スペア
シャーレンとフュンフの剣が、ヴェイグとズィーベンに迫る。
「――まだ、動くか」
それを、俺は片手ずつで止めた。
「うまい話は、断るのが様式美なんでね」
生まれ変わりなんてどうでもいい。
この体が、魂があるなら、別になんだっていいんだ。
俺は俺として生きている。そして、頼まれごとはちゃんと最後まで守り通す。
それが俺の性分だ。
片手ずつに持っていた二人の剣を、本体ごと強引に投げ飛ばす。
「ヒビキ!」
「ヒメ、契約をしてくれ。さすがにこのまま戦う気にはなれない」
「わかったです!」
人形の契約はすぐに完了する。
俺はヒメへと手を伸ばすと、応じるようにヒメも手を伸ばしてくる。
互いの手のひらが合わさり、ヒメの持つ魔力が俺へと流れてくる。
その魔力が俺の中で同調すると、契約完了だ。
「攻撃型:剣」
右手が刀身へと変わる。
一度何となく斬り払いを行ってみると、地面が割れた。
……すげぇ強化されてる。
クラウスと契約した時とは比べられないほどに強くなっているようだ。
まぁ、これで俺の負けの目が消えたわけだ。
アテナの言葉通りなら、エルフのスペックは2対1をひっくり返すほどだからな。
剣を構え直したシャーレンとフュンフに向かって、踏み込んでいく。
体が軽い。動きやすい。負ける気がしない。
まずはフュンフへと迫る。
フュンフの首を狙い、右手の剣を振るう。
フュンフは一歩引きながら右手に持つ剣で防いでくる。
だが、強引に押し切ることができ、フュンフの剣を折りながら首あたりを抉っていく。
契約者のいる状態ではまったくダメージにはならないが、得物を奪うことができた。
押し切られたことに驚いているフュンフの腹を蹴りつけ、体をシャーレンへと向ける。
シャーレンは既に俺へと肉薄しており、剣を振られれば回避できそうにない。
俺は左手を、シャーレンの顔の近くで振るい、指を飛ばす。
「――!」
シャーレンが慌てて身を引くのと同時くらいに、俺の指が爆発する。
顔を守るために腕で覆ったため、シャーレンの胴へと右手の剣を打ち込む。
鎧に阻まれ、怪我を負わせることはできないが、ダメージは蓄積するだろう。
胴へとぶち当たった右手の剣を、さらに力任せにスイングしてシャーレンを吹っ飛ばす。
後ろから迫っていたフュンフの攻撃を、しゃがんで回避する。
俺の頭上をフュンフの持つ剣が空ぶっていく。
そして反転しながらフュンフの顎にアッパーを入れる。
フュンフの顎が砕け、後方へと跳んでいく。
圧倒している。
壊れかけの時は2対1でかなり苦戦していたというのに、契約をするとここまで変わるものなのか。
契約したことで、自動修復も行われているし。
フュンフを屈服させるか。
シャーレンはもう坑道の外にいるし、放っておいても帰れるだろう。
「フュンフ! 剣を置け。さもなくばシャーレンをマリオネに運び込むぞ」
「それは……!」
フュンフが動揺を浮かべる。
ふむ、やはりズィーベンの時のような脅しよりかはこちらの方が効くようだ。
フュンフはシャーレンを敬っているんだろう。それゆえ、こんな情けない姿で衆目に晒すのを良しとしない。
「選べ。契約者の名誉か、果てるまでの闘争か」
「……」
フュンフが、ゆっくりと剣を置いた。
エルフの固有スキルを確認すると、5番目の項目に【大爆発】が入っていた。
よし、これでフュンフは屈服だ。これで二体か。
ヒメなら人形師だし、契約は何重でもできる。だが、魔力がそう多くないであろう今はまだ保留にしておいた方がいい。
「フュンフ……貴様、裏切るかッ!」
突然、後ろから怒号が響いた。
振り返ってみれば、吹っ飛ばされたシャーレンがゆっくりと立ち上がっているところだった。
「ち、違います! フュンフは、シャーレン様のため――」
「人形ごときがわたしの心配などするな! わたしが……人形より劣るはずがない!!」
シャーレンが剣を中段で構え、そのまま突進するように走り出した。
だが、その行先が俺ではない。
「――テメェ! それでも騎士かッ!?」
狙いはヒメだ。
俺も駆けだすが、間に合うかギリギリだ。
ヴェイグさんやズィーベンも間に合わないだろう。
まずい、このままではヒメが――!
