探索者クラウス
「へぇ、お前さん、元人間なのかよ」
「ああ、なんか知らねえけど、いきなりこんな人形に転生させられちまってよ」
「そりゃ災難だったな。おれも同じ立場なら叫んだかもしれねえよ」
「子持ちのあんたに言われると殺意しか湧かねえ!」
俺の絶望は数瞬だった。
元来、そもそも俺は別に絶望するような性格ではない。パシられて生きているんだ、これくらいで絶望していたら身が持たない。
入ってきたのは、この迷宮を探索していたという探索者のクラウス、20代前半の男性だ。
現在、俺はクラウスに鎖を外してもらい、お互いに地べたに座って雑談をしていた。
迷宮はその名の通り、入り組んだ建物であり最奥には金銀財宝があるとのこと。
俺がいるこの部屋は、その迷宮の最奥らしい。確かに、周りを確認してみれば宝のようなものが多々ある。
そして、俺はこの迷宮でも一番のお宝ということらしい。
この世界にはアテナのような神が、他にもいるらしい。
その神々が、昔々に自分の宝の隠し場所として作り上げたのが迷宮。
つまり、その最奥には神が作り上げた強力な武器やアイテムが眠っているということだ。
俺はアテナに作られた人形の第11番。自分で最高傑作といっていたし、最大のお宝だろう。
「だが、芸術神アテナ様の人形はこれまで第10番『ツェーン』までとされていたんだ。つまり、世紀の大発見ということになる!」
「そりゃよかったな」
クラウスは嬉しそうに、俺にこの世界の常識について教えてくれている。
俺が転生者ということや、この世界にきて未だ10年で、しかもここから出たことがないと言ったら教えてくれているのだ。
アテナの作り上げた人形は、俗に『アテナの十傑作』と呼ばれており、芸術作品としては最高峰らしい。
しかも、これらの人形は実用性が高く、アテナを主神として崇めるクラウスの住むアトリエ王国という国では人形師なる職業の養成機関もあるらしい。
アテナの作った人形以外でも、実用性の高い人形は数多く開発されているらしいが、やはり実用面でも十傑作が群を抜いているとのこと。
あの奇抜な幼女が、まさか本当に神様だとは……異世界って、よくわからないな。
しかし、俺が発見されたことで『アテナの十傑作』は十一傑作になってしまうだろう。
……きり悪いな。なんであの幼女神、10で止めなかったんだよ。
まぁ、十番目の人形が最高傑作じゃなかったとか、そんな芸術家らしい偏屈な理由かもしれないけど。偏見か?
「アテナ様の人形は、話せる人形だと聞くが、まさか感情まで持ち合わせているなんて初めてだ」
「感情っていうか、人間の魂をそのまま引っ張ってきて入れただけのようだけど」
「へぇ! さすがアテナ様だぜ! おれにはさっぱりだ」
「……そうかよ」
俺もさっぱりだけど。
なに、魂定着って、神様ならそんな軽々できるの? できていたらもっと早く最高傑作はできていそうなものだけど。
「それにしても……クラウスって見るからに軽装だよな? ここまでどうやってきたの?」
俺の言った通り、クラウスはとても軽装をしている。
剣は見た目普通、人形に備わっているスキルである鑑定で見ても普通のロングソードと出るくらいには普通のロングソード一本。
装備らしい装備と言えば、皮製の胸当てと、各関節を必要最低限覆った程度のものだ。
とても、訊いた限りの迷宮に入るための装備とは思えない。
迷宮には数多くの魔物がいるとのことだし、予備の武器も仲間も連れずに来られるような場所とは思えない。
この世界には人形師という職業以外にも、普通に剣士や魔法使いといった一般職もあるらしいし。まさにファンタジー。
しかし、クラウスはどうやら普通の、剣士でもなければ魔法使いでもなさそうだ。いや、剣を使えば剣士なのかもしれないけど。
「……いやさ、ほら、娘いるっていっただろ?」
俺の質問に、少し答えにくそうにしながらも、クラウスは答えてくれる。
「言ったな」
「おれの娘の母親っていうか、嫁なんだけど……ちょっとややこしくてさ」
「まさか駆け落ちか! 青春だな!」
「おうよ! ……って違う! 違わないけど違う!」
俺が勢いよく親指立てて向けてやると、同じように返してくれたのだが、いきなり俺の手をはたいてきた。
何が違うのだ? ていうか、違わないって言っているし。
でも、他にややこしいことって言ったら……異世界で、恋愛で、ややこしいことで、駆け落ちと似ていて……あ、あれか。
「貴族の令嬢だったんだな」
「そうなんだよ……で、おれも相手も、好き合って愛し合っているんだけど……」
「ヒューヒュー! この色男!」
「茶化さないでくれ! 真剣な話なんだって!」
よほど恥ずかしいことを言っている自覚があるのか、クラウスが顔を真っ赤にしながら俺の頭を叩いてきた。人形だから痛くないけど。
条件反射的に叩かれた頭部をさすりながら、大人しくして訊いてやることにする。
「それで?」
「……その相手の親がさ、『娘と正式な婚姻を認めて欲しければ、度胸を見せろ』って言われて」
「はぁん。それで、そんな軽装でここまで来たのか」
「ああ。魔物との戦闘は極力避け、逃げ回りながらも一応ここまで来たんだ。これで、認めてくれるかなって」
「娘もいるのに、認めてくれないなんて悲しいな……」
「妻はそのまま実家の方へ連行されて、娘は人形師の養成機関に通わせながら、知り合いの鍛冶屋に預けててさ……」
「……ん?」
あれ? 待て。なんかおかしくね?
