第七話
「はぁ……気持ちよかったぁ」
あの後数種類の風呂を楽しんだ後、京さんに挨拶してから風呂をあがった。
もう16時だな……次はどうする? まだ約束の時間までは時間があるが?
うーん……どうしようか? なにか良いアイデアはある?
そうだな……実は風呂の後は直接次のイベントまでとんだから、どうしていたかは知らないんだよ。
そうなのか? つまりアドバイスは無いと?
そうでもないぞ? この後の展開を考えると、好感度を上げておいたほうが良いとは言ったよな?
うん、言ってたね。
その重要性は理解できているか?
……まだ正直実感はないかな。
まぁそうだろうな。
バッドエンドにはなりにくいんだろ? なら無難に過ごしていれば良いんじゃないのか?
確かにそうかもしれないが、この世界はギャルゲーなんだぜ? 誰かを落とさなきゃ、クリアにはならない。
それがどうかしたのか……?
もしかしたら、だれかとくっつかない限りはここでの生活が続くかもしれないということだ。
……どういうこと?
つまり、エンドレスに入るということだ。
ここでの生活を繰り返すってことか!?
俺と一緒に病院で目覚めるところからやり直しになるかもしれないということだ。
……それはさすがに無いんじゃないか? 現実的に考えてありえないだろ……?
たしかにな。
だろ? だったら関係ないんじゃない?
しかし、ゲームだとだれかとくっつかない限り先にストーリーが進まなかったのだ。
……それはつまり?
ある意味のバッドエンドだ。
……そうなる可能性がると?
何とも言えんがな……。
つまり君的には、誰かに会いに行ったほうがいいと? そういうことかい?
その通りだ。
……だとしたら、誰に会いに行くんだ?
お前の好きな相手にしろ……と言いたいところだが、ここは憐華さんのところだな。
……その心は?
一番最初に来る大きなイベントが、憐華さんのイベントだからだ。
それをクリアするために、好感度を上げておくと……?
そういうことだな。
……わかった。
それに、憐華さんはこのゲームのメインヒロインの中でも、一番のメインだからな。
そうなのかい?
だから、初めて会ったときに理想の女の子だと思っただろ?
……そういえば。
この世界はお前が主人公だからな? お前の好みのタイプがヒロインになってるのは当たり前だろ?
そういうものかい?
そういうものだ。
……わかったよ、憐華さんのところに行こう。
そうと決まれば善は急げだ! 中庭に向かうぞ?
そこに憐華さんがいるんだね?
そういうことだ。
わかった。
「よしっ! 行こう!」
俺は憐華さんに会うために中庭へと向かった。
・・・
・・
・
「ここが中庭か……。きれいなところだなぁ……」
ここに来るまでに少し迷ってしまい、時間を食ってしまっていた。
現在時刻は16時30分。
約束の19時まであと2時間半しかない。
やってきた中庭は、(おそらく)季節の花々が咲き乱れる上品な雰囲気の場所だった。
「あら? 博樹様ではないですか……?」
「憐華さん?」
中庭の一角にある、おそらくお茶をするためであろうテーブルとイスが置いてある休憩スペースで、憐華さんは座ってお茶を楽しんでいた。
「ここにはどのようなご用件で?」
「いや、別に用があったわけじゃなくて……寮を適当に見て回っていたんだ。……まさかここで憐華さんと会えるとは思ってはなかったよ」
「そうなのですか……」
「憐華さんはここで何を……?」
「わたくしはいつも、この時間はここで花々を見ながらお茶をすることにしていますの。もしよろしければ博樹様もどうですか?」
そういうと、憐華さんは向かいのイスを勧めてくる。
「この寮のメイドが入れてくれるお茶は、そこらの喫茶店よりも良いものだと思いますよ?」
「恐縮でございます……」
「ッ!?」
突然憐華さんの後ろから声が聞こえ、驚いてしまう。
……よく見ると、憐華さんの後ろにはいかにもなメイドさんが控えていた。
「そちらの方は……どなたさまで?」
「これはご挨拶が遅れました……。私はこの寮でメイドをしています、序列2位の桜と申します……。以後よしなにお願いいたします……」
「あ、これはご丁寧にどうもです。俺……自分は今日からここでお世話になることになった、須藤博樹といいます! 以後よろしくお願いします!」
頭を下げて挨拶してくれたメイドさんに、俺も頭を下げ返す。
「挨拶も終わったようですし、こちらでお茶にいたしませんか?」
「……そうですね。いただこうと思います」
「承りました。今準備いたしますね……」
そういうと、メイドさんはどこからともなくポットを取り出してカップにお茶を注ぐ。
「さぁ博樹様。こちらにお座りになって?」
「失礼します……」
俺は勧められるがままに、憐華さんの向かいのイスに座る。
「どうぞ……」
俺が座ると同時に、メイドさんは俺の前にカップを置く。
「ありがとうございます。…………あっ、おいしい……」
「ありがとございます……」
「ほんとにおいしいです! 今まで飲んだ中で一番だと思います!」
「さようでございますか……」
「ふふふっ。言ったとおりでしょう?」
「憐華さんも、ありがとうございます。憐華さんが誘ってくれなかったら、この味を知ることができませんでした!」
「ふふふっ。どういたしまして……」
「それで憐華さん、どうして俺を誘ってくれたんですか……?」
「あら? 理由がいりますか? わたくしとしては、誘わないほうの理由が思いつきませんわ」
「……そうなんですか?」
「えぇ……。しいて言うなら、一緒にこの景色を見ながらお茶をしてくださる方を探していた……といったところでしょうか?」
「景色ですか……?」
「えぇ、周りをご覧になって?」
「………………うわぁ」
そこから見る景色は、そのためだけに作られたと思えるくらいにきれいで整っていた。
「良いでしょう? いくらみても飽きないの……」
「これは確かに圧巻ですね……」
この中庭に入ってきた時も花々がきれいだとは思ったが、この中心にあるスペースからみる景色は全然違った。
うまく表現できないが、しいてあげるなら花々の楽園だろうか?
「……ずっと見てて飽きないんですか?」
確かに素晴らしい景色だが、ふと気になって聞いてみた。
「そうですわねぇ……。わたくしは花が好きなので、飽きたことはありませんわね……。殿方としては、少し不思議でしょうか?」
「そうですね。時間を忘れるほど集中できることなんて、俺には水泳くらいしかなかったですから……」
「そうなのですか……」
「別に後悔とかがあるわけじゃないんですけどね?」
「ふふふっ。それだけ水泳がお好きなのですね……」
「それはもちろん! 大好きです!!」
「ふふふっ。ここで花を見るのが、わたくしにとっての水泳なのかもしれませんね……」
「そういうものですか……?」
「ふふふっ。そういうことにしておいてください……」
「わかりました」
「……さて、日が傾いてきましたわね……。そろそろ部屋に戻ることにします。博樹様はどうなされますか……?」
「俺も部屋に戻ります。約束は19時でしたよね?」
「えぇ。19時に先ほど案内した食堂にてお待ちしておりますわ……」
「わかりました。それじゃあまたあとでですね。メイドさん、お茶ありがとうございました!」
「恐縮です……」
「それじゃあ憐華さん……またあとで、です!」
「えぇ、博樹様」
「それではっ」
俺は頭を下げると、部屋へと向かった。