龍神の見る夢 Scheherazade
…
る、ぷぷ、…
る、ぷぷ、…
長野の深き山々の、その奥底に沈む森。
そこにひっそりと佇む、小さな池。
水辺には、誰が建てたか小さな社。そこに祀られたものを知るのは、草々を食む獣達と、木々の狭間に遊ぶ鳥。
る、ぷぷ、…
る、ぷぷ、…
苔むした水底に横たわるものが、わずかに呻く。
愉しげに。
それは、歳古りたる竜神だった。
地を走る気脈、天を巡る風雲の顕現。顕在したる大いなる力。
彼は今、夢を見る。
楽しき愉しき夢を見る。
この東方の地に、童が遊ぶその様を。
それが、彼と彼女の約束事。
社に近付く影がある。
頭髪は白く、皺は深く、しかし背筋は青竹のように真っ直ぐ伸び、足取りは軽い。
手提げ鞄を持っていた。
彼女は社の前に立ち、二拝二拍一拝の礼を済ませると、足下に置いた手提げ鞄から一冊のノートを取り出した。
書かれ掠れた表題は「秘封倶楽部」。彼女の思い出。懐かしさ。
社は開かれ、ノートは社に納められ、再び彼女は社を閉じて、両手を合わせて祈念する。
めざめるなかれ。
そうあれば、再び夢が見られると、懐かしき日々が蘇ると、そう信じて。
恋に焦がれた少女のように。
祈りは終わり、彼女の役目は終わった。老女は来た道を引き返す。
その姿は、もはや扱いにもなれたスキマに呑まれ、たちどころに掻き消えた。
龍神は眠る、水底に。
社に置かれた彼女の想いを、幻想の記憶を抱きながら。
彼女が夢見た夢物語を、再び想い描く為に。幻想の郷を築く為に。
彼女の想いの、そのやさしさに包まれながら………
る、ぷぷ、…
る、ぷぷ、…
………
了
この度は、本作を読んで戴き本当にありがとうございます!
この作品は、あるクトゥルフ掌編集の一作品を読んで思いつき、ある幽霊退治小説「とある数学者の仮想悪魔」(←この作品名は仮名です)の仮想世界論を参考に肉付けして出来た、なんというか手羽先の先みたいな掌編です。
自分じゃウマウマと思って発表するんですが、みなさんにとってはどうだったでしょうか?
ぶっちゃけ、この作品より素晴らしいものが世の中には溢れていると思うと悲しい所でありますが、鶏肋鶏肋と惜しんでもらえるくらいなら、うれしいです。(話にならんとか、話になっていないだろとか言われたら、猛省しなくちゃなりませんが)
本サイトで書き始めて二年くらいになり、未完の作品が執筆中作品の棚にけっこう並んで、ちまちま書いては修正というデスマーチな状態ですが、とりあえず、指を信じてがんばってみようかなぁ、と思ってます。
それでは。