり握ったりしながら、俺は後ろに放り投げたクラウスを確認する。
「おーい、大丈夫かクラウス……」
振り返ると、瓦礫に頭から突っ込んで、下半身だけ見えるような愉快なポーズをしていた。
必死に笑いをこらえながら、突っ込んだクラウスを引っこ抜く。
「わ、悪いクラウス。もうちょっと優しく投げりゃよかったな」
「……笑いたきゃ笑えよ」
「いやいや、そんなそんな」
めっちゃ笑いたいけど、俺が悪いので必死に我慢。
クラウスを引っこ抜き、立たせてやってからクラウスに訊く。
「落盤が起きたのはこの辺か?」
「この辺だったと思うんだが……直っているのか?」
「かもな。神様が作って、宝物隠しているんだ。そんなショートカットをいつまでも残しておいてはくれないだろ」
俺の推測に、クラウスが何度か頷いて納得する。
クラウスと契約を結んでから、俺たちはすぐさま外を目指した。最奥の部屋にあった財宝などはすべて、この人形体に付属しているアイテムボックスという名の四次○ポケットに突っ込んだ。
最奥の部屋から出た途端、さきほどのミノタウロスと鉢合わせたのだが、マニュアルを読みこみ、この人形の体を熟知した俺の敵ではなかった。
人形は、どういう原理かは知らないが、傷ついた場合にはすぐに再生するようになっている。
その再生は契約者の魔力によるらしいが、魔力についての説明はなかった。
クラウスに訊いたところ、この世界には空気中に魔素、魔力の元みたいなものが漂っているらしい。
人々はそれらの魔素を体内に取り込み、魔力として魔法を放ったりいろいろできるらしい。
どの迷宮も魔素の濃度が外界よりも高く、ここではどれだけ魔力を消費しようとも一呼吸で大幅に魔力を回復するらしい。
そのため、俺も今のような荒業が可能なのだ。
人形にも魔力が溜まり、魔法を放つことも可能だ。が、それらはすべて契約者に依存してしまう。
魔法を使えない者と契約すれば魔法は使えないし、剣士と契約すれば闘気という別の魔力の使い方ができる。
人形師と契約した場合は、契約者の熟練度にもよるが、魔法は使えるし闘気も使えるというらしい。
「さて、クラウス。ちょっと俺にしっかりと捕まっておいてくれよ」
「……いや、おれにそんな趣味はないんだが」
「俺にだってねえよ!?」
こいつ、いきなり何を言いだすんだ!? こっちは親切心から言ってやっているというのに。
「冗談だ。……今ので、大体お前さんの考えはわかったが、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。どうせこのまま正規ルートいっても、守り切れるとは思えないし、結局死ぬときはお前だけ死ぬ」
「ひどいな! 自分だけは生き残るって魂胆かよ!」
まぁ、俺は何しようが死なないし、鎖もない今、最悪契約者なしでも動けるしな。
その場合は、今の攻撃予測や荒業はできなくなるのだけど。
この人形体、良くも悪くも契約者依存なのだ。
「くそ、信じるぞ」
「おう、信じろ。としかいえないけど」
クラウスが俺にしがみつく。
そして俺は、勢いよく屈伸運動をすると同時に跳び上がる。
頭部に光の膜……というか、バリアを展開して突き抜けてゆく。
一層上がるごとに蹴り上げながら、上へと一直線にショートカットする。
偶然の落盤でクラウスはショートカットに成功したのだ。必然の破壊で俺はショートカットを行う。
「クラウス、お前どこから落ちたかわかるか?」
「わ、わかるわけねえだろ! 恐怖で気を失っていたんだから!」
「じゃあ、ここは何層あるか知っているか?」
「えーと……確か、最高到達階層が80や90だったと思う」
なら、きりよく100くらいだろう。
……それだけの高さを落ちてきて、よく生きていたな、こいつ。
よほど体が頑丈なのか、運が最高によかったのか。
きっと後者だ。クラウスなんて見るからに鍛えてないんだもん。
しかし、どこまで上がってから普通に正規ルートで帰ればいいだろうか?