地面を蹴りつけ、精一杯の速度でヒメの防御に向かう。
シャーレンを吹っ飛ばすよりも、ヒメを守った方が安全だし確実だ。
腕を切り離して爆破させたくなるが、ヒメの前で人殺しなどしたくない。
何が何でも守らなければ、俺の初めての意志が、無駄に終わる。
早く、速く、疾く――!!
☆☆☆
「い、」
タ、い……?
人形の体で、イタイ?
体から力が抜けていく。
腹のあたりが壊れてしまっている。
ヒメは無事だろうか。
自動修復ができない。
視界が揺れる。
思考が――止ま――?
☆☆☆
「くく、甘い奴は簡単に引っ掛かる。
大切なものを狙えば、体を張って助けに入る。それが当然であるかのようにな」
「ひ、ヒビキ! お前、卑怯です!」
「なんとでも言え。騎士であると同時にわたしは兵士でもある。
……しかし、勢い余ってコアを破壊してしまったか。まぁいい。第7番『ズィーベン』を持ちかえれば――」
腹から剣を抜こうとするシャーレンの手を、掴む。
「……なに?」
「誰が、コアを破壊されたって?」
俺は未だに薄れようともしない意識で、笑みを作ってみせる。
シャーレンの顔が壮絶に歪む。
「バカな! コアは確実に破壊したはず! なぜ――」
「コアのスペアがありゃ、話は別だろうが」
俺は空いている方の手で、自分の頭を軽く叩く。
「うちの専属鍛冶師お手製のコアだ。結構上手にできているだろ?」
「ヒビキ!」
「ああ。ヒメのおかげでまだ死んでないよ」
シャーレンの手を離すことなく、俺は背後のヒメの頭を撫でてやる。
ようやくわかった。俺が、なぜ半年ずつ記憶がなかったのか。
蓋を開けてみれば簡単だ。起動していなかったのだけだった。
俺がヒメにコアの在り処を教えたあの日の翌日、ヒメは俺が起きるよりも早く行動を開始していた。
きっと俺の中からコアを取り出し、解析をしたのだろう。
それにはきっとヴェイグさんも手伝って、そして試作品であるスペアのコアを俺に入れた。
スペアの試作品ができるまでの日数と俺との同期で、きっと半年かかった。
そして、俺は試作品のコアで目覚めた。
目覚めた俺は、コアが試作品であるせいで体が重く感じていたのだ。
俺が目覚めている間に、完成品に必要な希少鉱石の発掘を行い、そしてまた俺が眠って試作品のコアを抜いた。
次に目覚めたときには、胸と頭、両方にコアがあった。
だが、胸にあったのがきっと既存のコアで、調子が元通りになったのだろう。
現に、今は少し体が重く感じる。
アテナもヒメの才能は神にも届き得ると表現した。それはつまり、ヒメが俺のコアを、アテナが作ったエルフのコアのコピー品を作り出したからだろう。
アテナが作ったコアは壊れてしまったが、ヒメならもしかすれば修復可能かもしれない。
今はヒメが作ってくれたスペアのコアがあるおかげで、俺はまだ死なないでここにいる。
「体を張って助ける? 当たり前だろ。ヒメのためなら、命も捨ててやんよッ!」
ヒメを撫でていた手を握りこみ、シャーレンの腹に叩き込む。
その突きの威力は、シャーレンの騎士甲冑をへこますほどだ。
「ごふっ!」
シャーレンが吐瀉物をまき散らしながら吹っ飛んでいく。
そして、激しくせき込みながら腹を押さえている。
騎士甲冑の凹んだ位置は、ちょうどアテナのエンブレムがあるところだった。
「――貴様……ッ! よくもアテナ様のエンブレムを!」
シャーレンは殴られたことよりも、アテナのエンブレムが歪んだことが気に食わないらしい。
俺にはわからない価値観だ。
そういえば、坑道の中での戦闘で転んだ際も、シャーレンは必死に甲冑の汚れを拭いていたな。あれはエンブレムが汚れたからだったか。
シャーレンはもう一度剣を持って立ち上がると、俺へと迫ってきた。
俺もまた、迎え撃つために前に出る。
そして、ぶつかる瞬間。
「――両者、止まれ」
新たな声が生まれた。