養成機関って言ったって、年齢制限が当然あるよな?
二十代前半に見えるこのクラウスには娘がいて、養成機関に通わせるほどの年齢で……
「クラウスって、何歳?」
「23だが?」
「……娘って、何歳?」
「今年で6歳だ」
「……」
よーし、少し落ち着け。落ち着くんだ。
俺のこの人形の手で、人なんか思いっきり殴っちまえばどうなるかわからない。
ここで少し、俺の情報について整理してみよう。
名前、真田響。職業、高校生。元だけど。年齢、享年17歳。特技、パシリ。その他情報、非モテ童貞……ほっとけ。
次はお相手、クラウスだ。
名前、クラウス。家名は知らん。職業、探索者。年齢、23歳。特技、知らん。その他情報、妻子あり、娘の年齢は6歳。
6歳、つまりクラウスの奥さんの年齢が、クラウスと同年齢として、17歳で出産。
…………。
そこはかとなく殺意が湧いてきた。いや、ちゃんと理由はある。
こいつ、俺が死ぬ前の年齢以前に童貞卒業してやがる……ッ!
「て、てめぇ……裏切ったな!」
「は? え?」
ちくしょう! なんで親切にしてくれているかと思ったら、そんな人生勝ち組の余裕があったというわけか!
クラウスは俺にいきなり裏切り者扱いされ、心当たりがないのか戸惑った表情をしている。
…………。
いや、まあ。ここは異世界だ。
文明レベルもどうかは知らないけど、訊いた限りでは前の世界ほども発達していないだろう。
当たり前だ。いまだに神様とか本気で崇めているんだもの。……あ、でもアテナって実際俺の目の前にいて、話しかけてきたような……ま、いっか。
つまり、別に十代後半で童貞卒業していようが、子持ちだろうが、この世界ではそれが当たり前なのだろう。
現代日本だって、童貞卒業とか小学生でするような奴らもいる。だったら、まだ十代後半だって方が健全だ。子どもはさすがにないだろうけど。……外国は知らん。
それに日本だって昔、江戸時代とかだと普通だった可能性はあるわけだ。現代のアフリカの方でもあるのかもしれないし。
「いや、すまん。俺の被害妄想だ」
「な、ならいいんだけど……」
クラウスは少し納得いかないといった表情をするが、頷いてくれる。
さて、話を戻そう。
えーと。
クラウスは愛する妻と無理矢理引き離された。妻を取り返すには度胸を見せること。その度胸試しとして、クラウスはこの迷宮の最奥到達を決めた。
その際、娘は知り合いの鍛冶屋に預け、人形師の養成機関に通わせている。
「この迷宮が現れたのは、いつごろ?」
「ちょうど十年ほど前か? いきなり、何もなかったところにアテナ様のエンブレムとともに現れたから、この迷宮の最奥にはアテナ様のまだ見ぬ人形があるのでは、と騒がれた」
俺がこの世界で覚醒したころとかぶるな。
アテナは、最後の仕上げである俺の魂の定着を行った後、迷宮を出現させた、と。
「……クラウスが潜ったのは?」
「ちょうど一週間ほど前だな。挑戦自体は何度もやっていたが」
……一週間で迷宮の最奥に来るなんて、才能あるんじゃねえの?
「一週間で踏破できるものなのか?」
「おれのときは落盤が起こってさ。運よく生き延びたんだけど、落ちた先の目の前に扉があって、開いたらここだった、というわけさ」
「なにそのチート並みのラッキー」
10年もの間、誰にも踏破できなかったのに。
アテナを崇める国なのだから、アテナの作成した人形があるとしたなら国が動いてもおかしくないと思うのだが……それでも十年間、誰も辿り着かなかったのに。
「ちょっと待っててくれ。……ヘルプ」
俺が小さくつぶやいてみると、またあの頭痛が響いた。
『はいはーい、君の作成者、芸術神のアテナちゃんだよー。いきなりヘルプなんて使ちゃっていいのー?』
別に構わねえよ。この世界のことは、この世界の住民に訊いた方が確実だろう?