あんまり大騒ぎにするのもダメだろうしなぁ。
「ちょ、ちょ! 止まってくれ! 腕が千切れそうだ!」
「情けねぇな……」
早く妻や子供に会いたくないのか、こいつは。
だが、死んでしまっては俺の頑張りも台無しになってしまうので、次の突き抜けた先でいったん停止する。
ここまで、大体30回ほど蹴りつけて飛び上がったから……70階層程度か。
まぁ、100階層って決まったわけではないし、詳細にはわからないが。
迷宮には探索者が休憩するためのような、魔物が入って来られない小部屋が必ずあるという何とも親切設計らしい。
そのうちの一室に、俺はクラウスを運びこんできていた。
中は八畳ほどの広さだ。そこにクラウスを寝かせ、俺も胡坐をかいて座る。
この人形体、水も食料も必要とはしないが、充電が必要なのである。
契約者といる際、そのリンクを保つのに魔力とはまた別の不思議物質を使っているので、その物質を補給しなければいけないのだ。
とはいえ、こうやって動かずにただ座っていればいいだけなのだが。
人形体とはいえ、魂は人間。確かに寝ずに動いたって動きに支障は来さないが、精神的にきついものがある。
俺は荒い息を吐いて寝転がるクラウスを眺めながら、もう一度マニュアルの熟読を開始した。
……だってやることないんだもん。
☆☆☆
丸一日かけて、休憩を挟みながらショートカットした結果、大体30階層あたりまで上ってきた。
このあたりになると、人の気配が多く感じられて来たので、あまり大きな音を立てて人を集めないためだ。
一応、服らしいものは身に着けてはいるが、全身を覆えているわけではないので、その辺の魔物から毛皮などを剥ぎ取って縫い合わせた即席のコートを着ている。
この人形体の見た目は完全に人なので、球体間接や瞬時に生え変わる手などを見せない限りは、俺とクラウスの二人組の探索者に見える。
まぁ、どちらも軽装で、こんな装備では自殺しているようなものだと言われそうだが。
30階層の魔物は、まだクラウスでは対処できない。なので戦闘は極力控えることにした。
しかし、この世界にワープとかないのかよ。いくらなんでも80や90まで降りて歩いて帰るのは大変だぞ。
と思ってクラウスに訊いてみると、迷宮探索には必ず帰還石というこれまた不思議アイテムで一気に登録した場所まで帰ることが可能らしい。
当然ながら、着の身着のままのような状態のクラウスが持っているはずもなく、俺たちは地道に歩いて帰っているのだが。
こいつ、迷ったり行き詰ったりしたときのこと考えていたのかよ。娘がいるはずだろうに。
まぁ、娘よりも妻が大事ってことなのかもしれないけど、それはそれでどうかと思う。
男なら両方大事にしやがれっての。
俺の人形体のマッピング機能を頼りに、日数をかけて10階層近くまで上ってきた。
そこからさらにいくつか階層を上ると、何やら豪華な集団が目に入った。
鑑定を使わずとも高価だとわかる防具に武器、その鎧には紋章が刻まれているが俺には何かわからない。
……いや、一応見覚えがあるな。マニュアルにも載っていた、その紋章は、アテナのエンブレムによく似ていた。
「まずい、隠れるぞ!」
小声で俺に告げてきたクラウスは、急いで近くにあった小部屋へと逃げ込んだ。
迷宮探索には暗黙の了解がいくつかあり、すでに人が入っている小部屋には中の人が許可を出さない限り入ってはいけないらしい。
それを利用して、先に小部屋に入ったのだ。
「あいつら、何なんだ?」
小部屋に逃げ込んだは良いが、俺は何が何だかわからなかった。
「奴らはアトリエ王国の騎士団だ。奴らに、もしもお前が『エルフ』だとばれれば問答無用に連れて行かれる」
「へぇ、強いのか?」
「先頭の奴が騎士団長だ。王国で随一の強さを誇り、他国にもその名が轟くほどだ」
