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切取線

色鉛筆

作者: 本郷透

 机の上にいつもある、それは長い事使っていなくて、アルミのケースは埃を被っていた。

 絵を描く事を止めたあの日から、この小さな箱の中の時間は凍結した。使う事がない長さも色も異なるそれは、12本きれいに並んで、大人しく息を潜めている。かくれんぼでもしている気分なのだろうか、じっくりとぼくが再び光を見せるのを待っているみたいだった。


 何故見えない、手の届かないところにしまってしまわなかったのか。きっとまだ未練とかが残っているんだろうな。

 もう描けない事を知っていながら、手に取る事がないと知っていながら、ぼくはやっぱりそれを手離せない。毎日必ず一度は視界に入るし、考える。もしまだぼくの世界に色が残っていたなら、と。




 色のない世界は、もう嫌だ。




 それなのにどうしてぼくはそのカラフルな色を閉じ込めた箱に手を伸ばさないのか。

 きっと知ってる。解ってる。

 終わりを迎えたかったんだ。

 このくすんだ色しかない世界に、うんざりして、飽々して、逃げ出したかったんだ。

 だからぼくを繋ぎ止める物を遠ざけた。



 矛盾している。



 逃げたいのに、目を背けたいのに、背中を向けたいのに、ぼくはそれが出来なかった。






 多分、ぼくは何者にも、何色にもなれない事を直感的に知ってたんだと思う。

 この小さな箱の中に眠る色達みたいに、狭い世界で決められた色でしかいられないんだって。

 作ろうと思えばどれだけでも色は作れる。ここには12色しかないけど、世界にはもっと色数が多いものだってある。

 でも、どれだけ色を増やしてもその色自身が他の色に変わる事なんて出来ない。

 それぞれの色に、与えられた役割があるのと同じように、ぼく達人間にも与えられた役割がある。どれだけ足掻いてもその役割から逃げ出す事は出来ないし、そんな事は許されない。




 ならぼくも時間を止めてしまおう。この色鉛筆のように。

 進む事も戻る事も出来なくていい。変われないと言うなら、変わらない事を選ぼう。

 運命に従うより、自分の意志で望みを掴もう。




 これはやっぱり未練なんだと思う。唯一の友人への、手向け。ぼくが居た証を残しておきたかったんだと思う。


 ぼくは最後の最後に画用紙一枚分だけ、絵を描いた。埃を株っていたケースに光を見せて、中にあった色をたっぷり使って、美しい色を描き出した。




 そして、役目を果たした色鉛筆はまた埃を被った。











 ──ぼくが最後に残した色はきみに何を伝えましたか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 深読みしようと思えばいくらでもできそうです。読者にいろいろと考えさせるような作品ですね。 「ぼく」は描き終えたあとどうなったのかな、と立ち止まって想像してます。 余韻が残る話でした。
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