『おっと、そこに気付かれちゃったか。……それで、何かな? 落盤の理由?』
わかっているなら、早く答えろよ。
『落盤は完全に偶然だね。ボクの仕業では、決して違う。だって、君はボクの最高傑作だぜ? 誰が好き好んでわざわざ人に手渡すよ』
だったら、次の質問もわかるな?
『もっちろん。ボクら神が、なぜ自分の宝物を迷宮の最奥に隠し、なぜ迷宮を出現させるのか、だろ?』
ああ。
お前の言う通りならば、誰が好き好んで人にわざわざあげられるような環境を作るんだよ。矛盾しているじゃねえか。
『それはね、勝手に出現しちゃうんだ。ボクらは迷宮を作り上げた、まではよかった。だけど、迷宮が多すぎたんだ。迷宮を隠しておけないほどにね。それほどまでに、ボクらの宝物は多いってことさ』
なるほどなぁ。
それで、迷宮の数を少しでも減らそうと、何かしらの力が働いて、せっかく隠した宝物が掘り当てられる。
そして掘り当てられた迷宮は……どうなるんだ?
『消える。最奥にあるボクらの宝物が迷宮の核の部分だ。それがなくなれば、消えるしか道がない』
迷宮自体を隠しておくことができないから、地上に出てくるんだろ?
地上に残り続ける道があるんじゃないのか?
『さっきも言ったろ? 最奥にある宝物が、迷宮の核。核がなくなれば、消えるしかないだろう? 細胞だってなんだってそうだろう?』
……まぁ、確かに。
『先に言っておくけど、その人、このまま正規のルートで迷宮を出ようとしたら、必ず死んじゃうからね』
それは予想していたことだな。
『さて、そろそろいいかな? 君の疑問には答えてあげられただろ?』
あ、待て! 最後に一つ!
『……嫌な予感しかしないけど、何かな?』
この体でセック――って、ああ!
答えられる前に、ブツッというテレビが消えるときのような音とともにアテナの気配が消えた。
「ちくしょう!!」
「うおっ!? なんだ、どうした?」
俺が必死に地面を殴り続けていると、隣で暇そうにしていたクラウスが驚いた。
あ、あいつ! 俺の疑問全部答えてないだろ! 貴重な三回のうち一回を使ったんだぞ!?
何か、ヒント的なものでもくれればいいのに!!
殴り続けた結果、地面に数センチの穴が開いてようやく落ち着きを取り戻した。
しかし、俺の今のところの疑問は解消した。
「でも、クラウス、お前どうするんだ? ここまで来れたは良いけど、帰れないだろ?」
「それが問題なんだよなぁ……」
腕を組んで唸りだすクラウス。
俺も同様にして考える。
このまま帰らせて、帰り道に死んでしまうのではこちらも寝覚めが悪い。精一杯協力してやりたい。
とはいえ、どうしたものか……。
なかなかいい案が浮かばず、そのまま一日が過ぎようとしたとき、いきなりまた頭痛がした。
『君ってさ、思ったよりバカなのかな?』
おいおいおい待てよおい。俺まだヘルプ使ってないよ。なんで出てくるんだよ。貴重なあと2回なんだぞ。どうしてくれるんだよ。
『これはボクから使ったから、今回は消費なしでいいよ。……そんなことより。君はその「エルフ」のマニュアルを穴が開くほど読んで、全部理解したんだろう?』
まぁな。この10年間、することなんてそれ以外何もなかったし。
『だったら、契約者についても十分知っているはずだろう?』
契約者……ああっ!
あれだな。俺を使う人のことだな。……あれ? でもお前の人形は、人形師以外は決まった職業じゃないと使えないんじゃないのか?
『「エルフ」は特別製。もちろん、人形師と契約したら君の力は十二分に発揮できるけど、無職でも探索者でも契約できるよ』
なるほど。
つまり、クラウスと契約を結んで、地上を目指せばいいのか。
『そういうこと。だけど、楽観視しない方がいい。なぜなら、ただの人間に君を使いこなせるわけがないし、そんな君の状態でここの魔物をすべて退けることもほぼ不可能、それに加え上層部分では国や個人の探索者が数多く出入りしている。それらに君が見つかれば、当然その契約者を殺してでも奪おうとしてくる』
へぇ。そうなのか。
ありがとよ、アテナ。心配してくれて。
『あ、あれ? 怖がったりなんかはしないの?』
怖がる? なんで?
俺はこの迷宮からさっさと出たいし、クラウスを最大限助力するつもりだ。
人間、その気になればなんだってできるさ。それに、俺は人間じゃない。人形だからこそ、痛覚も制限も何もないからこそ、できることも多い。
そうだろう?
『……あはっ、拾えた魂が君で、本当によかったと思うよ』
そいつはどうも。
ついでに訊くが、この体でセッ――さらにはええ!
またブツッという音が響いた。
まぁいい。答えなんか期待していなかった。
俺はため息を一つ、クラウスに向き直る。
「クラウス、契約するぞ」