そんなに強いのか……。そんな奴とは契約してみたくなるな! おっさんだから勘弁だけど。
クラウスはまぁ、まだ大丈夫。友人感覚でまだ大丈夫。
だけど、どれだけ強かろうと所詮は生身の人間。俺の爆発するパンチで一発だぜ。
「それと、奴が来たということは十傑作のうちの第5番『フュンフ』がいるはずだ」
「なんだ、契約持ちか」
二重契約以上は人形師でなければ不可能、という項目がある。
奴がどれだけ強くても、俺との契約は不可能だ。職業も騎士だし、人形師では絶対にないだろうし。
確かフュンフは自爆スキルを持っていると、マニュアルに書いていたな。俺の右手だけ爆発とはわけが違う、体全体を使った本当の自爆。契約者さえ生きて魔力があれば人形は数秒で元通りらしいけど。
アテナの十傑作には、それぞれ固有のスキルを持つらしい。ちなみに、俺にはない。差別だ。直訴願いたい。
なんだよ、俺は最高傑作じゃないのかよ。普通、第10番までのスキル全部覚えていてもおかしくないんじゃないのかよ。俺だってチート欲しいよ、チート。
……まぁ、一般人からすりゃ、十分チートなんですけどね、人形の体って。でも童貞卒業は一生叶わない。理不尽だ。
「よし、通り過ぎたな」
「行くのか?」
「いや、もう少し待つ。戻ってきて鉢合わせるのも嫌だから」
そんなにして会いたくない相手なのか。
もしかすれば、クラウスの妻を連れて行ったことに関連があるのかもしれない。
クラウスに言われ、さらに1時間ほど待ってから、ようやく小部屋から出て地上を目指す。
迷宮は、核である俺が脱出すると同時に崩れ去るようだ。その際に中にいたものがどうなるかは知らないが。
まぁ、たぶん死ぬ。このまま騎士団長さんが帰らずにいたら、確実に死ぬだろう。
しかしそんな一瞬でぺちゃんこになるわけでもなかろう。きっと帰還石とかいう奴を即座につかって脱出するだろう。
帰還石は迷宮探索には必需品だ。きっとクラウス以外は皆持っている。
他人のことなど気にしていられる場合ではないし、死んだら死んだでいいだろう。
別に俺が直接手を下したわけでもないし、罪悪感はあるかもしれないけど、この手で殺すよりかは薄いだろう。
俺とクラウスは、順調に進んでいた。
異変は、クラウスが見覚えのある場所に来てからだった。
☆☆☆
「……なぁ、おかしくねえか?」
「何がだ?」
その異変に、俺はすぐに気付いた。が、クラウスは気付いていないようだ。
まぁ、人形体である俺はいろんなスキルがあり、そのうちの一つに気配察知というものがあるのだが。
「この階層、人の気配が一切ない」
「……そうなのか? おれには、そんなことわからないが」
「いや、一切ないというか、ついさっきまであったというか……」
何を基準にしているのかは知らないが、この人形体で気配を探ると、消えていく人の気配ばかりが感じ取れるのだ。
……消えていく。殺されているのか?
だが、迷宮は階層を追うごとに魔物の強さも増すはずだ。つまり、俺が初めて倒したミノタウロス以上の強敵はいないはずなのだ。
それだけでも、この人形体がどれだけ優秀かはわかるのだが、それでもここまで――
「一切、魔物に遭っていない……?」
なんだ、この違和感。
アテナの言う通りなら、クラウスが死ぬくらいの頻度で魔物が出てくるはずだ。
クラウスは貧弱な装備だ。1階層の魔物ですら、死んでしまう可能性は十分ある。
それに、アテナには俺の考えがお見通しでもおかしいとは思わないし、ならばもっと多くのエンカウント率があってもおかしくない。
誰かが駆逐している。それも、人も含めて――?
「クラウス、いったん隠れよう。二、三日は様子を見た方がいい」
「は? 何言ってんだよ。出口はすぐそこだぞ。さっさと出た方が――」
その時だ。
「ヴオオオオオオオオオ!!」
魔物の、雄叫びが響いた。